キッチンかは、いい香りが漂ってくる。
その香りに俺は読んでいた本から顔を上げた。
「ってば、またお菓子でも作ってるのかなぁ」
珍しく下忍の任務が休みで、のんびりとしていた俺とシカマルは、何時ものように書庫から持ってきた本を読んでいたんだけど、姿の見えないこの家の主と漂ってくる匂いから、考えついたことを口に出す。
「だろうな……多分、三代目への差し入れだろう…」
俺の呟きに、シカマルが本から視線を逸らす事無く答えてくれる。
「じーちゃんへの差し入れ?」
だけど、言われた言葉の意味が分からずに、俺は思わず首を傾げてしまう。
『ナル、今日はね、三代目の誕生日なんだよ』
不思議に思った俺に、『夜』がその疑問に答えてくれた。
そして言われた事に、俺は慌ててカレンダーへと視線を向ける。
カレンダーには、しっかりと赤丸印が付けられていて、それを確認した瞬間呆然とした。
「……わ、忘れてた……」
別段、じーちゃんの誕生日だからと言って、特別に何かをしていた訳じゃないけど、に出会ってから誕生日と言うものが大切な事なのだと知って、今年からはじーちゃんに感謝の気持ちを伝えたいと、そう思っていたのだ。
思っていたと言うのに、忙しかった日常の所為ですっかりと忘れていた自分を恨みたい。
『器のガキは、あの爺に、何か用意するつもりだったのか?』
呆然とする俺に、『昼』が不思議そうに質問してくる。
特別に、何かを渡したかった訳じゃない。
そんなに大した事が出来る訳じゃないんだけど、じーちゃんが生まれてきてくれた事を感謝して、それを言葉にして伝えたいと思っていたのだ。
「何かを渡したい訳じゃないんだけど……その、お祝いぐらいはしたいなぁって……」
『だったら、そんなに落ち込まなくっても、と一緒にお祝いすればいいよ。ボクと『昼』で協力する事になってるからね』
「って、おい!お前等何するつもりだよ!」
落ち込んでいた俺に、『夜』がニッコリと笑顔。
その笑顔と共に言われた言葉で、シカマルが漸く読んでいた本から視線を外した。
『何って、今から三代目を拉致して来るんだよ』
そして慌てているシカマルを全く気にした様子も見せないで、ニッコリと笑顔で言われた内容に、俺は思わず絶句した。
いや、拉致してくるって、じーちゃんってば、一応里の長で、普通そんな事したら、大変な事になるんじゃ……。
『心配するな。ちゃんと変わりは用意しておく』
グルグル考える俺に、『昼』までもがサラリと言葉をくれる。
『そうそう、幾らこの里の長だって言っても、たまにはお休みだって必要だよね』
ニコニコと嬉しそうに言われる言葉に、俺は何も返す事が出来ない。
それって、それでいいんだろうか??
「『昼』、『夜』!そろそろ準備できるから、頼むな」
思わず考え込んでしまった俺の耳に、聞きなれた声が聞えて来てそちらへと視線を向ければ、笑顔の上楽しそうなの姿がある。
『問題ない』
『それじゃ、三代目連れてくればいいんだよね』
の声と共に、『昼』と『夜』が動く。
いや、問題ありまくりな気がするのは、俺の気の所為?
で、でも、シカマルも、何も言わないからきっと、おかしな事じゃ……。
「って、ちょっと待て!お前等、そりゃ滅茶苦茶まじぃーだろうが!!」
必死で自分を納得させようとした瞬間、反応をしなかったシカマルが慌てたように呼び止める。
『何か問題があるのか?』
呼び止められた2匹は、分からないと言うようにシカマルを不思議そうに見た。
って、やっぱり不味いんだよな。
うん、そう思ってたのは俺だけじゃなかったって事で、ちょっと安心したかも……。
「どうしたんだシカマル?」
だけど、そんなシカマルに反応したのは、2匹だけじゃなかった。
も、不思議そうにシカマルに問い掛けている。
「って、あんなんでも一応里の長だろうが!問題起こそうとしてんじゃねぇよ!」
『問題ないと言っているだろう』
『そうだよ。ボク達がそんな事も分からないとでも思ってるの?』
「そうだぞ。大丈夫だって、問題なんて起きねぇから!」
3人がそれぞれに、笑顔のまま口を開く。
いや、三代目のじーちゃんを拉致って来る事自体が問題だって、どうして思わないんだろう……。
「って、差し入れの為に作ってたんじゃねぇのかよ!」
「あんな殺伐とした所で食っても飯は美味くねぇだろうが!だから、三代目にも気持ち良く食ってもらおうと……」
何が、だからなのか良く分からないけど、の言い分は分かったような分からないような……xx
でも結局は、じーちゃんに少しでも休んでもらいたいって事なんだろうと思う。
『兎に角、行ってくるぞ』
『シカも、そんなに難しく考えちゃダメだよ』
納得したような、してないような複雑な気持ちのままでいた俺は、言われた言葉でまた『昼』達へと視線を向けた。
だけどその瞬間には、2匹の姿はもう見えない。
「……常識を考えちゃいけねぇのか……」
その後に残されたのは、頭を抱え込んだシカマルの姿だけ。
「心配すんなって。お前の嫌いな、面倒な事にはなんねぇよ」
そんなシカマルの姿に、が楽しそうに笑いながらその肩を慰めるように叩く。
「で、一体これから何をするんだ?」
俺はもう既に諦めたと言うように、へと質問。
「何って、これから三代目の誕生日祝するに決まってんだろう」
疲れたように問い掛けた俺に、があっさりと返事をくれる。
そうだとは思っていたけど、本気でするつもりだったんだ……。
「って、大物だよなぁ……」
じーちゃんを祝いたいって気持ちは確かにあったけど、拉致して来てまで祝う事なんて考えてもなかった。
だって、じーちゃんは、この里の長である火影。
一番忙しい相手だからこそ、誕生日だからと言っても簡単に時間が作れるはずもなくって……。
「何を言ってんだ……こうでもしないと、あのじーさんを祝ってやれねぇだろうが!」
ポツリと呟いた俺に、が俺の大好きな笑顔を見せる。
『ただいま!』
『連れてきたぞ』
それから直ぐに、2匹の声が聞えて、慌てているじーちゃんの声。
「……こら、離さんか!わしは、仕事があると……」
2匹に無理矢理連れてこられたじーちゃんの声に、俺は思わず苦笑を零した。
里で一番忙しい人。
この里で一番最初に俺を受け入れてくれた人。
「じーちゃん、誕生日おめでとう……」
だから、そんな人に、俺は一番に言葉を伝えたかった。
今日と言う日に、貴方が生まれて来てくれた事が嬉しいから。
だから、精一杯の気持ちを伝える為に……。
「おめでとうございます、三代目。仕事の事なら気にしなくても、大丈夫ですよ。俺の準備した式神がしっかりと働いてくれてます。それに、入れ替わる時に、式神から記憶もちゃんと貰えるようにしてありますから、心配には及びません」
俺の言葉に驚いているじーちゃんに、もニッコリと笑顔で、しっかりと『』モードでお祝いの言葉と状況を説明する。
って、そんな便利な式神なんて作れるんだ……。
影分身より便利かも…。
「……お主、そんなに前から準備しておったのか?」
だけど、の説明に、じーちゃんは呆れたようにため息をつく。
どう言う意味だろう??
「ええ、今年は一緒にお祝いしたいと思っていましたから」
じーちゃんの質問にニッコリと笑顔で答える。
「どう言う意味?」
『えっとね、身代わりの式を作るのには、最低でも一ヶ月位の時間が必要なの……」
分からないと言うように首を傾げた俺に、『夜』が説明してくれる。
その説明に俺は納得できた。
影分身よりも簡単なんて思ったけど、それは全然使えないってば……。
「んな事までして、誕生日パーティかよ……本当に、めんどくせぇ奴」
呆れたようにシカマルがため息をつくけど、俺はただ苦笑を零すだけ。
俺にとって唯一のぬくもりをくれたじーちゃんの誕生日を祝える事は、すっごく嬉しい事だから……。
「ありがとう……」
だから、素直にお礼を口にした。
「俺が好きでしてんだから、ナルトが御礼を言う事じゃねぇぞ」
そんな俺に、はフワリと笑って俺の頭を撫でる。
「……お主達、人を無理矢理呼んでおいて、無視するでない!」
嬉しくって笑った俺に、じーちゃんが文句を言って来た。
う〜ん、別に無視した訳じゃないんだけどなぁ……。
そう思って、を見れば、も同じように俺を見ていて、目が合った瞬間に同時で笑みを浮かべる。
『いい加減にしないと、本気でこの爺が切れるぞ』
そんな俺達に、『昼』が呆れたようにため息をつく。
「そんなつもりはないんだけどな……それじゃ、三代目の誕生日を祝って、俺が準備した料理食べてくれよ!『夜』も運ぶの手伝ってくれ」
『分かった』
呆れたような『昼』の言葉に苦笑を零して、が料理を運ぶ為に部屋から出て行く。
それを見送って、俺はじーちゃんをソファへと座らせた。
「じーちゃん、生まれてきてくれて、ありがとう……」
何も上げるものなんてないけど、精一杯のこの気持ちを伝える。
「……ナルトから、そう言ってもらえるとはのう……」
感謝の気持ちを伝えた俺に、じーちゃんが少しだけ照れたような、だけど嬉しそうに瞳を細めて俺を見つめてくる。
大切な人が生まれてきた日。
だから、それを言葉にして伝える。
それが、自分に出来る事だから……。