嫉妬。

 その感情を知ったのは、自分に大切な相手が出来た証拠。
 だって、嫉妬するほどその人の事を束縛したいとそう想っているのだから……。


 そして俺も、そんな相手を手に入れることが出来た。
 もっとも、嫉妬する相手も、俺にとっては大切だと思える相手なのが困った問題だけど……。




 なんで、俺の班じゃなかったのだろうか?

 理由は分かっている。
 俺達の班の担当上忍、畑バカカシの所為だ。

 大した実力も無いくせに、侮れない鋭さを持っているから、一緒の班になる事が出来なかった。
 この里の悲劇の末裔を護らなきゃいけねぇって言う任務の所為で、俺とそいつは同じ班になる事が決定事項だったし、その末裔と同じ能力を持つバカカシが担当上忍になるのは必然。
 しかも、上層部からは九尾の器としての監視役も請け負っているのだから、こうなる事は分かっていた事だ。

 だけど、分かっていても、面白くないのが正直な気持ち。
 折角の合同任務だと言うのに、その距離を遠く感じてしまう。

「ナルト?」

 小さくため息をついた瞬間、心配そうな声に名前を呼ばれて顔を上げる。

「もしかして、調子でも悪い?」

 顔を上げた先には心配そうに自分を見詰めているの姿があって、少しだけ驚かされた。
 最初の演習の時に気配を消す事が普通だと言っていただけあって、今のからは全く気配を感じる事が出来ない。
 そう、例えこの里のNo1と言われるほどの実力を持っている俺にも、その気配を感じる事は出来ないのだ。

「お、俺ってば、全然元気だってばよ!」

 そんな内心を隠して、俺は何時ものように表の自分を演じ元気良く返事を返す。

「そう?でも、無理だけはしないでね……」
「それは、の方だってばよ。俺と違って体弱いんだから、無理しちゃダメだってば!」

 無理矢理笑顔を見せた俺に、がそれでも心配そうに言葉を続けて来る。
 そんなに俺は、反対にのことを心配する様に返事を返す。
 表のは、体が弱いと言う設定だから、当然の返答。

「ボクは大丈夫だよ。今日は体調もいいから……それに、皆が過保護で無茶なんて出来そうに無い……」

 俺の言葉にが苦笑を零して、自分と同じ班になった者達を見ている。
 その瞳を見る事は出来ないけど、きっと優しい瞳を見せている事が分かって、モヤモヤと胸の中に黒い霧が現れるのを感じた。
 最近感じるそれは、自分でも理由はちゃんと分かっている。


 嫉妬。


 その感情は、シカマルやチョウジに向けられているモノだと言う事も……。

「ナルト?」

 胸のモヤモヤを感じた瞬間、一瞬だけ眉が寄ってしまうのは止められない。それを目聡く見てしまったのだろうが不思議そうに俺を見る。

「なんでもないってば……真面目に任務しないとサクラちゃんに怒られるってばね」
「……うん。そうだね……」

 じっと見詰めてくるの視線から顔を逸らして、また任務を再開するように手を動かす。作業を始めてしまった俺に、は諦めたように直ぐ傍で同じように作業を始めた。
 背中に感じられるその微かな作業の音に、少しだけホッと息を吐き出す。

 こんな時は何も聞かないでくれるの性格が、本当に有り難い。
 それに、今は黙々と作業をしていれば、何も考えなくてすむ事も有り難いものだった。

「それじゃ、今日はここまでだ!」

 どれぐらいの時間が過ぎたのか、その声に現実へと引き戻されてはっとする。
 気が付いたら、自分の周りは不思議な程ぽっかりと出来た空間があった。

「あら、今日は大人しいと思ったら、頑張っていたのね。一番進んでるじゃないの」

 そんな俺に、サクラが驚いたように声を掛けてくる。

 ……無意識に行動してたから、手を抜くの忘れてた……。

 もっとも、実力を出してないのだけがまだ救いかもしれない……。

「本当、あんたとで頑張ったみたいね。って、!あんた体が弱いんだから、そんなに無茶しちゃダメでしょうが!」

 内心冷や汗をかいている俺に、続いていのが声を掛けてくるが、言われた瞬間俺は驚いて振り返った。
 た、確かに、俺に続いての回りも不自然な空間がぽっかり出来ている。

「えっと、無理した訳じゃないんだけど……気が付いたら……」
「もう、まさかナルトに触発されたんじゃないでしょうね!全く、ナルトが無茶な事するからよ!」

 いのに言われてバツ悪そうに言い訳しているに、呆れたようにため息をつきながら続けて言う。そして、最後には自分が怒られた。

 って、俺の所為なのか??

「ナルトは、関係ないよ!本当、何も考えずに体を動かしてただけだから……今度から気を付けるね」

 怒られた俺を庇うように、慌てて言葉を続けたが申し訳なさそうに謝罪すればいのがもう一度ため息をつく。

「別に怒ってる訳じゃないわよ!あんたの事が心配だから言ってるの!!」
「うん、有難う、いの」

 ビシリと言われたいのの言葉に、フワリとが笑顔を見せる。

 それは、俺の大好きな笑顔。
 その笑顔がいのへと向けられているのに、また胸の中がモヤモヤに包まれた。

「はい、ごくろうさん。明日も今日の続きだから、皆遅れないでね」

 そんな俺達とは関係なく、何時ものように飄々と声を掛けて来たバカカシに、何時ものように突っ込みを入れたのは身に付いた条件反射の賜物だろう。

「それは、カカシ先生だってばよ!」

 俺の突っ込みに『うんうん』と頷いているのは、同じ七班であるサクラとサスケ。
 まぁ、何時も待たされているのだから、この反応は当然だろう。

「いいじゃないの。明日の任務は分かってるんだから、待ち惚けじゃないんだし」
「それもそうね……でも、出来るだけ遅刻しないで下さいね!」

 だがそんな俺達に、いのがしっかりと合いの手を入れる。
 それにサクラも納得して、それでもバカカシに突っ込みを入れる事は忘れない。

 まぁ、今日も3時間の遅刻で十班には迷惑を掛けているのだから、当然の反応だろう。
 サスケもしっかりと文句を言う事を忘れない。

「酷いなぁ、そんなに俺って信用ないのかねぇ……」

 信用なんてある訳ねぇだろうが、このバカカシ!
 ポリポリと頭を掻きながらのバカカシの言葉に、俺は内心で突っ込みを入れる。

「いや、まぁ、お前ももうちょっと早く来てやったらどうなんだ……」

 誰もが怒りで拳を震わしている中、哀れに思ったのだろうアスマがフォローするように口を開けば、ニッコリと笑顔を見せるバカカシ。

「まぁ、それは置いといて、今日は解散。お疲れ様」

 言うだけ言ってから、さっさと姿を消す。
 あのバカカシ逃げやがったな!!直ぐ近くに気配を感じるだけに、本気でむかつく。

「あ〜って、訳だから、今日は解散だ。カカシが言ったように明日も今日の続きだからな。頑張れよ」
「は〜い!」

 逃げたバカカシにため息をついて、アスマが最後の締めの言葉を口にする。
 それにその場にいた女子二名が元気良く返事を返した。後の男子軍は頷くだけで返事を返す。

「んじゃ、お疲れさん」

 それに満足して片手を上げてから姿を消すアスマに、全員がその場に座り込んだ。

「あ〜ん、明日もこれと同じ任務。焼けちゃうじゃないの!」
「本当よ!折角の美肌が!」

 それに早速文句を言うのはくの一二人組み。今日はサスケにくっ付いてないので、何時もよりも平和だ。
 流石にこの暑さでは、人にくっ付くのも嫌になるのだろう。

「大丈夫だよ。明日は曇りだから……」

 そんな二人に、がニッコリと声を掛けた。

「あんたがそう言うなら、間違いないわね。ラッキー!」

 そんなに、いのは嬉しそうな声を出す。

「えっ?何でそんな事が分かるのよ?」

 だが行き成り言われた内容に、納得が出来ないとサクラが首を傾げる。

「ああ、の天気予報は100%の確立だから、心配ないわよ」
「だから、何でそんな事が分かるのよ!」
「さぁ、気にした事無いけど、今まで何度かそう言う事があったんだけど、テレビの天気予報よりも確実に当たるのよねぇ」
「そうなのか?」

 納得出来ないと言うように声を荒げたサクラに、いのが続けて口にすれば、今まで黙って話を聞いていたサスケまでもが話しに加わる。
 どうやら好奇心の方が勝ったようだ。

「うん。の予報は完璧だよ。今まで外れた事がないからね」

 お菓子を食べながらこちらも満足そうに言うのは、と同じ班員であるチョウジ。
 その横でシカマルも頷いている。

「気配完璧に消せる上に、天気予報も出来るなんて、本当に凄いわね」
「……そんな事ないよ。だって、それは前にも言ったけど、育った環境だと思うからね……」

 感心したようなサクラの言葉に、が謙遜して慌てて首を振る。

 そう、確かに環境でその人の能力は大きく変わるものだ。それは、誰よりも俺自身が一番良く分かっている事。
 だけど、のそれは既に人知の能力を超えている……。
 その,気配の消し方にしてもそうだ。

「そんなモンなのかしら……それにしても、今日はサスケくんも帰るって言わないのね」
「そう言えば、私達は嬉しいんだけど、流石にこの暑さじゃ体力削られちゃうわよねぇ……」

 珍しく黙って座っているサスケに対して、流石にサクラが疑問に思って口を開けば、いのが続けて口を開く。
 確かに、今日の暑さも尋常じゃなかった。
 まぁ、夏なんだから仕方ないんだろうが……夕方になってきたこの時間になって漸く涼しくなってきたが、まだまだ昼の暑さは続いている。

「確かにそうだね。そうだ!ボク、お菓子作ってきたんだけど、皆で食べてくれるかなぁ?」

 そんな俺達に、が思い出したとばかりに口を開く。
 って、この暑さの中で、お菓子ってやばいんじゃ……。

「ちょっと、それって大丈夫なの!いたんでるんじゃ……」
「大丈夫。ちゃんと保冷作用のあるボックスに入れて置いたから、冷たく冷えたままだと思うよ」

 言いながら木陰に置いてあったボックスを取りに行く。
 って、それ作ったのって絶対に『昼』だな。昨日、楽しそうに作ってたのは、それだったんだ……。
 昨日の事を思い出し、思わず内心で苦笑を零してしまう。
 でも、そんな事に、禁術を使わないで欲しいかも……。

「何持って来てるのかと思ったら、そんなの持ってきていたの?」
「うん、だって昨日の内に今日の任務内容は聞いてたから、皆疲れてるだろうと思って……冷たく冷えてるお菓子を差し入れした方がいいかなぁって……炭酸モノだけど、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!で、今日の差し入れは?」
「レモンスカッシュゼリー。簡単だけど、結構美味しいよ。炭酸系の飲み物が飲めるなら、食べられると思う」

 ボックスから小さな硝子のカップに入ったそれを取り出してまず一番近くに居たいのへと渡す。それから、順番に一人ずつ手渡して、最後に俺。

「有難うだってば……」
「どういたしまして」

 受け取りながらお礼を言えば、ニッコリと笑顔で返されてそれだけでなんだから胸のモヤモヤが薄くなったのが分かった。

「美味しい!本当に冷たくって、ゼリーなのに炭酸のシュワシュワ感があるのね」
「確かに、これなら俺でも食えるな」
「そうでしょう、そうでしょう!たまにこうやって差し入れ持ってきて来るんだけど、これがどれも美味しいのよ!!」

 の差し入れのゼリーを食べた瞬間、サクラは勿論、サスケまでもが絶賛の声を上げた。
 それに、いのがまるで自分の事のように嬉々として声を上げる。
 ああ、また胸の中をモヤモヤが戻って来た。

「そう言ってもらえると作った甲斐があるね。有難う」

 美味しいと食べるサクラ達に、ニッコリと笑顔で礼を言って、が俺の顔を覗き込んで来る。

「ナルト、食べないの?もしかして、炭酸とかだめだった??」
「えっ?そ、そんな事無いってば!いただきます!!」

 心配そうに質問してくるに、慌てて返事を返してゼリーを食す。それに『うめぇ!』と表の表情で言えば、少し困ったような表情のが目の前に居た。

 うん、分かってる。
 が、ずっと俺の事心配してるって事。
 だけど、これは、これだけはに言える訳が無いのだ。
 だって、俺のこの感情は、嫉妬……。
 俺は、を誰にも取られたくないのだ。
 まぁ、シカマルにはきっと、いや絶対にばれていると思うけど……。

「それじゃ、人心地ついた事だし、そろそろ帰らなきゃだわ」

 考え込んだ俺の耳に、それぞれ食べ終わったゼリーの入っていたカップを『ご馳走様』と言う言葉と共にへ手渡して帰り支度を始める。
 確かに、日が暮れ始めているのが見て取れて、それに納得した。
 日が暮れるのが遅い今の時期から考えれば、既に6時は過ぎているだろう。

「サスケくん、明日も宜しくねvv」

 いのがニッコリ笑顔でサスケに声を掛け、最後の最後でサクラと何時もの喧嘩が始まる。今日は、平和だと思っていたのに……。

「って、私も居るわよ!このいのぶた!」
「煩いわね、デコリンちゃん。私は愛しのサスケくんに言ったのよ」
「な〜にが、愛しのサスケくんよ!あんたなんか、お呼びじゃないの!」

 突然始まった喧嘩に、その場に居た者達が一斉にため息をつく。

「…それじゃ、ナルト!遅刻しちゃだめよ!」

 元気良く始まった口喧嘩に、間に挟まれたサスケは流石に気の毒としかいえなかった。
 暑いのに、本気でモテる男は大変だよなぁ……。
 そして、最後にしっかりと俺に釘を刺す事も忘れないお姉さん振りのサクラは見事としか言えない。

「ボクもお腹空いたから先に帰るね。、ナルト、シカマル、明日も宜しく」
「おう、気ぃ付けて帰れよ」
「また明日だってば!」
「お疲れ様」

 元気に帰っていくサクラといのに挟まれた哀れなサスケを見送った後、チョウジも同じように帰っていく。
 それに三人三様で見送れば、その後続くのは沈黙。


 き、気まずい……。

「えっと、帰らないってば?」

 沈黙に耐えられず動かない二人へと視線を向ける。

「……そうだな、俺は先に帰るぜ。んじゃな」

 恐る恐る声を出した俺に、まずシカマルが一瞬考えてから答えて、手を上げるとさっさと行動に移す。

「お疲れ、シカマル。また明日」
「おう、明日はあんまり無理すんじゃねぇぞ!」

 何も言えない俺に代わって、が声を掛ければしっかりと釘を刺す。それに、が苦笑を零した。
 それから、シカマルの視線が俺を見て笑みを作る。

「んじゃな、ナルト」

 続けて別れの言葉を口にして、そのままチョウジ達と同じ方角へと歩いて行く。
 それに返事を返す事も出来ずに見送ってから、俺は複雑な表情を作った。
 そう言えば、今日一日殆どシカマルと話をしていない。俺って、無意識に避けてたのかも……。

は、帰らないんだってば?」
「ボクは、もう少しここに居るよ……そう言うナルトこそ、帰らないの?」

 内心でシカマルに謝罪しながら、動かないへと問い掛ければ、逆に聞き返された。

「お、俺ってば、急いで帰っても待ってる人は居ないってばよ……」
「……そう………」

 出来るだけ元気に返したけど、返って来たのはそっけない言葉だった。
 何時ものなら、絶対にそんな事無いのに、今は表の姿だから普段と同じ会話は出来ない。
 近くに、バカカシの気配を感じるから……。

「えっと、ゼリーすっごく美味しかったってば!その……えっと……」
「うん、喜んで貰えて良かった。……ねぇ、ナルト」

 言葉に困っている俺に、がその言葉を遮って俺の名前を呼ぶ。
 真剣に呼ばれた自分の名前に、ビクッと肩が震えたのが自分で分かって少しだけ情けない。

「ナルトが何を考えてるのかなんて俺には分からない……だけど、ナルトが話て少しでも楽になれるんなら、幾らでも話を聞くから……だから、俺の事避けないでくれ………そ、それだけ…先に帰るね」

 自分の言いたい事だけを言ってから、がボックスを持ってそのまま走り去っていく。
 だけど、俺は何も答える事も出来ないでその後姿を見送るしか出来なかった。
 勿論、走り去っていったの耳が赤かったなんて事にも気付いているんだけど……それでも、一歩も動く事が出来なかった。

「は、反則だってば……」


 ねぇ、俺がの事を避けるなんて、そんな事絶対に有り得ない。
 だって、今日だってと一緒の班であるシカマル達にずっと嫉妬していたのだから……。

「そんなんだから、離れるなんて出来ないんだってば……」

 初めて手に入れた、自分にとって何よりも大切な存在。
 ねぇ、嫉妬なんて感情を知ったのはに出会ってから……。

「バカカシに見られたら、どうするつもりだってばよ……」

 もう感じられない気配。勿論、は、バカカシが居なくなってから、言葉を伝えてくれた。

 ねぇ、本気で俺はが一番大切なのだ。
 誰にも、渡したくない。それは、独占欲。だから、嫉妬もするのだ。
 が俺以外に見せる笑顔を向けられた相手を全員。
 だけど、その嫉妬も、が全部吹き飛ばしてくれた。
 だって、も、俺の事大切だと思ってくれているとちゃんと分かっているから。
 両想いなら、少しぐらいは我慢しよう。
 最後には、何時だって俺に一番綺麗な笑顔を見せてくれるから……。