我が侭を言っている自覚はあるのだ。

 俺が言った言葉が、信じられないと言うようなナルトとシカマルの態度の理由だってちゃんと分かっている。

 だけど、今のこの姿なら、あの場所に行く事も許されるような気がしたのだ。
 勿論、それが錯覚だと言う事は、自分自身が良く分かっている。

 一族の生き残りである自分が、のうのうの英雄達が眠る場所に訪れる資格などない事も……。

 そして、その英雄達が眠る場所と言うのが、どう言う場所か自分自身が良く分かっているのだ。


 女の格好になっていると言っても、俺の瞳の力が無くなっている訳じゃない。
 しっかりと真実の瞳、更に王者の瞳はさえも健在なのだ。
 今だって、時々見せられる過去が、自分に襲い掛かってくる。
 この里の至る場所で見せられる過去の映像。慣れてしまっているそれらは、まだ無視できる程度のモノ。

 だけど、この里の英雄達が眠る場所に向って、大丈夫かどうかと訪ねられれば、答えはノーだ。

 多分、眠っている死者達の過去をそのまま見せられる事になるだろうと容易に想像が出来る。
 だからこそ、平気で居られる訳がないのだ。
 九尾の犠牲となってしまった、この里の過去を見せられるのは自分にとって恐怖に近い……。

 そう、人々の恐怖の感情は、そのまま自分に襲い掛かってくるのだから…。


「……本当に大丈夫なのかってば?」

 ゆっくりとした足取りで進むナルトとシカマルの態度からも、まだその先に行く事を否定しているのが分かって思わず笑ってしまう。
 そして、心配そうに訪ねてきたナルトに俺は、曖昧な表情を見せた。

 『大丈夫か』と聞かれれば、『大丈夫』だとは答えられない。だけど、何時かはこの場所にも訪れる事になるだろう。

 下忍となった自分には、任務を選ぶ事など出来はしないのだから……。
 だからこそ、この場所が任務地になる事だって否定は出来ないのだ。

「平気って言えば嘘になる。だけど、この偽りの姿なら、あの場所に行く事が許されるような気がするんだ」

 里から少し外れた場所にある慰霊碑。

 里から少し離れている場所にあるからか、自分達の傍に人の気配は感じられない。
 だから、俺は演技をする事無くナルトへと返事を返した。

「許す許さねぇの問題じゃねぇだろうが。お前が行きたくねぇ場所に、態々向うんじゃねぇって言ってんだよ!」

 そんな俺に、不機嫌そのままにシカマルがその足を止めて振り返った。
 シカマルの言いたい事が分かるからこそ、俺はただ困ったような笑みを浮かべる。

「っても、俺も前に進まないといけねぇから、その為には弱点を克服しておこうかと思って……」

 そう思っているのは、嘘じゃない。

 俺の囚われている過去から、一歩を踏み出す為には、一番行きたくない場所に行く事こそが克服出来る近道だと思えるのだ。

 お袋が、俺に性別転換の術を施したのは、遊び半分と俺の背中を押す為だろう。
 過去に囚われている俺に、その一歩を踏み出す為の勇気をくれたのだとそう思える。

 まぁ、暇で俺をからかって遊びたかったつーのが大半を占めている事は、否定できないんだけどな……。

 先見の力は俺なんかの未熟な力と違って、お袋は一族一番の力を持っていたのだ。
 だからこそ、俺に性別転換の術を使えばどうなるのかと言うのは、お袋にとっては見通しだったのだろう。

「俺が倒れたら、ナルトとシカマルが責任持って面倒見てくれるんだろう?」

 複雑な表情で俺を見ている二人に、俺は何時もの笑顔を返す。
 そう、自分にとって二人が居れば大丈夫だと、そう思えるから強くなれると信じたい。

「………仕方ないってば……そこまで言われたら、期待は裏切れないってばね……の好きにしていいよ」

 真っ直ぐに二人を見詰めれば、フッとナルトが諦めたように肩の力を抜いて小さくため息をつく。
 そして、言われたその言葉は、自分の我侭を認めてくれるモノだった。

「あ〜っ、たく、どうなっても知らねぇからな!」

 ナルトに続いてシカマルも、諦めたように俺から視線を逸らして歩き出す。
 その歩き出した先にあるのは、俺が行きたいと言った場所。

「ナルト、シカマル……有難う……」

 俺の我侭を聞いてくれて。
 闇に、その言葉を飲み込んで心からの感謝の言葉を伝える。

「お前が倒れたら、『昼』が直ぐに来るだろうからな」
「うん、俺もそう思う」

 素直に感謝の言葉を口にした俺に、シカマルが照れたようにそっぽを向きながらボソリと呟く。
 それに、ナルトも素直に頷いた。

 言われた内容に、俺も思わず苦笑を零す。いや、否定出来ないところが、悲し過ぎるよな……うん。

 普段通りの歩く速度になった二人の後ろを、俺も同じ速度で歩いて行く。

 見えてくるのは、石碑。それに近付くにつれて、自分の歩く速度が遅くなっていくのが分かる。
 それを証拠に、ナルトとシカマルからすこしづつ離されて行く。

 そして、とうとう俺の足はピタリと動きを止めてしまった。

 動きたいと思うのに、自分の意志とは反対に動いてくれない自分の足。

?」

 立ち止まった事で、ついて来ない自分に気付いたナルトが立ち止まって振り返る。
 その声に、シカマルも同じように立ち止まって振り返った。

「……悪い、足が言う事聞いてくれねぇみたい……」

 ぎゅっと震える体を抱き締めて、自分を見詰めてくる二人に笑顔を見せる。
 その笑顔は、自分でも強張っているのが分かった。

「バカ!んな真っ青な顔して、無理して笑ってんじゃねぇ!」

 自分でも分かるのだ、体が拒否反応を起こしている事が……。
 この先の恐怖を知っているからこそ、拒絶している自分の体。

「シカマル!」

 立ち止まった俺を心配して、シカマルが俺に駆け寄ろうとするが、それをナルトの声が名前を呼ぶ事で引き止める。
 少し前にあるそんな状況までも、今の自分には何処か遠くに感じられた。

 自分を襲ってくるのは、人々の恐怖。まだこんなに離れているのに、その感情は痛いほど自分に襲い掛かってくる。

「ナルト?」
が、言ったんだ。『前に進みたい』って。だから、が自分で動かないとダメなんだ……」

 動こうとした自分を止めた事に、シカマルが不思議そうにナルトを見れば、ぎゅっと拳を握り締め真っ直ぐ俺を見ているナルトとその視線がかち合った。
 聞えてきた声は、やっぱり何処か遠くに感じられるけど、強さを持ったナルトの声はハッキリと聞き取る事が出来る。

 うん、俺が自分で言った事だ。俺は前に進みたい。だから、ここに来たんだ。
 この場所を恐怖と言う色から開放する為に……。

「……やっぱり、ナルトだよな……」

 俺を前へと進ませてくれる存在。
 俺の弱さを、強さへと導いてくれる。
 そして、前で待っていてくれるその存在に、俺は震える体を叱咤して、一歩を踏み出した。

 大丈夫、この光がある限り、自分が闇に負ける事などないと、そう断言できるから……。
 名前を呼んで、スッと俺に手を差し伸べてくれる確かな存在。

「仕方ねぇなぁ……ここで待っていてやっから、早く来いよ」

 自分の幼馴染と言う立場で、ずっと自分を支えてくれた優しい存在。面倒な事が嫌いなのに、面倒でしかない俺と一緒にいてくれた事、本当はすごく感謝しているのだと言えば、きっと照れるだろうと知っている。

 この二人が居るから、俺は自分を保っていられるのだ。

 この場所でさえ、ほらもう怖くない。

「……ごめん、有難う……」

 ゆっくりと歩き出す自分の足。
 待っていてくれる確かな存在の元へと、ゆっくりと動き出す。

「大丈夫。俺達は、ちゃんと待っているよ」

 本当にゆっくりで、だけど自分では精一杯のその動きに焦る気持ちを隠せない俺に対して、ナルトの声が聞えて強張っていた体からフッと力が抜けた。

「めんどくせぇが、ここまで来たんだ。お前が納得出来るように、ちゃんと付き合ってやるよ」

 頭の後ろで手を組んだ状態で、自分を見詰めてくる瞳。
 面倒だと言いながらも、その瞳は優しい色を見せている。

 大好きで掛け替えのない存在に支えられて、俺はゆっくりと二人の居る場所へと歩き出した。