「この、化け物!!」

 そう言って、投げ付けられる石。

 そうは言うけど、どっちが本当の化け物なんだろうか?

 鬼のような形相で睨み付けてくる里人達。
 自分はそれを、物心付いた時からずっと見せられていた。

 本当に、どっちが化け物なんだろう。

 俺の事を睨み付けてくるそれは、鬼。
 何も知らない子供が、怯える程の形相。

 なぁ、今のお前等の方がよっぽど化け物じゃないか。

 まさにそれは、『鬼』。

 こんな里で、俺は良く平気な顔で生きていられるよな。
 なんって、やっぱり俺も化け物だから平気なんだろうか。

 俺を睨んでくる、この腐りきった里に住む住人と同じ……。

「同じじゃないだろう?」

 俺の考えをまるで読んだように、声が聞えて振り帰る。

「同じなんかじゃ、ないだろう」

 初めは問い掛けるように聞えたそれが、次には確証を持って俺の耳に届く。

 真っ直ぐに自分を見詰めてくるその瞳は、金色の月。
 闇の中でもその光を失う事のない、輝き。
 片目だけのその輝きが、自分を見詰めてくる。

「………」

 何時の間に来たのか分からない。
 俺には、彼の気配を読む事だけは出来ないから……。

「ナルトは、化け物なんかじゃない」

 再度、はっきりとした声が聞えてくる。


 なぁ、どうして俺が考えていた事が分かったんだろう?
 なんで、俺が欲しいと思ったその言葉をタイミング良く、何時だって俺に与えてくれるんだろう。

「里人の心の鬼と、お前の綺麗な心を一緒になんてしないでくれ」

 俺を見詰めてくる里人の形相は、何時だってまるで鬼のようだ。
 なら、その心も同じように鬼が棲んでいるのだろうか?

「……俺の、心にもあいつ等と同じように鬼が住む……」
「誰の心にだって、鬼は居る。だけど、それを自分で理解している奴とそうじゃない奴とでは、全然違うんだよ」

 だって、俺もこの里を憎んでいるのかもしれない。
 俺には、何も信じられるモノはなかったのだから……。

 ポツリと呟いたそれに、が凛とした声で言葉を続けた。

 理解している者と、していない者の違い?

「ナルトは、それを理解しているから、あいつ等とは違うんだよ」

 そう言って、は笑った。

 その笑顔は、俺の大好きな笑顔と違って、何処か寂しそうな笑顔。

?」

 そう考えていた俺の視界が、揺らぐ。



「ナルト!起きろ!!」

 突然聞えて来た大声に、飛び起きてしまう。
 目の前に飛び込んできたのは、イルカ先生の怒った顔。

「あれ?」

 一瞬状況が理解できなかった。

 だって、アカデミーの授業で爆睡してしまっていたなんて、信じられないミス。

 だったら、今までのは夢だったのだろうか?


「目が覚めたようだな。そんなに俺の授業は退屈だったのか?」

 目の前でフルフルと拳を震わせているイルカ先生に、俺は慌てて表の自分を演じる。

「ほ、本当だってばよ!イルカ先生がつまらない授業するから、俺ってば熟睡できたってばよ!」

 楽しそうな笑顔を見せて言えば、イルカ先生の頭に角が生えたのが見えたのは、きっと気の所為ではないだろう。

「……ほぉ、それは良かったな……だけどなぁ、退屈な授業でも、しっかりと聞かないと、立派な忍びにはなれなんだぞ」

 ヒクヒクと引き攣った笑顔を見せながら、しかも頭に角を生やしているイルカ先生が、それでも怒鳴るまいと必死に言葉を通ける。
 いや、うん、でも、授業がつまらないって言うのは、本当の事だしなぁ……イルカ先生の授業は、面白い方だけど、教わる事は何もない。

「そんなの必要無いってばよ。俺ってば、凄い忍びになって、火影になるんだってばよ!」
「いい加減にしろ!!そんなに簡単に火影になれるか!ナルトは、居眠りしていた罰だ、放課後教室の掃除をしてもらうからな!」

 バシンと俺の頭を叩いて、呆れたようにイルカ先生が続ける。

 そんな事、俺が誰よりも知っている事だ。

「え〜っ、横暴だってばよ!」
「それだけで許してやってるんだぞ、本当なら、3日間の掃除と言いたいところだ」

 盛大なため息と共に、イルカ先生が授業へと戻る。
 叩かれた頭を擦りながら、俺は不貞腐れて方杖をついて視線を外へと向けた。

 青空の広がる景色を見詰めて小さく息をつく。
 思い出されるのは、先程の夢。


 ああ、そう言えば、先のイルカ先生も頭に角を生やして、まるで鬼のようだった。
 だけど、夢に見せられた里人達と違って、恐いなんて思えない。
 形相だったけど、何処か暖かな表情は自分にも他の子供達と同じように接してくれるのだと分かるからこそ……。


 そう言う事が、分かるようになったのは、何時からだっただろう。


 そう、と出会ってからだ。

 人の心が少しだけでも分かるようになったのは、暖かな心に触れる事が出来たから。
 自分にも、笑顔を見せてくれる人が、出来たからだ。

「………だから、違うのか?」

 ポツリと呟く。

 夢の中で、確かには言っていた。

 俺は、化け物なんかじゃない。
 そして、里人の心に巣くった鬼なんかと、一緒にしては駄目だと……。

「ナルト!ちゃんと聞いているのか?!」

 ぼんやりと外を眺めていた俺に気付いたイルカ先生が、チョークと一緒に注意を促す。
 それに返事を返して、俺はそっと笑みを浮かべた。

 確かに、人の心には簡単に鬼が宿る。
 だけど、その鬼に気付いた者は、鬼に打ち勝つことが出来るのだろうか……。

「俺は、鬼になんてならないから……」

 誰かを憎いと思うその心が、人の心に鬼を生む。

「ああ、だからか……」

 俺は、この里に対して、何の感情も持っていなかった。
 だからこそ、里の奴等と違う。

 憎い気持ちも持ち合わせることが出来なかったのだから……。

 俺を化け物じゃないと言ってくれたが居るから、俺は人として今ここに居られるのだ。
 それは、これからも先も変わらない。

 自分にとって、大切だと思える人が居てくれるから……。
 そう考えながら、俺はイルカ先生の話へと意識を戻した。

 今日は、はお休み。


 俺の、大切だと思える奴は、一体何をやっているんだろうか?