下忍の任務が終わり解散した後、何時ものように一緒に歩いていた俺の目の前で、が突然倒れた。
俺は、倒れ掛けた体を慌てて抱き止める。
「おい!」
声を掛けても、何の反応も返って来ない。
白いの顔は、何時も以上に血の気を失っていて、まるで死人の顔でも見ているようだ。
そこまで考えて、俺は自分の馬鹿げた思考を払うように首を振った。
『奈良のガキ』
その瞬間、行き成り声が聞こえて来て驚いて顔を上げる。
「『昼』!」
『は、連れて帰る。お前も一緒に来るか?』
自分に声を掛けて来た相手の名前を呼べば、淡々とした口調で問い掛けられ、俺はそれに頷く事で返事を返す。
幸いチョウジ達とは一緒に行動していなかったのと、倒れた場所が滅多に人が通らないような処だったようで、この瞬間も周りに人の気配は感じられない。
『なら、そのままを支えていろ』
言われて、頷くとぎゅっとを掴んでいる腕に力を込めた。
そして感じるのは、空間が歪む気配。
『『昼』!は?!』
その気配が無くなったのを感じた時、聞こえて来たのは、心配そうな『夜』の声。
『心配ない。力の暴走を起こしただけだろう』
『そっか……よっぽど酷い場所だったんだね』
淡々と交わされる会話に、俺は違和感を覚えた。
の事になると人一倍心配性になる『夜』が、倒れたと言うのに、落ち着いているのが可笑しい。
「おい!が倒れたつーのに、何でそんなに落ち着いてられるんだよ!」
『そうか、奈良のガキは、初めてだったな。とりあえず、は、そこにでも寝かせて置け』
俺の言葉に、『昼』が小さくため息をつく。
そして、言われた事に今でも支えているの事を思い出して、慌ててソファに寝かせる。
そんな俺を見ながら、『夜』が困ったように口を開いた。
『…あのね、の左目の力の事は、シカも知っているよね?』
「ああ」
『夜』が話し出した瞬間、『昼』の姿が消える。
それを横目に見ながら、俺は『夜』の質問に頷いて返した。
『その力が、どう言うものなのかも、知ってる?』
不安そうに見詰めてくる紫の瞳に、俺は不思議に思いながらも、答えを返す。
「確か、過去の出来事をそのまま映像として見ちまうんだったよな……」
以前、ナルトの奴に説明していた事を思い出しながら答えた俺の言葉に、『夜』が小さく頷く。
『……うん、だからね。酷い映像も全て嘘偽りなくには見えてしまうの……時々、本当に時々なんだけど、その映像に耐えられなくなるとね、今日みたいに意識を手放しちゃうの……』
「……そう言う事か……」
言い難そうに説明された言葉に、俺は納得するしかない。
『そうだ。だから、直ぐに気が付くだろう』
複雑な表情で頷いた俺に、毛布を持って戻ってきた『昼』が小さくため息をつく。
そして、持ってきた毛布をに掛けてやりながらも言われた言葉は、その行動を裏切っていた。
直ぐに気が付くと言いながらも、毛布を掛けてやるつーのがこいつらしいと言うか、こいつ等がの事を大切にしてるってのが良く分かるよな。
それにしても、本当にめんどくせぇ目を持っちまってるよな、こいつ・……。
眠るを見ながら、その厄介な能力に複雑な気持ちを隠せない。
なんで、こいつは一人で厄介事を抱え込むんだ……。
きっと、今回だって偶々一緒に居たから知る事になったつーだけで、そうじゃなければ、何も知らずに終わっていただろう。
『それじゃ、が気が付く前にお茶でも入れてくるね』
『夜』が何時ものようにそう言って部屋を出て行く。
静かになった部屋の中で、俺は意識の無いを見た。
顔色は、今だに色を無くしたままの状態。
それを見ていると滅茶苦茶、腹が立ってきた。
「…『昼』」
『なんだ、奈良のガキ』
「ナルトが来たら、この事話すからな」
『ああ、オレは気にしない話したければ、勝手に話せ』
人の知らねぇ処で、全てをなかった事にしようとするなんて、許せねぇ。
人の心配は、誰よりもするくせに、自分の心配はさせねぇつーのも、気に食わねぇかんな。
許可は貰ったつーことで、覚悟しとけよ。
目を覚ました瞬間、やっちまったと頭を抱え込む。
出来るだけ誰かと一緒に居る時には倒れないように頑張っていたのに、今日のは本当に耐える事が出来なかった。
なんで、あんな酷い事が出来るのだろうか。
泣いている子供を残虐に切り刻んでいくその顔は既に人間のモノではなく、醜い妖。
その子供の痛みがダイレクトに伝わってきた瞬間、俺の意識は途絶えてしまった。
これ以上、その子供の痛みを感じ続ける事を体が拒否した結果。
映像だけで見る分には、まだ耐えられる自信があるのだが、その相手の受けた痛みを感じると体が防衛本能を起こす。
そうでもしなければ、本当に死んでしまうほどの痛みを感じるのだ。
だからこそ、自分を守るために意識をなくしてしまう。
別に倒れる事に関しては問題ない。
体が弱いと言う設定だから、相手に印象付けるには好都合だ。
だけど、寄りにも拠って、シカマルと一緒の時に倒れる事になるなんて、考えても居なかった。
「気が付いたのか?」
ソファに寝ていた俺は、しっかりと毛布まで掛けてもらって、本当に病人のようだ。
そんな自分の状況を確認しているなか、不機嫌な声が問い掛けて来る。
俺は、その声に恐る恐る顔を上げて相手を見た。
「シ、シカマル…今日は、本読んでないのか?」
視線を向けた先には、何時もなら書庫から持って来た本を読んでいるはずのシカマルが、何もその手に持たずに俺を真っ直ぐに見詰めていた。
その視線は、はっきり言って怖い。
「お前が倒れた理由は『夜』達が説明してくれた。で、お前から言う事は?」
「……えっと、『夜』達が説明してくれたのなら、なんもねぇと思うけど……」
不機嫌に見詰めてくるシカマルに、愛想笑いを浮かべながら返事を返す。
だって、俺から説明する事はないはず・……強いてシカマルに言う事があるとすれば・……。
じっと俺を睨んでくるシカマルに、どうしたものかと考える。
だけど、間違いなくシカマルに心配掛けたのだと分かるから、素直になる事にした。
「…心配掛けてごめん……」
シカマルやナルトには話してなかったから、本気で心配してくれたんだろう。
だけど、こればっかりは誰かに話してもどうにもならないと分かっているから、話せなかったのだ。
余計な心配など掛けたくはないから……。
「…ちげぇよ。俺が聞きてぇのはそんな事じゃねぇぞ」
俺の謝罪の言葉に、シカマルがまた睨んできて文句を言われた。
違うって言われても、俺から言う事はそれだけしかないと思うんだけど……。
「……ナルトが来たら、今日の事は話すからな」
首を傾げて考える俺に、シカマルがため息をついてポツリと呟く。
その言われた事に俺は慌てた。
「えっ、ナルトに話すのか?!大した事……」
「もう決定事項だ。それに、大した事だろうが、お前が倒れたのなんて初めてだろう」
慌ててシカマルに言おうとした言葉はその相手によって遮られてしまう。
…確かに、シカマルの前で倒れたのは初めてかもしれないけど、俺この間倒れたばっかりなんだけど……。
勿論、話してないから、シカマル達は知らないだろうけど……。『昼』や『夜』は絶対知ってるはずだ。
『諦めるんだな。今、『夜』が茶の準備をしている。それを飲んで大人しくしていろ』
どうしようかと本気で考えている俺の耳に、『昼』のどこか楽しそうな声が聞えてきた。
きっと睨んだ俺に、『昼』が笑顔を見せる。
絶対に楽しんでるな、こいつ。
それが分かるからこそ、盛大なため息をつく。
いつも『昼』や『夜』には、心配掛けているのに、今度からシカマルやナルトにまで迷惑掛ける事になるなんて……。
自分の失敗を呪わずには居られない。
何時ものようにの家に帰り着いた俺は、不機嫌なシカマルと何となくだけど顔色が悪いようにも見えるに出迎えられた。
「な、なんかあったのか?」
あまりにも珍しいその状態に、思わず問い掛けてしまう。
それにが困ったような表情で苦笑する。
「別に、大した事があった訳じゃ……」
「あったな」
そして、その表情のまま俺の質問に答えようとしたの言葉をシカマルが一言で遮ってしまう。
シカマルのその態度から分かるのは、不機嫌な原因がにあると言う事。
珍しい、が何かするなんて考えられないんだけど……。
「で、何があったんだ?」
『が倒れたので、奈良のガキは不機嫌になっているだけだ』
原因が分からない事には、話が進まないと思って再度問い掛けた俺の質問に帰ってきたのは、どこか楽しそうな『昼』の声。
「えっ?倒れたのか?!」
だが言われた内容に驚いて、慌てての顔を覗き込む。
うん、やっぱり顔色が悪いと思ったのは気の所為じゃなかったみたいだ。何時もよりもの顔色は青白く見える。
色が白いから、余計そう見えるってのもあるかもしれないけど……。
「だ、大丈夫だ。大した事ないんだけどな…その、シカマルに迷惑掛けたのは悪いと思ってるんだけど、何時もの事だし……」
「何時もの事?」
心配そうに見詰める中、がますます困ったような表情を見せる。
だけど、その言われた言葉に気なる事が聞えて思わず聞き返した。
「こいつの能力の所為だつーんだとよ」
俺の質問に、が複雑な表情を見せる。そして、その質問に答えてくれたのは、シカマル。
「の能力?」
「ああ、こいつの左眼の所為らしいぜ」
だけど答えてくれたシカマルの説明では分からなくって、思わず首を傾げれば、不機嫌そのままにを指して冷たく言い放つ。
言われて漸く理解した。
の左眼は全てを映しだす、真実の瞳を持つ。
それは、全ての過去を映像として見せられるのだと言われた。
それがどう言う事なのかを考えれば、直ぐに理解できる。
「……なんで、初めに言ってくれなかったんだ……」
過去の全てが綺麗なモノであるはずが無い。
容赦なく流れる過去の映像は、時に残酷なモノだと知れる。
そうこの里が忍びの隠れ里であるからこそ、特に……。
「……そんな顔させるのが嫌だったから……」
俺の質問に、が困ったように笑いながら答えた。
「そ、そんな!」
「そんなくだらねぇ理由で、俺達に言わなかったつーなら怒るぜ」
それに俺は文句を言おうとしたけど、それよりも先にシカマルが冷たい視線でを見ながらキツイ一言。
だけど、それは俺も同じ。
だって、は何時だって、俺やシカマルの心配をしているのに、俺達に余計な心配をかけたくないと言う。
それって、ずるい。
俺だって、の事本当に大切に思ってるのに、どうして俺達には心配もさせてくれないんだ。
「怒られても仕方無いけど、それが理由。だって、こればっかりは何時起こるかも分からないから、出来れば今回も知られたくなかったと思うのが、俺の正直な気持ち……シカが一緒の時に倒れるほど酷い場所なんて、通る事ないと思ってたのに……」
シカマルの言葉に、が小さく息を吐き出してゆっくりと口を開いた。
だけど伝えられた言葉に、俺はぎゅっと自分の手を強く握り締めた。
「なんで、は俺達に心配もさせてくれもれないんだってば……俺だって、の事大事なのに、この気持ちは迷惑なのか!」
泣きそうになる気持ちをぎゅっと目を瞑る事で堪える。
もしも、『迷惑』と言う言葉が返ってきたら、俺はきっと泣いてしまうだろう。
情けないのは分かっているけど、もうは俺にとって何者にも替えられない相手だから。
「迷惑なんて絶対にありえない!」
ぎゅっと目を瞑った俺に、の声が直ぐに返される。
それに俺はゆっくりと瞳を開いてを見た。
「?」
真っ直ぐに見詰めてくる瞳は何処までも真剣で、そして優しい光を持つ。
「心配してくれるのは、すっごく嬉しい。だって、それは俺の事を想ってくれている事だって分かるから……だけど、どうにもならない事で、二人に余計な心配は掛けたくなか……」
「それが間違いだつーんだよ」
困ったような笑顔を見せながら言われたその言葉をシカマルがため息をついて遮った。
うん、どうにもならない事かもしれないけど、俺も余計な心配だとかそんな風に思って欲しくない。
例え頼ってもらえないとしても、の力になりたいと思うから。
「シカマルもナルトも、本当バカだよな……」
シカマルの言葉に大きく頷く俺に、がクシャリとその表情を崩す。
泣き笑うようなその表情に、俺は正直言ってかなり驚いた。
「?!」
ギョッとした俺に、が抱き付いてくる。
感じるの体温に、ドキドキするのを止められない。
「折角黙ってたのに、これからは、我慢せずに何処でも倒れちまうからな!」
「って、お前今まで我慢してたのかよ」
俺に抱きついたまま、くぐもった声がから発せられる。
だけど、その言われた言葉に、シカマルが呆れたようにため息をついた。
「もしかして、時々話し掛けても返事がない時って……」
「………で、出来るだけ正気で居られるように努力してました…………」
俺も、言われた言葉が気になって思わず問い掛けてしまう。
それに、バツ悪そうにが返事を返す。
俺とシカマルは、その言葉に同時に頭を抱えた。
まだは俺に抱きついたまま。
『しなくてもいい努力だけをするところは、変わらないな』
そんな俺達と違って、呆れたように口を開いたのは、のんびりと寛いでいる『昼』。
いや、変わらないという言葉で片付けて欲しくないかも……。
「『昼』時々思うんだけど、やっぱりの教育間違ってねぇか?」
『オレ達の教育は間違ってなどいないぞ。間違っているのは、の性格だ』
呆れたように言った俺に、きっぱりと『昼』が返事を返す。
いや、うん、確かに性格がそうだって言われたらそうかもしれないけど、何か違うような……。
思わず考え込んだ俺だけど、抱き付いていたがまるで寄り掛かるように体重を掛けてきたので慌ててその体を支えた。
「どうした?」
突然慌ててを抱き返した俺に、シカマルが不思議そうに問い掛けてくる。
「……寝てる…」
『漸く眠ってくれたみたいだね。に飲ませたハーブティには、精神安定の効力だけじゃなくって睡眠作用もあるヤツを使ったからね。そのまま寝かせておいてあげて』
そこで初めて今まで俺達の話を聞いていた『夜』が口を開いた。
ああ、だからか……。
言われて俺は頷いてをソファに寝かせる。
そこには、毛布もあったから、それをしっかりとに掛けた。
今のの表情は、すっごく安心したモノ。
それは、俺達の事を少しでも認めてくれたのだと思っていいのだろうか。
『ナルも何か飲む?』
「今は、いい……」
『そう?飲みたくなったら何時でも言ってね』
紅茶のポットを手に尋ねられた言葉に、小さく首を振って薄茶色のサラサラなの髪を撫でる。
何時もはが俺にしてくれるそれを、今日は俺が返す。
サラサラ流れる茶色の髪は指に絡まる事などなく、俺の癖毛とは大違いだ。
「こうして見ると、やっぱりって綺麗な顔してるよな……」
「…お前、それ本人の前で言ったら不機嫌になるぞ」
瞳は閉じているからあの綺麗な金色の瞳は見えないけど、それでも整った顔立ちは見ていて飽きない。
「、今度から無理せずに俺達に頼ってくれるかな……」
「無理はしねぇだろう。こいつは一度でも言った事は守るからな」
それでも、まだ少しだけ顔色が悪いのが見て取れて、俺がポツリと零したそれに、シカマルが直ぐに言葉を返してくる。
それに俺は小さく笑った。
「……その為に、シカマルは俺に告げ口したんだろう?」
自分の前で倒れた。
きっと、シカマルもかなり驚いただろう。
だからこそ、黙っていたに怒ったのだ。
俺だって、が突然目の前で倒れたら動揺して、その理由を知ったら同じように怒ったと思う。
だって、それはの事が大切だから。
確かにどうにもならない事だって分かっていても、手を差し伸べる事で救われるのだと言う事を、俺はから教わった。
だから、今度は俺がに返す番だ。
から貰った優しさや、この暖かな気持ちを……。