風が泣く。
その泣き声を聞きながら思う事は、今自分の中に居る者の存在。
なぁ、いい加減に気が付いてくれよ、お前が待ち望んでいた奴が戻って来てるんだって事を……。
だから、泣き止んでくれ。
そんな悲しそうな声で、泣かないでくれ……。
その声は、内に居る神を通さなくっても、俺の心を重くする。
「無駄だ。今のお前の風は俺に届く事はない。なぁ、気付けよ!今俺の周りにあるこの力に!!」
届く事ない俺の声。
だけど、今ならお前を押さえ込む事が十分出来るから……。
これ以上、目の前の神が泣くことが無いように、俺は一つの印を組むとその力を目の前の相手へとぶつけた。
「雷よその輝きを持って、相手を束縛せよ!」
雷の神と俺の力を合わせた束縛術。
雷がまるで意思を持っているかのように、荒神を縛る。
本当は、こんな力をナルト達には見せたくなかった。
だって、この力は決して人が持てる力ではないから……。
それでも、俺のこの力を恐れないでくれると信じているから、俺は迷いなくこの力を遣う。
「俺の中に眠りし神よ。汝の力にて闇を祓い給え」
本当は、こんな事は言いたくはない。
だけど、まず事を起こさなければ、俺の中で眠っている神も動き出してはくれないから……。
雷の神が動かなければ、目の前の神を救う事なんて今の俺に出来る筈がない。
だから、思いを込めて、内の神に語りかけるように言葉を続ける。
「そして、哀れな神に、安らかな眠りを……」
『………で、き、ない……』
スッと手を上げて、束縛している神に手を振り下ろすのと同時に呟いた俺の言葉に、小さな小さな声が答えた。
勿論、手を振り下ろした時に、俺は何の力も発動していない。
本当なら、その言葉と同時に相手を消し去る為の術を発動するのだが、そんな事出来ないと分かっていたから……。
そして、予想通りの言葉が聞こえてきた事に、俺の顔に思わず笑みが浮ぶ。
目の前の相手を消す為の力を俺の内に居る者が望まないと分かっていたから、それして、それは俺が望んできた言葉でもある。
その言葉が聞けたのならば、こっちのモノ。
「なら、神の名を答え、落ち着かせる為にその力を貸して欲しい」
『………………名は、風華………』
俺の質問に、考えるような沈黙が流れたが、それしか方法がないと理解したのだろう、目の前に居る神の名が小さく答えられる。
「…風華……」
聞えて来たその名を小さく呟く。
決して、ナルト達に聞えないように……。
無闇に神の名を誰かに知られる事など、決してして許されない行為。
俺の唇を読まれる心配も無いだろう、だって俺は二人に背を向けているのだから……。
ボソリとその名を呟いた瞬間、周りを囲んでいた結界の気配が消える。
俺達一族にその名前を知られたなら、例え神の力だろうと無効化できるのだ。
吹き荒れていた風が、一瞬で止む。
「な、何だ?」
「一体、何が起こったんだ??」
後ろから、ナルトとシカマルの声が聞えて来た。
突然その場が開けた事と、吹き荒れていた風が止んだ事に、何が起こったのか理解できなかったのだろう。
「大丈夫、心配ないから……」
そんな声を聞いて、俺は振り返ってニッコリと笑顔を見せた。
何も説明する事なんて出来ないけど、これだけは言える。
もう直ぐ、目の前の神が目を覚ましてくれるって事を……。
「お前の名は分かった。もう、俺にお前の力は通用しない。そして、俺の中には、お前が待ち望んでいた者が居る。いい加減、俺の声を聞け!」
必死で捕らえている雷を打ち消そうともがいている神に、俺はその心に語り掛けるように声を張り上げた。
「俺の中に居る者の名を、思い出せ!お前が、狂っても、待ち望んでいた者だ」
全てが繋がった。
そして、俺の中に居る者の名も……。
これで、俺はこの中に居ても自分の力を封じられる事は無い。
「俺の内に居る雷の神よ、今その姿を我の前に現したまえ」
だからこそ、目の前の神を戻す為に自分の中に居る神を表へと引き出した。
ズルリと、自分の中から何かが出来てくるその感じは、決して慣れる事のない不快な感触。
そして、出て来たのは一人の少女。
金色の瞳に金色の髪を持つ少女の姿をした雷の神。
『………ごめんね…こんなになるまで待たせてしまって、本当にごめんね』
少女は、泣きながら俺の中から出て来ると、目の前に居る荒神にフワリと抱き付いた。
そして、何度も何度も謝罪する。
『…………ね、ねぇさま………?』
小さく本当に小さな声で、初めて荒神となったその神が言葉を口に出す。
それは、今までの泣き声のような悲痛なモノではなく、少女のような高い声。
ああ、言葉を思い出したのなら、もう何も心配は無い。
『……ずっと、ずっと、待っていたの…………でも、姉さまは、帰って来なくって……………私は…………』
ポロポロと剥がれていくように、醜い姿を見せていたそれが落ちて行く。
そして、その下にあるのは……。
「思い出したのなら、何も心配ないな……」
雷の神とそっくりな容姿で、青銀の髪と水色の瞳持つ少女の姿が目の前に現れる。
その姿が現れたと同時に辺りを包んでいた空気が一瞬にして正常なモノへと変化したのが分かった。
ここに居ても、『昼』や『夜』の気配を感じる事が出来る。
『若きの当主よ。妹が迷惑をお掛けしてすみませんでした』
結界が消えたのなら、ナルト達にはもう神の姿もその声も聞える事は無い。
それに、少しだけホッとしている自分が居る。
「風華、雷華……しばしこの地にて眠りに付け……」
『仰せのままに………我等の名を知りし貴方様に、永遠の忠誠を』
『ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。我等の名を呼べば、何時でもお力をお貸しいたします』
俺の言葉に、二人の神がその場で膝を付き、頭を下げた。
名を知る事で、俺達一族はその神を制圧出来る。
それが、一族の能力。そして、何よりも人として恐れられる理由……。
神を御せる人間など、それは既に人とは、呼べないから……。
荒神から、その姿を戻した風神は、雷神と共にしばしの眠りに付く。
穢れたこの地を浄化する為に……。
「………終わった…………」
全ては、悲しさから狂ってしまった神が起こしてしまった事。
それは、俺達一族がこの地に棲む前から、あの神はずっと肉親を待ち望んでいたのだ。
本当に気の狂う程………。
「!」
何処か遠くの方で名前が呼ばれた。
でも、俺の意識はそれに返事を返す事が出来なくって、闇の中へと引き摺られていく。
………ずっと、ずっと泣いて居たのは、待っていたモノだけなのだろうか?
突然の中から姿を現した少女。
金色の瞳に、金色の長い髪を持ったその少女が、あの醜い姿をした者へと抱き付いた。
その瞬間、その醜い姿が剥がれて行き、中から現れたのは、その少女に良く似た色違いの少女。
少女の髪の色は青銀に水色の瞳。その姿が見えた瞬間、自分達を覆うように感じていたあの気配が一瞬で消える。
そして、その気配が消えた瞬間、目の前に見えていた少女達の姿が消えた。
確かにそこに気配を感じる事は出来るのに、もうの前には誰も居ない。
「――、――……しばしこの地にて眠りに付け……」
そして、聞えて来たのはの声。
誰に言ったのかは分からなかったけど、それはあの二人の少女に向けられた言葉だろう。
暫くすれば、その不思議な気配も完全に分からなくなってしまった。
「………終わった…………」
ポツリと聞えて来たその声に、俺が意識を向けた瞬間、グラリと目の前の体が揺らぐ。
「!」
それが分かった瞬間、俺は慌てての傍へと走り寄りその体を抱き止める。
そう言えば、が張った結界も何時の間にか消えていた。
「終わったみたいだな」
俺がの体を抱き止めたのを確認して、ゆっくりとした足取りでシカマルが近付いてくる。
そして、隣に並んだシカマルの視線はあの二つの祠へと向けられているのに気付いて、俺も同じようにその祠へと視線を向けた。
何処かもの悲しそうに見えていたはずなのに、今は明るく見えるのは気の所為だろうか?
『終わったようだな……戻るぞ』
そう思っていた俺の耳に、聞きなれた声が聞えて思わず驚いて顔を上げた。
「『昼』?!」
『結界が消えれば、オレ達でもここで自由に力を使う事が出来る……は、ただの力の遣い過ぎだから心配はない』
驚いて名前を呼べば、簡単に説明される。
ああ、だから、あの嫌な気配は感じられなくなったのか……。
だけど、その言葉に納得してしまった。だって、ここはもう、何も変わらない景色が広がっていたから……。
その中に、あの祠がひっそりとその場に存在しているだけ。
『奈良のガキもチャクラの使いすぎのようだな、『夜』が嬉々としてチャクラ回復茶を準備していたから安心しろ』
「……安心でねぇつーの……めんどくせぇ……」
鮮やかに流れるこの時間、先程までの戦闘がまるで幻だったように、ここはとても鮮やかだった。
『器のガキ、を抱えていろ』
「あ、分かった……」
だけど、チャクラを使った後の気だるさは確かにあって、あれが幻じゃなかった証のように、は眠っている。
『お帰り!』
ギュッと腕の中の存在が消えてしまわないように、俺がその手に力を込めた瞬間、明るい声が聞えて来た。
「た、だいま……」
その声に、少しだけ驚いて、だけど返事を返せばニッコリと優しい笑顔がそこにあった。
『お茶の準備はバッチリだよ。特にシカは、ちゃんと飲まなきゃだね』
「へぇ、へぇ……まぁ、料理食うより、茶の方がまだ、マシ……」
『心配しなくっても、今日の夜はチャクラ回復メニューにするよ』
「……それは、やめろつーの…寝れば直る……」
げんなりとした様子で、シカマルはソファに座ると恨めしそうに『夜』を睨みつける。
……確かに、あのメニューは俺も遠慮したいかも……。
『器のガキ、を部屋に連れて行くから、そのまま抱えていろ』
「えっ?…分かった」
そんな遣り取りを見詰めていた俺は、突然声を掛けられて、驚いたけど言われたその言葉に納得してそのままを支える腕に力を込めた。
あの圧倒的なの力を見せられたから、この手を離してしまったら、が何処かへ行ってしまうような気がしたから……。
『このままは、寝かして置いて大丈夫だろう……お前は下に行かないのか?』
の服を着替えさせて、『昼』はベッドにを寝かせるとそれをじっと見詰めていた俺へと声を掛けてきた。
その質問に、俺はただ首を振って答える。
『そうか……』
首を振って返した俺に、『昼』は小さく息を吐き出すと、の眠っているベッドの直ぐ近くに一つの椅子を出してくれた。
『それに座れ、お前も疲れているだろうからな』
今度はコクンと頷いて返して、素直にその椅子に座る。それを確認してから、『昼』の姿は一瞬で居なくなった。
きっと、下に行ったのだろう。
そんな事をぼんやりと考えて、俺は眠っているを見る。
何処か安心したように眠るその姿に、知らずホッと息を吐く。
あの神との戦いを目の前にして、が何処か遠くに行ってしまうのじゃないかと心配になった。
人では決して持つ事の出来ない力……神の力さえも操る事の出来るそれは、もう人ではなく神そのモノのようで、決して自分の手の届く人ではないとさえ思えてしまう。
だけど、自分は……。
「……お願いだから、離れていかないで………」
どんな力を持っていても、恐くない。
だって、それがだから……。
その力があったから、今俺の目の前に居てくれる。
自分が初めて一緒に居たいと願った人。
『大丈夫だよ、は離れたりしないから……』
ギュッと消えてしまわないように、の手を握って呟いたその言葉に、誰かの声が返される。
「『夜』?」
『本当に、二人とも似た者同士だよね……もね、同じ事を思ってるんだよ。人では御せない力を持っているのを見せちゃったからね……ナル達が自分を恐がって離れてしまったらどうしようって……でもね、逆に信じても居るんだよ。ナル達は、自分を認めてくれるって事を……』
その名前を呼んで姿を確認すれば、手にお茶の準備をしてそれをテーブルに置きながら、『夜』は苦笑を零しながらそう言った。
信じてくれてる?
『矛盾してるでしょ?でもね、の心の中はね、何時も不安で一杯なんだよ』
笑いながら言われた『夜』の言葉に、俺は眠っているへと視線を戻した。
「……………ずっと、信じてて、俺は絶対にから離れてなんて行かない………」
ギュッと握る手に力を込める。
結局俺達は、の仕事を最後まで手伝う事は出来なかった。
でも、その仕事をしている姿を見せられて、の生きてきた場所を知る事が出来たのだ。
コレが、として生きてきたの道。
俺とは全く違う強さを必要とする道……。
『今回の仕事は、ナルにとって得るものはあった?』
「……確かに、あったよ………」
荒神と言う悲しい神の泪を、確かには受け止めたのだ。
そして、確かにそれを鎮めた。
『それなら、良かった……』
ホッとしたような表情をみせる『夜』を前に、俺も笑みを返す。
だって、俺は今日、が生きてきた道を少しだけ見る事が出来たのだから、それは俺にとって価値ある事。
『ナルもお茶飲むよね?これは、普通のお茶だから、心配ないよ』
「……が目を覚ましたら、一緒に飲むよ」
『そう?それじゃ、の事はナルに任せるね……ボクは、夕飯の準備しちゃうから』
テーブルに置いてあるそれを勧められたけど、今はから離れたくなくって、俺は小さく首を振って返す。
それに、『夜』は、納得してくれてそっと部屋から出て行った。
「ねぇ、信じて……俺は、にどんな力があっても、離れたりしないから……人の泪ばっかり受け止めてないで、偶にはも泣いて……の泪は、俺が受け止めるから……」
だから、信じて……俺は、だから、一緒に居たいんだって事を……。