伝えられたのは、たった一言だけ。
嫌、本当は、その言葉だって、相手には聞こえてはいなかっただろう。
「化け物!お前なんかの所為で!!」
聞こえて来た声に、顔を上げる。
どうして、人と言うのは、こんなにも馬鹿げた事を平気で出来るのだろう。
『』
名前を呼ばれて、小さく頷く。何度も見せられた映像の中に、気になる子供が居た。
この里の一番の犠牲となっている子供、名前をうずまきナルト。
この里にとっての真の英雄。
彼が居なければ、この里は滅んでいたかもしれない。
なのに、そんな子供を相手に、どうしてこんなひどい事が出来るのだろうか?
『木の葉の里も、落ちぶれているよね。真実を知ろうとも知らないで、自分たちが傷付いた事だけが全て。九尾じゃなくとも、壊したくなる気持ちが良く分かるよ』
呆れたように言われる言葉は、何時もの明るい声ではなく、本当に呆れたように呟かれた。
『確かに、馬鹿の集まりだな』
それに同意するように、頷かれる言葉。
人は、自分の都合だけを優先して、本当の事実を見なくなる。
本当は、直ぐそこに真実は存在ているというのに、自分が大事だから、真実からは目を反らす。
「そんな事いいから、アレを止めないと!!」
傷付けられる子供は、ただ蹲って大人たちから受ける暴力に何の抵抗も見せはしない。
それは、全てを諦めているかのように見られた。
「『昼』、『夜』!」
『分かった……』
『が、言うなら……』
縋るような瞳で名前を呼ばれて、白と黒の猫がため息をついて歩き出す。
『いい加減に、しておけ』
『ねぇ、悪い個事する人はね、呪われちゃうんだよ』
スッと大人達の前にその姿を見せて、ニッコリと笑う。
突然現れた白と黒の猫に、驚いた表情を見せた大人達は、次の瞬間笑顔で言われた言葉に、その表情を青くした。
ここでは、忍犬など喋る動物は珍しいモノではない。だが、猫に関しては、その性格から忍びとしては向いていない為喋る事など有り得ないとされているからこそ、彼等の驚きは計り知れないのだろう。
そして、倒れている子供を置いて、走り逃げ去って行く。
『全く、人を見てそんなに怖がる事ないと思うんだけどなぁ……それとも、悪い事しているって言う自覚があるのかもね』
自分達の姿を見て、悲鳴を上げながら逃げて行く大人達を、黒猫が面白くなさそうに見送りながらため息をつく。
「ご苦労さん。……こいつが、九尾の器…うずまきナルトかぁ……」
『そのようだな、間違いなく九尾の力を感じる』
『四代目も酷いことするよね……自分の息子に……』
「『夜』!」
蹲って身動きもしない子供を覗き込んで呟いたそれに、白い猫が頷き、黒い猫は盛大なため息で文句の言葉を口にするのを、その名前を呼ぶ事で遮った。
『ごめん…』
「いいよ。四代目がした事は、間違いじゃなかったんだよ……ただ、この里の人達は、彼が望んだ道を選んではくれなかっただけの事……」
『本当に、愚かな里人どもだな』
スッと蹲って意識のない子供へと手を伸ばす。
里の真の英雄。
この子が居なければ、この里は今もこうして存在している事など出来なかっただろう。
「……綺麗な金髪。四代目にそっくりだ」
血と泥で汚れてしまった髪を撫でて、ゆっくりと瞳を閉じる。
『?』
その様子を傍で見ていた二匹は心配そうにその名前を呼んだ。
気を高め、その流れを相手へと流し込んでいく。
『やめておけ!』
「…大丈夫……だって、こんな傷は、痛いだけだから……」
自分が何をしようとしているのかを理解して、慌てて止めようとするその声に、ニッコリと笑顔で返す。
自分の力を知っているからこそ、その力を遣う場所をちゃんと分かっているのだ。
『九尾の治癒力にの治療能力……確かに、見た目の傷は残らないかもしれないけど、この子の心には、どれだけの疵が残るのかな……』
目の前で起こるそれを止める事も出来ずにただ見守りながら、ポツリと呟かれたその言葉に、誰も何も言葉を返す事が出来ない。
今回の事が今後も続いていく事は分かりきっている事。
それは、この少年の心に疵を作る。本当は誰よりも愛されるべき少年なのに……。
「……終わった…行こう。今、俺はこいつと出会うべきじゃないんだ……いや、本当は、出会う事なんて許されないんだろうな……」
『……大丈夫なのか?』
「心配ないよ。今回は、九尾の力を借りたから……九尾も、こいつの事を大切に思ってくれている……だからこそ、会っちゃいけないんだ……」
『、目が覚めそうだよ!』
「『昼』」
名前を呼ばれた白猫が頷いて、道を作る。
「……もしも、また会えたとすれば……その時は、今度こそ」
その道に入り、倒れている少年へと声を掛けた。自分の声が聞こえるとは思えないけど、そう願わずにいられない。
『またな、器のガキ』
『そうだね、また今度……』
会える事があるのなら……。
その時こそ……。
叶う事は許されない事だと分かっているからこそ、願わずに居られない。
「なぁ、俺、あいつを守りたい……」
『?』
ポツリと漏らされた言葉に、そっと問い掛けるように名前が呼ばれる。
そんな自分の保護者達に、はニッコリと笑顔を見せた。
「だってあいつには、一族が守護すべき九尾が眠っている。だからこそ、俺はあいつを守らなきゃいけないと思うんだ」
きっぱりとした口調で、それを告げる。
その言葉に、一瞬考えるような素振りを見せて、白猫がため息をつく。
『……それは、大変な事かもしれないぞ』
『『昼』!』
そして言われた言葉に驚いて、黒猫が咎めるようにその名前を呼んだ。
は言われた言葉に、しっかりと頷いて返す。
「分かってるよ。だけど、それがこの世に残された俺の使命だから……」
『なら、忍びとしての力を手に入れろ。術者としてでは、あいつを守る事は出来ない』
「……だな。んじゃ、忍びの事は、その長に聞くべきだよな!」
『……、三代目になら、オレ達から頼んでやろう』
『……言い出したら聞かないもんね。いいよ。協力する』
諦めたようなその言葉に、フワリと何時もの笑顔を見せる。
「有難う、『昼』、『夜』」
ニッコリと笑顔で二匹の猫を抱き締めた。
「……たった一年でここまでの成長を見せるとはのう……」
「三代目の教え方が良かったのでしょう…それに、忍術については知らなかった訳ではないので……」
「して、その力を手にして、お前はどうするつもりなのじゃ?」
17歳前後の青年が、自分の前で膝を付くのを見ながら、三代目はその相手へと問い掛ける。
「俺は、表では動けない身。暗部として三代目がお使い下さい」
「……お前といいあいつといい、何故同じ事を言うのじゃ……」
盛大なため息をつきながら言われたその言葉に、あいつと言う人物が誰を指しているのかを理解して問い掛ける。
「あいつとは、うずまきナルトの事ですか?」
「お主は、ナルトの事を知っておるのか?」
自分の質問に、信じられないと言うように三代目が問い返してくるので、小さく頷いて言葉を返す。
「……四代目のご子息にして、この里の真の英雄……」
「……そこまで知っておるのか……そうじゃったな、お主は真実の眼を持つ者」
青年の言葉に驚いた表情を見せるが、それは思い出した事によって大きく息を吐き出す事で心を落ち着かせる。
目の前の相手には、どんな過去も隠す事は出来ない。
「心配ないよ、俺はちゃんと知っている。あいつは九尾にも認められた奴だ。そして俺は、九尾を守護する一族」
「……お主とナルトは、何よりも近い存在じゃな……いい意味でも、そして、悪い意味でも……」
複雑な表情を見せながら呟かれたその言葉に、青年が苦笑を零した。
「三代目、ナルトの暗部名って決まっているのか?」
そして、少しだけ考えてから、そっと質問を投げ掛ける。
「…まだじゃ、わしに付けて欲しいと言っておったので、待ってもらっておる。面は白狐にすると言っておったぞ」
突然問い掛けられた内容に、三代目は素直に言葉を返した。
「そうですか……その名前、俺が付けては駄目でしょうか?」
「それは構わぬのだが……お主は、ナルトとは面識などないのでは?」
本当は、重要機密事項ではあるのだが、目の前の青年には何も隠し事など出来ない。そして、何よりも、目の前の相手を信じる事が出来るからこそ、全てを話す事が出来る。
だが、青年の申し出に、不思議そうに問い掛けた。
自分の記憶が間違い出なければ、彼等は一度として出会った事はないだろう。
自分の問い掛けに青年は何も答えず、ただ曖昧な笑みを浮かべた。
「では、彼に『光』と言う名前を……」
「コウとな?」
自分の問い掛けには答えずに言われた名前。それを確認するように復唱する。
「はい、光と書いてコウと言う名前を……四代目が望んだように、彼がこの里にとっての希望であり、そして宝だからこそ……」
「分かった。ナルトにはわしから伝えよう……」
「有難うございます。でも、俺の事は彼にお話にならないで下さい」
青年の言葉に頷けば、深々と頭が下げられた。だが、言われた言葉に、三代目は驚いたように青年を見る。
「何故じゃ、わしは、お前とナルトが出会う事は反対しておらぬぞ」
「いいえ、彼は俺の存在を知らない。そんな奴に名前を付けらたなど知ったら、彼はそれを受け入れてはくれないでしょう。それに、俺はこの里の亡霊。そんな者が、この里の英雄に出会う事など許されません」
「しかし……」
「俺は、今のままで十分だ。なぁ、俺の事はナルト以上の機密事項。知っている者は、里ではあんたくらいだからな……滅びた筈の一族の末裔。そんな亡霊に係る事なんて、ない方がいいんだよ……」
「………」
青年の姿が白煙に包まれて子供の姿へと変わる。
薄茶色の髪と、深い紺色の瞳に相反するような金の瞳が真っ直ぐに自分を見上げてくるのを、三代目は複雑な気持ちで見詰めた。
「分かった…お主がそう望むのであれば……して、お前の暗部名は?」
「俺の暗部名は、『』だって……『昼』と『夜』がそう命名してくれた。そして、面は白と黒の能面」
「動物を模した面ではないのか?」
「俺は幻。だから、この面こそが相応しいだろう」
ふっと笑うその顔は、子供の浮かべる表情では到底ありえない。
4歳と言う年齢だと言う事実を忘れてしまいそうなほどの大人びた表情。その表情を作らせているのは、この里の愚かな罪。
「すまぬ……」
「俺は、三代目には感謝している。だから、あんたに謝られるようなことはないさ……」
「……そうか……では、『』よ。本日よりお主を暗部とする。任務はまた連絡を入れるので、今日は待機しておれ」
「御意」
しっかりした口調で言われた内容に、一瞬で青年の姿を作り膝を付くと、すっとその姿を消す。
鮮やかな気配の消し方は、自分でもその存在を見つける事は出来ないほど。
「……この里は、何故子供にばかり全てを背負わせしてしまっているのじゃ……」
呟きは、誰にも聞かれる事なく、空気に溶けていくのだった。