「シカマル!あんた、昨日すっごく可愛い子とデートしていたじゃない!あれって彼女なの?!!」

 めんどくせぇが俺の幼馴染と言う立場に居る中山いのが開口一番に言った言葉は、挨拶ではなく意味不明と言うよりも、これ以上ねぇと言うほど、厄介なモノだった。

「ああ?」

 大声で言われたそれに、既に教室で惰眠を貪っていた俺は、面倒臭気に返事を返す。
 しっかりと聞こえてきた言葉は、正直言えば無視してぇが、そうしちまうともっと面倒な事になるつーのは、長い付き合いから既に経験済みだ。

「へぇ、シカマルって、彼女居たんだ」

 俺の直ぐ隣で、何時ものようにポテトチップスを食いながら意外そうに言うのは、いのと同じように俺の幼馴染の立場に居る秋道チョウジの言葉。
 意外そうに言ってるつーのに、驚いているように聞こえないのは、どうしてなんだ?
 しかも、質問内容は、彼女が居るのかを聞いてるつーのに、もう居る事限定なのかよ……。

「で、どうなのよ!」

 その間にも、直ぐ傍に来ていたいのが質問つーよりも強制してくる。

「んなめんどくせぇモンは、居ねぇつーんだよ……」

 盛大な欠伸と同時にそう言ってまた寝ちまおうと体制を戻そうとしたが、それはいのに邪魔されちまった。

「うそおっしゃい!見たんだからね!!薄茶色のショートカットの子で、すっごい色白の子があんたの隣に居たのを!!」

 邪魔しながらもしっかりと言われた言葉に、一瞬俺の思考回路は停止しちまった。

 薄茶色のショートカットで、色白……。そこまで言われて、思い当たる人物が一人。
 思わず俺の視線は、一番後ろに座っている人物へと向けられてしまった。
 そこに座っている人物は、本を開いて何も聞いていないと言う様な素振りを見せているが、明らかにこの会話を聞いているだろう事が容易に想像出来る。

「何よ、一体誰見てんのよ、あんた?」

 俺の視線に気が付いたいのが、その視線を追う様に後ろを向く。だがその瞬間、その本を読んでいた人物は立ち上がると静かに教室を出て行ってしまった。

「あら?あんな人、このクラスに居たかしら?」

 教室から出ていくその後姿を見送りながら、いのが不思議そうに首を傾げる。

「まぁ、そんな事いいわよ!それよりも、シカマル!真相を言って御覧なさい。私が聞いてあげるから」

 これ以上ないぐらいに嬉しそうに言われた言葉に、俺は盛大なため息をつく。
 はっきりと言えば、見られていたというこれ以上ないぐらいの厄介事に頭が痛いのが事実。
 しかも、自分が居た相手がここで男だと言おうモノなら、信じてなどもらえないだろう、きっと……。

 それよりも、この話を聞いていたあの人物が、キレない事だけを祈りたい……。

「何言ってんだか知らねぇが、俺は昨日女なんかと歩いちゃいねぇつーんだよ」
「そんな直ぐにバレる嘘言うんじゃないのよ!見たって言ってるでしょう!!」
「……いの、お前それこれ以上言うな。つーか、絶対に本人に言うなよ。キレて手に負えねぇ事になんぞ」

 盛大にため息を付きながら、人の服を掴んでいるいのの手を強引に外させる。
 そんな俺にいのが何かを言おうと口を開きかけるが、それよりも先にチョウジが口を開いた。

「ねぇ、いの、シカマルは嘘なんて言わないから、もしかして、いのが見た人って、女の子じゃなくって、男だったんじゃないの?」

 サラリと言われたチョウジの言葉に、いのが驚いたように俺を見る。
 そのとーりだつーんだよ…。

「えっ、あの子、男の子だったの?どう見ても、女の子にしか見えなかったわよ」
「だから、それ以上言うなつーってんだろう」

 あいつに聞こえちまうつーんだよ!!
 あいつにとって、その言葉はチョウジの『デブ』と同じ意味を持つ。

「だから、俺は女なんかと歩いてねぇよ」

 俺は言い切って、もう一度ため息。

「その言い方、気になるんだけど、それじゃ、やっぱりあんたが昨日一緒に歩いてたのって、男の子なの?でも、あんな子木の葉に居たかしら??」
「ああ、居るから俺と歩いてたんだろうが」
「って、そっちは否定しないのね。じゃ、あの子は誰なのよ」
「んなのおめぇには、関係ねぇだろう」
「確かにそうかもしれないけど……いいわ、その内私達にも紹介しなさいよ!あんな可愛い子滅多に居ないんだから、目の保養よ!」

 キッパリと言った俺の言葉に、いのが諦めたようにそう言い残すと自分の席へと戻っていく。

「シカマル、迷惑でなければ、僕もその内、紹介して欲しいな」

 いのが自分の席に戻って行くのを見送って、俺が安堵のため息をついた瞬間、今度はチョウジがニッコリと言葉を告げてくる。

「……おう、その内にな……」

 それに適当な言葉を返して、俺はそれ以上の関りは持たねぇと言うように机に突っ伏した。





 朝一番から、そんな状態で今日は散々な目に合ったと思いながら、何時ものようにの家に来た俺は、定位置となっているソファに座って禁書を手に取る。

「シカマル、そう言えば今日いのに絡まれてなかったか?」

 落ち着いて本を読もうとした俺に、先に来ていたナルトからの質問。それに一瞬持っていた本を落としそうになった。

「……くだらねぇ事だから、気にすんな」

 何とか気を落ち着かせて、それだけを返す。情けない事だが、今の自分には、そう返すだけが精一杯だった。

「でもなぁ、その後から、の機嫌悪かったし、何か関係あるのかと……」

 現実を忘れるために本を読もうとした俺は、ポツリと呟かれたその言葉に、その動きを止める。
 この家の主は、きっとお茶の準備でもしているのだろう、今はその姿が見えない。

 アカデミーでは接触を持つ事は出来ないから、あの後の様子を伺うことが出来なかった。正直言えば、ずっと気になっていたのは否定できない。
 その相手の様子を、しみじみと言われて、俺は恐る恐る顔を上げながら、ナルトを見る。

「……き、機嫌、悪かったのか?」
「う〜ん、表面上は笑顔だったけど、何時もと雰囲気違ってた……俺、あんな初めて見たから、何かあったのかをシカマルに聞こうと思って……」

 恐る恐る尋ねた言葉に、返って来たのは非常な言葉。
 それに、俺は正直言って頭を抱え込んだ。

 俺が悪いんじゃない。全部、いのが厄介事を持ち込んだんだと言っても、救いにはならないだろう。

「で、考えたら、シカマルがいのに、絡まれてからの周りの空気が変わったから、何を話してたのかを聞こうと思ってたんだよ」

 多分、ナルトには悪気などないと思う。
 いや、はっきり『ない』と言い切れるだろう。

 だが、言われた言葉に、俺は言葉を失った。
 の機嫌が悪い理由は、思い当り過ぎる。
 絶対に本人に聞かせてはいけない言葉を、いのは言っちまった訳だからな。
 しかも、知らない事とは言え本人の目の前で……。
 ナルトは、その禁句の言葉を知らないからこそ不思議そうにしているのだ。

「確か、聞こえてきた会話から、と一緒にいるのを見られたんだろう?昨日二人で足りない物の買出しに行ってたから……それで、なんでの機嫌が悪くなるんだ?」

 無邪気な顔で、質問してくるのは止めろつーの。
 今、ここに本人が居なくっても、何時戻ってくるから分からない。だからこそ、下手な事は絶対に言いたくないのだ。

 『夜』の次に怒らして怖い相手が、なのだから……。

 出来れば、絶対零度の笑顔など見たくないと思うのは、俺は自分を大切にしたいからだ。
 滅多に怒らないからこそ、あいつが怒ったらはっきり言って怖い。
 そう、『夜』の怒りが危険なのに対し、の怒りは恐怖を味わう。

『大方、を彼女にでも間違えて、真相を聞かれたと言うところだろう』

 言葉に困っている俺に、第三者の声が代わりに答えてくれる。

「お、お前何時から?!」

 その声に驚いて相手を見れば、白い猫が湯のみを持って寛いでいた。
 そして、呆れたように俺を見る赤い瞳。

『始めからこの部屋に居たぞ。奈良のガキ、気付いていなかったのか?』

 はっきり言って気付いていなかった。
 寛いでいるその姿に、俺は痛くなる頭を押さえる。

「気付いてねぇから、驚いてんだろうが……」
『情けないぞ。もう一度修行のやり直しが必要のようだな』

 ため息を付きながら正直に言えば、恐ろしい事をサラッと返されてしまった。


 冗談じゃない!

「あっ!修行する時は、俺も参加する!」
「って、待て!そこで、喜んで手を上げるな!」

 そして、嬉しそうにその言葉に便乗するナルトを俺は慌てて止める。

「だって、シカマルならもうちょっと強くなれそうだから、お手伝いしてやろうと思ったんだよ」
「余計な世話だつーの!」

 こいつ等の修行なんて、絶対に過酷なのは予想が付く。
 出来なくっても、辞退したいつーのが本音だ。

『賑やかだね。珍しくシカの大きな声が聞こえてきたけど、どうしたの?』

 本気で頭痛がする中、新しい声が聞こえてくる。その声は、お盆に飲み物を乗せ入って来た『夜』。
 今だに、の姿は見えない。

「うん、ちょっとシカマルに修行するって話を……」
『いや、それは違うぞ器のガキ。始めは、こいつが誰かに絡まれたという話を……」
 『夜』の質問に、ナルトが正直に言えば、それを否定する『昼』の声。

 いや、確かに『昼』が言っていることに間違いはない。ないんだが、それを蒸し返さないで欲しかったと思っても、許されるだろうか?

『シカ、絡まれたの?大丈夫だった??』

 だが、『昼』の言葉に、『夜』は、そのまんまの意味で捕らえて、本気で心配したように質問してくる。

「あっ、それなら大丈夫。絡んでた相手は、シカマルの幼馴染で山中いのって言う女だから」

 心配そうに見詰めてくる『夜』に、俺が言葉を返そうと口を開く前にナルトがサラリと事情を説明。

『山中?えっと確か、猪鹿蝶トリオの猪娘?何度か見た事はあるけど、気の強そうな子だよね」

 ナルトの説明に、『夜』が納得したように頷く。っても、『猪娘』とは……間違いではないような気がするんだが、正解でもねぇような……。
 性格は、正に猪って気もしねぇではないけど……。

「あれ?『昼』も『夜』も、猪鹿蝶トリオの事知ってるのか?」
『知っている。何度かが組んだ事があるからな。奈良の当主は、そこのガキの親だと言うのもある』
『そうそう、まぁ、三人一緒に組んだ事はないけど、個々とは何度か組んでるよ。一番多く組んでるのは、やっぱりシカのパパさんだけどね』

 お茶を渡しながらの言葉に、ナルトが納得したのか俺の方を見ながら複雑な表情をする。
 まぁ、親父と組んでいたからこそ、俺がと知り合えたつー事は間違いじゃない。でも、いのやチョウジの親父さんとも組んでたのかあいつ……。

「俺も、と組んでみたかった……」
『お前とは何度か組んでいるだろう。それに、あいつはお前に自分と言う存在を知られたくないと言っていたから、無理な話だろう』

 ポツリと盛れたナルトの言葉に、『昼』がため息をつきながらも言葉を返す。
 確かに、あいつはナルトに自分と言う存在を知られる事を恐れていた。だからこそ、俺がナルトの相棒と言う存在になったのだから……。

『で、話は戻るんだけど、シカが絡まれていたのがどうかしたの?』

 考え込んでしまった俺の耳に、嫌な言葉が聞こえてくる。

 どうして、そのまま忘れてくれないのだろう、こいつ等は……。


 が何時戻ってくるのかを心配しながらも、ナルトが説明しているそれをこっそりと聞きながら、心を落ち着かせようと、『夜』が準備してきたお茶を飲む。
 フワリと広がる紅茶の香りが少しだけ心を落ち着かせてくれて、俺は小さく息を吐いた。

『そっか、だからってば機嫌悪かったんだ』

 そして、ナルトの説明を聞いた『夜』が納得したように頷く。

「やっぱり、機嫌悪かったんだ……でも、何で?」
『器のガキには言ってなかったようだな、は女に間違われる事が一番許せないらしい。だから、あいつの前ではその手の事は禁句だ。心に留めておけよ』

 『夜』の言葉を聞いてナルトが不思議そうに首を傾げた事に、『昼』が説明する。

 確かに、それは間違いじゃない。
 チョウジに『デブ』と言う言葉が禁句なように、には『彼女』と言う言葉は、厳禁なのだ。
 言ったが最後、本気で怒ったが見られる。
 ニッコリと綺麗な笑顔なのに、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
 その笑顔を見せられたら、間違いなくマイナス温度の世界が体験出来るだろう。

『そうなんだよね、折角ママさん似で綺麗な顔なのに、勿体無い』

 小さくため息を付きながら何が勿体無いのか、『夜』がポツリと呟く。

「まぁ、気持ちは分かるかも、俺も女と間違われたら、キレる自信あるからな」

 うんうんと頷きながらのナルトの言葉に、俺はもう一度ため息をついた。
 いや、まぁ確かに女に見えなくはないかもしれないが、ナルトは別に女顔って訳じゃねぇから、間違われる事は……ないとは言えないな……。

 こいつとが一緒に居ると、女同士がはしゃいでいる様に見えると言うのは、俺の心の中だけで止めておこう。めんどくせぇ事になるのは目に見えてるんだよ。

『で、はどうしたんだ?』
はね、鬼のようにお菓子を作ってるよ』

 そして漸くここに来ても姿を見せなかったこの家の主の事が尋ねられた。
 質問されたそれに、『夜』がニコニコしながらサラリと言葉を返す。

 お、鬼のように菓子を作っている??

『ああ、またか……』
『本当に、分かりやすよね』

 言われた言葉の意味が理解出来ずにいる俺とナルトは、完全にカヤの外状態。分かり合っている二匹が、同時にため息をつくのを前に思わず首を傾げてしまう。

「鬼のように菓子作ってるって……」

 そんな二匹に、ナルトが恐る恐ると言う様子で、問い掛けた。

『そのまんま。機嫌が悪くなると、これでもかって言うぐらいお菓子を作っちゃうの』
『奈良のガキ、お土産に持って帰れよ』

 ナルトの質問にあっさりと返されたそれに、俺はただため息をつく。
 そう言えば、ストレス発散は、料理だったな、あいつの場合……。

『そうだ、猪の娘さんと蝶の息子さんにも持っててあげればいいよ。多分、すごいことになると思うから』

 ニコニコと笑いながら言われた事に、意味が分からずに首を傾げても仕方ないだろう。

「そんなに大量に作っているのか?」
『そうだね、今出来あがってるのだけで、シホンケーキが3つぐらいに、クッキーが数十種類あったよ。今は、パイ系作ってたから、後1、2時間はキッチンから出てこないんじゃないかな』

 小さくため息をつきながらも言われた言葉に、信じられない気持ちで一杯だ。

「そ、それって、が一人で作ってるのか??」

 それは、ナルトも同じだったらしく、恐る恐る質問を投げ掛けている。

『当たり前だ。戻ってきてからずっとだからな。だが、もうそんなに作っていたのか?』
『うん、三代目にも持って行く?きっと喜ぶよ。のお菓子好きだから』

 ナルトの質問に、呆れたように答えて、それでも少しだけ驚いたように『昼』が『夜』に問い掛けた。『夜』も、頷くと出来あがったものの行き先を考え始める。
 その様子からしても、初めてではないと言う事だけは想像出来た。
 言われてみれば、何度か大量に菓子が配られていたような……あの時は、気にもしてなかったが……。

『今も少しぐらいは消化した方がいいだろう。こいつ等の茶菓子にもなる』
『そうだね。持ってくるよ』
には、程々にしておけと言ってくれ』
『了解!それじゃ、お菓子持ってくるね』

 呆れながらの『昼』の言葉に、『夜』が頷いて部屋を出ていく。
 それを見送ってから、俺は盛大にため息をついた。

 まぁ、ストレス発散に菓子を作っているのなら、本気で怒ってないという事だろう。本気だったら、今頃絶対零度の微笑みを見せられただろうから……。

『相手がお前の知り合いだったから、あれぐらいですんでいるんだろう。良かったな、奈良のガキ』

 まるで俺の心を読んだかのような言葉に、複雑な気持ちを隠せずただ『昼』を見る。

が怒ると、大変そうだなぁ……」

 ポツリと呟かれたナルトの言葉に、今度は苦笑を零してしまう。
 全く持って、その通りだつーの。
 あの顔で、あの笑顔を見せるのは、恐怖以外の何者でもねぇ。
 俺も一度だけしか見た事はないが、出来ればもう二度と見たくはない。そう思える笑顔だ。

 温和な人間ほど怒らせると手におえないとは、きっとあいつの為にあるような言葉だろう。





 横目でシカマルを見る。
 表面上はいつもの通りだけど、やっぱり落ち着きがないように見えるのは、を怒らせたと思っているからだろう。

 まさかにも、禁句と言えるモノがあるなんて思いもしなかった。それをこんな風に知った事に複雑な気持ちを隠せない。

「で、シカはいのやチョウジになんて言ったんだ?」
「ああ?」

 禁書を読んでいるシカマルに声を掛ければ、興味無さそうな返事。だけど、いのが簡単に引き下がったとはどうしても思えないから、だからこそ、気になるのだ。
「だから、の事」

 それでも問い掛ける俺に、シカマルが小さくため息をつく。

「……女なんかとは一緒に歩いてねぇつーたに決まってんだろう」

 そしてそう返してから、視線をまた本へと戻す。

「まぁ、そう言えば、チョウジは納得するだろうな。お前が絶対に嘘はつかない事を知っているから……で、いのは?」
「……信じねぇつーってたけど、チョウジがそう言ったから、納得した……」

 続けて質問すれば、面倒臭そうに言葉が返って来る。
 まぁ、チョウジはそう言うだろうなぁ、いのは納得しなくっても、そう言われれば、納得するのは想像出来るな。なんだかんだ言っても、この三人の仲がいい事は誰もが知っている事。

「んで、その内、あいつを紹介しろつーって言われた……」
「えっ?」

 シカマルの言葉に納得していた俺は、続けて言われた言葉に、驚いて視線をシカマルへと戻す。
 を、チョウジやいのに紹介する?

「まぁ、気が向いたらつーって返してっけどな……あいつ等なら、の事も認めそうだし……って、どうした?」
「……な、何でもない……」

 続けられるシカマルの言葉を何処か遠くに聞きながら、俺は複雑な気持ちを胸に持つ。

 このままでずっと居られる訳じゃないと言う事は、誰よりも一番自分が分かっている事だ。
 なのに、今それを初めて目の前に突き付けられた様で、心が痛い。
 この里の誰にも、を見せたくないと思う自分が居るのが分かる。

『心配しなくても、あいつはお前達以上の存在など出来ないぞ』
「『昼』?」

 自分の気持ちが信じられなくって、何も言えない俺に、『昼』の声が聞こえて来て驚いて顔を上げた。

「確かにな、心配しなくっても、あいつの一番は、お前だつーんだよ。めんどくせぇが、この事実は変えられねぇぜ」
「シカマル……」

 呆れたように言われた言葉だって、ちゃんと分かっている。
 が、自分の事をどれだけ大切にしてくれているかも……。

『お待たせ!ってば、まだいっぱい作ってるみたいだから、たくさん食べてね!!』

 バンと勢い良く開いた扉から、『夜』が大量にお菓子を持って入ってくる。
 突然の事に、俺は驚いてそちらへと視線を向けた。

『なに?どうかしたの??』

 そんな俺に、『夜』が不思議そうに問い掛けてくる。俺は、それに曖昧な笑みを返した。


 分かっている。

 が自分達だけのモノじゃないと言う事を……。
 そして、が、本当に自分の事を大切に思っていると言う事を……。

「……にしても、凄い量だな……」

 自分の心にそう言い聞かせて、目の前に運ばれて来たお菓子に呆然。
 クッキーにケーキにさまざまなお菓子が並ぶ。

『まだこれでも4分の1ぐらいだよ。まだ作ってるから、キッチンは大変な事になってるんだから……』

 感心したように呟いた俺に、疲れたように盛大なため息をつきながらも言われた言葉は正直言えば、信じられないモノだった。
 だって、がキッチンに篭って、まだ3時間も過ぎていないのに、お菓子ってそんなに簡単に作れるものなのか??

「なぁ、お菓子って、そんなに簡単に作れるものなのか??」
は、菓子作りは得意だからな……』

 って、シミジミ言ってるけど、得意とかそう言う問題じゃないような気が……。
 甘い物がそんなに好きじゃないから、分からないけど、これだけ作るのにも、普通ならかなりの時間が掛かるんじゃ……。

「それだけ、一心不乱に作ってるって事だろう……」

 俺の疑問に、シカマルが盛大なため息をつく。

 確かに、その通りかも……。
 それだけ、何も考えずに作れば、作れない事はないって……その前に、この家オーブンとか大量にありそうだな……。だから、作れるんだろう……うん、多分……。

 正直言えば、早く正気に戻って欲しいとそう願わずに居られない。
 こんなに大量の菓子見てると、気持ち悪くなりそうだ。
 まぁ、の作るお菓子が美味いって事を知ってるから、実際はそうならないんだけどな……。







、そろそろ満足した?』

 どれくらいの時間がたったのか、はっきり言って覚えていない。
 そんな中、突然声を掛けられて、ハッと我に返る。

「『夜』?」
『漸く、気が晴れたみたいだね。で、この状況確認してくれる?』

 自分を見てくる黒猫の姿に、俺は言われた通り周りを見回す。そして、絶句した。

『もう、今日はまた大量に作り過ぎ!一体何個作ったの!』

 キッチンに置かれている小さいとは言えない作業大には、所狭しとばかりに菓子が並んでいる。

 パイにタルトに、クッキーにショートケーキにシホンケーキ。
 その他にも、シュークリームにクッキーとありとあらゆる種類のお菓子が並んでいた。

「俺が、作ったんだよなぁ……xx」

 自覚はちゃんとある。気分も落ち着いているから、こうなった原因だってちゃんと分かっていのだ。
 それでも、今回は偉く作ったモノだと、感心してしまっても許されるだろうか?

『取り合えず、シカにお土産に持って帰ってもらうとして、三代目にも持って行ってもいいよね……後は……』

 菓子の行方を考えている『夜』を前に、思わずため息を付いてしまう。今回は大量に作った分、処分に困るのが本当の所。

「シカマルとナルトは?」
『居間に居るよ。先にが作ったの食べてもらってる。取り合えず、ここにあるのは無理だと思うから、行き先を考えなきゃだよね』
「……だな……山中のおっちゃん所と、秋道のおっちゃん所にも持っていくよ。『』として……」
『そうだね、後人生色々に持って行けば、あそこに集まった人が食べてくれると思うよ』
「だな、みたらし特別上忍とか、喜んで食べてくれだろうし……」
『なら、持っていけるように準備しておくね。で、その間に、は応接間に行って、シカにちゃんと顔見せてくる事!本気で心配してたんだよ』

 言われた事に、ハッとする。確かに、自分はあれから一度もシカマルに会っていない。
 きっと、心配を掛けたと言う事は、間違いないだろう。

「そうだな……んじゃ、お茶でも飲んでくる……『夜』ここ任せてもいいか?」
『勿論だよ。ほら、早く行く!』

 この状態のままにして置けないから言えば、『夜』が笑顔で俺を促す。
 それに素直に従って、俺はキッチンを出た。

 居間の前で、足を止めて小さく息を吐き出してドアを開く。

『気は済んだようだな』
 入った瞬間『昼』の声が聞こえて、俺は曖昧な笑顔を返した。
、大量に作り過ぎ!」

 そして、ナルトがテーブルに並んでいるお菓子を食べながらの文句。こちらの方にも、ケーキが3つと、クッキーが数種類所狭しと並べられている。

「……こっちも、こんなにあるのか?」
「なんだ、お前、覚えてないのかよ」
「悪い、全然……こうなった状態では、無意識に作ってるみたいで、記憶ないんだ……キッチンもすごいことになってた……」

 テーブルの上に載せられているそれを見て、驚いたように呟けば、呆れたようにシカマルが言う。
 それに、言葉を返せば、小さくため息をつかれてしまった。

「もとはと言えば、いのの奴が余計な事言ったのが原因だがよ、お前、作り過ぎだつーの」
「……悪い…でもまぁ、配り先はちゃんと考えてるから、大丈夫!」
「そう言う問題じゃねぇだろうが!」
「まぁでも、が何時ものに戻ってるから、俺としてはホッとした」

 シカマルの文句の言葉に、明るく返せば、呆れたように言葉が返される。それに、苦笑を零せば、安心したようなナルトの声。

「……ご免、心配掛けたみたいだな……」

 その言葉で、理由を全く理解していないナルトにまで心配を掛けてしまったのだと分かって慌てて謝罪。

「それは、別にいいんだけど、出来れば何にも言わないで行動に起こすのだけはやめて欲しいかも……」
『まぁ、お前の場合は分かりやすいが、偶には言葉にした方が言いという事だな』
「あっ、ああ、そう、だな……うん、今度からは、気を付ける」

 素直に謝った俺に、ナルトと『昼』からの言葉。それに、俺は素直に頷いた。

 こんな事、滅多にないからこそ、自分は口には出さずに行動を起こしてしまう。
 何度それで、『昼』や『夜』に迷惑を掛けたか、もう覚えていない。
 作り過ぎたお菓子を木の葉の忍に配る作業は、はっきり言ってかなり大変だ。

「でも、人生色々に年に一度か二度差入れられてた大量の菓子って、だったんだ。あれ俺も食べた事あるけど、人気高いんだよな」
「ああ、そう言えば……」

 そして、続けて驚いたようにナルトが言った言葉に、シカマルも納得したように頷く。
 確かに、俺がこうして大量にお菓子を作るのは、年に一回、多くても二回だ。
 そして、その作り過ぎて差入れしていたお菓子を、ナルトやシカマルが食べていた事に、俺は素直に驚いた。それに、人気があるんだ俺の作ったものって……。

「そっか、喜んで貰えてるんだ、俺が作ったの……」
「まぁ、行き成り大量な菓子が差入れされるのには、驚かされるみてぇだけど、かなり待ち望まれてるつーのは否定しねぇ」
「今回も、あんことか喜びそうだよな」
「あいつが一番嬉しそうだな」

 俺が作った物を食べながら、シカマルとナルトが話をしているのを聞いて、思わず笑みが浮かぶ。

「よし!んじゃ、直ぐに持っていくか!!シカマル、山中のおっちゃんと秋道のおっちゃんに届けるのは任せるな!」
「って、俺が持って行くのかよ!」
「俺を怒らせたシカマルの責任!よろしく!俺は、人生色々に届け物、後三代目な」

 まぁ、俺を怒らせたのは、山中いのだけど、別にそんなに怒るって程じゃなかったのは、本当。また女に間違われたのが、面白くなかっただけ。

「って、今から?」
「早い方がいいだろう?」
「人生色々には、俺が持って行く!!」

 そして、膳は急げと居間から出ていこうとした瞬間、ナルトが勢い良く身を乗り出した。

「えっ?ナルトが?」

 その申し出に驚いた。だって、ナルトが自分から中忍や上忍達が集まる場所に行きたいなんて……。

「俺が、持っていく!いいだろう!!」

 驚いている俺に、ナルトがそれでも主張する。
 まぁ、持って行ってくれるのは嬉しいけど……。

「本当に、いいのか?」
「絶対に持って行く!」

 心配そうに尋ねれば、キッパリと返されて、俺は小さくため息を付いた。
 ナルトがそこまで言うのに、俺に反対する理由はない。

「んじゃ、頼む。『夜』が準備してくれてると思うから」
「分かった」

 俺の言葉に頷いて、ナルトが居間から出ていく。その後姿を見送って俺は笑いを堪えているシカマルに気が付いた。

「シカ?何笑ってるんだ??」
「いや、んでもねぇよ……んじゃ、俺は家といのとチョウジの所に持ってきゃいいんだな」
「あ、ああ、頼む。山中と秋道には、『』からだって言えば、納得してもらえると思うから」
「了解、んじゃ、お前は落ち着いてそこに座っとけ。後は俺とナルトとでやってやるからよ」

 言われて、無理やりソファに座らされたから、俺は素直にお茶を手に取る。
 ここで何か言っても、無駄だと言うのは、長い付き合いからも十分に分かって居るから……。

「んじゃ、行ってくるわ。『昼』後は、頼むぜ」
『分かった』

 何を頼むのか知らないけど、シカマルはしっかりと『昼』に後を頼んでナルトの後を追う様に居間から出て行った。

「一体、何を頼むんだ?」

 訳が分からないと言うように自分の傍に居る『昼』に尋ねれば、笑顔で『秘密だ』と返された。
 俺は納得できない気持ちを押し流すように紅茶を口にする。
 何にしても、ちょっとだけ疲れたのは、自業自得だし、気分はすっきりしているから、いいか……。
 そう自分を納得して、自分が作ったお菓子を口に放り込む。


 甘い味が、自分の心を更に落ち着かせてくれたのは、言うまでもない。