誰もいなくなった教室の何時もの定位置。
一番後ろの窓際。教室の中では一番高くなっているこの場所は、全体が見渡せる。
卒業試験が終了した今、自分がここに居る必要は無い。
だけど、何となく最後にここを見ておきたかったのだ。
窓から見える校庭には、何人かの子供達の姿が見える。俺はそれをただ席に座ってぼんやりと見ていた。
この景色を見るのも、今日で最後。
本当なら、下忍になる為の班が決められるから、自分以外の子供達はここに来なければいけない。
だけど、自分は下忍になる事などないので、もうここに来る事は無いだろう。
だから、最後にもう一度この景色を見ておきたかった。
感傷に浸りたい訳じゃない。
そう思えるほど、ここで自分は人との関わりを持っていた訳じゃないから……。
でも、何も知らない子供達を見るのは、まるで遠い世界を見ているようで、自分に夢を見せてくれたのは事実。
休みが多く、存在の薄かった自分。
きっと、子供達の中には、自分を知らないと言う奴が沢山居るだろう。
そう考えて、思わず笑ってしまった。
そう言えばあいつも、初めは俺の事を知らなかったんだよなぁ。
この場所で初めてシカマルに話し掛けられた時、あいつに俺と言う存在が知られた。
初めて自分を捕らえて見詰めてきたその瞳の色は、忘れられないだろう。
真っ直ぐに見詰めてきた瞳は、自分を捕らえて離さなかったから……。
「?」
そんな少し昔の事を思い出していた俺は、突然名前を呼ばれて驚いてしまう。
全く気配を読んでなかったなんて、忍びとしては失格だ。
「……もう、表の方は終わったのか?」
それでもそんな事を相手に悟らせず、俺は自分を呼んだ相手へと質問。
「おう、バッチリと!あいつの目的も分かったから心配いらない」
俺の質問に答えながら、ズンズンと歩いて来て隣の席に座る。
「そっか、あんまり無理だけはするなよ」
俺の隣に座った相手に、頷いてしっかりと注意。言わないと、直ぐ怪我が直ると言って無茶ばかりする事を知っているから……。
「心配ないよ。まぁ、上手くいけば卒業も出来るし………なぁ」
「んっ?」
俺の心配を笑顔で流して、嬉しそうに笑って卒業と言う言葉が出た瞬間、その顔が複雑なモノへと変化する。
そして、少しだけ躊躇った後、問い掛けるような視線を向けられて、俺は首を傾げた。
「本当に、下忍にはならないのか?」
真剣に見詰めてくるその瞳は、あの時の色と同じ。
「……その為の設定だったからな……それに、下忍になると今までのようには休めなくなる。影分身を作れない俺じゃどうやっても成り立たない」
「なら、俺が!!」
その瞳を受け止めて、俺は少しだけ困ったように言葉を返した。
そんな俺に、返されたそれに、苦笑を零して小さく首を振る。
「それは無理だ。ナルトの影分身では、俺の変わりは出来ない」
有り難い言葉だけど、そうとしか返せない。
キッパリと言った俺に、ナルトが複雑な表情を作る。
「俺の特殊な気配をナルトは真似出来ないだろう?」
そんな表情を見せるナルトに、俺は出来るだけ優しく質問した。それに、ナルトが素直に頷く。
「だから、無理なんだ……」
素直に頷いたナルトに、俺は少しだけ困ったような表情を見せてそっと視線をナルトから窓の外へと向けた。
俺の事を想ってくれていると分かるからこそ、これ以上ナルトが困っている姿を見たくないから……。
俺のチャクラでは影分身を継続させておく事は出来ない。だから、自分の変わりに影分身を作ると言ってくれたナルトだったけど、それでも俺と言う存在を作り出すのは難しいのだ。
それは、この里のトップクラスの実力を持つナルトでも同じ事。
俺と言う存在は、誰にも真似する事は出来ない。
それは、小さい頃から教育されてきた自分が一番良く分かっている事だ。
「………それでも、一緒に下忍になりたいって思うのは、俺の我が侭だ…」
視線を逸らした俺は、ポツリと聞えてきたその呟きで驚いてナルトに視線を戻した。
俯いているナルトの表情を見ることが出来ないけど、悔しそうな表情を見せているだろう事は、その手を見れば分かる。
ギュッと強く握られた拳に、俺はどう返すべきかを戸惑ってしまう。
「でも、いつも言ってるよな。叶えられない我が侭は聞けないって……だから、聞いてもらえないの分かってるけど、どうしても言いたかったんだ……」
「…ナルト…」
言葉に困っていた俺に、ナルトは顔を上げて笑顔を見せる。
そして、言われたその言葉は確かに何時も俺がナルトに言っている言葉だった。
我が侭を言うのは大事な事。叶えられない事もあるけど、言ってみなければどうなるかなんて分からないから……。
「は、暗部の仕事に一族の仕事もしてるんだもんな……それに、下忍の仕事まで出来ないって、ちゃんと分かってる。でも、表でも俺はと仲良くなりたかったんだ……」
「ナルト……そうだな、この教室で、俺もナルトと笑ってみたかった……」
もう叶う事の無い夢。でも、それは、ずっと俺自身が夢見ていた事。
遠くから見詰める事しか出来なかった。
一緒に笑う事は出来なかったけど、この場所で沢山笑っている君を見る事は出来たから……。
だから、それだけで満足出来たのだ。
「……俺も、俺だってと笑い合いたかった!」
不機嫌そうに言われたその言葉に、俺はただ笑う。
「でも、これからは、裏で何時でも一緒だ。それで、許してくれねぇ?」
そして、妥協して欲しいとナルトへと問い掛けた。
「………我慢は出来ないけど、今は許す……」
そんな俺に、ナルトは複雑な表情を見せて渋々承諾。
って、今はって言葉がすっごく気になるんですけど、納得してくれた事にホッとする。
「んじゃ、そろそろ行動起こさないと、時間がなくなるんじゃねぇのか?」
「えっ?やばい!じーちゃんに怒られる!!」
外を見ると既に日は暮れ掛けている。
卒業試験に落ちてしまったナルトは、これからその挽回と言うよりも任務に借り出されているのだ。
そう、最近不穏な動きをしている中忍の目的を知る為に……。
「ナルトが、無事卒業できる事を祈ってるから……んで、危なくなったら呼んでくれ。俺は、幾らでも力を貸す」
「心配ない!もう相手の目的は分かってる。後は、行動に出たところを捕まえるだけだからな!」
得意気に見せるナルトに、俺は笑みを浮かべる。
「うん、ナルト、イルカ先生に宜しくね」
「へぇ?」
「それじゃ、『夜』が呼んでるみたいだから、後でな!」
そんなナルトに、俺はニッコリと笑顔で言えば、意味が分からないと言うようにナルトが、首を傾げて問い掛けるような声を上げた。
だけど、それには何も答えずにただ笑顔を見せて、渡りを使ってその場を離れる。
「ちょ、!」
訳が分からないと言うように、ナルトが俺の名前を呼んでるのが遠くで聞えたけど、それに答える事は出来なかった。
滅多に働かない先見の力が働いたから分かる事。
この教室で、笑っていられた時間は、決して無駄じゃなかったと分かって、俺は思わず笑みを浮かべた。
明日、君の額には、認めてくれた人から渡された額当てが付けられているだろう。
少し照れたように笑う君の笑顔を思って、俺はもう一度笑みを零した。