「花見に行かないか」

 突然そう言われたのは、珍しくも夜の任務をじーちゃんが休みにしてくれたそんな日。

「花見って、まだ桜が咲くには早いってばよ?」

 確かに春を感じられるように温かくはなっているけど、桜はまだ満開とはいえない2部咲き状態なのだから、花見に行っても見るものは枝だけだ。

「いや、ちゃんと満開だったぜ」

 だけど、俺の言葉に返されたのは信じられない言葉だった。
 満開?いったい、何処の桜が満開だったと言うのだろうか。
 間違いなくこの木の葉の里では、桜は満開にはまだ少し早い。

「弁当とかは準備万端だし、『昼』、『夜』いいか?」
『そのつもりで準備していた』
『もう、『昼』ってば、嬉しそうにお酒の準備しかしないんだから……』

 複雑な表情で見詰める中、が二匹の猫へと声を掛ける。それに、『昼』は嬉しそうにお酒を大量に持って来ながら答え、その後ろでは呆れたような『夜』が、多分と一緒に準備したのだろう重そうな重箱を持って姿を現した。

「シカマルも、本読んでねぇで準備しろよ!っても、なんも持ってくものねぇか……あそこは、寒くないから上着も要らなねぇし……」

 そんな二人に目を細めて笑顔を見せてから、我関せず状態で本を読んでいるシカマルへと声を掛けるのその言葉に、俺は更に耳を疑った。

 いや、だって、確かに昼間は温かくなったと感じる事が出来るけど、今の時間は夜でどう考えても上着がないと寒いだろう。
 そう言う事をまったく気にしない俺でも、その言葉は驚きを隠せないものだった。
 だって、何時もは、薄着しようものならにしっかりと上着を渡されるのだから……。

、一体何処に桜を見に行くつもりなんだ?」

 だから思わず問い掛けてしまう。
 だって、『昼』や『夜』の能力を使えば、南の国でも簡単に行けると知っているからだ。
 もしかした、木の葉ではなくそんな場所に向うというのならの話も素直に納得出来る。

「何処って、木の葉の外れ」

 だが、自分が納得出来るだろうと思って問い掛けたその疑問は、の言葉によって希望を失ってしまう。

「ああ、木の葉じゃ桜はまだまだだろうが……」

 の言葉に呆然とした俺に代わって、シカマルが呆れたようにため息をつく。
 うん、先も言ったけど、木の葉の桜は2部咲き。どんなに良くっても4部ぐらいしか咲いていない。そんな状態だと、花見ではなく枝見だと思う。

「心配しなくっても、ちゃんと満開になっているって事を知らせに来てくれたから、大丈夫だって」

 だけど、そんな俺達の心配など何処吹く風状態で、が嬉しそうに笑いながら返してきたそれの言葉に、首を傾げる。
 知らせにって、一体誰が知らせに来たんだ??

「んじゃ、さっさと行こうぜ。みんな待ってんだからな!」

 疑問に思ったそれは、リョクトの次の言葉によって更なる疑問を生む。

 って、一体誰が待っているって言うんだよ!!

 それを問い掛ける間もなく、そのまま『昼』と『夜』の渡りによって空間が歪む感覚を味わった瞬間、景色が変わった。
 そして、辿り着いた場所は、見事に見頃を迎えた満開の桜。
 決して広いとは言えないその場所は、中央に枝垂桜が優雅にその枝を風に靡かせている。その枝垂れ桜を囲むように染井吉野が数十本。
 全ての桜が、月の光に照らされてその美しさを自分達に見せ付けてくれた。

「すごい……」

 思わず呟いたその言葉に、が優しく瞳を細めて俺を見てくる。

「だから、大丈夫って言っただろう……有難う、な、ここを誉めてくれて…」

 俺を見詰めていた視線が桜へと向けられて、どこか寂しそうに呟かれたそれに俺は何も返せずにただを見詰めた。
 の言ったように、この場所の桜は自分達に見事な花を見せてくれている。だけど、こんなにも咲き誇っている桜なら、遠くから見ても直ぐに分かるだろう。なのに、自分達は、この場所の事を何も知らない。

 里の人間も、きっとこの場所の事は知らないだろう。
 だって、ここまで見事な桜の木がある事など聞いた事がないから……。

「で、誰が待ってんだ?」

 考え込んだ俺の耳に、シカマルが小さくため息をつきながら問い掛けてくる。
 その言われた言葉で、俺も思い出した。
 確かにここに来る前に、は『皆が待っている』と言っていたのだ。

「そうだ、一体誰が……」

 シカマルに続いて、問い掛けようとした俺のその言葉は最後まで言う事が出来なかった。

 フワリと暖かな風を感じた瞬間、目の前には何処かで見た事があるような綺麗な女性が立っていた。その女性の後ろには、数十人の人達が頭を下げて立っている。気配など全く感じる事が出来なかったって言うのに、目の前に信じられないくらい大勢の人が居た事に、かなり驚ろかされた。
 これが任務だったら、俺ってば間違いなく殺されていたと思う。

「やっぱり、待たせちまったみてぇだな……」

 目の前に立っている人達に、が小さく呟けば先頭に立っている女性が、フワリと笑顔を見せ、後ろに立っていた人達に手を上げた。その瞬間、後ろに仕えるように立っていた人達が散らばって行く。

『主、待たせてすまなかった』

 そんな人達をただ見詰めている中、突然の『昼』の謝罪。
 向けられたその言葉に、俺もシカマルもただ驚いて相手を見る事しか出来ない。
 『昼』の謝罪にも、目の前の女性は、ただ笑顔を見せている。その笑顔は、俺が大好きなの笑顔と重なった。

 そう、『昼』が『主』と呼ぶ人物は、一族の当主だったと言うの母親ただ一人。

「も、もしかして、のお母さん?」

 恐る恐る訪ねたその言葉に、目の前の女性がニッコリと微笑むと、深々と頭を下げた。
 それは、俺の質問に返された間違いないと言う証。

「って、この女(ヒト)がの当主なのかよ!」
「おう、の当主にして、俺とは血の繋がりがバッチリとあった、人だ」

 余りの事に、信じられないと言うようにシカマルが口を開けば、あっさりとが返事を返す。
 でも、リョクトの言葉は過去形だった。

 そう、一族は、間違いなく以外の者達はみんなこの里によって滅ぼされてしまった筈だ。

「ど、どう言う事??」

 だけど、自分達の目の前には、その滅ぼされたと言う一族の当主が居る。

『あのね、ここは、一族の眠る地なの……』

 信じられないその光景に、俺が素直に首を傾げれば、『夜』が説明するように何処か寂しそうな表情で呟いた。

『そう、この桜の数は、殺されてしまったの者達と同じ数……』

 『夜』に続いて『昼』までも、目の前に居る人達を見詰めながら、ポツリと呟く。

『死体はね、燃やされちゃって何も残らなかったから、ボクと『昼』とで、この地に彼等と同じ数の桜を植えたの……にとって桜は魂を定着させる事が出来る神聖なモノ……だから、その桜をこの場所に植える事でボク達は彼等の魂をそれに宿らせたんだよ……』

 『昼』の言葉を続けるように、『夜』が何処か困ったような表情を見せながら桜を見上げ話してくれる。
 教えられたその内容に、俺とシカマルはただ黙って話を聞いていた。

 目の前では、楽しそうに花見をしている人々。
 何処か幻想的なその景色は、この桜に溶け込んで何処か遠い景色を見ているようにさえ見える。

「……本当は、命日にこの場所に訪れるのが一番いいんだろうけど、みんなその日は正気ではいられないからって……だから、この桜の木が満開になった時皆で、花見をするのが恒例になっているんだ」

 そう言ったの瞳は、慈しむように目の前の桜を見詰めていた。
 だけど、俺はのその言葉で、複雑な表情をしてしまう。

 命日には、正気で居られない……。

 それは、何の罪もないのにこの里によって滅ぼされてしまった理不尽さに対してだろう。
 自分達の死をも予知していた彼等としても、この里の理不尽さに対してだけは許せない者が在ると言う事……。

「えっ?」

 考え込んで俯いた俺に、誰かが手を取って引っ張る。
 それに気付いて顔を上げれば、鮮やかな笑顔を浮かべたそっくりな女性が自分の手を取り、楽しく花見をしている人達の輪へと誘うように引っ張っていた。

「えっ、あの……」
「何も気にする事はないから、楽しんで欲しいって……」

 グイグイと引っ張られるのに、困惑していると、が俺の背を押すように口を開く。
 言われた事に、女性へと視線を向ければ、頷かれてしまう。

『主の誘いだぞ、器のガキ』

 それにどうしようか悩んでいると、当然だと言うように口を開いてから『昼』が俺の肩に乗っかってくる。
 確かに、楽しむ為に誘ってくれていると言う事が分かるから、俺は引かれる腕をそのままに素直に楽しそうな人達の輪へと歩き出す。

「……何で、自分でしゃべらねぇんだ?」

 歩き出した俺に続いて、シカマルやが俺の後ろをゆっくりと歩いて付いてくる。
 その気配を感じながら、中心に存在する枝垂れ桜へと進んで行く。

「……喋ってはいるんだけど、シカマル達には聞き取れない……ここは、そう言う場所だから……。ナルトやシカマルがこの場所を知らないのは当然なんだ。ここは閉ざされた空間。だから、木の葉の外れと言っても、全く違う場所だとも言える。この桜が見られるのも、実際は今日だけ……満開に咲き誇ったこの桜は、俺達の世界とこの世界を繋ぐ扉でもあるんだ」

 シカマルの質問に答えるの声を聞きながら、楽しそうに舞を舞っている数人の女性達を見詰めた。
 勿論、楽しそうに笑っている姿は見えるんだけど、その声は聞えてこない。

 音のないこの世界で、音を紡いでいるのは風とそして、俺達が歩いているその足音だけ。
 ああ、だからこそ、幻想的で、何処か遠いと感じてしまうのだろうか。
 綺麗に咲き誇っている桜が、風によってその美しい花弁を散らす。
 まるで奇跡のようなその光景に、俺はただ瞳を細めた。

『あのね、今年はが一杯お弁当作たの。ボクも手伝ったんだよ!』

 輪の中に加わったとたん、『夜』の賑やかな声が聞えて我に帰る。
 得意そうなその声に、俺は知らず笑みを浮かべた。
 広げられる重箱。そして、何処から出してきたのか、昼が準備していた沢山のお酒。

「んじゃ、感傷は、ここまでつーことで、ここからは、時間を忘れて楽しもうぜ!!」

 何時の間にか渡されたコップには、しっかりと酒が注がれていた。
 そして、今までの何処か儚く感じられたその空気は一転して、の声で一気に明るいモノへと変化する。


 声は聞えないけど、楽しそうに笑っている人達。
 この里の犠牲となった一族だと言うのに、そんな事など感じさせない温かさ。
 今こうして居られる事さえも、奇跡だと分かっている。

 だけど、こう思わずには居られない。生きている時に、この人達に出会いたかった…と。