それを見付けたのは、本当に偶然。

 河原近くを歩いていた時に聞えてきたそれに、思わず足を止めてしまった。

 聞えてきたのは子猫の鳴き声。

 こんなところで聞えてくるその声は、決まって捨てられてしまったモノの声だと分かる。
 人通りの少ないこんな場所に捨てるなんて……。

 頼りないその声に、俺の足はそちらへと向う。
 行っても、どうにかなるなんて思っちゃ居ない。
 俺では、飼って上げられないし、下手な期待を持たせる方が可哀想だと分かっている。

 それでも、止められなかった。

 向かって先に居たものは、ダンボールの箱に入れられた一匹の猫。
 俺の姿を認めた瞬間、まるで縋るように鳴き出す。

 小さな命。

 この世に生まれたからこそ、一生懸命生きていると分かるほどの鳴き声に、俺の眉間に皺が寄ったのが分かる。
 捨てるくらいなら、初めから飼わなければいい。
 平気で捨てられる、その心が信じられなかった。
 自分勝手な人間だからこそ、こんな事を平気で出来るのだ。

 必死で鳴き続ける子猫の姿を前に、俺は何もしてやれない。
 ただ、その姿を見詰める事しか……。
 抱き上げてやる事も出来ない。

 だって、それはこの子猫に期待させると言う事だから……。

「……ごめんな、何もしてやれない……」

 自分が悪い訳でもないのに、思わず謝ってしまう。
 だけど、このままこの場所を去る事も出来ず、俺はただその場に立ち尽くした。

「捨て猫か?」

 どれくらいの時間過ぎたのか分からない。
 だけど、突然声が聞えて、俺は驚いて振り返った。
 振り返った先にいたのは、全く自分に気配を悟らせない相手……。

!」
「そろそろ帰らないと日が暮れるぞ。お前も家に来るか?」

 驚いてその名前を呼べば、フワリと笑顔を見せる。
 そして、その笑顔のままは、ダンボールの箱の中に居たそれをヒョイッと抱き上げた。

「つ、連れて帰るのか?」
「ここで会ったのも何かの縁ってな。それに、『昼』と『夜』って結構面倒見いいんだぜ」

 俺の質問に、は楽しそうに笑いながら返事をくれる。

 に抱き上げられた事で、まるでその温もりを離さないようにの服に爪を立てている子猫の姿に、俺もここで初めて笑みを浮かべた。

「確かに、あの二人って、そうだな……」
「『昼』なんて何だかんだ言いながらも、世話焼きだからな」

 言われたことに、思わず頷いて返してしまう。
 ああ、今ここにが来ただけで、こんなにも空気が変わってしまった。

「……有難う……」
「御礼を言われるような事をした覚えはないけどな」

 だから素直に礼の言葉を述べれば、から返されたのは苦笑の言葉。

 だけど、俺には分かる。

 動けなくなった俺の気配に心配して様子を見に来てくれたんだという事を……。
 それを表に出さないだけど、その行動にどれだけ自分が救われているのかきっと、彼は知らないだろう。

「それでも、言いたかったんだ」
「そっか……んじゃ、この子も冷え切っちゃってるから早く帰ろうぜ。お前にも、ミルクやるからな」

 自分にしがみ付いている子猫に、はその頭を撫でながら優しく微笑む。

「ナルト」

 その笑顔を前に、俺の心が温かくなる。
 そんな中急に名前を呼ばれた瞬間、俺は慌ててそれを受け取った。

「なっ!」

 余りにも突然だったので、かなり驚かされる。

「ほら、ちゃんと生きてるちょっと冷たくなっちゃてるけど、温もりは感じられるだろう?」

 両手で受け取ったそれは、フワフワの毛が少しだけくすぐったく感じられるけど、確かにの言うように温もりを感じる事が出来た。

 確かに、生きている証。

「ああ……こんなに小さくっても、ちゃんと生きてるんだな……」

 人通りの少ないこんな場所に捨てられていたのに、ちゃんと生きている温もりを感じる。
 自分を見て鳴いていたそれは、確かに頼りないけど生きていた。
 どうして俺は、これを抱き上げる事が出来なかったのだろう。

 期待させるからと言う理由なんて、関係ない。
 生きたいと望んでいるそれの小さな、いや誰もが持っているその強い願いを聞いて上げられなかったのだろうか。

 殺す事は簡単だ。

 だって、俺はたくさんの命をこの手で消してきた。
 だけど、偶には自分のこの手で誰かの命を救う事が出来るのだと言う事を、どうして行動に移せなかったのだろうか。

「ナルト、帰ろう」

 手の中のぬくもりを胸に抱く。
 そんな俺に、が優しく声を掛けてきた。
 それに、俺は小さく頷く。

 胸の中の小さなぬくもりを感じながら……。


 河原で見つけた小さな命。
 その命を救えたのは、君と言う存在が在ったからこそ……。











―おまけ―

「そう言えば、あの猫ってどうなったんだ?」

 数日前に拾った子猫。だけど、その姿は既に見られない。
 昨日までは確かにいたと思ったんだけど……。

「あの猫?あの猫なら……」
『ちゃんとした飼い主を見付けてやったから、安心しろ』

 俺の質問に、返事を返そうとしたのその言葉を遮って、『昼』が口を開いた。
 って、何時の間に飼い主なんて探してたんだろう??

『心配しなくっても、ちゃんと可愛がってくれる人達だから安心していいよ』

 内心疑問に思っていた俺を他所に、『夜』が楽しそうに口を開く。
 いや、だから、何時の間に……。

「今回こそは飼えると思ったんだけど……気が付いたら何時の間にか里親見つけて連れってちゃってるんだよなぁ……折角可愛かったのに……」

 少しだけ寂しそうな表情で言われたその言葉に、思わず『昼』と『夜』に視線を向けてしまう。
 その先に居たのは、罰悪そうにから視線を逸らす二匹の姿。

 ようするに、が子猫を構い倒すのが気に入らなくって、二匹で結託して子猫の貰い主を探していると言う事だろう。
 まぁ、既に猫二匹が居るんだから、別な猫は必要ないと思うんだけど……。

「まぁ、でも、やっぱりちゃんとした飼い主が居るのはいい事だし……」
「俺じゃ、ちゃんとした飼い主にはなれないって事か?」

 それが分かったからこそ、フォローするように口を開けば、拗ねたようにが睨んできた。

 いや、うん。そう言う訳じゃないけど……俺としても、『昼』と『夜』の気持ちは分かるからなぁ……。
 ちょっとだけ返答に困る言葉に、俺はただ苦笑を零す。

 は、凄くいい飼い主になると思うけど、子猫なんかに取られたくないから…。

 そんな事、絶対に口に出せないけど・……。