「やばいなぁ……」

 小さくため息をついてしまうのを止められない。

『……確かに、このままでは厄介な事になるぞ』

 俺の肩に何時ものように乗っかっている『昼』も、俺のその言葉に同意してくれる。
 いや、うん、厄介な事に成るって言うのは、嫌って程分かっていのだ。

「…『夜』に連絡出来ないよなぁ……」
『無理だな……オレの力が無くなるほどのモノじゃないが、確実にこの中に閉じ込められているぞ』

 ポツリと呟いた俺の言葉に、しっかりと『昼』が答えてくれる。
 まぁ、返って来たのは予想通りの答えだけど……。

「……当然『夜』もそうだけど、ナルトが心配するよなぁ……」
『だろうな。勿論、奈良のガキもだぞ』

 盛大なため息とともに言えば、あっさりと肯定され、しかも追加までされてしまう。
 いや、そうなんだけど、更に人の気を重くさせないでくれ。

「俺の式でも無理かなぁ……」
『無理だな。諦めろ』

 それでも諦められなくって呟いた言葉に、キッパリと返される。
 ……分かっちゃいたけど、もうちょっと何とかなんないのか?
 『夜』は勿論、ナルトやシカマルに余計な心配を掛ける事になるのは、非常に心苦しい。

 でもまぁ、唯一の救いと言えば、これに捕まる前にしていた仕事が、任務ではなく一族の仕事だったと言う事。
 『夜』なら知っているけど、一族の仕事の場合一日では帰れない事もあるから、その辺は上手くナルト達に説明してくれているだろう。
 もっとも、心配を掛ける事に関しては、どちらでも変わらないんだけど……。

「…今夜はここで野宿?」
『いや、心配ないぞ。あそこに屋敷が見える』

 自分の言葉を全て否定されて、諦めに入った俺が複雑な気持ちで問い掛けたそれに、『昼』が前方を指し示して口を開く。
 言われてそちらに視線を向ければ、確かにぼんやりと明かりが見えた。

 ここからでは自分には建物があるくらいしか分からないけど屋敷だと言い切った『昼』に、流石だと感心させられてしまう。

「……怪しい結界の中に、屋敷?」
『間違いなく、この結果の大元になっていると考えられるだろうな』

 だけどそれは、今、この状況を考えると滅茶苦茶怪しすぎる。
 胡散臭いと呟けば、サラリと『昼』が返してくれた。

 いや、それしか考えられないから、行くしかないんだけど……正直言えば、そんな怪しい処には行きたくねぇつーの!
 シカマルじゃねぇけど、めんどくせぇって、絶対!!

「『昼』さん、俺行きたくないんですけど……」
『一生ここに居たいのなら、それでもいいぞ』

 恐る恐るお願い事として口にしたそれに、冷たいお言葉が返ってくる。

 その言葉に、俺は大袈裟にため息をついた。

 確かに元凶となっている元を断たなければ、俺達はこの中から出られない。

「…い、行けばいいんだろう!」
『行かなければ、始まらないとも言うな』

 そして覚悟を決めて言ったそれにも、冷たい言葉が返ってくる。


 時々、本当に時々だけど、『昼』に嫌われてるんじゃねぇのかと疑いたくなる事があるのは、こんな時だ。
 もっとも、それが『昼』の愛情の裏返しだって事は嫌と言うほど知っているけど……。

 再度ため息をついて、元凶の元へと歩き出す。
 そして、見えていた建物に辿り着いた瞬間、そのまま踵を返したくなった。

「……ひ、『昼』さん、**ホテル 人形屋敷**なんて、入りたくないんですけど……」

 目の前に聳え立つのは、3階建てのしっかりとした古い洋館。
 ズーンと薄暗い雰囲気を持つその洋館の入り口には、看板が有り書かれている言葉がなんとも微妙だった。

『良かったな、ホテルだと言うのなら、泊めてもらえるぞ』

 複雑な気持ちで呟いた俺に代わって、『昼』があっさりと現実を受け入る。

 いや、うん、確かにホテルだから、泊めてもらえるかどうかの心配はしなくってもいいのは本当だけど、こんな怪しいホテルには泊まりたくねぇぞ!!
 呆然と入り口で立ち止まっている俺は、目の前の扉がゆっくりと開いて行くのが分かって思わず身構えてしまった。

「いらっしゃいませ」

 ゆっくりと開いた扉の先には、一人のメイド服を着た少女……って、ここはメイドホテルなのか??

「お二人様ですね。どうぞ、中にお進みください」

 メイド服の少女は俺と『昼』を見て、ニッコリと微笑むと中へと勧めた。
 だけど、言われた内容に、俺と『昼』は顔を見合わせてしまう。今の『昼』の姿は猫。だから、二人と言う言葉は当て嵌まらないのだ。

「……あの」
「はい、なんでしょうか?」

 目の前で笑顔を絶やさない少女に、俺が声を掛ければ直ぐに聞き返される。それも、途絶える事の無い笑顔で……。
 ニコニコと目の前で、俺の質問を待っている少女を前に言葉を無くす。

「……いえ、宜しくお願いします」
「はい」

 そして、最後には聞きたかった事を口に出せずに、俺は脱力と共に頭を下げた。
 俺の言葉に笑顔で返事をすると、少女は洋館の中へと招きいれた。荷物なんて何も無いので、そのまま奥へと進んで行く少女の後をただ慌てて付いて行く。

 でも普通ホテルなら、チェックインの為にフロントを通るもんじゃんかったか?
 いや、そんなにホテルとか旅館とかで泊まったことねぇから、ハッキリと断言できねぇんだけど……。

「久し振りのお客様で、一同喜んでおります。私共が出来る精一杯の御もてなしをさせていただきますね」

 疑問に思っている俺とは関係なく、前を歩く少女が嬉しそうに声を掛けてくる。
 だけど、その言われた内容に、更に俺は疑問を感じた。

 一同?自分には、この屋敷の中に人の気配を感じる事が出来ないのだ。そう、人の気配に敏感な自分が……。
 そして、更に気が付いた事、そう、目の前の少女からも、気配なんて感じられない。

「あの、ここは、人形屋敷なんですよね?なのに、人形を飾っている訳ではないみたいですが、名前の由来は何かあるんですか?」

 何処を探っても、この屋敷から人の気配を感じる事が出来ない。
 そして更に気になる事は、この屋敷の中には人形など一つも置かれていないのだ。
 それなのに、*人形屋敷*と言う名前を持つ意味が分からずに問い掛ければ、肩に居る『昼』が小さくため息をついたのが聞えてきた。
 それが気になって、『昼』へと視線を向けようとした俺に、前を歩いていた少女がゆっくりと振り返る。

「それは、とても簡単な事ですわ。ここは、人形達が経営してるホテルですから」

 そして、ニッコリと笑顔で言われた言葉に、俺はそのまま動きを止めた。
 ……道理で、気配を読む事が出来ないはずだ。人形には、もともと気配なんてねぇわなぁ……なんて、思わず現実逃避してしまっても仕方ないだろう。

『心配することは無いぞ』

 全てに納得して頷いた俺に、『昼』が声を掛けてくる。

「『昼』?」

 どう言う意味なのか分からずに、俺はその名前を呼ぶ事で先を促した。

『こいつ等からは、全く敵意を感じられない』

 俺の問い掛けに、はっきりとした声が返されて、更に頷く。
 それには、俺も同意見だ。ここの中に入ってからも、危険度は全く感じられない。
 更に、『昼』も俺と同じように感じているのだから、俺の思い過ごしではないと言う事だ。

 でもなぁ、態々人を結界の中に閉じ込めるか、普通。

「あ〜っ、ちなみに、ホテルってあるんだから、普通に宿泊は出来るんだよな?」

 相手が人形と分かった時点で、もう全てを諦めた。
 自分の勘と『昼』の言葉から、相手に危害を加える気がないと分かったからこそ、俺は目の前の少女へと質問する。

「勿論です!私達は、人間に大切にされたモノばかり、ここはその恩返しをするために作られたホテルなのですから!」

 俺の質問に、少女がハッキリとした口調で返してくる。
 まぁ、人を結界に閉じ込めて言うセリフじゃねぇと思うけど、胸を張って返された言葉を信じよう。

「ならさぁ、周りの結界解いてくれねぇ、俺の仲間をここに呼ぶから」
「本当ですか」

 彼等の気持ちを察して、俺が一つ提案をすれば信じられないと言うように問い返される。

 このまま俺が帰らなければ、間違いなく皆に心配を掛ける事になるのだ、だからその彼等を巻き込めば、その心配はなくなるという事。
 それに、このホテルに居る彼等は、人間を持て成す事を糧としているのだから、この申し出は有り難いだろう。

「おう、まぁ後3人だけだけど、いい奴等だから心配ないぜ」

 ニッコリと笑顔で言えば、安心したのか結界が解かれたのが分かる。

「『昼』」
『分かっている、もう来るぞ』

 その瞬間『昼』へと声を掛ければ、直ぐに返事が返され、渡り独特の気配を感じそちらへと視線を向けた。

「な、急になにするんだよ、『夜』!!」

 目の前に現れたのは、今は任務を終わらせて家で寛いでいただろうと分かるナルトとシカマル。
 そして、その彼等をここに連れて来てくれた俺のもう一人の保護者である『夜』。

『ごめんね、急に『昼』からの呼び出しが……あっ、!』

 突然渡りによって連れ出されてしまったナルトが『夜』へと文句を言えば、『夜』が困ったように謝罪するがその言い訳は俺の姿を見付けた事で遮られる。
 『夜』が嬉しそうに、俺の名前を呼んで抱き付いてきた。

「よっ!」

 俺はそれを抱き止めてやりながら、床に座り込んでいるナルトとシカマルに声を掛ける。
 二人共突然すぎて、受身を取り損ねたのだろう。そんなこっちゃりっぱな忍びとは言えないぞ!なぁんて、思いながら手を差し伸べる。

「……たく、ここ何処だよ……」

 差し出した手を先に掴んだのはシカマルで、何時ものようにめんどくさそうにため息をついて俺の手を使って立ち上がって回りを見回す。

「**ホテル 人形屋敷**」

 シカマルがしっかりと立ち上がった後、今度はナルトへと手を差し出しながらシカマルの質問へと返事を返した。

「って、何、その怪しい名前!」

 シカマルの質問に答えた俺に、今度は俺の手を掴んで立ち上がりながらナルトがキッパリと言い切る。

 うん、誰だってそう思うとは思う、思うんだけど……。

「いや、作った本人目の前に、きっぱり言うのは止めような、ナルト」

 まぁ、俺も同じ事を言ったから強くは言えない。
 だって、本当に怪しい名前だと思うから……。

「やはり、怪しいんでしょうか……」

 ナルトに言われて、今まで黙って俺達の遣り取りを見守っていた少女がシュンと落ち込んでしまう。

 いや、この名前で怪しくないとは思えないだろう、うん。
 そんな少女に俺はフォローする言葉が何も浮かばずに、思わず苦笑を零した。

「って、人が居るってばよ!」

 口を開いた事により、俺達以外の人物が居る事に気が付いたナルトが慌てて表仕様になる。

「ああ、心配しなくっても、ここは木の葉から少しズレた空間になるから……」
『本当、行き成り気配感じられなくなったと思ったら、こんな処に居るんだもん、ビックリしちゃった』

 慌てているナルトに、安心させるようにそう言えば、続け様に俺の腕の中で大人しく抱かれていた『夜』が呆れたようにため息をつく。

 いや、それは不可抗力だから仕方ないんだけど、結界解いてもらって正解だと言う事だけは良く分かった。
 下手すると、『夜』の怒りを買っていたかもしれないのだから……。

「申し訳ありません。最近、この世界に訪れて下さる人間が居なくなってしまって、無理矢理こちらの方々を引き入れてしまいました」

 『夜』の言葉を聞いて、メイド少女が申し訳なさそうに頭を下げる。
 それを聞いて、俺は複雑な表情を見せた。うん、やっぱり無理矢理引き込まれたのか、俺……。

「人間?って、この人は人じゃないんだってば??」

 そして、これまた表仕様そのままのナルトが会話を聞いて不思議そうに小首を傾げる。

『ここは、人界とあの世の境目。そして、この屋敷の住人は、全て人形だ』

 ナルトの疑問に答えたのは、俺の肩に今だに乗っかっている『昼』で、簡潔な説明にナルトばかりかシカマルも納得したように頷いていた。

 いや、そこで簡単に納得していいのか、二人とも!

「って、簡単に納得していいのか!」
「お前と付き合っていると、こんな事は日常になってくるからな。それに、俺達を呼び寄せたって事は、害になる訳じゃねぇだろう」

 思わずそんな二人に突っ込めば、サラリとシカマルが言葉を返してくる。
 その隣でナルトが大きく頷いているのが、何か悲しくなってくるんだけど……。
 俺って、そんなに人外魔境な生活してるのか?つーかそれを、この二人に体験させてるのか??

「な、何か複雑なんですけど……」
『お前の場合、オレ達と一緒に居る時点で普通の人間ではないからな。しかも、お前の仕事を考えれば、もっとだな』

 気持ちをそのまま口にした俺に、『昼』がもっともな事を返してくれた。確かに、その通りなんだけど、それでも、複雑だと思うのは仕方ないと思う。

「あ、あの、では、今晩のお泊りは、こちらの五名様で宜しいでしょうか?」

 複雑な気持ちを抱え込んだ俺に、この屋敷の住人が慌てて現実へと引き戻すように口を開く。

『問題ない』
『うん、今晩は宜しくね』

 そんな少女に、2匹の猫がまだ状況を理解していないナルトとシカマルを完全に無視して楽しそうに返事を返した。


 今晩は、**ホテル 人形屋敷**にお泊り決定。