彼岸花。
この時期になると、鮮やかな赤い花を見せる。
その赤は毒々しい色を見せ、まるでこの世とあの世を繋ぐかのように咲き誇っている。
秋のお彼岸に見頃となるから、その名が付いたとされる花。
曼珠沙華と言う異名を持ち、天上の花の意味を持つ……。
まさにあの世とこの世を繋ぐかのような花。
だけど、俺はこの花が嫌いだった。
まるで人の血を思い出させるこの花が……。
「今年も見事に咲いたわね」
いのの声に、視線を向けた先には綺麗に赤い色を見せている花。
スッと延びた茎の先には、鮮やかな花を見せている。
「もうそんな時期かよ……」
何気ないいのの言葉に、シカマルもその花を見て小さく呟く。
この花が咲き誇るのは、9月中旬から……調度秋のお彼岸に咲くから彼岸花。
そう、先祖への供養を願い墓参りに行くのが慣わし。春と秋とあるお彼岸、秋にはこの彼岸花が見頃で、春は牡丹が咲いている。
まぁ、一説では春のお彼岸には牡丹が咲いているから牡丹餅と言って、秋には萩の花が咲くからおはぎと言われるらしい。
シカマルならその辺詳しく知ってるかもしれないけど、聞く気も無い。
「この花が咲くと思うよね。もう直ぐシカマルといのの誕生日だって事」
「……そうよねぇ、また一つ歳をとっちゃうのよ!」
話しに加わらない自分を他所に目の前では楽しそうな会話が繰り広げられている。
いのの何処かおばさんのようなその言葉に、笑いが漏れた。
だけど俺は、その話を何処か遠くに聞きながらただその赤い花から目が離せない。
他の人には見えないだろうが、本当にこの花はあの世とこの世を繋いでくれるから、だから嫌いだ。
今だってその茎の周りには、幾つもの陰が見え隠れしている。
「?」
じっとその場から動かないモノたちを見詰めていた俺は、突然肩を叩きながら名前を呼ばれてビクリと体を振るわせた。
「な、何?」
「そろそろ移動するってよ」
何時の間にか話が終わったのだろう皆がアスマ上忍と一緒に少し離れた場所で俺が来るのを待っていているようだ。
どうやらシカマルは動かない俺を呼びに来てくれたのだろう。
「ご、ごめん……」
それに気が付いて、慌てて謝罪すると皆が待つ場所へと急いだ。
――なんか居んのかよ?
皆の処に行く中、シカマルが心話で話し掛けてくる。
それに俺はただ曖昧な笑顔で返した。
その誤魔化すような笑みに、シカマルはため息をついただけで、それ以上何も聞いてこない。
それが俺にとってどれだけ救われているか、きっとシカマルは知らないだろう。
「すみません。気付かなくって……」
「気にすんな。んじゃ、行くぞ」
辿り着いて直ぐに、アスマ上忍に謝罪すれば、何時もの笑みを浮かべて自分の頭を少し乱暴に撫で先を促す。
時々こうやって頭を撫でられるんだけど、なんて言うのか安心できるって言うのか嫌じゃない。
「あんたがボーっとしてるなんて、珍しいわね。シカマルなら何時もの事だけど……」
アスマ上忍に続いて歩き出した瞬間、いのが声を掛けてくる。
その言われた内容に、俺は思わず苦笑を零した。
「でも、なんて言うのか、の気持ちは分かるよ。彼岸花って、何処か人を魅了するって言うのかなぁ……何か、禍々しいよね」
そんな俺に、何時ものようにお菓子を片手に言われたチョウジの言葉に、驚いて瞳を見開く。
「そうかしら、私は結構好きなんだけど」
そんな俺に気付かずに、いのが不思議そうに口を開いた。
流石、花々が好きないのらしい。
「うん、僕がそう感じるだけなのかもしれないけどね」
「あ〜っ、まぁ、確かに彼岸花の別名は、曼珠沙華つーくらいだからな。人によっちゃこの世とあの世とを繋ぐ花って言う奴もいる」
いのに言われて、少しだけ困ったようにチョウジが付け足せばシカマルがフォローするように彼岸花の説明。
本当、このチームはチームワークバッチリだよなぁ……。
なんて、何処か他人事のように感じながら俺は黙ってただ歩く。
「曼珠沙華って言うのは知ってたけど、意味まで考えた事なかったわね」
シカマルの説明に、何処か感心したようにいのが更なる疑問を口にする。
まぁ、普通はそんなに考えるような花じゃないものなぁ、なかやま生花でも扱うような花じゃないだろうし……。
彼岸花は、群生の花。野山にあるのが一番の花だ。
「曼珠沙華は、「天上の花」って言う意味……だからだと思う、人それぞれ囚われ方が違うのは……それにね、彼岸花って白い花もあるんだよ。この辺では咲かないみたいだけど」
「えっ、そうなの?調べた事無いから知らなかったわ。今度確認してみるわね!」
いのの疑問に答えるように口を開いて、最後に全く違う事を言う。そうすれば、ほらもう最初の事は薄れてしまって空気に溶ける。
「うん、本によっては写真もあるから調べてみるといいよ」
花好きないのらしさに微笑んで言えば、嬉しそうに頷く。
本当、こう言う所は可愛い女の子って感じなのになぁ……普段のあの勇ましさが無ければ…って、あれがないと、いのって言えないんだろうけどね。
にこやかに話は終わったけど、きっとシカマルは気付いてる。
俺が、話を誤魔化した事に……。
「話は終わったな。なら任務の説明するぞ」
何か言いた気に自分を見ているシカマルの視線に気付きながらも、それを敢えて無視した。
そんな俺達に、アスマ上忍が早速任務の説明を始める。そうなって漸くシカマルの視線が俺から逸らされた事に、少しだけホッとして息を吐く。
話したくない訳じゃない。
今、ここでは話せないだけだ。
シカマルもそれが分かっているから聞いて来ない。
あ〜っ、でも、解散後は質問されるんだろうなぁ……。
今日の任務が、薬草探しで少しだけ救われた。だって、それだと、皆バラバラで目的の物を探すから、何かが起きても対処が簡単に出来る。
「『昼』」
皆がそれぞれ行動を起こし周りに誰の気配も感じられなくなってから、俺はその名前を呼んだ。
『呼んだか?』
俺の呼び掛けに空間から現れたのは、俺の保護者の一人と言ってもいい白猫。
「今年も咲いてた……」
『そうか…分かった。処理はしておく』
短く伝えた言葉なのに、それで全てを理解してくれる。
「頼む」
折角綺麗な花を見せているけど、完全に扉を開く訳にはいかない。
『それが仕事だからな、気にするな』
短く頼んだ俺に、『昼』が笑って答えてくれる。
そして、その姿が現れた時と同じように空間へと消えた瞬間、小さく息を吐き出した。
「シカマル、居るんだろう?」
良く知っているその気配に向って声を掛ける。
「『昼』のヤツを呼んだのかよ……」
「まぁ、用事があったからな……で、何が聞きたい?」
当然のように木の陰から姿を現したシカマルのそれに、俺は返事を返し更に質問。
少し離れた場所にもシカマルの気配を感じる。きっと、影分身使ってるんだろうなぁ……それは凄い便利だけど、使用するチャクラ量が半端じゃねぇから、俺には使えない。
もっと簡単な影分身って作れないものだろうか?
「彼岸花に、何かあるのか?」
俺の質問に、シカマルが質問で返してくる。
頭の中では全く違う事考えてたんだけど、まぁ、聞かれる内容は分かってた事だから、問題ない。
「ある。あの花は、見事にこの世とあの世を繋いでくれるんだ。だから、『昼』に処理を頼んだところ」
今なら、別に問題はないから、シカマルに聞かれたことに、素直に言葉を返す。
「……あの花、そんなにめんどくせぇ花なのかよ」
「おう、バッチリとな。まぁ、全部が全部って訳じゃないんだけど……なんて言うか、時々気まぐれを起こしてってやつだから、俺達も気が付いた時しか処理してない」
俺の言葉に、信じられないと言うようにシカマルが何時もの口調。
まぁ、知らないのが普通だから、そう思っても仕方ないだろう。
「だから、嫌いなのか?」
ため息をつきながら説明した俺に、シカマルが眉間に皺を寄せて質問してくる。
それに俺は、一瞬驚いて瞳を見開いた。
「……好きか嫌いかって質問されたら、嫌いだな……あの赤は、血の色を思い出させるから……」
自分が、もう戻れない程汚れているのだと言う事を知らしめるような花。
だから、嫌い。
「前に、ナルトも同じ事言ってたな……あの花は血の色だと……本当にお前等は似過ぎてる……」
俺の言葉に、小さくため息をつきながら言われたシカマルのそれに俺は驚いて顔を上げた。
「ナルト、も?」
あの花を見てそう言う人物は、確かに人の生き死に関わったものだけだが思う事だ。
そうナルトが思ったと言うのは、それだけナルトも人の生き死に深く関わっていると言う事。もっとも、暗部である自分達には、死は何時でも直ぐ傍で感じているものだ。
「おう、そんな事を言ってたぜ。もっとも、俺も同意見だったけどな」
聞き返した俺に、シカマルが苦笑を浮かべながら答えてくれる。
そうだった、シカマルもまた一番死と関わりがある場所に立っていたんだったな……。
「でも、俺はあの花は嫌いじゃねぇよ。俺達には似合いの花じゃねぇかよ」
「シカマル……」
笑いながら言われたその言葉に、俺はただその名前を呼ぶ事しか出来ない。
確かに、あの花は自分達には、一番似合いな花かもしれない。
特に、自分には……。
「めんどくせぇけど、悪い意味じゃねぇからな。お前が言ったんだろうが、曼珠沙華は、「天上の花」なんだろ。だからこそ、お前等に似合いの花じゃねぇかよ」
悲観的に考えていた俺の考えをまるで読んだかのように、シカマルがニッと笑って付け足した。
「……有難う……」
それに一瞬驚いて瞳を見開いてしまったけど、その気持ちが分かったからこそ、素直に礼の言葉を口にする。
彼岸花。
この時期になると、鮮やかな赤い花を見せる。
その赤は毒々しい色を見せ、まるでこの世とあの世を繋ぐかのように咲き誇っている。
秋のお彼岸に見頃となるから、その名が付いたとされる花。
曼珠沙華と言う異名を持ち、天上の花の意味を持つ……。
まさにあの世とこの世を繋ぐかのような花。
だけど、俺はこの花が嫌いだった。
まるで人の血を思い出させるこの花が……。
けど、今は少しだけ好きになれたかもしれない……。