どうしてなんだろう、こんな気持ちになるのは……。

 あいつに会ってから、頻繁に起こるこの気持ち。
 決して、嫌な気分になる訳じゃないけど、俺は今までこんな気持ちを感じた事はなかったから……。





「どうしたのじゃ、今日は任務は休みのはず……」
「なぁ、じっちゃん、俺、どうしてだろう……」

 部屋に入るなりじっちゃんが、書類から顔を上げて俺を見る。そして、言われかけたその言葉を遮ってポツリと呟く。

「行き成りなんじゃ。わしにも分かるように説明してくれぬか?」

 考えても分からない。

 だって、こんな気持ちになったのは初めての事だから……。

 だから、俺の保護者であるじっちゃんに、こうして相談に来た。
 だけど、俺の言葉の意味が分からなかったのだろう、逆にじっちゃんに聞き返される。

「分からない……だけど、胸が……」
「胸がどうしたのじゃ?」

 聞き返されて、俺は胸の前で手をぎゅっと握り締めた。
 そんな俺に、じっちゃんが心配したように声を掛けてくる。

 苦しい訳じゃない。
 痛い訳でもない。

「…ここが、温かくなるんだ……」
「ナルト?」

 あいつと居ると、ここが温かくなる。
 特に、笑顔を見た瞬間、フワリと心が熱を持つ。

「あいつが笑うと、ここが温かくなる……こんな事、初めてだ」
「あいつ?」

 ぎゅっと手を握り締めたまま、必死で自分がどうしてこんな気持ちになるのかを教えてもらいたくって、言葉にする。
 俺の言葉に、不思議そうにじっちゃんが問い掛けてくるのに、小さくコクンと頷いた。

「こんなの、初めてで、俺は、可笑しくなったのか?」

 あいつは、初めて何の迷いもなく手を差し伸べてくれた人。そして、綺麗な笑顔を向けてくれた。

「……ナルト、お前は……その子と居ると、胸が温かくなるのじゃな?」

 分からない感情。

 だから問い掛けられた事に、頷く事で返事を返す。

 どうしてそんな風になるのか分からない。
 だけど、俺の反応に、じっちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

「それはな、ナルトがその子の事をとっても好きだと言うことじゃよ」

 そして、続けて言われた言葉に、俺は意味が分からずにそっと問い掛ける。

「好き?」

 聞き返したそれに、じっちゃんがまた嬉しそうに笑いながら頷いた。今まで見た事ない程安心した笑顔。

「やはり、おぬし達の出会いは間違いではなかったようじゃのう」

 嬉しそうに笑いながらの言葉に、俺は意味が分からなかった。

「俺は、あいつの事、好きなのか?」
「そうじゃよ。御主はあれが笑えば、心が温かくなるのじゃろう?」

 嬉しそうに笑いながら言うじっちゃんの言葉が信じられなくって問い掛ければ、逆に聞き返されて、俺は小さく頷いて返す。

「それは、相手が笑ってくれて嬉しいと思っておるからじゃよ」
「嬉しい?」

 聞きなれない言葉に、再度問い掛ける。

 だって俺は一度だって、嬉しいとか誰かを好きだとか思った事ないから……。その気持ちが分からない。

 だけど、じっちゃんが言うように、あいつが笑ったら俺の心はフワリと温かくなる。
 あいつが笑うみたいに、俺まで笑顔になれて……。
 この気持ちが嬉しいって事なんだろうか?

「三代目呼んだか?」

 考え込んでいる俺の耳に突然の声が聞えて驚いて振り返る。

「あれ?ナルトは今日任務ねぇって言ってたのに、ここに居たのか?駄目だぜ、休める時にはちゃんと休まねぇとな」

 振り返った先には、ほんの先程まで俺が考えていた人物が立っていた。
 やっぱり、その気配は読めない。

「御主も休みだったのに呼び出してすまなんだな」
『それは、何時もの事だろう。お陰で『夜』の機嫌が悪くなる』

 本当にすまないと思っているのか、ニコニコと笑いながらじっちゃんが謝罪した事に、呆れながらも盛大なため息をついて言葉を返したのは、と一緒に来たのだろう、『昼』の声。

「『昼』、『夜』はちゃんと分かってんだからいいんだよ!アレは、拗ねてるだけ……ナルト、用事なければ、俺の家に行って『夜』の相手してやって…それとも、任務入ったのか?」

 文句を言う『昼』に対し、が笑いながら『昼』の頭を撫でて、何も言わない俺へと声を掛けてくる。
 その問い掛けに俺は、慌てて首を振って返した。

 ここに居るのは、任務が入ったからじゃなくって、この気持ちが分からなかったから……。
 今だって、に声を掛けられて、困惑している自分が居るのが分かる。
 こんな感情なら理解できるのに、どうしてそうなるのかは、分からない。

「なら、頼むな。シカマルが来てたのは確認したんだけど、あいつは本読み始めると周り見えねぇからな……」

 小さくため息をついて言われた言葉に、俺はそっと自分の胸に手を当てた。
 痛い?何で、痛いんだろう……が、シカマルの名前を口にしただけなのに……。

 シカマルとは幼馴染で、俺なんかよりもずっと仲が良くって……シカマルがこいつの家に居るのは当たり前なのになんでこんな気持ちになるんだ?

「ナルト?」

 自分の気持ちが分からない。
 何でこんな気持ちになるんだろう。

 自分の考えに、ぎゅっと手を握り締めた瞬間、心配そうに名前が呼ばれた。
 それに、慌てて顔を上げる。

「大丈夫か?」

 心配そうに見詰めてくる紺と金の瞳。その瞳が自分に向けられていると思うだけで、今までのイライラした気持ちがスッとなくなった。

「『昼』、俺の事はいいから、ナルトを連れて帰ってやって」

 心配そうに見詰めてくるに、俺が言葉を返そうと口を開きかけるその前に、が『昼』へと声を掛ける。

『どうした?』
「なんか調子悪いみたいだから、休ませておいてくれ。ナルト、調子悪時は無理するの禁止!!」

 『昼』に言ってから、俺に向き直って少しだけ怒ったように言われたそれに、俺は驚いて瞳を見開く。

 決して調子が悪い訳じゃない。
 無理だってしていない。だけど、本気で自分を心配してくれている事が分かるから、また俺の心がフワリと温かくなる。

。わしの用事は、ナルトを迎えに来てもらいたかったのじゃよ。だから、御主も一緒に帰っても大丈夫じゃ」
「えっ?そうなのか??って、やっぱり、調子悪いんじゃんか!」

 じっちゃんの言葉に、が少し驚いたような表情を見せた。
 いや、実際俺も、その言葉には驚いたんだけど、だって、そんな理由でを呼び出したなんて……。
 信じられない気持ちでじっちゃんを見たら、笑顔で頷かれた。やっぱり、このじーさんは狸爺だと認識した瞬間。

「んじゃ、早速帰る!『昼』渡りの準備!」
『分かった』

 完全に俺を無視して話が進んでいく。
 心配してくれているのは分かるけど、俺は本当に何処も悪くないのに……。


「んっ?」

 すかり帰る準備万全のの名前を呼ぶ。
 俺が名前を呼んだら、は不思議そうに俺を見た。

「調子が悪い訳じゃないから……心配掛けてごめん……じっちゃんは、俺がの家に素直に行けないからを呼んでくれたんだ」

 そう、俺が素直に行動できないから、ただ悩んでばかりいたから、じっちゃんは背中を押してくれたのだ。

『何を言っているんだ。あの家は、お前も既に認めているぞ。何時でも好きな時に来い』

 俺の言葉に、ではなく『昼』が呆れたように答えてくれる。
 あの家は、この里の禁忌とされている魔の森にあり、認められた者でなければ、入る事さえ許されないのだとシカマルが教えてくれた事を思い出す。
 『昼』の言葉は、俺を認めてくれている当然のように返してくれた。

「そうだな。ナルトの好きな時に来て欲しい。何時だって大歓迎だからな!」

 『昼』に続いて、もニッコリと笑顔で俺の欲しい言葉をくれる。

 その笑顔は、何時ものようにフワリとした笑顔。ほら、また俺の心が温かくなる。

 うん、じっちゃんの言うように、俺はが好きなんだ。だから、シカマルの名前を聞いた時、嫉妬と言う感情を抱いた。

 初めて認めた色々な感情。
 だけど、それは自分のことを受け止めてくれた人が居て初めて感じる事が出来た感情。

「うん」

 だから、笑顔で言われた言葉にも、素直に頷いて返す事が出来る。
 だって、ここが自分にとって初めて安らげると感じられた場所だから……。

 どうしてかなんて、簡単な事、俺が目の前の人を大切だと、好きだと思っているから。


 それが、答え。