蟲毒とは、虫や獣を集め、数十匹を長期間一ヶ所に閉じ込めて共食いをさせあう。
最後に生き残った一匹が蟲毒と呼ばれる。簡単な呪詛の一つ。
蟲毒は、見境など持たず人を襲う。哀れな使い捨ての駒。
『ここまで、完璧に作られたヤツははじめて見るな……』
目の前に居るのは犬の蟲毒。
忍犬ではない普通の犬を一体何体使ってこれを作ったのだろうか?
分かるのは、目の前に居る犬からの哀れなまでの狂気。
既にこれを作った人間も、この蟲毒によって殺されている。
『!』
何処までも感じるのは、恐怖。これは、この犬だけじゃなく、閉じ込められていたモノ全ての感情。
その感情に囚われてしまって、俺は名前を呼ばれて初めて我に返った。
気が付いた時に、瞳に写ったものは自分に向って飛び掛かってくる犬の姿。
咄嗟に避けたものの、完全に避ける事は出来ず牙が腕を掠めた。
その瞬間感じるのは、熱い痛み。それに顔を顰める。
『、何を考えているんだ』
「悪い……」
仕事中にぼんやりとしていた俺に、『昼』が怒った声で名前を呼ぶのに、素直に謝罪した。
分かっている。目の前の相手に同情していても、何も救えないと言う事を……。
「こいつを木の葉の里に入れる訳にはいかないんだよな……」
森の中、一体こいつは何人の人を傷付けてここまで来たのだろうか?
同情するのは簡単な事だ。
だけど、それでは何も変わらないし、何も終わらせる事など出来ない。
『来るぞ』
『昼』の声に、俺は視線をそいつへと向けた。
何時でも飛び掛る準備は万端と言う相手を前に、俺もクナイを取り出して構える。
一度狂ってしまった存在は、簡単には元に戻る事はない。
蟲毒を取り巻く瘴気を浄化したとしても、それは憑いているモノの死を意味する。
結局、救う方法は死と言う開放だけ……。
「お前が悪い訳じゃないって分かってる……ごめんな……」
飛び掛ってくる犬に、俺は持っていたクナイを投げた。それは相手を苦しめない為に心臓目掛けて綺麗に飛んで行く。
それが当たった瞬間、森の中に犬の悲鳴のような鳴き声が響き渡る。
「……この哀れな魂を鎮め給え……これ最後に、安らかな眠りを約束せし……」
地に落ちた犬に、印を組み浄化の炎を落とす。
忍者が作る青い炎と違って、俺が作るその炎は、魂の浄化を持ちそのモノに安らぎの死を与える事が出来る。
だけど、それは全て自己満足でしかない慰め。
本当に相手がそれで幸せかなんて、誰にも分かる訳がない。
『……心配するな、こいつはちゃんと天に昇った……瘴気に操られた状態よりも、開放された事を喜んで居る』
何も言えず、ただ何も残さずに無に返していく炎を見詰めている俺に、『昼』がそっと声を掛けてくる。
慰めてくれているのだと分かっていても、今の俺には何も返す事は出来なかった。
複雑な気持ちで、炎に燃やされるその魂と言う入れ物を失った器を見詰め続ける。
「?」
そんな中、突然名前を呼ばれて、驚いて振り返った。
「ナル、ト……」
向けた視線の先には、任務を終えて来たのだろうナルトの姿。
「今日は、任務じゃなかったよな?」
俺が振り返った事で、ナルトは木から俺の隣へと降りてきた。
「……そうだな…」
今日の俺は、一族の仕事の為に忍びの任務をお休みしているのを、ナルトも知っているからこその質問。
それに、俺は小さく答えた。
「何か、あったのか?」
そっと答えた俺に、ナルトが心配そうに見詰めてくる。
真っ直ぐに見詰めてくるその澄んだ空を思い出す瞳に、俺は詰めていた息を吐き出した。
「いや、何にもないよ……それじゃ、早く帰ろうぜ!『夜』も待ってるだろうからな!」
向けられる視線が綺麗だからこそ、俺は自分を取り戻す事が出来る。
「ちょ、!」
「『昼』頼むな」
『分かった』
心配そうに見詰めてくるナルトに、何時もの笑顔を返してその腕を取ると、『昼』へと声を掛ければ、当然のように帰ってくるその返事に俺はもう一度笑みを浮かべた。
そして、一度だけ、もう何も残さないその地を振り返った。
蟲毒とは、悲しい呪術。
それを救うには、開放と言う死を与える事しか出来ない。
今はもう何も残されていないあの犬も、少しでも幸せな事があれば、まだ救われるのに……。
自分に、救いになる存在あるように……。