「世の中には、知らなくてもいい真実がある」

 そう言って、寂しそうに笑ったあいつの顔が今でも忘れられない。
 俺と同じ歳だと言ったそいつは、親父の仕事の相方だったのだと、家に連れて来られた。
 怪我して、チャクラも使い果たしたそいつは、ぐったりとしていて、親父に連れられて来た事を、今でもはっきりと覚えている。

 その時、そいつが言った言葉。その意味を、その時は理解出来ていなかった。でも、今なら分かる、アレは、自分の事とナルトの事を言っていたのだと……。



「で、俺は、今日はなんで呼び出されたんだ?」

 応接間へと通されたそこには、自分を呼び出したこの家の主が見当たらない。
 それに対して、不機嫌そのままに問い掛ける。

『……から、聞いてないの?』

 そんな俺の態度に、目の前に居る黒猫が不思議そうに首を傾げた。

「聞いてねぇから、尋ねてんだよ!」

 緊張感の無いその声に、思わず声を荒げてしまうのも、仕方ないだろう。
 いや、見た目動物相手に大人気ねぇかもしんねぇが、こっちは貴重な休みを邪魔されたのだから、それぐらいは当然の権利だ。

『可笑しいな、話すって言っていたのに……でも、が話してないんなら、ボクから話す訳にはいかないね』

 だが、俺のそんな態度にも、全く恐れを抱く気配もなく、猫がニッコリと笑顔を見せる。

「……勘弁してくれ……」

 そして、ニッコリと言われた言葉に、俺は痛くなる頭を抱えずには居られなかった。

 昔から、あいつには、逆らえた試しがない。それは、どんな些細な事でも、相手に『否』と言わせない強さを持っているからだろう。
 それは、あの右目の力を遣わなくても、簡単に成し遂げられる事。

「………俺が、あいつに初めて会ってから、もう5年も過ぎちまってんのか……」
は、シカに会えた事、本当に感謝しているんだよ』

 諦めて、ソファに座った俺が、ポツリと呟いた独り言に、『夜』が言葉を返してくる。
 ハッキリと言われたその言葉に、俺は思わず照れてしまった。




 親父に連れられてきた、暗部だと言う俺と同じ歳のガキ。
 しかも、その日の親父の相棒だったと言われた日には驚きは倍で、怪我してチャクラを遣い切ってしまっていたとしても、ちゃんと親父と一緒に任務を遂行した訳で、それは間違いなくAランク以上のモノだったはずだ。
 それを、自分と同じ歳のガキが遣り遂げたと知って、ハッキリ言って信じられなかった。
 親父は、こいつの変化が解けた時、驚いた以上に複雑だったに違いない。
 だけど、親父はそいつを、この家に連れて来たのだ。普通は、怪我したんなら、病院へ連れて行くって言うのに……。

「俺は、『一族』には、世話になっているからな」

 理由を尋ねた俺に、そう言った親父の言葉から、こいつを病院へ連れて行けないという事を悟った。そして、俺は『一族』を知ることになる。
 勿論、その一族がどんな一族かなんて、親父が話す訳もないので、全部自力で調べた。

 紺色の瞳と、その正反対の金色の瞳を持つ少年の事を……。

 そして、『一族』が、もっとも九尾と関りが深く、あの事件の後で滅びてしまった事を知った。その理由を知って、正直言って俺はこの里が信じられなくなったほどだ。
 その唯一の生き残りが、
 親父は、その事を知っているからこそ、あいつに負い目を感じているんだろうか?

『シカ』

 ボンヤリと昔の事を考えていた俺の耳に、心配そうな声が掛けられて我に返る。

「……なんだよ……」

 だが、考えを中断されて、少しだけ不機嫌な声が出てしまうのは止められない。

『昔、が言った筈だよ。『世の中には、知らなくてもいい真実がある』と……』

 だが、不機嫌な俺の声など全く気にもしないで、続けて言われたのは俺が考えていた事を全部拒絶させるような言葉。
 そして、確かに、昔あいつに言われた言葉。

 人では決して持ち得ない真実を移す瞳を持ち、そして、誰をも従わせる王者の瞳を持つあいつに……。

『そろそろ、が来る頃だよ』
「……お前達も、知っているのか?」

 今までの話しを全く気にせずに言われたそれを無視して、目の前に居る黒猫へと、問い掛ける。
 明るい表情を見せている猫が、俺の言葉に振り返った。

『……何、今更な事言っているの?ボク達は、この里でずっと『一族』に遣えている者。そして、ずっとこの里を見てきたモノだ。知らぬはずがないよ』

 真っ直ぐに自分を見詰めてくる紫色の瞳が、怪しく光。それは、この世のモノではあり得ない輝き。
 時々、思い知らされる、この猫が妖かしである事を……。

「何、話してんだ?」

 その妖しい瞳に、魅せられている中、突然声が掛けられて、体から一気に力が抜ける。

、シカに話してなかったの?』

 そして、先ほどまで人を捕らえた瞳が何時もの色を取り戻し、あいつへと声を掛けた。

「ああ?シカマルには話してねぇよ。だって、言っちまうと面白くないだろう」
『そっか、ボクも言わなくって正解だったんだね』
「シカマルの相手、サンキュな、『夜』。ナルトも来てるし、あっちに移動しようぜ」

 自分を完全に無視した遣り取りが、目の前で繰り広げられる。言われている内容を、何処か遠くで聞きながら俺は大きく息を吐き出した。

 忘れては、いけなかった事。無邪気に見える猫の本当の姿を……。

「シカマル、お前『夜』を怒らせちまっただろう」

 疲れた姿そのままに、ソファに身を預けていた俺に、苦笑交じりに声が掛けられる。それに反応して、ゆっくりと顔を上げた。

「本気では怒ってなかったみたいだけど、あいつだけは、怒らせるなよ。誰よりも怖いんだから」

 小さくため息をついて、が俺を見ている。
 真っ直ぐに見詰めてくるのは、深い紺色の瞳と相反するかのような金色の瞳。
 初めて出会ったあの日と同じ、瞳の色。

「………『夜』、怒っていたのか?」

 そして、言われた言葉に、訳が分からないと問い掛ける。
 別に、怒らせるような事を言った記憶はない。

「なんだ、もしかして、気付いてなかったのかよ。雰囲気が、何時もと変っていただろう?」

 だが、続けて言われた言葉に、確かにあの瞳を怖いと思った事を思い出す。あの紫色の瞳に囚われた一瞬を……。

「……めんどくせぇなぁ……俺はただ、この里の真実を知っているのかと、聞いただけだぜ」
「ああ、それ『夜』と『昼』には、禁句。一応、あの2匹は、『一族』に遣えるモノだからな。だから、その一族が滅びる事になった原因を知っているだけに、駄目みたいだ……」

 頭を掻きながら、自分が何を言ったかを呟いた瞬間、が複雑な表情を見せて『夜』が怒った理由を教えてくれた。
 そして、思い出す。目の前に居る少年の両親や一族全てが、今はもう何処にも居ないと言う事を……。

「……わりぃ……」

 今更にそんな事を思い出した自分に、正直言って嫌気がする。考えなくても、分かっていなければいけない事なのに……。

「謝る事はねぇって!俺は、あいつ等みたいに、その場に居た訳じゃねぇから、気にしてない。ただ、この目が、映像として見せるだけだからな……」

 素直に謝罪した自分に、笑いながらそっと左目に手を伸ばす。
 真実を映す左目。それが、にどのように影響を与えるのか、本当は知らない。
 だから、言われた内容に、驚きを隠せない。

 映像として、過去が見えるのだとしたら、こいつは自分の両親が死ぬその場面を見ていると言う事……。

「だから、気にすんなって。もう、慣れている事だから、な……それより、部屋移動!ナルトも待ってんだぞ!」
「はぁ?ナルトも、来てんのか?めんどくせぇ、一体何があるんだ?」
「行きゃ、分かる。大丈夫だって、んな面倒な事じゃねぇよ」

 複雑な気分で何も言えなかった俺に、が綺麗な笑みを浮かべてその話しを無理やり終了させる。
 続けて言われた言葉に、俺も何時もの口調を取り戻して問い掛ければ、明るい声で返された。

 って言うか、何か企んでいる状態だから、めんどくせぇって言ってんだてーの。
 そんな風に思いながらも、目の前で何時ものように笑うに、何処かホッとして言われた通り移動する為、ゆっくりとソファから立ち上がった。




「ほら、入れって」

 そして、案内されたのは大きな扉の前。
 って言うか、こんな扉この家で見た事ねぇぞ、俺。何度も、来ているはずだし、家の中は好き勝手歩いているから、間取りだってきっちりと頭に入っている。
 それなのに、案内されて来たこの場所は、一度だって見た事は無い。

 ……この家の不思議辞典に、項目がまた一つ増えたな……。

「……この家は、謎屋敷か?」
「まぁ、否定はしねぇ。異次元に繋がっている場所もあるから、探索する時は気をつけろよ」

 促されているのは分かっているが、どうしても開く気になれずに、ボソリと呟けば、恐ろしい言葉が返ってくる。
 異次元って、本気か……いや、この家なら、あり得るな……。

「冗談だって、んな事より、さっさと中に入るぞ!」

 納得していた自分の耳に、あっさりとそんな事を言って、が扉を開く。
 ちょっと待て、俺の心の準備をさせろ!
 開いていく扉にそんな事を思った瞬間、中から派手なクラッカーを鳴らす音が聞こえてくる。

「なんだ?」

 その音に驚いて、中を見た。

「シカマル、誕生日おめでとう!」

 飛び込んできたのは、クラッカーを持ったナルトと『昼』や『夜』の姿。

「そんな訳だ。改めて、誕生日おめでとう、シカマル」

 そして、自分の横でニッコリと笑顔を見せるがナルトと同じ言葉を口にする。

 ……言われて、初めて気が付いた。今日が、自分の誕生日だと言う事を……。そして、と出会って、今日でちょうど6年目になると言う事。
 そう、こいつと初めて出逢ったのは、6年前の自分の誕生日。

 ああ、だから、か…。

 初めて会った時の事を、思い出したのは、そう言う事だったのかと、今更ながらに気が付いて、ため息をつく。

「言っただろう。『知らなくてもいい真実と、知らなければいけない真実』。この里には、知らなくてもいい真実が多いけど、知らなきゃいけない真実だってあるんだ。それは、大切な奴がこの世に生を受けた日。今日、シカマルが生まれてきたからこそ、この日に出会えた。だから、心から、感謝するよ」

 そんな俺に、が真剣な表情で口を開き、最後には、フワリと柔らかな笑顔を見せる。
 人を引き付ける、笑み。

「……そうだな、仕方ねぇから、感謝されてやるしかねぇなぁ〜。今日、お前に会えたからこそ、俺は今、ナルトやお前と一緒に居られるんだから……めんどくせぇ事ばっかりだけど、退屈はしてねぇよ」
「そっか……うん、俺も、退屈してねぇ……有難う、シカ…」

 その笑みを前に、少しだけ照れながら言葉を返せば、更に深い笑みで言われる感謝の言葉。
 それに、俺も笑みを返した。



 今日、出会えた事。
 それが、また新しい出会いを生む。
 生まれて来た事を、心から感謝しよう。

 今、こうして、認められる者達を手に入れられたのだから……。