「珍しいな、シカマルが頼み事なんて、初めてじゃんか」

 突然のシカマルの申し出に、俺は少しだけ驚いたように相手を見てしまう。
 付き合いは長い方だが、今まで一度だってシカマルから頼み事をされた記憶はない。

「25日三代目に言って、休みにしてもらってくれ」
「25日?って、かなり難しいぞ。その前の日がアレだからな……理由、聞いてもいいか?」

 真剣な表情で俺を見ているシカマルに、内容が内容だけに一瞬考えてから問い掛ける。

「……お前があいつの事知ってるつーのは、隠す必要がねぇんで、助かるな。その日は、あいつの生まれた日だ」

 俺の質問に、シカマルが小さくため息をついて、簡潔に理由を話す。
 言われた事に、俺は驚いてシカマルを見た。

「って、あいつって12月生まれなのか?しかも、クリスマス??」

 驚きながらも、ここ数ヶ月で自分にとって大切な相手となったヤツの顔を思い出す。

「おう。面倒臭がりな俺が、自分から申し出たつーのに、あいつはお前を優先しろってよ。だから、今年こそあいつの生まれた日を祝ってやりてーんだ」

 俺の言葉に、シカマルがまたため息をつく。その言葉で、俺の相棒となっているシカマルに対して、あいつが言った言葉が思い知れた。
 自分が生まれた日よりも、俺を思ってくれた事を……。
 去年まで、俺はあいつの存在さえ知らなかったのだ。あいつは、誰よりも俺の事を思ってくれていたのに……。

「分かった。じーちゃんには俺から言っとく。俺も、あいつの誕生日祝いたいからな」
「頼む。あいつも、お前と同じで、一度も誕生日を祝ってもらった事がねぇんだよ。人の事ばっかりで、自分の事は全く気にしねぇからな……」
「……そうだな……俺も、あいつが生まれてきてくれた事に、感謝したい……」

 複雑な表情で言われたシカマルの言葉に、俺も同意する。
 俺の生まれた日に、自分の事を祝ってくれた。そして、一人じゃない時間をくれた人。
 あれから、自分には一緒に食事をしてくれる人が出来た。

「じゃ、の方はシカマルに任せる」
「・……そっちの方がめんどくせぇような気がするのは気の所為か?」
の為!『昼』と『夜』にも手伝ってもらうんだろう?んじゃ、久し振りに料理でもするか」

 笑顔でそう言って、じーちゃんに頼む為その場を離れる。
 その後には、きっと盛大なため息をついたシカマルが居るだろうが、気にしない。
 俺が貰ったあの気持ちを、返したいと思ったから……。




 予想に反して、じーちゃんはあっさりと休みをくれた。
 どうやら、じーちゃんとしても、あいつの誕生日を祝ってやる事に関しては、賛成らしい。

「その代わり、26日からは暫く休みなく働いてもらうがのう」

 優しい笑顔と共に、それでも子供相手に容赦ない言葉を口にするじーちゃんに、俺は小さくため息をつく。まぁ、覚悟していた事だから、全く問題ないと言えば問題ないが……。

「それと、今年はに明日のパーティーに来るように話をしてくれぬか。あやつは、一度として出席した事はないのじゃ」

 そして、続けて言われた言葉に、俺は驚いてじーちゃんを見た。
 木の葉のクリスマスパーティーは、強制参加が義務付けられている。だが、言われてみれば、一度としてあいつの姿を見た事がない。俺でさえも、それには無理やり参加させられていたと言うのに……。

「じーちゃん、は何で……」
「あやつは、木の葉にとって存在してはならない者だと自分の事を言っておった……」
「そんなの、俺だって同じだ!」

 参加している時でさえ、大人達の目は自分を拒否していた。
 楽しくも無いパーティーに、正直言って嫌気はしていたが、それでも里強制行事だから、一応顔を出して直ぐにその場を離れると言う事をしている。

はのう、自分はこの世に存在してなかった者として、己を見ておる。だから、この里にとっては居ないモノなのだそうじゃ……そんな事は、悲しすぎるからのう」

 顔を伏せて寂しそうな表情を見せるじーちゃんに、俺はぐっと強く拳を握った。

「分かった。今年はも顔を出させるって事で、いいんだな」
「おお、引き受けてくれるのじゃな」

 俺の言葉で、パッとじーちゃんの顔が明るくなる。それに、俺は力強く頷いた。

「絶対に、連れて行く!」
 は、俺にすごく甘い。
 だから、俺のお願いなら聞いてくれるだろうと、そんな甘い考えがあったのかもしれない。




 『夜』に伝言を頼んでから、先に渡された任務を片付ける。
 そしてそれが終れば、当然とばかりにの家へと向かった。

「お帰り」

 玄関に辿りついた瞬間、開いた扉と笑顔で出迎えてくれた相手に、少しだけ驚くのは止められない。

「……ただいま…」

 それでも、向けられた言葉に、返事を返す。それに、フワリとが俺の大好きな笑顔を向けてくる。

「んじゃ、夕飯の前に風呂入って来い。今日は単独任務だったんだろう?下忍やアカデミー生は、明日の準備してっから、影分身作っての任務、ご苦労さん」

 俺を中へと促しながらのの労いの言葉に、小さく頷く。
 それから、じーちゃんに言われた事をに話そうと口を開いた。

「……えっと、あのさぁ……」
「んっ?どうしたんだ、ナルト?」

 言う事は本当に簡単な事なのに、一瞬言葉に詰まってしまう。そんな俺に、が不思議そうに首を傾げた。

「明日、もクリスマスパーティーに参加するよな!」

 勢いに任せて言った言葉に、が少しだけ驚いたような表情を見せたが、その表情が直ぐに困ったものへと変る。

「……ナルトは知らねぇんだっけ……俺は、木の葉の行事には参加出来ねぇんだ……だから、ごめんな」
「何でだよ!じーちゃんから言われたんだ、明日お前を連れて来いって!!」
「……三代目は、優しいから………でも俺は、この里にとって認められない異端者なんだ。だから、折角ナルトが誘ってくれても、行く事は出来ない」

 『ごめん』と、小さく謝るに俺は言葉を無くした。
 自分が言えば、きっと頷いてくれると信じていたのに、その期待は見事に裏切られてしまう。

「どうしても、駄目なのか?」
「………俺は、この里にとって生まれてきてはいない存在。存在している事すら、有り得ないんだ。だから、亡霊が参加する事は出来ないよ」

 最後の願いとばかりに問い掛ければ、困ったような表情で言葉が返される。
 存在してないとか亡霊だと言うけれど、は自分の目の前に確かに存在していて、自分にとって初めて家族と言うモノを教えてくれた人。

「……そっか……」

 それ以上の顔が見ていられなくって、そのまま瞬身の術を遣ってじーちゃんの所へ向かう。

「ナルト!」

 遠くで聞こえてきたの声を振り切って……。

「じーちゃん!俺も今年は参加しない!!」
「……やはり、駄目じゃったようだのう……」

 じーちゃんの目の前に移動した瞬間、大声で考えた事を伝える。俺の言葉に、じーちゃんが盛大なため息をついて言った言葉から、どうやら結果は分かっていたのだろう。

「だから、俺も参加しない。だって、俺が行かない方が、里人は安心するだろう?」

 俺の言葉に、じーちゃんが複雑な表情を見せる。

「……アカデミー生も、強制参加なんじゃが……」
 それから、小さくため息を付いてボソリ。

だってアカデミー生だろう!どうしても出ろって言うなら、影分身が顔を出す」

 呟かれた言葉に、俺は更に言葉を続けた。それに、じーちゃんが諦めたようにため息一つ。

「………良かろう。その代わり、影分身で構わんから、ちゃんと顔を出すのじゃぞ」
「了解!……ごめん、我侭言って……」

 自分の我侭を許してくれた事に素直に謝罪する。

「気にするでない。お前ももわしにとっては、孫も同然。お前達が望む事は叶えてやりたいのじゃ」
「うん、サンキューじーちゃん!」

 じーちゃんの言葉が嬉しくって、そのまま頷いて礼を言う。
 昔は、信じられなかったそんな言葉も、今は素直に受け入れる事が出来るのは、と出会ったから。

「お主達の出会いは、間違いではなかったようじゃな」
「うん、俺もそう思う。と出会えた事、本当に感謝してる」

 と出会えて初めて自分にも人を大切に思う気持ちが理解できた。
 きっと出会えなければ、自分には理解できなかった気持ち。なのに、あいつはあっさりと俺にその気持ちを教えてくれた。
 我侭を言ってもいいのだと、自分は一人ではないのだと、そう教えてくれたのは、誰でもない自身。

「任務で疲れておるじゃろう、今日はもう休みなさい」
「んっ、お休み」

 俺の体を心配してくれるじーちゃんに、挨拶してそのまま家へと帰る。
 そして、思い出すのは、自分に向けられたの顔。

「……そう言えば、逃げて来たんだった……」

 自分のお願いを聞いて貰えなくって、正直言えば拗ねていたのだ。だから、の前から逃げ出した。
 もっとも、その時点でじーちゃんにはパーティーに参加しないと言うつもりだったんだけど……。

に言うと、なんて言うんだろう……」

 きっと、『出ろ』って言うんだろうなぁ、自分の事は良くって、人の事になるとすっごく気を遣うから……。だから、この際シカマルも巻き込むかな……。

「うん、いい考えかも」

 自分で考え付いた事に、笑って頷く。

「……帰ろう」

 笑顔で自分を迎えてくれた人の処へ。




 ちょっとだけ、気まずいとは思うけど、それでも逃げてしまった事から、ちゃんと謝罪しようとの家に戻れば、この寒空の下空を見上げて佇んでいる姿を見つけて驚いてしまう。

「お、お前なぁ!こんな寒空の下何やってんだよ!!」

 気まずいのなんて気にならずそのまま声を掛けてしまう。俺の声に、ゆっくりと空に向けられていた瞳が向けられて、フワリと笑顔を作った。

「……お帰り…」
「……それ、さっきも聞いた……」
「うん、でも、また出掛けていたから、間違ってないだろう?」

 にっこりと笑うに俺は呆れたようにため息を付く。

「だからって、こんな処で待ってんなよ!」

 冷え切っている体に眉根を寄せてしまう。
 そんな俺に、はただ笑みを浮かべて優しく言葉を続ける。

「ナルト、絶対にここに帰って来てくれると思ったから……ごめん、我侭言って欲しいって俺が言ったのに、ナルトのお願い聞いて上げられなくって……」
「……それは、俺が謝らないといけない事だ。それに、はちゃんと言ただろう。叶えられないモノもあるんだって……だから、今度の我侭はちゃんと聞いてもらう。俺も、参加しないから」
「えっ?」

 謝罪の言葉を口にするに対して、俺は自分の気持ちをそのまま伝えた。
 俺の言葉に意味が分からないと言うように、不思議そうにが首を傾げる。

「クリスマスパーティーの参加、辞退してきた」
「って、アレは木の葉に住む者にとっては、強制参加……」

 分かっていないに笑いながらもう一度説明すれば、今度は驚いたように返されたその言葉を遮って、頷いて返す。

「だから、影分身が顔を出す。どうせ、行くって言っても、俺は何時も1時間も居られないからな」
「あっ」

 何時も、里人達からの目に、逃げるように家に戻るのが決まっている。
 本当は、行きたくなんて無い。強制参加じゃなければ、絶対に行く事などしないのだ。嫌悪の滲む目で見られ、陰口を言われることなど分かっているのだから……。
 俺の言葉に、が複雑な表情をする。

「だから、シカマルも強制辞退な」
「へぇ、へぇ分かったから、お前等さっさと入れ。本気で『夜』が切れんぞ」

 そんなを前に、後ろへと声を掛けた。それに驚いてが振り返る。

「シカマル……」

 振り返えった先には、ため息をつくシカマルの姿。

「ナルトも戻ったんだから、中に入れ。入ったら二人とも風呂に直行しろだとよ」

 面倒臭そうに言ってはいるが、本気での事を心配しているのは、長い付き合いから直ぐに分かる事だ。

「了解。ほら、も体冷えてんだから、中入ろうぜ。俺『夜』が本気で怒っているのなんて見たくねぇしな」

 シカマルやの話から、一番怒らせてはいけない相手だと言われつづけているので、それだけは本気で遠慮したい。
 もし今回の事でが風邪を引けば、原因は俺と言う事で、ハッキリ言ってヤバイ。
 俺の言葉に、が素直に頷いてくれたのは、正直言って助かったかもしれない……。