――お帰り、ナルト、シカマル。
教室に入った瞬間、心話でが話し掛けてきた。
その視線は、手元の本から逸らされる事はない。
俺達に視線も向けないだが、今はそれも仕方ない事だ。
――…この場合、ただいまって言うのか?
一瞬そちらへと視線を向けた俺の横で、ナルトが疑問に思ったことをそのまま心話で聞き返す。
そんなナルトの問い掛けに、が微かに笑った。
――戻ってきたんだから、間違いじゃないと思うよ。
そして返されたのは、表使用でのの言葉。
その返事を聞きながらため息をついて、持っていた荷物を教壇の上に置く。
たく面倒な事を人に押し付けんじゃねぇつーの……。
「おら、お前の持ってヤツもさっさとそこに置いて席に戻るぞ、めんどくせぇが、もう直ぐ始業開始の鐘が……」
呆然と突っ立っているナルトへと声を掛けた俺の言葉は最後まで続く事がなく、鐘の音が響き渡る。
「って、シカマル!先に置くのはずるいってばよ!俺ってば、お前のを手伝ってやったんだぞ!!」
「わーるかったな。ほら、先公が来る前にそれ置いちまえって」
ぎゃーぎゃーと文句を言うナルトを無視して行動を促す。もっとも、直ぐそこに教師であるイルカ先生の気配を感じるから無駄な事だと分かっちゃ居るんだが……。
「むっきー!感謝の気持ちが足りないってばよ!」
「へぇへぇ、有難うよ」
言ってさっさと自分は席に着く、面倒事はごめんだ。
「授業を始めるぞ!ナルト!お前は、さっさと席に着かないか!」
席に着いた瞬間、扉が開き予想通りイルカ先生が入ってくる。
って、俺に教材運びを申し付けた先公じゃねぇのはなんでだ?。
「シカマル、教材運びを引き受けてくれたんだってな、助かったぞ、んっ、そう言えばナルトも手伝ったのか?」
そう思った瞬間、イルカ先生が俺に声を掛けてくる。そして、ナルトが持っていた教材を教壇に置くのを見て少し驚いたように首を傾げた。
「おう!無理やりシカマルに持たされたんだってばよ」
イルカ先生のその質問に、ナルトが不機嫌そうに返事を返す。そんなナルトを前に、イルカは苦笑を零して素直にナルトに感謝の言葉を口にした。
本当に、この先生は他の教員と違って高感度は上々だ。
それから、俺にも感謝の言葉を口にしてから黒板の前に、イルカ先生が立ちざっと教室の中を見回しての姿を見付けてフッと優しい笑みを浮かべた。
それは本当に一瞬の事だったが、その優しい笑みは印象深く俺の心に残る。
「それじゃ、授業を始めるぞ。ナルトとシカマルが持ってきてくれた教材だが、今日は武器について説明する」
そんな事を考えていた俺の前で、イルカ先生が淡々と授業を始めた。
それを何処かぼんやりと遠くに聞きながら、何気なく外へと視線を向ける。
何処までも澄んだ空に浮ぶ雲、風に流れて一時も同じ形を保つ事のないそれを見るのが俺の気に入りの時間だった。
……こんなのんびりな時間も、後僅かかよ……めんどくせぇ。
武器の説明は、アカデミー最後の授業へと繋がっている。
この授業が終わったら、アカデミーの卒業試験だ。
「シカマル!聞いているのか!!」
空を見ていた俺に気付いたイルカ先生が俺の名前を呼ぶ。
「へぇい」
それに、やる気ない返事を返して、小さくため息をついた。
ああ、そう言えば、あいつはどうするんだろう?
忍者になるつもりはないと言っていたけど、卒業試験に合格すれば否応無しに下忍認定試験を受ける事になる。
体が弱いと言う設定なのは、下忍にならない為の隠れ蓑。
だけど、それじゃ納得できない。
……アカデミーでは、話す事が出来なかったが、スリーマンセルとなる下忍になれば近付きになれるチャンスは増えるのだ。
「……めんどくせぇが、何とかするか」
このまま表の世界からを消し去りたくはない。
だったら、そうさせない為に動くしかねぇだろう。例え、面倒な事だとしても、それが自分達の為になるのなら……。
――シ、シカマル、な、何か良からぬ事考えてるんじゃ……。
ニヤリと笑った俺に、何かを感じたナルトが恐る恐る質問してきた。
――まぁ、楽しい事は考えてるぜ。
考えた事は、表でもと仲良くなる方法。
それは、ナルトにとっても決して悪い話ではないはずだ。
そうと決まったら、その為の行動を起こす必要がある。
勿論、ナルトもこの計画を知れば参加するだろうと分かるから、自然と笑みを浮かべた。
――……シ、シカマル?
笑った俺に、ナルトがビクリと肩を振るわせて名前を呼ぶ。
後ろからの視線も感じるが、今は気にしない。
心話で話せば、必然的ににも内容がばれてしまうから、俺は何も言わずにナルトへと走り書きしたメモを渡した。
後は、ナルトがどう受け取るかは、分からない。
だけど、このままと離れるのを良い事だとは考えていないだろうから、返事は……。
チラリとナルトが俺を振り返って、コクリと小さく頷く。
それは、俺の話に同意したと言う証。
後は、どれだけあいつにバレずに行動できるかが、この作戦を成功させるかだ。
ナルトが行動してくれるなら、三代目もこの作戦に参加するだろう。
ザッと、これからの作戦を頭の中で考えて、フッと口端を上げた。
俺達の為にも、この作戦成功させてやろうじゃねぇかよ。
ゾクリと背筋を冷たいものが駆け巡る。
こう言った時は、嫌な事が起きる前兆と言ってもいいだろう。
イルカ中忍の授業を聞いていた俺は、そっとため息を付いた。
もう少しで、アカデミーも卒業となってしまう。表のは、アカデミーを卒業と共に、表から消える事になるのだ。
その為に、体が弱いと言う設定を生かしている。
まぁ、そのお蔭で、イルカ中忍には、心配掛けているのは申し訳なんだけど……。
子供らしく生きられるのも、後少しと言う事。
アカデミーを卒業したら、俺はの仕事と、暗部の仕事のみに専念する事になるのだ。
ナルトとシカマルは、当然下忍になるだろう。
もっとも、ナルトは簡単にアカデミーを卒業する事はできないだろうけど……。
まぁ、それもアカデミー教師で怪しい動きをしているあいつのお蔭で問題なく解決するだろう。
しっかりと火影様には報告してあるから、ナルトへとその話が行くのは分かっている事だ。
なら、後、心配があるとすれば……。
「……怪我だけはしないで貰いたいんだけどなぁ……」
それが、無理な事だと分かっていても、そう思わずに居られない。
ポツリと呟いたそれは、誰にも聞かれる事なく授業終了の鐘の音に掻き消されてしまった。
次の時間もこの続きだと残して、イルカ中忍が教室から出て行けば、生徒達がワッと賑やかになる。
それを何処か遠くに見詰めながら、持っていた本をゆっくりと開く。どうせ、俺に話し掛けてくるクラスメイトは居ないのだから……。
ナルトとシカマルも、アカデミーで俺に話し掛けてくる事はない。まぁ、心話では何度も話し掛けてくるけど、表で俺達の接点は何もないのだから、当然だ。
目立たず、大人しい。それが、表の俺、なのだから……。
出来るだけ気配を薄くして、その存在を隠す。
完全に気配を消す事が出来る俺にとっては、簡単な事だった。
もっとも、俺はこの里にとっては亡霊と同じなのだから、そんな事しなくっても、存在は消されているのかもしれないけど……。
って、そんな事考えてると、また『夜』に怒られるな……。
俺をこの世界に残してくれたのは、2匹の力とお袋の想い。
生まれる前にこの世を去った、家女当主。
俺とそっくりで、先見の力は歴代の中で一番優れていると言われていた。
だからこそ、自分達一族の未来を知っていた当主。
その映像は、既に俺の左眼が映し出している。
一切の抵抗を見せずに、一族の者はその命を散らしてしまった。
それは、その命を奪い取る者達をされに驚愕させ、まるでその命を奪った事が一生消えない罪だと植え付けているようだ。
それを証拠に、彼等の命を奪った者達は、今だにその事を心から消し去る事が出来ないで居る。自分達の意志ではなかったにせよ、罪のない命をその手にかけたのだから……。
忍びである彼等にとって、それは始めての事だっただろう。
そうなる事が分かっていて、彼等は一切抵抗しなかったのだろうか?
歴代一の先身の能力を持っていたその当主なら、分かっていただろう。
自分達を手に掛けたものが、ずっと罪の意識を持ち続ける事を……。
「……あの女なら、やりかねない……」
ボソリと呟いたその言葉と同時に今度は始業開始の鐘の音が重なった。
慌てて席に付く生徒達の姿を何処か遠くに見ながら、俺は小さくため息をつく。
「そんな事より、先の悪寒だよなぁ……用心だけはした方がいいって事だろうな……」
戻ってきたイルカ中忍が、授業を再開させたのを聞きながら、それだけを自分に言い聞かせる。
イルカ中忍が今話をしているのは、卒業試験。
いや、その内容が分身の術って、木の葉の里本気で大丈夫なのか?
俺が心配してしまうぐらいには、ヤバイだろう。
でも、その術は、表のナルトが苦手としている術でもある。
どうやら今年もナルトを卒業させる気がないのだろう。
ボンヤリと数日後に迫っている卒業試験の説明をしているイルカ中忍の言葉を聞きながら、そんな事を考える。
勿論、表の俺は、この卒業試験を受ければもうこの場所に居ることはなくなってしまうのだ。
表舞台に居られるのも、後数日……。
こうして子供らしく居られるのも、後数日と言う事。
アカデミーを卒業したら、の仕事と暗部の仕事が中心となる。
自由で居られる時間が、確実に少なくなると言う事だ。
分かっていた事だけど、何処か寂しく思えてくる。
このまま、ナルト達と一緒に、下忍になって下らない任務をする事など出来ないと分かっていても、夢見てしまう。
そんな夢、無理だと分かっているのに……
「解散!」
聞えて来た授業終了の声に、現実へと引き戻された。
今日が終われば、卒業試験まで、後3日……。表のは、もう何処にも居なくなる……。
イルカ中忍の言葉で一気に教室の中が賑やかになるのを何処か遠くに聞きながら、そっと息を吐き出す。
「ああ、はちょっといいか?」
その瞬間、名前を呼ばれた。
行き成り名前を呼ばれて、一瞬理解出来なかった俺は、キョロキョロと辺りを見回してしまう。
って、考えなくっても、と言う苗字は俺しか居ないんだけど……。
「はい」
呼ばれたのだから、答えなくてはいけない。
返事を返せば、優しい微笑みを向けられる。
「悪いんだが、少し話したい事があるんで、職員室まで来てくれ」
「……分かりました」
とうとう、呼び出しを受けてしまった。
まぁ、分かっていた事だ。だって、体の弱いの進路をあのイルカ中忍が心配しない訳がない。
しかも、俺は、アカデミーを卒業しても、忍者にはならないと言っているのだから……。
アカデミーを卒業するのに、忍者になる気がないなんて、後にも先にも俺だけだろう。
――?
深々とため息をついた俺に気付いたのか、心配そうな声が頭の中に響く。
だけど返事を返す事はできず、ただ曖昧な笑みを浮かべて返すことしか出来なかった。
心配してくれていると分かっているけど、この先の事を考えるとどうしても複雑な気持ちになってしまう。
決まっていた事だけど、は、もう表からは消える。