「そこのおねぇちゃん、今日のお薦めは鯖だよ、安くするから買ってかないか!」

 声を掛けられて振り返る。

『それじゃ、今日は鯖の味噌煮にでもしようかな』

 振り返ったのは、黒髪を靡かせて、スミレ色の瞳を持つ可愛いと言う言葉がピッタリと似合う少女。

「味噌煮かい、いいねぇ。それじゃ、三枚に下しておこうか!」
『うん、それじゃ5匹分お願いね!』

 にこにこと嬉しそうな笑顔で言えば、店の主人も快く返事をして奥へと鯖を持っていく。
 それを見送って、少女は後ろに居る相手へと声を掛けた。

『もう、『昼』もちゃんと買い物手伝ってよ!』
『お前だけで十分だろう…』

 声を掛けられたのは、白銀の髪を短くしているこれまた美形と言う言葉が似合う青年。その瞳は、血の様に赤い。

『またそんな事言うんだから!それじゃ、今日も荷物持ちだからね!!』
『ああ、それでいい……で、奈良のガキの為に好物を作ってやるのか?』
『う〜ん、お薦めが鯖だったから、だから味噌煮。も好きだから、いいでしょ』

 ニコニコと嬉しそうに言う少女に、青年は小さくため息をつく。

「お嬢ちゃん、お待たせ!っと、隣に居るのは彼氏かい?」
『ううん、ボク達は兄弟だよ』

 暫くして、魚屋の主人が捌いた魚を持ってきてくれる。
 そして、隣に居る人物を見て、意外そうな表情を見せながら問いかけてきたが、それにニッコリと笑顔で言葉を返し、持って来てくれた魚をお金と引き換えに貰う。

「そうかい、カッコイイ兄ちゃんだな。また、来てくれよ!」
『うん、その時は、また宜しくね!』

 ニコニコと機嫌良く別れを告げて、貰った魚を買い物篭へと仕舞った。

『メインが決まったから後は、白和えでも作ろうかなぁ……味噌煮だから、味噌汁じゃなくって吸い物にして……』
『『夜』』

 献立を口に出しながら歩いて行けば、名前を呼ばれて振り返る。そして、呼ばれた原因を理解して、『夜』と呼ばれた少女は、その眉を寄せた。

『本当、この里って馬鹿ばっかりだよね……』
が気付く前に、助けるぞ』

 目の前に見せられたその情景に、自然と視線が冷たくなる。
 先程のまでの雰囲気を吹き飛ばして、二人は同時に動いた。

『その子、ボクの連れなんだけど、そんな馬鹿な真似するの止めてくれる?』

 まずは少女が振り上げられた腕を掴んで、ニッコリと笑顔。そしてその間に、うずくまっている金色の物体を青年が救い出す。

『くだらない真似をするな。さっさとこの場を去れば見逃してやろう。どうする?』

 腕に金色を抱えたまま、赤い瞳が容赦なく相手を睨み付ける。それに、先ほどまで罵声を飛ばしていた男達が怯えたように一歩下がった。

『そうだよね。こんな下らない事すれば、その報いを受けるって事、知らなきゃいけないよね』

 ニコニコと可愛い笑顔を浮かべながらも、その目は全く笑っていない。スミレ色の瞳は、赤の瞳と同じように相手を睨み付けている。

「そ、そんな奴、庇う事ねぇだろう!」
『庇う?知り合いが傷付けられていれば、助けるのは当然の事だぞ』
『そうだよね。ボク達は、大切な相手を護っているだけだもん。だから、その相手を傷付けるなら、誰であっても許さないよ』

 すっと細められた瞳が、相手を威嚇する。
 それに、見詰められた相手は、その場に凍りついた。

『もう、話す事ないみたいだから、行こうか』

 動かなくなった男達を見て、視線を状況が分からずに呆然としている金色へと向けて優しく微笑んだ。

「えっ、あの」

 白銀の男に支えられるままに歩き出す事になった金色は、訳が分からずに二人を交互に見る。

 はっきり言えば、相手が誰なのか分からない。
 しかも、相手は自分の事を知っているのに、助けてくれた事が信じられない。
 この里で、自分を助ける存在などないに等しいから……。そう、本当の自分を知っている彼等以外は……。

『それじゃ、ボクは買い物してから帰るから、ナルの事はお願いするね』
『分かった』

 ずんずんと歩いて、少し商店街から離れた場所に来てから、言われた言葉にはっとして顔を上げる。
 このまま、自分がここに居ていいのか分からずに、慌てて相手へと声を掛けた。

「いや、あの俺ってば、もう大丈夫だから……」
『って、もしかして、ナルってば、ボク達の事、分かってないの?』

 分からないからこそ言った自分の言葉に、少女が小首を傾げて尋ねてくる。
 その瞳の色と、そのしゃべり方を聞いて信じられないと言うように問われたナルトは相手を見詰めてしまった。

「もしかして、『昼』と『夜』なのか?」
『そうだ。他に誰が居るんだ、器のガキ』

 白銀の髪を持つ青年が、呆れた様にため息をつきながら言った言葉に、ただ驚かされてしまう。
 可愛い少女の姿と、美形と言う程の青年の姿。それは、違和感などなくこの世界に溶け込んでいる。と言うよりも、馴染んでいると言った方が間違いないだろう。

「……人間の姿なんて、初めて見たってばよ……って、何で『夜』は、女なんだ!!」
『だって、女の子の方がね、まけてもらえるんだよ』

 何の違和感もなかったから気付かなかったが、可愛い少女の姿に、思わず突っ込みを入れる。その突っ込みに、あっさりと言葉が返されて、納得してしまう自分が悲しい。

「……でも、俺なんて助けて良かったのか?目立ちたくなかったんじゃ……」
『オレ達の姿は幾らでも変えられる。だから、心配するな』
『そうそう、だってね、ナルが傷付くと、が悲しむんだよ。だから、ボク達にとっても、ナルは大切な人、助けるのは当たり前』

 ニッコリと言われた言葉に、何も言葉を返せない。

 自分の事を大切だと言ってくれる人達。
 そして、自分の為に泣いてくれた人、その人が心配するからこそ、彼等は自分を助けてくれるのだ。

『と言うわけだから、オレは先に戻るぞ』
『うん、ナルは任せたね』
「えっ、あの……」

 完全に自分を無視して話が進むのを困った様にナルトが、口を開く。

『あっ!もしかして、ナルってば、何か用事あるの?そうだよね、商店街に来てるんだから、買い物?』

 言い難そうに口を開いたナルトに、『夜』が、問いかける。

「えっと、ちょっと頼まれたモノを……」
『何を頼まれたの?』

 そんな『夜』に、ナルトはどうしたモノかと考えて、一枚のメモを出した。

『えっと、白菜に豚肉、椎茸に人参、木耳……今日の予定は、八宝菜?』

 メモに書かれているモノを読んで、『夜』が首を傾げる。

「イルカ先生に頼まれたんだってば……だから、変化して行く訳にもいかなくって……」
『そっか、分かった。これはボクが買っておくね。それじゃ、残念だけど、今日はナルを夕食に誘えないんだ。ボク、ナルの分も人数に入れちゃったんだけど……』

 ナルトの言葉に少しだけ残念そうに『夜』が、ため息をつく。

『……あの中忍の家なら、家に戻るよりこの場所の方が近いだろう』
『だね、だったらここで待っていてね、ボクが買い物してくるから、『昼』も、そこに居てよ!』
『分かった。気を付けろよ』
「ちょっと、それで、いいのかってば??」

 完全に自分を無視して進められる会話に、ナルトが慌てて声を掛ける。

『いいんだよ。ナル一人で居たら、さっきみたいな事になるでしょ。だから、いいの』

 ニッコリと綺麗な笑顔を見せて、『夜』がナルトの頭を優しく撫でてから、また商店街の人込みの中へと入って行く。
 ナルトは、それを呆然と見送って、隣に居る『昼』へと視線を向けた。

「あんた達、何時もそんな格好で買い物してたんだ……」
『猫の姿で買い物に行く訳にはいかないからな……それよりも、人込みにくる時は、どんな理由でも変化しろ、お前が傷付けば、が悲しむ』

 キッパリと言われた言葉に、ナルトが寂しそうに微笑んだ。

「うん……分かってたんだけど、時々確認したくなるんだ……」

 こんな自分でも、受け入れてくれるんじゃないかと……。
 誰かが、自分に笑いかけてくれるんじゃないだろうか……。
 そう思うから、時々、変化もせずそのままの姿で里を歩く。

 だけど、その期待は、何時も無駄に終ってしまうのだ。

『……気持ちは分からなくもないが、焦っても無理な話だぞ。それに、将来火影になるのだろう。そうなれば、嫌がろうとも世界は変わる』

 自分の言葉に、『昼』が返した言葉は、本当に意外なモノだった。
 人を小馬鹿にしたような口調ではなく、優しい言葉。まさかそんな言葉を返してもらえるとは思ってもいなかっただけに、ナルトは驚いて『昼』を見る。

『なんだ。間違った事は言ってないだろう。お前なら力は十分だからな。オレ達は、お前が火影になるだろうと認めている』
「……俺ってば、あんた達に認められているって、初めて知った……」
『お前は、闇で生きなければならない者の気持ちを、誰よりも分かっているだろう。それは、今までの火影にはない力になる。だからこそ、お前が火影になる事をオレ達は望んでいるんだ』

 言われる言葉は、初めて言われたもの。
 誰に言われるよりも、認められているという確かな言葉。

「それって、やっぱりの為?」

 言われた言葉が嬉しくって、少しだけくすぐったく感じるから笑いながらも問い掛ける。
 自分が火影になる事が、目の前にいる相手の大切な人の望みでも有るから……。

『確かにそうだが、お前が望まなければ意味がない。イヤな者を無理やりやらせてもいい結果を生む筈がないからな』

「……そうだな、確かに、その通りだ……」

 自分が望んでいるからこそ、こうして認められた事が何よりも嬉しい。
 確かに自分は、誰よりも闇に生きなければいけない者の気持ちを知っている。それは、自分自身が、そうやって生きているから……。

『お待たせ!』

 こんな風に『昼』と話したのは初めてだ。だからこそ、自分を認めてもらえたと言う言葉に、嬉しくなる。
 そんな中、明るい声が聞こえて、顔を上げた。

『また、大量だな……』

 顔を上げた先には、必要以上に荷物を持っている『夜』の姿。
 そして、ポツリと呟かれた『昼』の言葉に、それが今回だけではない事が分かって、思わず苦笑。

『ナル!これ、ナルが頼まれていた分ね。かなり安く買えたから、僕のおごり』
「えっ?いいのかってば??」
『うん、あの先生、ボクも好きだから、特別。それから、これは食後にでも食べてね』

 言われて、イルカから渡されたお金を渡そうとしたナルトが困ったように問い掛ければ、にっこりと笑顔で頷かれて、さらに杏仁豆腐まで渡された。

「本当に、いいんだってば?」
『ナルの表の顔を見せて貰ったお礼。でもね、あんなのはが悲しむから、絶対に駄目だからね』

 ずっと表の口調で話をしている自分に、『夜』がそう言って釘を刺す事も忘れない。

「分かったってば!さっきも、『昼』に言われたばっかりだってばよ」

 『夜』の言葉に困ったように頷いてから、笑みを見せる。

「俺ってば、今度からは気を付けるから、今日の事は、には内緒だってばよ!」
『うん、言わないよ。ボク達には、傷を治す能力はないから、ごめんね……』
「大丈夫。もう九尾が直してくれた……服の汚れだって、何時もの事だってイルカ先生も思ってくれるから、心配ないってば」

 心配そうに見つめてくる紫の瞳に、ナルトは小さく首を振って、それからしっかりと笑顔を向けた。
 心配してくれる人が、こうして一人づつ増えていく。
 その事が嬉しくって、自然と笑顔を浮かべる。

「それじゃ、今日は無理だけど、明日は絶対に行くからって、に伝えといてくれってばよ!」
『伝えておいてやろう……器……ナルト』

 渡された荷物をしっかりと持って、そのまま去ろうとした自分の耳に、名前を呼ばれて驚いて振り返った。

「な、なんだってば……」

 何時もは、『器のガキ』と呼ぶ『昼』が初めて自分の名前を呼んだ事に驚きを隠せない。

『望もうが望まないが、お前は決められた道を進むだろう。お前が進んだ道を、オレ達は、少しでも助けてやろう。がそれを望むだろうからな』

 ニヤリと笑みを浮かべて言われた言葉に、ナルトは驚いて瞳を見開く。
 自分の道を少しでも助けてくれると言うその言葉に、ナルトは驚きの表情を笑顔に変えた。

「有難うだってば!その時は、扱き使うから、覚悟するってばよ!!」

 笑顔のまま心からのお礼と、少しの意地悪。
 だって、自分にはきっと、彼を表に引き戻す事は出来ないと知っている。
 彼は、自分と違って、ずっと闇の道を進んで行くだろうと分かっているのだから……。

 ナルトの最後の言葉に、『昼』は、小さく舌打ちした。

『調子に乗るなよ、器のガキ……』

 そして、何時も通り呼ばれたその言葉に、ナルトはもう一度笑顔。

『ねぇ、一体何の話なの?『昼』がナルの事名前で呼ぶなんて、ボクが居ない間に、どんな話していた訳!!』

 一人話しについて行けない『夜』が声を上げるがそれを二人は奇麗に無視して、ナルトは手を振って走って行ってしまう。
 それを見送る形になった二人はそれぞれ同時にため息をついた。

『『昼』ってば、ナルと仲良しになってずるい!』

 勿論、そのため息の意味は、二人とも全く違う意味を持っていたのだが……。

『お前が、買い物に行くと言ったから、オレがアレの相手をしていただけだ』
『でも、『昼』がナルの事名前で呼ぶなんて!絶対に何かあったに決まっているもん!!に言い付けてやるからね!!』

 拗ねたように言われる言葉に、『昼』はもう一度盛大なため息をつく。

『一体何を言い付けるつもりだ。大体、先程器のガキと約束してなかったか……』
『ナルと約束したのは、暴行されていた事。大体、に伝言頼まれたんだから、ナルに会った事は話すんだから、問題ないの!』

 ぷ〜っと頬を膨らませながらの言葉に、『昼』が思わず苦笑を零す。
 こう言う子供らしい所は、全く変わらない自分の弟に、呆れるやら尊敬できるやらと複雑な気持ちを隠せない。

『だったら、言ってもいいが、オレは、何も言わないぞ』

 子供らしい姿を見せる『夜』に、『昼』はあっさりと言葉を返して歩き出す。

『帰るぞ、が待っているからな』

 そして、後ろを振り返って今だに膨れている『夜』へと声を掛けた。

 それに、諦めたように『夜』も、歩き出す。自分達の大切な人が待っている家へと……。