望んでいるのは、たった一つだけ。
 彼が、本当の笑顔を見せてくれれば、俺としてはそれが一番の望み。






 フイに名前を呼ばれて、顔を上げる。

「どうした?」
『お前に仕事だ』

 問い掛けた俺の言葉に、『昼』が、窓の外へと視線を向けた。俺も、その視線に、窓の外を見る。

 そこには、一羽の鳥。

「呼び出し、か……『夜』が、機嫌悪くしちまうなぁ……」
『仕方がないだろう。行くぞ』

 それを確認して、小さくため息。

 これから、お茶にするんだと張り切っていた黒猫の姿を思い出して、呟けば同じようにため息をついて、『昼』が促す。
 それに頷いて、そのままその場から姿を消した。
 勿論、『夜』に対しての連絡は、『昼』がしてくれると分かって居るから、すんなりと行動できるのだ。


「お呼びでございますか、三代目」

 一瞬で暗部服に着替えて、三代目の前に膝を付く。

「…突然の呼び出しすまなんだな」

 しっかりと、『』の姿で現れた俺に、三代目が謝罪の言葉を口にする。

「いえ、まぁ、強いて言うなら、『夜』の機嫌が悪くなったってのは、否定できないかもな」
「うむ……それは、すまなかった。お前から、謝っておいてくれぬかのう……」

 それに俺が立ち上がって苦笑交じりに言えば、複雑な表情で再度謝罪の言葉。
 まぁ、三代目は、『夜』を怒らせると言う事が、どれだけ厄介な事に成るのかを、その身をもって体験した事があるのだから、当然と言えば当然な態度だろう。

「で、任務内容は?」
「せっかちじゃのう……まぁ良い、『』よ、『光』と『影』の任務を陰からサポートしてもらいたい」
「はぁ?」

 一瞬言われた言葉に、意味が分からずに思いっきり突拍子もない声が出てしまう。

『とうとうボケたのか、この爺は……』
「『昼』、それは、言っちゃ駄目だって……えっと、確認するけど、里1の『光』のサポートって言うのは、何か理由があるんだろう?」

 俺の叫び声に、姿を消していた『昼』が呆れたようにその姿を現して、三代目を馬鹿にする。
 それに、苦笑を零して、俺は言われた任務について、確認するように三代目に問い掛けた。

「勿論、その通りじゃ……誰もボケてなどおらんよ。本日、『光』と『影』に渡した任務なのじゃが、最悪な事に思わぬ事態が起きてしまったのじゃ」
「思わぬ事態?」

 重い口調に、俺は意味が分からずに首を傾げて相手を見る。

「そうじゃ、『光』達には、忍の壊滅任務を渡しておる。本当なら、その者は『光』達が着く前にその場から逃げる手はずになっておったのじゃが、逃げ出せる状況ではなくなってしまったのじゃよ」

 言い難そうに言われた言葉に、俺は嫌な予感を覚えた。

「お主への任務は、その者を無事に保護する事」

 そして、予想通りの言葉が深いため息と共に伝えられるのに、俺は思わず頭を抱え込んだ。

「それが分かってんなら、今からでも連絡とって、伝えれば問題ねぇんじゃ……」
「それが出来れば、お主が呼ばれる事などなかろう!時は一刻を争うのじゃ」

 そして、一つの提案をすれば、怒鳴られてしまう。
 まぁ、普通はそんな単純な事、誰だって気付くよなぁ……。俺が、呼ばれたって事は、それが間に合う状況ではないという事。

「それって、『光』、ナルトに俺って言う存在を気付かれてもいいのかよ!!」
「だから、お主に頼むのじゃよ、『光』や『影』に気付かれず任務を遂行して欲しい」
「……一体、どれぐらいの難しい任務人に渡すんだか……了解!んで、助け出す奴は?」

 盛大にため息を付いて、質問。
 里一番の忍相手に、俺が何処までやれるのか、それは自分にさえ分からないのだ。

「引き受けて、くれるのじゃな?」
「御意。つーっても、成功する自信はねぇよ……悪いけど、助ける相手にも俺の事を知られる訳にはいかねぇ。記憶は消させてもらうからな。それが、この任務を受ける必須条件だ」
「うむ、良かろう……その者については、この書類に……既に彼の任務は終了しておる。記憶を消しても問題はない……」
『なら、潜入捜査任務からの記憶を貰おう。いいな』

 『昼』の言葉に、三代目が頷く。
 それにより、任務は既に俺が引き受けた事になる。

「んじゃ、早く行かないと、着いた時には既に助ける奴が死んでましたじゃ洒落になんねぇ……『昼』渡りを頼む」
『分かった。こいつの傍でいいんだな?』
「おう、特急で頼む。『光』達が着く前に、全てを終らせちまいたいからな」

 渡された書類に貼られた写真、それを『昼』に見せれば直ぐに渡りの準備をしてくれる。
 着いた瞬間、戦闘開始と言う状態になろう事を予測して、あいつじゃねぇけど思わず『めんどくせぇ』と呟いてしまった。

「では、頼んだぞ」
「御意……後のフォローは、任せるぜ」

 渡りの準備が出来たのを確認し俺が足を踏み出そうとした瞬間、三代目が声を掛けてくる。それに、笑顔で手を振って、俺は懐に忍ばせてあった自分の面を取り出した。

 実際、この面を付ける時は、誰かに見られる可能性が高い時だけで、任務中でも滅多な事では付けたりしない。

 『昼』と『夜』がこの面を付ける事を嫌うから……。

『付けるのか?』

 面を手に持った俺に、『昼』が小さな声で質問。

「ああ、生かす人間が居るなら、例え記憶を消す事になっても、俺の顔を見られる訳にはいかないからな……」

 すっと面を付け、準備された渡りの道へと足を進める。
 入った瞬間、体を浮遊感が襲う。
 慣れたそれにゆっくりと瞳を閉じた。






 目を開いた時には、一つの建物の中。

「あ〜っ、場所間違えた?」

 周りには敵の姿は見えない。勿論、自分が助け出す相手も……。

『本気で、目の前に出るつもりだったのか?そんな危険をオレが侵す訳がないだろうが!相手は、隣の部屋に居る……人数は、5人どうする?』
「どうするってもなぁ……ナルト達が来るまでに終らせたいつーのが本音だから、一気に行く!5人ぐらいなら、居なくなっても変には思われねぇだろうし」

 っても、リーダー格の奴なら、少しぐらいは変に思われるかも……。
 でも、こっちもゆっくりとしてる場合じゃねぇし、早くこの任務を終らせたいってのが本音。

『助け出すのは、中忍だったな?中忍に、こんな任務を任せるなと言いたいのは、オレだけか?』
「まぁ、木の葉も忍不足だからなぁ、それは仕方ねぇって!」

 ぶつぶつと文句を言う『昼』に苦笑を零す。
 確かに、これが上忍であれば、自分がここに来る事はなかっただろう。

「逃げ出す前に捕まるような奴は、先が見えている気もすんだけど、これが旧家のヤツなら仕方ねぇって……名門や旧家は里にとって大事だからな」

 渡された書類にある苗字は、木の葉の里では長く続いている旧家の者。『うちは』や『日向』、『秋道』と言った有名所ではないが、それでも大事な家の次男の名前。

「名家・旧家なんて、興味ねぇけど、さっさと仕事を終らせて『夜』が準備してくれたお茶でも飲もうぜ」
『そうだな……お前なら、5分も掛からない。器のガキがここに辿り着くまで約10分と言ったところ。余裕だろう』

 『昼』の言葉に、薄く笑う。
 その予想が間違いでない事を確認して、俺はゆっくりと深呼吸した。

「んじゃ、始めるか……」

 すっと印を組み目の前にある壁を壊す。部屋の周りを『昼』に結界を張ってもらっているので、俺の相手はこの部屋に居る5人だけ。

「な、なんだ?!」
「気配など、全くしなかったぞ!」

 突然壁を壊して現れた俺に、中に居た忍達が騒ぎ出す。
 そう言っている時点で、自分達が弱いと認めている事になるのだと言う事が、分かっていないのだろう。

「わりぃが、俺の任務は、あんた等がいたぶっている相手の回収。悪いけど、貰っていくぜ」

 面の下でニヤリと笑う。
 無事にって言われているにも関らず、拷問を受け続けていたのだろう回収する中忍はぐったりと椅子に縛られた状態だった。

「貰っていくと言われて、渡す奴が居るか!」
「何処の暗部か知らねぇが、こっちも一応暗部だったんだ。その俺達に、たった一人で何が出来る!!」

 俺の言葉に、熱くなって粋がる小者に俺は可笑しくって、思わず口に出して笑ってしまう。
 弱いからこそ、良く吠えるとは上手い事を言ったモノだ。

「な、何が可笑しい!」

 声を出して笑った俺に、馬鹿にされたと怒鳴る男に、すっとクナイを取り出して微笑を浮かべる。
 もっとも、相手には面があって、分からないだろうけど……。

「一人?本当にそう思っている時点で、お前達は死んでるんだよ」

 大体、暗部だったと言うのなら、吠えてる間に攻撃の一つでも仕掛けるべきだ。暢気に話をしていれば、それだけ自分の身に危険が及ぶ。

「暗部つーても、『中』止まり……強くなれない自分を認められないで、里抜けしたような奴等などに用はねぇ」

 言って、クナイを座っている中忍に向けて投げる。
 それを合図に、自分に向かってくる5人の忍。俺が投げたクナイは、見事に縛られていたロープを切った。それを横目で確認して、襲ってくる者達を確認。

 一人は忍刀、一人はクナイ、一人は幻術。そして、残り二人の姿が一瞬で消える。
 その動きを全て捕らえて、まずは幻術をそのまま相手へとハネ返し、向かってくる二人の攻撃をその場を離れる事で交わす。
 交わした先では、姿を消した忍が襲って来たが、それを取り出したクナイを手に持ち舞いを舞う要領で、横からと上からの奴を一瞬で切り裂く。
 相手は、余りに一瞬の事だったから、切られた事も分からないだろう。何が起こったのか分からないと言う様子で、流れ出す血に驚きを隠せないままそのまま息絶えた。

 同時に二人が倒された事に、残された者が怯えるのが分かる。
 一人は、自分の幻術を返されて、使い物にはならない。

「残り、二人……ナルト達が来るまでに、終らせないといけないだ。それは、俺の都合だから、情けだ……」

 言って一つの印を組む。

「―夢楽死葬―」

 ……情けになっているのか、分からないけど術が発動した瞬間、その場に居た二人が崩れていく。幻術を食らって笑っていた奴も、そのままその場に崩れ落ちた。

「夢を見ながら、己が死んだ事にさえ気付く事も出来ない、か……実際、情けだかどうかも言えねぇよなぁ……」

 言って、深くため息を付く。自分が死んだと気付かずに、この魂はどうなるのだろうか?
 それは分からない事、いや、考えたくない事だ。自分の気持ちを払うように、そん場に崩れている人だった入れ物に、青い炎を落した。

『予定よりも早い。器のガキ達が来る』

 そんな俺の耳に、現れた『昼』の焦った声。言われた言葉に、俺は驚きを隠せない。だって、早過ぎる!
 俺、そんなに時間掛かってたのか?

「偉く早くないか?」
『だから言っただろう、予定よりも早いと……さっさとそこに居る奴を連れて来い!直ぐに戻るぞ!!』

 思わず尋ねた俺に、怒ったように『昼』の言葉が返ってくる。
 確かに、予定より早いって言ったけど……早過ぎだって!急いで、椅子に何とか座ったままの相手を連れ出そうとして、俺は動きを止めた。

「重い……こいつ、何でこんなに重いんだよ!!」
『……忍として、そんな事でいいのか?』

 って、子供の俺に大人を担ぐ事が出来る訳ねぇだろう!
 忍とか、関係ねぇと思うんだけど……それとも、力がねぇ俺が、可笑しいのか??

『くだらない事を考えている場合か!行くぞ!!』

 複雑な気持ちのまま考え込んでいた俺は、『昼』の言葉にハッと顔を上げた。
 近付いてくる気配。

「急げ!」

 それに気付いて、慌てて声を出せば、慣れた浮遊感。怪我人が居るけど、そんな事を言っている場合じゃねぇよ!
 俺達が、その場から消えたと同時に、その部屋の扉が開かれたのは、預かり知らぬ事だ。
 もっとも、後から面倒臭がりな奴から、聞かされたけど……。






「任務完了!」
『簡単に済んで良かったな』
「おう!『昼』が居なきゃ無理だったけどな」
『俺が居るから、三代目もお前に任務を依頼したんだろう……だけどな』

 助けた忍を三代目に預けて、後は家に帰って『夜』のお茶が飲めると喜んでいた俺に、『昼』からの言葉。
 その言葉が来た後は、間違いなく説教が待っている事を知っているだけに、俺は複雑な表情をしてしまう。

「……『昼』の言いたい事は大体分かる!でも、疲れてんだから、先に帰ってお茶にしよう!そうしよう!!」
『まだ話は終ってないぞ!!言っているだろう、お前の治癒力はむやみに使うなと!!大体、お前が治療する必要はなかったはずだぞ!!』

 急いで帰ろうとした俺の耳に、予想通りの言葉が聞こえてきて、俺は盛大にため息をつく。

「確かに、無事にって言うのが、命の事だと分かってる……でも、痛いじゃん、記憶消されたとしても、あんな傷……」

 自分がその力を遣えばどれだけ疲れるのかを知っているからこそ、過保護な相手を心配させている事も重々理解していている。だけど、傷だらけにされていた事が、痛々しかったから、思わず力を遣ってしまうのだ。
 例え、忍として傷付く事が名誉だとしても、出来ればそんな傷など見たくはない。

『……お前は……』

 呆れたように自分を見詰めてくる瞳に、困ったように笑う。
 ずっと傷付けられてきた子供を見ていたからこそ、その傷の痛みを消してあげたいとそう思っていた。だから、無抵抗な状態でつけられた傷は許せない。

 これが戦って出来た傷なら、気になどしない。それこそが、名誉の負傷、逃げずに戦った証なのだから……。
 だけど、無抵抗に付けられた傷は……。

「それに、そんなに大した力は……」

 言った瞬間。ぐらりと揺れる視界。

『……遣ってない訳ないだろう!さっさと帰るぞ。『夜』には、話さないで居てやるから、感謝するんだな』

 支えてくれた『昼』の力を感じながら、言われた言葉にフワリと笑顔を見せる。

「有難う、『昼』」

 感謝しているからこそ、素直に礼を伝える事が出来るのだ。
 照れたようにそっぽを向くが、その瞬間、体に感じる浮遊感。

『なら、帰るぞ。『夜』には、お前がチャクラを遣い過ぎたと連絡をしておいた。今頃、スペシャルなお茶が用意されているはずだ』

 その瞬間に言われた言葉、それに俺は複雑な表情を見せた。
 スペシャルなお茶とは、多分チャクラ回復の薬草茶の事だろう。
 効き目バッチリだが、その分味もバッチリな味をしている。

「……了解!観念して、飲むよ……」

 言われた言葉に、諦めたようにため息一つ。
 心配を掛けたと分かっているからこそ、素直に彼等を安心させたいと思うのだ。

 
 そして、家に帰って、激が付く程の不味い薬草茶を飲まされ、更に、任務から戻ってきた『影』事、シカマルから、事情を聞かれたのは、別の話。