お兄ちゃんに彼女が出来たって思ったのは、私の誕生日プレゼントを貰った時。
 絶対にお兄ちゃんが考えつかないような、それ。
 何時ものように空さんに頼んだものじゃないって分かるのは、私も空さんの好みをちゃんと知っているから。

 だから、それとなくお兄ちゃんの事を観察してみたの。
 そしたら、休みの日には全然家に居ないし、学校から帰ってくるのも遅くなった。

 何をしているのかをさり気無く聞いてみたら、少し照れたように『ちょっと、な』って言われたから、絶対に断言できるの。

 お兄ちゃんに、彼女が出来たって。

 だから、タケルくんに協力してもらって、今日の放課後お兄ちゃんの事を尾行する事に決めたの!
 何時ものように普通に部活して、それから急いでどこかに移動するお兄ちゃんの姿に、ピンッと来た。
 これから彼女に会いに行くんだって…。

 でも、部活が終わってもう日も暮れているのに、これから彼女に会いに行くなんて、ちょっと可笑しい。

「太一さんの彼女って、もしかして中学違うのかな」

 疑問に思った私と同じように、タケルくんもその事に気が付いたみたいで、それを口にする。

「うん、私もそう思った。お台場中の生徒じゃないみたい……」

 だから、私も素直にそれを肯定した。
 だって、同じ中学だったら、学校終わってから、こんな遅い時間に会う必要は無いと思う。

 お兄ちゃんが向かった先は、図書館。
 ここの図書館は結構遅くまで開いている場所だから、お兄ちゃんも時々利用してるのは知っている。

 だけど、態々こんな所に来るなんて……。

「八神君」

 そう思っていた私の耳に、誰かの声が聞えて来て顔を上げた。

「悪い、遅くなった」
「ううん、私は本を読んでいたから大丈夫だよ。それに、ここはちゃんと暖房設備整っているから……寒い中でサッカーしている八神君の方が大変だと思うな」

 図書館の入り口に立っている人がお兄ちゃんの待ち合わせの相手。
 その制服は、見た事の無い学校の制服だった。
 申し訳なさそうに謝罪したお兄ちゃんに、待っていたその人は優しい声で言葉を返す。

「寒い中って言ってもなぁ、こっちは走ってるから、寒さは気にならねぇよ」
「そうだね。今日も部活お疲れ様、八神君」

 そんな彼女に、苦笑を零して言えば優しく微笑んで労いの言葉が返ってくる。
 それに、お兄ちゃんが嬉しそうに微笑み返した。
 その笑顔を見ていたら分かる。お兄ちゃんがその人の事を本当に好きだって言う事が……。

「ねぇ、ヒカリちゃん、あの人が太一さんの彼女みたいだけど……」

 分かるからこそ、私はその場を動けなかった。
 だって、大好きなお兄ちゃんが自分の知らない顔をしてその人に笑っていたから。
 私に見せる時と同じ、ううん、もっと優しいその表情は誰か知らない人みたい。

 動けない私に、タケルくんが心配そうに声を掛けてくる。

「うん…」

 だけど、私が返せたのはただ頷く事だけ。
 お兄ちゃんが笑い掛けている人は、私も知っている人だった。

 さん。
 元、お兄ちゃんのクラスメート。

 私も何度か話したことがあるんだけど、とっても優しくて、そして、強い人だった。
 自分に自信が無いのに、でも人を思いやれる強さを持つ人。

 そして、小学校の頃、お兄ちゃんが好きだった人だ。

「ヒカリちゃん、大丈夫?」
「うん…大丈夫だよ……」

 ずっとお兄ちゃんが好きだった人。
 きっとお兄ちゃんは、私が気付いてるって事なんて知らないと思う。
 でもね、お兄ちゃんの視線が時々誰かを見ていたのを知っているから、気付いたんだよ。
 ずっとお兄ちゃんが誰を見ているのかを……。
 だから、私はあの人を認める事しか出来ない。
 お兄ちゃんが、ずっと好きだった相手だから……。

「ヒカリに、タケルまで!お前等、そんな所で何やってるんだよ!!」

 心を落ち着かせようとそっと息を吐き出した瞬間、名前を呼ばれて顔を上げる。

「……見付かっちゃたね」

 私達の姿を見つけたお兄ちゃんが、少しだけ赤い顔をして大声を出す。
 それに、タケルくんが悪戯っ子のように舌を出した。

 お兄ちゃんの顔が赤いのは、彼女に優しい表情を見せていた事を見られたのが照れくさかったからだと分かって、私はもう一度小さく息を吐き出す。
 そして、お兄ちゃんの彼女へと向き合った。

「こんばんは、さん。改めまして、八神太一の妹のヒカリです」
「えっ、あの、」

 それから、ニッコリと笑って自己紹介。
 そんな私に、さんが対処に困っておろおろしているのが分かる。

「私から言うのも変なんですけど、兄の事宜しくお願いします」

 困っているさんに、私はぺこりと頭を下げた。

「わ、私の方こそ、宜しくお願いします」

 それに続いて、さんも慌てて頭を下げる。
 それが余りにも可笑しくって、思わず笑ってしまった。

 ああ、本当に彼女なら、仕方ない。
 だって、お兄ちゃんがずっとずっと好きだった人なのだから・・…。





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