初めてのデート。
意識すると、本当にドキドキが止まらない。
憧れの人が自分の隣に居てくれる事、それが信じられなくて、まるで夢でも見ているようだ。
もしかしたら、これは自分に都合のいい夢かもしれない。
「さてと、どっか行きたい場所とかあるか?」
ドキドキの止まらなくなった私は、思わず下を向いて出来るだけ八神君を見ないようにしていたんだけど、そんな私に八神君が顔を覗き込んできてその瞬間自分の顔がますます赤くなるのが分かった。
「あ、あの、えっと、わ、私はその行きたい所はないです……八神君は?」
「あ〜っ、俺的には何時もスポーツ店とかがメインだからなぁ・…は、あんまり興味ねぇだろう」
真っ赤になる顔を何とか誤魔化して、しどろもどろ状態で八神君に聞き返せば、心配そうに見詰められる。
だけど、言われたその内容に、一瞬きょとんとした表情をしてしまった。
だって、スポーツ店がメインなんてすっごく八神君らしい。
「ううん。そんな事ないよ」
すっごくらしい事だったから、思わず笑ってしまう。
そして、笑いながら返事を返せば、八神君が少しだけホッとしたような表情を見せた。
「八神君?」
「まぁ、緊張するなって言うのは無理だと思うけど、無理はするなよ」
そんな八神君に不思議そうに名前を呼べば、優しい笑顔と共に、ポンポンと頭を叩くなように撫でられた。
「……気付いてたんだ……」
ずっと緊張してて、ドキドキが止まらない私は、出来るだけ平静を装うって居たのに、しっかりと八神君にはバレていたらしい。
もっとも、鋭い彼なら、当然かもしれないんだけど……。
「俺も緊張してんだよ。それに、ずっと見てたんだ、気付かねぇわけないだろう」
そっと上目使いで八神君を見詰めた私に、少しだけ不機嫌そうに八神君が言葉を返してくる。
だけど、その顔が少しだけ赤くなって居ることから、彼が照れているのだと分かってホッと息を吐いた。
「うん、有難う、八神君」
そんな彼だから、私は好きになったのだ。
自然に相手を安心させてくれる人だから……。
感謝の気持ちを込めてお礼を言えば、八神君が少しだけ驚いたような表情を見せたけど、それが優しい瞳に変わる。
「本当、変わらねぇよな……」
そして、ポツリと呟かれた言葉に、私は意味が分からなくって首を傾げた。
「太一じゃない!」
その言葉の意味を聞こうと思って口を開こうとした私は、八神君を呼ぶその声によって何も口にする事は出来なかった。
「空じゃねぇかよ。なんだ、そっちもデートか?」
八神君の名前を呼んだ相手は、彼の幼馴染であり、仲間とも呼べる相手。
何のと聞かれたらそれは私には答えられないけど、独特な雰囲気を持っている彼と同じモノを感じる事が出来る人。
「そうよ、久し振りにヤマトの時間が空いたから、荷物持ちにね……そう言う太一は、見たまんまのようね……」
チラリと視線が向けられえたので、小さく会釈だけをすれば、武之内さんは優しく微笑んでくれる。
私も笑顔を返そうとしたんだけど、彼女の隣に居る相手からの強い視線にそれは出来なかった。
視線を向ければ、やはり仲間と言えるだろう、金髪碧眼の八神君と違った意味での有名人だった相手が居て、自分を真っ直ぐに見詰めている。
八神君の言葉から考えると、目の前の二人は付き合っているんだろう。
だけど、彼が私を見ている理由が分からない。
「さん、久し振りね。私の事覚えてるかしら?」
そんな視線を感じて、困惑している私に突然武之内さんから声を掛けられて、ビックリして顔を上げた。
「あ、あの、えっと、武之内さんだよね。うん、覚えてるよ」
驚きながらも、私は彼女の質問に返事を返す。
そう、彼女の事も忘れられる訳がない。
彼女も私とは違って、目立つ存在だったのだ。
そして何よりも、八神君の隣に居ても可笑しくない相手。
私はずっと、彼等はお互いを想い合っているのだとそう思っていたのだから……。
「ほら、ヤマトもちゃんと挨拶しなさいよ。会いたいっていってたんだから」
暗くなり始めた私の思考を遮るように、武之内さんが隣に居る石田君に声を掛ける。
その言われた内容に、私は意味が分からずに首を傾げた。
「あの……」
「何だよ、の事ヤマトに話したのか」
意味が分からずに問い掛けようとしたそれは、八神君の声によって遮られた。
えっ、私の事、武之内さんが石田君に話をしたって、どう言う事なんだろう……。
「ああ、お前にピッタリとの相手だって聞いてたんだけど……」
言いながら、石田君の視線が私に向けられる。
信じられないと言うような視線を向けられて、私は心の中で否定した。
そ、そんな事、絶対にある訳ないよ……。
向けられる視線を感じて、居た堪れない。
そんな中、突然聞えてきた子供の泣き声に、私はハッとして顔を上げ泣き声のする方へと視線を向ける。
これはきっと習性なんだと思う。
子供が泣いているのや、困っている人を見るとどうしても考えるよりも先に体が動いてしまうのだ。
視線を向けた先には、転んでしまったのだろう小さな男の子が一人で泣いている姿があった。
近くに、両親の姿は見当たらない。
そう認識した瞬間には、私の足はその男の子の方へと動いていた。
「転んじゃったの?大丈夫?」
しゃがんで男の子の目線に合わせながら、私は優しく目の前で転んでしまった男の子へと声を掛ける。
私に声を掛けられて、男の子の小さな肩がピクリと震えた。
警戒されるのは、分かっていた事。
だけど、泣いている子供を放って置く事なんて出来ない。
警戒しながらも、恐る恐る顔を上げた男の子に、私はニッコリと笑顔を見せた。
笑顔をみせながら、だけど、しっかりと子供の状態を確認して、ホッとする。
どうやら、大した怪我はしていないようだ。膝を少し擦り剥いているだけなのを確認して、私はもう一度笑顔を見せる。
笑顔を見せた事で、男の子は警戒を解いてくれたのか、恐る恐る私を見上げてきた。
だけど、その瞳には大粒の涙。
「ほら、男の子でしょう。泣かないで」
まだ流れている涙を取り出したハンカチでまず拭ってから、服に付いている汚れを優しく払って、私は再度男の子に声を掛けた。
「でも、ちょっと血が出てるか……痛くて我慢できない?」
ハンカチで拭った涙は、まだ止まらずに男の子の頬を濡らしている。それに私は膝の怪我を確認して、男の子へと質問した。
私の質問に、泣いていた男の子は、グイッと自分の服で涙を拭ってから、大きく首を振る。
もう泣かないと言う意思を見せた男の子に、私は出来るだけ優しく微笑んだ。
「そっか、偉いね……でも、このままだとバイキンが入っちゃうから、何処かで綺麗に足を洗っちゃおうか。お家は、遠いのかな?」
再度問い掛ければ、子供は小さく首を振るとスッと一軒の家を指差した。
どうやらそこが、子供の家らしい。
良かった、本当に目と鼻の先だ。どうやら、家から出られた嬉しさに、走って転んでしまったって所だろう。
「なら、お家に帰ってちゃんと消毒してもらおうね。お母さんはお家に居るのかな?」
今度の質問には、コクリと頷く子供に、私は再度笑顔を返した。
それから、子供の手を取って、その家の呼び鈴を押す。
少し待てば、中から子供の母親が出て来た。
一瞬警戒した母親に、事情を説明すれば、納得してくれたのか子供を受け取って、お礼を言われる。
それから、母親に抱き上げられた子供に笑顔で別れを告げてから、ハタッと我に返った。
わ、私ってば、八神君の事を、すっかり忘れてたんだけど……。
「よっ、お疲れさん」
思い出して、先程まで自分が居た場所へと視線を向ければ、八神君が笑顔で私に手を振ってくれる。
「ご、ごめんなさい……私、放って置けなくって……」
慌てて戻った私に、八神君はただ笑顔でまた優しく頭を撫でてくれた。
「ねっ、私の言った通りでしょう?」
そんな私達の遣り取りを見て、武之内さんが勝ち誇ったように石田君へと笑顔で問い掛ける。
「……お見逸れ致しました……」
武之内さんの笑顔の問い掛けに、石田君は参りましたと言うように頭を下げる。
その遣り取りの意味が分からずに、私はただ首を傾げてしまう。
一体何が、言った通りなんだろう??
問い掛けるように八神君を見れば、嬉しそうに微笑んでいて問い掛けられる雰囲気ではなくって、私はただ疑問に思う事しか出来なかった。

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