それは、昔の話。
 あの人を見詰めている事しか出来なかった、昔の事。


「なんだ?」

 ジーッと見詰めていた私の視線に気付いた八神君が、不思議そうに質問してくる。
 あの頃は、この人とこんな風に一緒に居られるなんて考えた事もなかった。

「うん、あのね。私が初めて八神君に気付いた時の事を思い出していたの」

 ちょっと笑ってそう言えば、八神君が怪訝そうな表情で私を見る。

「あっ、違うんだよ。悪い意味じゃなくて、なんて言うのか、こんなに輝いてる人が居たんだって目が離せなかったんだ」

 悪い方に取られちゃったのかなぁと思って、慌てて言い訳してしまう。
 そう言った私に、八神君が照れたようにそっぽを向いた。

 本当、こんな風に貴方と話をする事が出来るなんて、私は思っても居なかったから……。


 初めて私が八神太一と言う人に気が付いたのは、小学校4年生の時。
 マンモス小学校でもあるお台場小学校だったから、他のクラスの子を知らないなんて、普通の事だった。
 だからこそ、同じクラスになった事のない八神君の事を知らなくっても、全然変な事ではなかったと思う。

 だけど、彼を見た時その姿に釘付けになってしまった。
 楽しそうに笑うその姿は、キラキラ輝いていて、目が離せなかった事を今でも覚えている。
 『八神』と、友達から呼ばれていた事から、彼の苗字を知る事が出来た。
 フルネームを知ったのは、それから1年も過ぎてから……。

 小学校5年生の時に、一緒の委員会に所属していた後輩の男の子が彼の名前を呼んでいたのを聞いたから……。

 それからも、ずっと私は彼の事を見ていた。
 自分から話す事なんて出来なかったけど、彼が笑って走っている姿を見るのが一番の幸せな時間になったのは直ぐの事。
 そして、6年の時、念願叶って同じクラスになれたんだけど、やっぱり私は臆病で、彼に話し掛ける事なんて出来なかった。

 そんな自分なのに、今こうして彼と一緒に居る事が出来る。
 彼が仲間だと認めている人達にも紹介してもらい、私は優しく受け入れてもらった。
 今だに、自分なんかが何でこの人の隣に居られるのかが、謎で仕方ないんだけど、全てを話してくれたと言う事が、本当に私の事を信頼してくれてるんだと分かって嬉しかった。

 何時か、彼の大切なパートナーに会う事が出来るんだろうか?

?」

 考え込んでいた私に、八神君が心配そうに名前を呼んでくる。
 そう言えば、何時からだろう、八神君が私の事を名前で呼ぶようになったのは……。

「ううん、何でもない」

 そして、私が八神君にちゃんとこうして普通に接する事が出来るようになったのは、何時からだろう。
 付き合い始めて、もう1年。
 あの再会の日から、調度一年。
 あの頃よりもぐっと身長は伸びて、今では背の低い私は彼の事を見上げてしまうほどになってしまった。

「んじゃ、そろそろ移動するか」

 言って、立ち上がった八神君に、私も慌てて立ち上がる。

「今年もヒカリちゃんに、プレゼント渡すんだよね?」

 荷物を持って、さっさとお勘定を済ませてしまった八神君にお礼を言って、その後に続く。
 なんて言うのか、奢ってもらうのって、すっごく申し訳なく思っちゃう。
 前に、お金払おうとしたら、八神君に怒られたから、今は素直にお礼を言うようにしてるんだけど……。

「ああ、また頼むな」

 当然のように頷いて、私の言葉に返事を返して八神君が笑顔を見せる。
 うっ、その笑顔は、本当に私には、眩しいんだよ。

「……せ、精一杯頑張るね。あっ、でも私も何かプレゼントした方がいいよね?……何がいいかなぁ?」

 眩しい笑顔に、顔が赤くなるのが自分でも分かる。
 それを誤魔化すように、慌てて質問で返した。

「あ〜っ、あいつには、お前が顔見せる方が喜ぶんじゃねぇのか……」

 だけど、八神君から返って来たのは、そんな事絶対無いって言い切れるような内容。

「そ、そんな事、絶対に有り得ないよ」

 その動揺が現れて、どもってしまった私に、八神君が呆れたようにため息をついたのが気配で分かった。

「なんで、そんな風に思うかなぁ……」

 そして呟かれたその言葉に、何て返せばいいのか分からない。
 だって、私なんて、八神君の妹であるヒカリちゃんに比べたら地味で、目立たないような顔なんだよ。
 人に見せられるような、そんな立派な容姿はしてないんだからね。

「まぁ、そこがのいい所ではあるんだろうけど……」
「や、八神君??」

 一人で納得してしまった八神君に、私は意味が分からずにその名前を呼んだ。
 だって、だって、そんな嬉しそうな優しい笑顔で言われるような事、私は何にもしてないと思うんだけど……。

「って事だから、お前ちゃんとヒカリの誕生日には家に来いよ」

 って、なんでそんな事になってるんだろう??

 だけど、嬉しそうに笑ってる八神君を前に私が断れる訳もなく、思わず頷いてしまった。
 この笑顔に勝てる人が居たら、私はその人に弟子入りしたいよ。

 本当に、昔はこんな風になるなんて、全然想像も出来なかった。
 でも、それは嫌な日常じゃなくて、なんて言うのか毎日が楽しい。
 本当、振り回されてばかりだけど、それでも彼が自分の事を大切にしてくれているのだと分かるから、幸せだとそう思える。

「なら、ヒカリちゃんへのプレゼント奮発しなくっちゃ!」

 自分の家に招待してくれると言う八神君に、私は気合を入れた。

「おっ、珍しく前向きだな」

 だって、私はまだ一度も八神君の家に行った事がない。
 ヒカリちゃんに誘われた事は何度かあったんだけど、何となく行き辛くてやんわりと断っていた。
 でも、一年経ったんだから、そろそろ家に行ってもいい頃だよね?

「うん、私八神君達のお蔭で、強くなれたと思うよ。だからね、有難う」
「……本当、唐突な奴………でも、お前が強くなれたって言うのなら、それはお前が持っていた強さを自分で引き出しただけだ。俺達は何にもしてないぜ」
「ううん、八神君が居てくれたからこそ、今の私が居るんだよ」

 さり気無い優しさ。
 真っ直ぐな瞳。
 それら、全部が私に強さをくれたんだよ。

「たく、んな恥ずかしい事言ってんなよ……ほら、ヒカリへのプレゼント買いに行くんだろう?」

 照れているのが分かる強引さで、私の頭に手を廻して引き寄せられた。
 それを私は、素直に頷いてそっと瞳を閉じる。
 こうして今、彼が私の隣に居てくれる事を心から感謝しながら……。


 もしも、彼の大切なパートナーに会う事が出来たら、私は心からの感謝の言葉を伝えたい。
 だって、今、彼がここに居てくれるのは、大切なパートナーが居てくれたからだ。
 そして、彼の仲間が居てくれたから
 だから、素直に感謝出来る。
 そのどれか一つでも欠けていたら、彼はここには居なかったかもしれないのだから……。

 昔があったからこそ、今がある。
 そんな当たり前の事だけど、それがこんなにも大切だと思えるようになったのは、彼と付き合い始めてからの事。
 もし、今の自分の事を将来の自分が思い出すとすれば、どんな風に思うのだろうか?

 その時、私の隣に、まだこの人が居てくれればいいなぁ、なんて、そんな事を考えて顔が赤くなってしまったのは、言うまでもない。






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