「……今日、泊めてくれないか?」

 突然現れたかと思ったら、そんな事を言われて、思わず驚いてしまう。
 何時もなら、電話で確認するとか、学校で聞いてから来る相手だから、直接うちに来て、こんな事を言ったのに、驚きを隠せない。
 泊まる準備は万端と言うその格好と、手に持っている袋から見えるのは、お酒……?

「一体、どうしたんだ?」

 だから、思わず心配して問いかけてしまう。
 太一が俺の家に来た時に、お酒など持って来た事は、一度もないから……。

「……別に……なぁ、駄目か?」

 俺の質問に俯いたまま小さく呟いて、不安そうな声が問い掛けてくる。
 勿論、自分が一番大切だと思っている相手を無下に出来る筈も無く、俺は小さくため息をついて頷いた。

「駄目な訳、無いだろう。ほら、上がれよ」

 ずっと俯いている太一に、そっと優しく手を差し出す。
 そうすれば、太一が顔を上げて俺を見た。

「ほら、泊まって行くんだろう?」

 自分を見上げてくる大きな瞳が、不安そうに揺れているのを見て、精一杯の笑顔を見せる。
 今にも泣き出しそうなそんな表情など、殆ど見せない相手だから……。

「……悪い……」

 俺の精一杯の笑顔に返されたのは、申し訳なさそうに呟かれた謝罪のそれと、また俯いてしまった瞳だけ。
 そんな相手に、聞えないくらい小さなため息をついた。



 本当に、何があったのか分からない。
 自分の目の前では、酒を飲む太一の姿。
 正直言うと、こんな姿を、この目で見られる日が来るなど想像もしていなかっただけに、そのまま見詰めてしまう

 太一は、正直言って酒は強くない。
 いや、はっきり言えば、弱いだろう。
 チューウハイ一本で、完全に酔ってしまえると言うのは、別な意味貴重な存在と言えるような人物なのである。

「……太一、胃になんか入れないと、後が辛いぞ」

 一応、夕飯も食べずにここに来たと言う太一の為に、つまみとして出した簡単なサラダとサンドイッチには、目もくれない。
 ずっと考えるように酒を飲んでいる太一に、俺は再度ため息をついて忠告をする。

「……んっ、らいじょうぶ……」

 俺の質問に、初めて太一が反応を示す。
 頬を赤くして、ニパッと笑顔を見せながら返ってきたその言葉に、俺は思わずその場に懐きたい心境に陥ってしまった。

 いや、大丈夫じゃないだろう……xx
 既に、言葉が危ういぞ、太一。

 呆れたような視線を向けて、大きく息を吐き出す。
 だが、そう言っても、太一が飲んでいるのは、まだ二本目の缶チューハイ。
 それだけで、こんなに酔うものか、普通??

「大丈夫じゃないだろう?ちゃんとしゃべれてないぞ」

 呆れながら、太一が持っているその2本目のチューハイを俺は横から取り上げる。

「あにすんだよ!!」
「太一は、これ飲め」

 俺に缶を取られて、太一が抗議の声を上げるので、すかさずアルコール度数1%未満と言う別名ジュースと呼ぶモノを無理やり手渡す。

「おれは、それ飲んれんろ!!いいじゃん、飲みたいんらから……」
「俺の言う事聞かないんなら、泊めてやらないぞ」

 俺が無理やり押し付けたそれに、太一が抗議の声を上げる。
 だがそれも、まともにしゃべれていない。
 だから、太一が大人しくなるように、逆らえない最大の言葉を口にする。
 勿論、こんな状態の太一を家に戻す事など出来はしないんだが、酔っている相手に、そんな事を考える能力は無いだろう。
 案の定、俺の言葉で太一が大人しくなる。
 それに、ほっとしながら、俺は太一が飲みかけていたそのチューハイに口をつけた。

「……で、何があったんだ?」

 大人しくそのジュースを飲んでいる太一に、小さくため息をついて、ずっと気になっていた質問を投げかける。
 本当は、何も聞く気はなかったのだが、今日のこの状態で聞くなという方が無理な注文であろう。
 こんなにも、珍しい行動ばかりを見せられては、心配するなという方が、無理な注文だ。
 しかし、俺の質問に、太一は何も答えない。
 ただ、俯いたまま、ジュースを飲んでいる。
 そんな態度に、俺はもう一度ため息をつく。
 相手が、自分から言うのを待つしかないと悟って、俺もそのまま酒を飲んだ。
 暫くの間、静かな時間が流れる中、漸く太一が口を開く。
 どうやら、考えがまとまったらしい。

「………本当に、何かがあった訳じゃねぇんだ………」
「えっ?」

 先ほどまでと比べて、しっかりとした口調なのは、ジュースの為だろうか?
 そして、太一がコクリともう一度それを口に流しいれて、小さく息を吐き出す。
 それを、俺はただ黙って見詰めていた。
 太一が、弱音など殆どはかない事を知っているからこそ、急かす事はしない。
 急かせば、折角話してくれようとしているのに、何も言えなくなると言う事を知っているから……。

「……ただ、飲みたかった…っても、信じてくれないか……」

 そっと缶を両手に持つと、苦笑混じりに瞳が向けられる。
 その瞳は、何時ものあの太陽を思わせるような真っ直ぐな瞳ではなく、やっぱりどこか危うい瞳。
 そんな瞳をじっと見詰めれば、ふっと視線が逸らされる。
 そして、また小さくため息が零れた。

「……本当は俺、今日死んじまうかと思ったんだ……」
「はぁ??」

 ため息の後、言われた言葉に、思わず素っ頓狂な声が上がってしまう。
 勿論、太一が冗談を言っているようには見えない。

「あっ!自殺とかそんなこと考えてねぇからな!!」

 驚きの声を上げた俺に、太一が慌てて言葉を続けた。
 それに、俺は怒ったように太一を見る。
 当たり前だ!!自殺なんて、絶対に許さない。

「……ただ、なんて言うのか、誰かを助けてなら、死んでもいいって思ってたのは、認めてんだけど……」

 俺が、不機嫌そのままに太一を睨んでいれば、必死で自分の気持ちを話そうとしている太一のその言葉に、俺は更に不機嫌になった。
 許せないのは、自分が死んでもいいと言える、太一の言葉。

「お前なぁ……」

 文句の一つでも、言ってやろうと口を開きかけた俺に、太一は少しだけ困ったような表情を見せる。

「……でも、今日、初めて思ったんだ。死にたくないって……」

 文句を言おうと口を開きかけていた俺に、真剣な太一の声が聞えて、俺のは言葉を飲み込む。
 そんな俺に気が付いて、太一は曖昧な表情で笑った。

「……さっき、言っただろう?誰かを助ける為なら、死んでもいいって……でも、今日、それでも、死にたくないって思った……ヤマトや、皆に会えなくなるのが、嫌だって、思えたんだ」

 一言一言を考えながら、真剣に話す太一のその言葉に、俺はそっと息を吐き出す。

「当たり前だ。勝手に死んだりしたら、一生許さないからな」

 真剣に話す太一に、俺は漸く文句の言葉を口にした。それに、太一が苦笑を零す。
 何処か、困ったようなその笑みで……。

「……今日さぁ、車に轢かれそうになってた子が居て、俺、無意識に体が動いてたんだ。『助けなきゃ』って……。その時、車が目の前に迫って来るが見えて、ああ、死ぬかもしれないって時に、すごくヤマトに会いたくなった」
「……太一……」

 真剣に話をする太一の言葉に、俺はそっと名前を呼ぶ。
 死ぬかもしれないと思った時、お前は、俺の事を考えてくれたのが、不謹慎ではあるけど、嬉しくって……。

「そしたらさぁ、死ぬのが怖かった。このまま、ヤマトの知らないところで死ぬのが、怖かったんだ……俺って、臆病者だったんだな……」

 泣き笑うような表情。それは、死の瞬間を知った時を思い出しているのかもしれない。
 もう、俺にあえないと思ったその時の事を……。

「……バカ、だな……」

 自分の目の前で、泣き出しそうなその体を、そっと優しく抱き寄せる。
 きっと、知らないだろう。
 誰もがお前と同じなんだって事。

「ヤ、ヤマト??」

 俺の突然の行動に、驚いたように名前を呼ぶ太一を強く抱き締める。
 突然、俺の家に来た理由。そして、お酒を飲んでいた理由。
 その理由を、こんな形でしか話せない、一番大切な相手。

「死ぬのが怖いのは、当たり前だ。俺だって、死にたくなんて無い。大切な人が居れば、誰だってそう思うもんなんだ。だけど、その大切な人を守るためなら、死も怖くない。太一だって、そうだろう?」

 そっと優しく問い掛ければ、俺の腕の中で、小さく太一が頷くのを感じる。
 だって、それは、お前が一番強く願っている事だろうから……。
 出来れば、そんな事、本当はしてもらいたくないけれど、強くて優しいお前だから、一番にその身を犠牲にするだろう。
 その形が、『死んでもいい』と言われた言葉からも分かるから……。

「……だけど、死んでもいいなんて俺の前では言わないでくれ。心臓に悪い……」

 もしもそんな事になったら、本当に俺は……?
 だから、その言葉を聞いて、苦しかったのは本当。だから出た、俺の本心。

「……悪い………」

 盛大なため息と共に呟いたそれに、素直に謝罪の言葉が返ってくる。
 それに、俺は苦笑を零した。 
 だがそこで、言われた言葉を思い出して、気になる事がある……。
 そう言えば、サラリと言われたが、とんでもない事言わなかったか??

「お前、車に轢かれそうになったって、大丈夫なのか?!」

 そう、車に轢かれそうになって……。
 勿論、今見た段階では、そんなに酷い怪我をしているようには見えない。
 しかし、こいつの事だから怪我をしていても、素直に表に出すような性格ではないから、心配して問い掛ければ、すっと視線が逸らされた。

「えっ?あっ、うん、大丈夫……車が目前に迫った瞬間、その子供連れて横に逃げたから、ギリギリ何とかなった。怪我は、擦り傷くらいだし……だからって、訳じゃねぇけど、ヒカリにバレねぇように、家から逃げて来たってのもある」

 困ったように説明された内容に、ホッと胸を撫で下ろす。
 しかし、逸らされた視線とその言葉に、俺は盛大なため息をつく。
 そう、今の説明を聞けば、手当てなどしていないと容易に想像できるのだ、こいつの場合……。

「ヤマト?」

 俺は救急箱を取る為に、一度太一から離れて立ち上がる。
 突然の俺の行動に、心配そうな太一の声。
 直ぐ見える場所に置いてある目的のモノを持って、もう一度太一の前に座って、手を差し出す。

「なに??」

 すっと出した俺の手に、太一が意味が分からないと言うように首を傾げた。
 って、救急箱持って来てるのに、どうして分からないんだ?? 
 不思議そうに俺の事を見ている太一に、俺は小さくため息をつく。

「怪我、してるんだろう?」
「……確かにしてるけど…大した事無いし……」
「出すんだ」

 俺の質問に、太一が複雑な表情を見せて、慌てて言葉を続けようとしているのに、俺は冷たい声で命令した。
 そうすれば、太一が怒られた子供みたいな怯えた表情で俺を見詰めて来る。

「ほら、早く!!」

 そんな表情の太一を促すように、もう一度キツク言えば、それに、びくっと太一の肩が小さく震えて、おずおずと服をめくって傷を見せる。

「お前、これがちょっとなのか??」

 手と足しかも左右それぞれに、擦り傷が出来ているのを見て、俺は呆れたように呟いた。
 もう既に血は止まっているが、アスファルトで出来る独特なその傷には、小さな小石などもそのまま付いている。

「お前、服に血がつくと、洗っても落ちないんだぞ……」

 今はもう、血も止まっているが、服に血がついているのを見て、俺はもう一度ため息をついた。

「……ヤマト、主婦くさい……」

 俺の文句に、太一がポツリと呟く言葉を聞いて、消毒液をつけた綿を傷口に擦り付ける。

「い、痛い……」
「何か、言ったか?」
「……言ってません……ちぇっ、折角酔ってて気持ちよかったのに……」

 傷口を消毒していく俺の耳に、太一の愚痴が聞えてきた。
 そんな愚痴に、思わず苦笑を零す。
 確かに、消毒の痛みですっかり酔いは覚めてしまうだろう。

「お前が、傷の手当てもせずに、そのままにしてるのが悪いんだろう?」
「……そう言うけど、名前とか聞かれて、結構大変だったんだぞ。その場を逃げるの……」
「いや、逃げるなよ……」

 俺の文句に、不機嫌そうに返されたそれは、太一らしいのかもしれないが、問題あるぞ。
 確かに、子供を助けたんだったら、色々質問もされるだろうし、さぞ目立っていただろう。

「しかも、その後はもっと大変だったんだぜ。ヒカリに見付からないように隠して、そのまま家を出てきたんだからな……」

 どれだけ大変だったかを説明する太一に、俺は呆れたようにため息をつく。

「だったら、着いた時に言え。しかも、酒なんて買ってる場合じゃないだろうが!!」

 呆れたように文句を言えば、罰の悪そうな表情を見せる。

「……酒は、何とか無く飲みたかったんだよ………その、弱気になってた自分を、誤魔化したかったって言うか……」

 呆れている俺に、太一の言い訳がだんだん小さくなる。
 必死で言い訳をしている太一に、俺はもう一度ため息をつきながらも、綺麗に怪我の手当てを施していく。
 かなり広範囲の傷を消毒し終えてから、太一専用に用意していたスプレー型の消毒液を吹き付ける。
 これは、子供用だけど、結構便利なのだ。
 バンソーコみたいに一箇所だけではなく広範囲の傷もガードできるし、乾けば服にもつかない優れもの。

「他に、怪我、ないか?」

 完全に傷ガードが乾いているのを確認して、問い掛ける。
 しかし、俺の質問に太一からの返事は無かった。

「太一??」

 不思議に思って太一を見れば、お酒が効いているのか、気持ち良さそうに眠っている。

「……手当てしてるってのに……」

 そんな姿を前に、思わず苦笑を零す。
 色々あって疲れているのだろうし、酒で、緊張していた糸が解れたのかもしれない。死と言う緊張から、漸く落ち着いたのだろう。

 自分も、死を感じたと言う、太一の言葉に間違いなく緊張していた。
 その言葉を聞いた時、恐怖を感じたのだ。
 もしも、その時、太一を失っていたとしたらと……。
 そんな事を考えて、大きく首を振る。もしもの事など、考えたくは無い。
 今、こうして自分の大切な人が幸せそうな表情で眠っているのが、一番大切だから……。

「……俺よりも先に死なせない……死ぬ時は、一緒だからな…」

 聞えない相手に、そっと呟く。
 勿論、そんな事は、無理だと分かっていても、それが自分が望む『死』だから……。
 『死』と言う、別れ。考えたくはない一番嫌な別れだけどその別れは、誰にも必ずあるのだ。

 それは、遠い未来かもしれないし、近い未来かもしれない。

 それは、誰も分からない事。

「願うのなら……このままこの時を……」

 だからこそ、生きている今を大事にしたいと思うのだ。
 誰でもない、大切な人が存在しているこの場所で……。








   す、すみません。(><)
   意味不明小説です。<苦笑>
   本当は、リクエスト小説を書いていた筈なんですが、気が付けば、シリアスな話に……xx
   いや、何かがあって、こんな話を書いた訳ではないんですけど、何となく書きたくなった話です。
   しかし、本当に意味不明……xx
   お酒を飲む必要があったのか??
   
   あ、あまり深く気になさらないで下さいね。<苦笑>