……漸く分かった。
どうしてこんなに、胸が苦しいのか……。
どうして、あいつの事が頭から離れなかったのか……。
今、分かった。
俺は、あいつの事が好きなんだ…。好きだから、こんなにも、あいつの事だけしか考えられない。
俺は、好きな奴を忘れてしまったのだ。
それは、相手に嫌われても当然な事。
もう、この気持ちを伝える事なんて、出来ないのだろうか?
でも、大輔の姉とデートをしてるんだから、もともと俺の気持ちなんて届かないのかもしれない…。
だったら、俺のこの想いは、どうしたらいい?
届かない想い 04
「お兄ちゃん!!」
突然の声に、ヤマトは驚いて振り返る。
「タケル…?」
だが、声を掛けてきた人物が、自分の弟であると事を認識して、ヤマトは不思議そうに首を傾げて見せた。
「ボク、お兄ちゃんに話があるんだけど……」
そして、続けて言われたその言葉に、ヤマトは内心『またかぁ…』と盛大なため息をついて見せる。
それは、タケルの隣に居る大輔の表情からも、文句の話であると言うことが易々と想像がつくだけに、ヤマトは頭を抱えたい心境に陥っていた。
「お兄ちゃん?」
自分の申し出に何も言わないヤマトに、タケルは心配気にその表情を覗き込んだ。
「……家に入ってからでいいか、タケル……」
タケルが表情を覗き込む前に、冷たくって低い声が返ってくる。
そして、ヤマトが顔を上げて自分の方を見た瞬間、タケルは一瞬背筋を冷たいものが流れるのを感じた。
ヤマトの表情は、今まで見た事もないほど無表情で、何の感情も映し出していない。
「…う、うん……大輔くんも、一緒でいい?」
感情のないヤマトに、躊躇いながらも頷いて、タケルは大輔の方をチラリと見る。
そんなタケルに気が付いて、ヤマトも大輔に視線を向けると感情の篭らない声で頷いて返す。
「ああ…なら、行くぞ……」
自分の家のアパート前で呼びとめられただけなので、そのまま家の中へと入っていく。
自分達を置いて先に歩き出したヤマトに、タケルと大輔は慌ててその後を追いかけた。
「なんだよ、あいつ……」
自分のことを完全に無視している相手に、大輔は気に入らないとばかりに文句を言っている。
それを聞きながら苦笑をこぼして、タケルは目の前を行くその背中を見詰めた。
『お兄ちゃん…何だか、様子が変だけど、何かあったのかなぁ?』
何もかもを拒絶しているかのように感じられるその背中を見ながら、タケルはため息を吐き出す。
「もしかして、ボク達タイミング悪い時に来たかも知れないね……」
「ああ?どう言う意味だよ、タケル!」
ため息をつきながら言われたそれに、大輔が意味が分からないと言うように首をひねった。
「言葉通りだよ、大輔くん」
不思議そうに自分の事を見詰めて来る大輔に、タケルは苦笑をこぼす。
今、目の前に居る兄の機嫌が最悪である事に、タケルはもう一度ため息をついた。
「で、話って何だ?」
無表情のまま尋ねられた事に、タケルは一瞬言葉に詰まる。
きっと、今まで自分はこんな兄を見た事が無かった所為だろう。
基本的には、ヤマトは弟である自分には甘い方なので、あからさまに不機嫌な態度を取る事は少ないのだ。
「お前なぁ!太一先輩を悲しませんなよな!!」
だが、そんな不機嫌な態度にも全く気にしないといった感じて大輔が言ったそれに、ヤマトはギッと相手を睨み付ける。
「俺が、太一を悲しみませてるだと!」
そして返したその言葉の迫力に、大輔も流石に一瞬怯んでしまう。
しかし、そこは大輔である。
怯んだのは本当に一瞬で、直ぐに気を取り直すようにそのままヤマトの事をにらみ返す。
「おう!あんたが、ウチの馬鹿女なんかとデートした所為で、太一先輩はなぁ……」
「大輔くん!それは、言っちゃ駄目だ!!」
怒りに任せて文句を言う大輔に、タケルが慌ててそれを遮った。
しかし、時既に遅く大輔の言葉にヤマトは驚いたように瞳を見開く。
「どう言う事だ、タケル!」
タケルに止められて慌てて口に手を当てている大輔にではなく、ヤマトはその真意を確かめるべくタケルへと問い掛けた。
何時もなら、自分の姉を馬鹿扱いしたら怒るヤマトなんのに、その事にではなく全く別な事に怒っている相手に大輔は、一瞬首を傾げて見せる。
もっとも、タケルが自分を止めたのは、そんな理由ではない事も分かっているのだが、今はそんな事よりも、目の前で真剣な瞳を向けてくる相手に、大輔は心底驚いていた。
『もしかして、やっぱりこいつも、太一先輩の事……』
今更ながらに分かった事に、大輔は自分の失態を呪いたくなってしまう。
「タケル!!」
「……ごめん、お兄ちゃん……ボク達、太一さんのお見舞いに行って来たんだけど……」
「タケル、説明なんてしなくってもいいぜ……あんたさぁ、太一先輩の事好きなんだろう?だったら、何であの女とデートなんてしたんだよ!!」
申し訳無そうに誤るタケルの言葉を遮って、大輔が言ったそれは、ヤマトの顔を曇らせるには十分過ぎる威力を持っていた。
そして、ヤマトはため息をつくと大輔に視線を向ける。
「デートなんてしていない……あいつは、町で偶然逢っただけだ」
言った後で視線を逸らして、ヤマトはもう一度ため息をついた。
「…それなのに、そんな場面を太一に見られて……」
「だから、太一さん、階段から落ちたんだね……」
不機嫌そうに言われたそれに、タケルが納得したとばかりに頷いて見せる。
そんなタケルの言葉に、ヤマトは再度息を吐きだした。
「……オマケに、あいつは階段から落ちて、俺の事忘れちまうし……」
「お兄ちゃんの事を、忘れてる?」
疲れたように頭を抱えながら言われたそれに、タケルが不思議そうに首をかしげて見せる。
不思議そうに問い掛けられたそれに、ヤマトは頷いて返す。
「……聞いてないのか?太一は、俺の事だけを忘れてる……」
「だからあんた、太一先輩のお見舞いに行ってないのか?」
飽きれたように言われたそれに、ヤマトがむっとした表情を見せるが、大輔は気にしないとばかりにそのまま口を開く。
「あんたさぁ、ばかじゃねぇの?」
「だ、大輔くん……」
身も蓋も無い大輔の言葉に、タケルが苦笑をこぼしてしまうのは仕方ないだろう。
そして、言われた本人は、ギッと相手を睨み付ける。
「睨んだって本当の事じゃねぇかよ!あんたさぁ、そこまでされてるのに、何で太一先輩の気持ちに気付かねぇんだ!鈍過ぎるのも、ほどほどにしとけよな!!」
「大輔くん…何も、そこまで言わなくても……」
「言わないと分かんねぇだろうが!」
自分の言葉を慌てて止めようとするタケルに、大輔は強い口調で返す。
どうやら、本気で怒っているらしい事が分かって、タケルは思わずため息をついた。
『太一さんの涙なんて見せられたから、大輔くんかなり本気で怒ってるみたいだね…』
自分の考え付いた事に思わず苦笑をこぼして、タケルは大輔にそこまで言われても何も言わすにじっとしている兄へと視線を向ける。
何かを考えているように、黙って大輔の言葉を聞いているヤマトの表情は、先ほどまでの怒りは既に見えない。
変わりに浮かんでいるのは、信じられないと言うような表情である。
「行けよ!今からでもいいから、太一先輩の所に、行ってこいよ!!行って、ちゃんと説明して来い!!」
そして、更に続けられた大輔の言葉に、ヤマトは覚悟を決めたように立ち上がった。
「……お前らには、迷惑掛けたな…すまない……」
「いいよ、気にしないで、お兄ちゃん。太一さんを悲しませないでね……」
申し訳なさそうに誤る兄に、タケルは苦笑を零しながらも、ハッキリとした口調でそう告げる。
それにもう一度誤ると、ヤマトは慌てて家を飛び出して行った。
「……大輔くん?」
兄が出て行ったそのドアを見詰めてから、タケルは突然聞こえた嗚咽に、驚いたように大輔に視線を向ける。
「畜生…何で、ライバルの応援なんてしなきゃいけねぇんだよ!!」
そして言われた事に、思わず苦笑を零して、その肩を優しく叩く。
「それは、ボク達が、太一さんの事、本当に大切だからだよ・・…」
「ち、畜生!!」
タケルの慰めの言葉に、大輔が悔しそうに大声を出す。
それを聞きながら、タケルはもう一度苦笑を零した。
自分達は、太一の事が大切だから、ヤマトの背中を押したのだ。
それは、誰よりも太一に幸せになってもらいたいからである。
「お兄ちゃん、太一さんの事、泣かせたりしたら許さないんだからね……」
突然聞こえたノックの音に、太一はハッとして顔を上げた。
「あっ!どうぞ……」
慌てて自分の目許を拭って涙を拭くと、外に向けて返事を返す。
自分の返事に、外の気配が一瞬躊躇ったように間を置いてから、ゆっくりとその扉が開かれた。
「ヤ、ヤマト!!」
そして、現れた人物に、太一は驚いてその名前を呼ぶ。
もう、ここには来ないだろうと思っていた人物が現れたのだ、驚くなと言う方が無理な注文であろう。
「……入っても、いいか?」
ドアを開けたまま、部屋には入らずに、ヤマトは中にいる太一に問い掛ける。
「えっ…あっ…ああ……」
躊躇いがちに聞かれたそれに、太一が返事を返せば、漸くヤマトが部屋の中に入って来た。
そして、ゆっくりとドアを閉めているヤマトの動きを太一は信じられないものでも見るように、そのまま見詰めつづけてしまう。
ドアを閉めて、太一の方に向き直ったヤマトは、自分に向けられている視線に気が付いて、想わず苦笑を零す。
「……昨日、逢ったのに、俺が珍しいか?」
驚いて見詰めて来る視線をそのままに、ヤマトはゆっくりとした足取りで太一の居るベッドへと歩いて行く。
自分に近づいてくるヤマトを見詰めながら、太一は静かに首を横に振った。
どうして、そこで首を振ったのか分からないが、言葉が全く出てこないのだ。
自分の気持ちに気が付いたから、目の前に居る人の存在が信じられない。
「……泣いていたのか?」
ゆっくりと太一のベッドに手をついて、その頬にそっと触れる。
どう見ても泣いていたと分かるその瞳に残っている涙を、優しく拭う。
「……どうして………?」
優しいヤマトの行動に、太一は不思議そうにヤマトを見詰めた。
普通なら、自分の事だけを忘れるような相手に優しくなんて出来ないはずだ。
不思議そうに自分の事を見詰めて来る太一に、ヤマトはもう一度優しく微笑む。
「俺が、馬鹿だって、タケル達に言われちまったんだ」
「はぁ?」
楽しそうに言われたその言葉が、あまりにも以外過ぎて、太一はますます訳が分からないと言うようにヤマトを見詰める。
しかも、馬鹿だと言われて、そんなに嬉しそうな顔をしているヤマトが信じられない。
「俺が、鈍いから、お前の事を悲しませてるんだと言われた。確かに、その通りだよなぁ……」
「ヤマト?」
嬉しそうに太一の頭に手を乗せ、そのままポンポンと数回優しく叩くような動作をしてから、ヤマトはゆっくりと太一を自分の胸に抱き寄せた。
「……ごめんな、太一……」
「ヤ、ヤマト?!」
急に抱き寄せられた上に、突然謝られたそれに、太一は驚いて名前を呼ぶことしか出来ないでいる。
しかも、自分が謝らなければいけない立場にあると言うのに、その相手から謝られるような事など何一つ無いのだ。
「な、何で、お前が謝るんだよ!」
信じられない事を聞いたように、太一はヤマトに声を荒げる。
「……俺が、お前を苦しめていたんだって事、気付いてやれなかった……」
自分の腕の中で辛そうに言葉を紡いだ太一に、ヤマトはそっと相手を離すと、真っ直ぐにその瞳を見詰めた。
「く、苦しんでなんて無い!ヤマトが謝る事なんて、何一つ無いじゃねぇかよ!!俺が…俺の方が、お前に酷い事してる……俺は、お前の事覚えてないのに……」
突然真っ直ぐな瞳で見詰められて、太一はその視線を避けるように激しく首を左右に振る。
そして、続けて言われたその言葉に、ヤマトはわずかに瞳を細めた。
「お前が、俺の事を忘れちまったのも、俺の所為だと言ったら?」
「なっ!?」
ヤマトの腕から抜け出そうと暴れていた太一の動きが、ヤマトの言葉にピタリと止まる。
そして、驚いたようにその瞳をヤマトへと向けた。
「な、何言って……」
信じられないモノでも見るように、ヤマトを見詰めれば、真剣な瞳で返される。
「だから、俺はもう逃げない!お前を失わない為にも!!」
「ヤ、ヤマト……」
ぐっと肩を強く掴まれて、真っ直ぐに見詰めて来る瞳が怖い。
今、自分に何を言おうとしているのか分からないから、太一はその恐怖から少しでも逃れようとヤマトから視線を逸らす。
「目を逸らさないでくれ!頼むから、逃げないでくれ、太一!!」
「逃げる……?俺は、逃げているのか・・…?」
ヤマトから言われたその言葉に、太一は逸らした視線をまたヤマトへと戻した。
信じられない気持ちなのに、それが本当の事だと知っている。
自分は、確かに逃げたのだと言う事……。
それは、あの階段から落ちる時に感じた想い・・…。
「太一!俺は、何度もお前に告げていたはずだ。お前の事が好きだと……お前は、相手にもしてくれなかったけどな……」
自嘲的な笑みを浮かべるヤマトに、太一は何を言われたのか分からないと言うような表情で、じっとヤマトを見詰める。
『好き?……ヤマトが、誰を好きだって……?』
真剣な瞳に、何を言われているのか、思考がうまく働いてくれない。
「俺の気持ちは、今でも変わってなんかいない!お前に忘れられても、俺は忘れないからな!俺が、お前を好きだって事を!!」
『ヤマトが、俺を好き……?そんな……嘘だ……だって、ヤマトは、大輔の姉ちゃんと……』
何度も告げられるその言葉を否定するように、太一はゆっくりと首を振る。
「太一?!」
ゆっくりと首を振る太一に、ヤマトは訝しげにその表情を覗き込もうとした瞬間、その動作が激しくなった。
「う、嘘だ!!だって、お前は、大輔の姉ちゃんと……」
大きく首を振って、自分の言葉を否定するように声を出した太一に、ヤマトは困ったような表情を見せる。
今回の原因が、全てそこから始まっている事に、思わず苦笑を零してしまう。
「……太一、聞いてくれ……それは、全て誤解なんだ……」
激しく首を振っている太一を前に、ヤマトの小さなだが、ハッキリとした声が掛けられる。
その落ち着いた声音と言われた内容に、太一の動きがピタリと止まった。
そして、不思議そうな瞳がヤマトへと向けられる。
「……ご、誤解……?」
信じられないと言うような瞳で見詰められて、ヤマトはハッキリと頷いて返す。
「ああ、お前の誤解だ……」
「…でも、大輔の姉ちゃんは、お前とデートしたって……」
「あんなのは、デートって言わない。それに、俺がデートしたい相手は、お前だけだ」
「ヤ、ヤマト…////」
自分の言葉に返って来たそれに、思わず顔が赤くなってしまう。
あまりにもハッキリとした口調のヤマトに、
太一はもう一度問い掛けた。
「じゃあ、本当に、デートしてないのか?」
「ああ、あの女とは、偶然に町で逢ったんだ。そしたら、勝手に人の後に付いて来て……そんな所を、お前に見られたって訳だ……」
少し呆れたようにため息をついて言われたそれに、太一は呆然としたようにヤマトを見詰める。
そして、漸く口にしたのは、問い掛けだった。
「俺、ヤマトが大輔の姉ちゃんと一緒に居る所、見てたのか?」
「……それも、偶然だったけど、確かにお前が階段から落ちる時俺達は、一瞬目が合ったんだ・・…お前は、俺の事を信じられないモノでも見るように呆然としながら見詰めてたよ。そして、今回の事件が起きたって訳だ」
困ったように告げられた内容が、信じられない。
しかし、その目が本当の事だと語っているだけに、太一は大きく首を振る。
自分の中にも、それを否定できない何かが存在している事に、太一も気付いているのだ。
「そ、それじゃ、俺は、本当に……」
その言葉を信じるとすれば、確かに自分は逃げた事になる。
そして、漸く気が付いた自分の気持ちを照らし合わせれば、全ての答えが出てしまう。
自分は、自分の気持ちから逃げ出したのだと言う事に……。
「俺は……」
自分の取ってしまった行動全てが信じられなくって、太一はギュッとシーツを握りしめた。
逃げるなんて、今までの自分からは信じられない事。
なのに、現実では、ヤマトの事を忘れてしまっているのだ。
それは、自分の弱さが招いた結果なのである。
「……仕方ない事だと思う……好きな奴相手だと、心が弱くなっちまうんだ……俺だって、太一、お前に自分の事を覚えてないと言われた時、ショックだった。忘れられるくらい、俺の事嫌いになったんだと思ったんだ・…」
「そ、そんな事……」
ヤマトの言葉に慌てて否定しようとした瞬間、優しい笑顔で遮られてしまう。
「分かっている。もう、間違えたりなんてしない。背中を押してくれたあいつ等の為にも、な」
ニッと笑顔を見せるヤマトに、太一は何も返せずにその顔を見詰める。
昨日とは全く違うその表情が自分を惹き付けて離さない。
きっと、ヤマトの事を忘れてしまう前の自分も、こんな表情が好きだったんだろうと思ってしまう。
好きだから、臆病になる。
確かに、自分はヤマトに嫌われてしまったと思って、泣いてしまった。
でも、それは誰もが感じている想いだと言う事をヤマトが教えてくれたのだ。
「だから、何度だって言える。俺は、太一、お前の事が好きだ!!」
「ヤマト……」
ハッキリと告げてくれるその想いが嬉しくって、太一は今度は自分からヤマトに抱き付いた。
「……俺も、ヤマトの事、好きだ……多分、ヤマトが誰かと一緒に居るのを見て、苦しい気持ちから逃げ出してしまうくらい、好き……」
「た、太一……」
自分に抱きついてきた相手に、ヤマトが驚いたように顔を赤くする。
自分が抱き締める分には全く問題無いのに、その相手にそんな事をされると照れてしまうのは止められない。
「……俺達、すごく遠回りしてたんだなぁ……」
そして、ポツリと漏らされたその言葉に、ヤマトは小さく息を吐き出した。
「ああ……お互いに、臆病になり過ぎちまったみたいだな……」
「……俺、お前の事、思い出せないのって、すごく悔しかった……自分で忘れたくせに、結局またお前に引かれるなんて、本当に馬鹿だよなぁ……」
自分の言葉に、呆れたようにため息をつく太一に、ヤマトは苦笑をこぼす。
「それじゃ、お前が馬鹿じゃなかったら、俺は間違い無くフラレたって事だな……」
「…うっ…まぁ、そう言う事になるよなぁ……」
感心したように呟かれたそれに、太一は一瞬言葉に詰まりながらも同意する。
「まっ、俺もあいつに、ばかって言われなかったら、今こうしてお前と一緒に居られなかったんだろうけどな」
太一の言葉にもう一度苦笑を零すと、ヤマトは自分の事を笑うように口を開いく。
「なぁ、さっきから、お前の事馬鹿扱いした奴が居るって言うけど、誰の事なんだ?まさか、タケルじゃないだろう?」
先程から言われる内容に、太一は不思議そうにヤマトを見上げた。
そして、ヤマトに『馬鹿』と言った人物が一体誰なのかを尋ねる。
不思議そうに見詰めて来る太一に、ヤマトは苦笑した。
「……大輔だよ。でも、背中を押してくれたのは、光子郎やタケルも、だな。光子郎に至っては、ちゃっかり宣戦布告までされちまった……」
「宣戦布告・・…何の?」
楽しそうに言われた言葉の意味が分からないと言うように、太一が問い返す。
そんな太一に、ヤマトは笑顔を見せるとそっとその体を抱き締めた。
「お前は、知らなくってもいい事だ。だから今は、こうしてようぜ……」
「ヤ、ヤマト!」
ぐっと強く抱き締められて、太一が慌てたようにその名前を呼ぶ。
すれ違っていた想いが、今確かに通じたのだと感じる一瞬。
「……でも、それじゃ、俺はお前の事、思い出せないままなのか?」
だがここで、自分の記憶がまだ完全でない事に気が付いて、太一は心配そうにヤマトを見詰めた。
「別に、大した問題じゃないだろう。俺達の気持ちがハッキリしていれば、昔の事なんてどうでもいいさ」
「ど、どうでもいいって!お前なぁ!!」
心配そうに呟いたそれに、あっさりと戻ってきたその言葉は自分を怒らせるには十分過ぎる。
「本当に、どうでもいいんだ。今、こうしていられるのなら、過去なんて必要無いだろう」
真剣な瞳で言われたそれに、一瞬で怒りが冷めて行くのが分かるが、それでも納得できないのは仕方ない。
「そ、そうかもしれないけど、俺は、お前の事を忘れたままなんて、いやだ」
これが、自分の我侭だと言う事はわかっている。
自分の所為で忘れてしまった事なのに、それが悔しいのだ。
当たり前のように一緒に居た時の記憶は、多分自分にとっては全て宝物なのだから……。
少し拗ねたように自分の事を見詰めて来る太一に、ヤマトは嬉しそうに微笑んだ。
「だから、いいんだよ。お前が、そう思っててくれるだけで、俺は満足だから……」
「…ヤマト……くそぉ…そんな顔見せるなんて、反則だぞ……これ以上、何も言えなくなっちまう……」
ヤマトのそんな笑顔を前に、太一は少しだけ悔しそうに顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
怒っているのではなく、明らかに拗ねている太一の態度に、ヤマトはもう一度微笑を零した。
「それに、俺の事なら、絶対に思い出させてやるよ」
「……何処から来るんだよ、その自信……」
きっぱりと言われたその台詞に、太一は呆れたように視線をヤマトへと戻すとため息をつく。
「だって、お前は、俺に惚れてるんだから、絶対に思い出すだろう?」
「なっ!?」
そして、ウインク付きで言われたその言葉に、太一は一瞬で顔を真っ赤にして言葉に詰まってしまう。
自信満々なその態度に、呆れるやら尊敬するやらで、太一は再度ため息をついた。
「……ば〜か……勝手に、言ってろ……」
赤くなってしまった顔を見られなたくなくって、その顔をヤマトの胸に付ける事で隠す。
だが、見られていなくっても、どんな顔をしているのかが、バレているだろうと言う事に、太一は悔しそうにため息をつく。
無くなってしまった記憶と言うのが、こんな所でも差を生んでしまう事が悔しくって仕方ない。
「クソー!絶対に思い出してやるからな!!」
「ああ、楽しみに待ってる……だけど、ちゃんと今度は覚えてろよ、俺がお前を好きだって事……」
「わ、忘れろって言われたって、忘れねぇよ!!」
悔しそうに喚いたそれに返って来た言葉に、太一が慌てて返事を返せば、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な青い瞳が嬉しそうに細められた。
それを目の前で見せられて、太一は思わず見惚れてしまう。
「サンキュー、太一……」
そして笑顔で礼を言われて、不思議そうに首をかしげた。
「な、何が?」
「……俺の気持ちに、答えてくれからだよ……」
嬉しそうに言われたそれに、漸く意味が分かったと言うように頷いて返す。
「ああ、だったら、俺も礼言わないとだな……有難うな、ヤマト。俺を好きになってくれて……」
少しだけ照れたように礼を述べる太一に、ヤマトがクスッと笑うとそっとその頬にキスを落とした。
「どういたしまして、だな」
にっこりと返ってくるその言葉に、太一も笑顔を返す。
そして、さまよっていた想いが漸く行くべき場所へと落ち着いた。
届かないと思っていた想いが、間違い無く届いたと言う事は、奇跡に近い。
だけど、その想いを受け入れられたのは、背中を押してくれた人達が居るから。
誰かが欠けても、今こうして居られないと思うから、心から感謝をしよう。
君という輝いた笑顔を前にすれば、誰だって願うはずだから……。
誰よりも、幸せに……その笑顔を、守りたい……。
― E N D ―

きゃ〜っ!!終わってない。
・・…イエ、ちゃんと終わっているのですが、なんて中途半端・…xx
途中から、収集がつかなくなってしまいました。<苦笑>
結局、太一の記憶は戻らずに終わってしまったのが、本当に心苦しいです。
そんな訳でして、きっとこの続きがその内こっそりとUPされるでしょう。(こんなのばっかり…xx)
ここまでお付き合い下さった皆様、本当に有難うございますvv
そんな訳でして、とりあえず『届かない想い』は、一時終了とさせていただきます。
さてさて、この続きは、何時になるんでしょうかねぇ・・…xx
そして、この続きって事は、ラブラブ状態に入ってしまうと言う事に……xx
そうなった時、私の精神は絶えられるのでしょうか?
(イエ、読むのは好きなんですけど、ラブラブな話を書くと照れるんですよね(笑))
もし、宜しければ、またお付き合いください。
・・…実は、既に頭の中ではストーリーが出来始めていますので、そんなにお待たせする事はないと思いますよ(笑)
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