「八神!」
名前を呼ばれて振り返る。
そこに居たのは、ヤマトの幼馴染と言う橘智成、その人。
「珍しいですね、休みの日にお会いするなんて……」
今日は休日で珍しく一人で散歩して、お気に入りの公園にいた俺だから、誰かに会うなんてそんな事考えても居なかった。
だから、正直驚きは隠せない。
「ああ、休みの日はカメラ片手に歩き回ってるからな、珍しい事じゃねぇよ」
自分の方に走ってくる橘さんに俺が声を掛ければ、笑顔で返される。
その手には、大事そうに持っている一つのカメラ。
「そっか、何かいいもの撮れましたか」
「……いいものかどうか分かんねぇけど、一枚だけ珍しい写真はとれたけどな」
「へぇ、どんな写真か、現像した時には見せてくださいね」
カメラマン志望の橘さんだから、言われた事に納得して、訪ねれば意味深な笑顔で返される。
その笑顔に不信に思い、思わず首を傾げてしまう。
「八神は、ずっとここに居たんだろう?」
「はい、ここは、俺のお気に入りなんで……この木、すっごく優しくって……」
言って自分の直ぐ後ろにある木に触れた。
暖かな木の温もりが流れ込んできて、フワリと心を軽くしてくれる。
こんな場所に居ると、人の心が流れてきても、聞き流す事が出来るから、好き。
木の温かさのお陰で、聞えてくる声はまるで遠くで聞える雑音にしかならない。
「そっか、まぁ、確かに木は結構人を和ましてくれるからな、八神の気持ちも分かる。んじゃ、そんな八神に俺がジュースを奢ってやろう」
「えっ?」
「平たく言えば、お茶に付き合えって事」
突然言われた事に付いて行けず問い掛けた俺に、ウインク付きで言い直されたそれに、笑顔で頷いた。
それから、近くのベンチで缶ジュースを飲む。
それから、他愛無い話をして、そろそろ帰ると言う時。
「まぁ、これで被写体料は払ったな。現像された写真楽しみにしとけよ」
笑顔で言われたその言葉に、再度俺は意味が分からずに首を傾げた。
それから数日後、一枚の写真を貰う事になる。
それは、俺の写真。
あのお気に入りの木に寄り添って瞳を閉じている、何気ない写真。
だけど、その表情は安心しきっているのが、自分でも良く分かった。
そんな写真を何時撮られたのかも分からないけど、ただ分かったのは、あの言葉の意味。
「……被写体料貰っちゃたから、文句言えないのか……」
手元の写真を前に、小さくため息をつく。
「な、なんで、智成が太一の写真を撮ってんだよ!」
続いて聞えてきたその声に、太一は驚いて振り返った。
自分の手元にあるその写真を見ての言葉だと言う事は良く分かるが、行き成り来て喚かれるのは正直言ってかなり心臓に悪い。
「なんでつーってもなぁ、偶々カメラ片手に散歩してたら、イイ被写体見つけてそのままな。勿論、八神には、ちゃんと被写体料払ってるからな」
しっかりと睨み付けてくる相手に、全く気にした様子も見せずに、智成が説明する。
「そう言う問題じゃないだろうが!」
「何だよ、ヤマトは八神の写真が欲しいだけだろうが、ちゃんとお前の分も焼き回ししてるから安心していいぞ」
そんな智成に、当然のようにヤマトが声を荒げた。
しかし、それにも全く気にする事無く、何処に持っていたのか太一が持っているその写真と全く同じモノをヤマトへと差し出す。
「なっ、だ、誰もそんな事言ってないだろう!」
「んじゃ、いらねぇのか?」
「いる!」
差し出された写真に、ヤマトが慌てるのが分かる。
言われた言葉に智成が、聞き返せば勢い良く手が伸びその写真は既にヤマトの手の中。
「んじゃ、ちゃんとお前にも遣ったんだから、文句ねぇな!八神、また今度被写体として付き合ってくれよ」
「えっ、あの、橘さん……」
「今度は、そこの男も一緒にな」
写真を手に持った事で、慌てているヤマトに、楽しそうに笑いながら智成が、口を開く。
その言われた内容に、太一が困ったように相手を呼べば、笑顔のまま呆然としている相手を指差す。
「それなら、ヤマトも文句ねぇだろう」
言われて、笑顔。
そんな相手に、太一は諦めたようにため息をつく。
どうしても、目の前の相手に逆らえないのだ。
「分かりました。休みの日に、ヒカリ達も誘って何処かに遊びにきましょう」
「だな、今の季節なら、桜だよな。弁当持って花見決定!つー事で、ヤマトお前弁当準備しろよ」
「……お前なぁ…分かったよ…今度の休みだな……」
諦めて頷けば、満足そうな笑顔とともに、しっかりとヤマトへと向きを直り、言いたい事だけを伝える。
そんな智成に、ヤマトも諦めているのだろう、深く息を吐き出して頷いた。
「んじゃ、スナップ写真は、俺に任せとけ!」
上機嫌状態の智成に、太一もヤマトもただ苦笑を零すのだった。

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