聖夜、君の笑顔を隣に


 『今夜0時、あの場所で逢おう』

 そう言った君の声が、耳から離れない、初めての君からの約束。

 少し赤くなった頬を隠しもせずに、自分に向けられた笑顔が、忘れられない。
 幸せだと思うのは、止められない気持ち。

 一日早い、クリスマスプレゼントを貰った気分である。


                       


 時間が待ちどうしくって、何度も何度も時計へと視線を向ける。
 進まない時間に、少しだけイライラしながらも、その気持ちは幸せ一杯。

「兄さん、さっきから時計見ながらニヤニヤ笑うのやめてくれる?気持ち悪いんだけど……」

 そんな俺に、タケルが文句を言ってくる。
 そんな事を言われても、今の俺の機嫌は最高にいいので、素直に謝った。

「……太一さんと、何かある訳?」

 素直に謝った俺に、タケルが気味悪がりながらも、問い掛けてくる。
 それに、ますます顔がにやけてしまうのを止められない。

「………ああ、惚気はいいからね。そんなところでニヤニヤ笑ってないで、自分の部屋に行ってくれる?気持ち悪いからね」

 そんな俺に、タケルが呆れたように盛大なため息をついて、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、飲む。
 それをソファに座っていた俺は、体を捻るようにして見ていた。

「………随分な言い方だな、タケル」
「言ったはずだよ、兄さん。僕も太一さんが好きなんだからね。その件に関しては、ライバルだよ」

 そして、少しだけ不機嫌そうに言えば、もう一度呆れたようにタケルが言葉を返してくる。

 そう言えば、昔そんな事を言われたような……。
 自分が、幸せ過ぎて、すっかり忘れていた。

「呆れた。もしかして、忘れてたの?そんなに油断してると、本当に獲っちゃうからね」
「絶対に、渡さないからな!」

 タケルの言葉に、真剣に相手を見る。
 そんな俺に、タケルが、少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。

「まぁ、僕には太一さんをこれ以上傷付ける事なんて出来ないんだけど、ね。一度、太一さんを傷付けてしまった僕に、その資格はないって事……」
「……タケル…」

 自嘲気味に呟かれた言葉に、ただその名前を呼ぶ事しか出来ない。

 人の心を聞いてしまう太一の力。
 その力を恐れて、相手を傷付けた。
 それは、消せない事実。

 誰よりも優しく、そして悲しいまでに強い心を、傷付けてしまったのだから……。

「だから、兄さんは、絶対に太一さんを傷付けちゃ駄目なんだからね。もし太一さんを泣かせたら、僕が許さない」
「……胆に命じとく……」

 真剣に言われた言葉に、複雑な心境で返事を返す。

 多分、自分が太一を泣かせてしまったら、タケルよりも先に、太一の妹であるヒカリが黙っていないだろう。
 彼女も、太一以上の力を持っているのだから、確実にタケルよりも、恐ろしい存在。

「それじゃ、僕もう部屋に行くね。お休み、兄さん」

「ああ、お休み」
 部屋に入っていくその後姿を見送って、俺はもう一度時計へと視線を向けた。





「お兄ちゃん」

 不意に呼ばれて、顔を上げる。

「お茶入れたんだけど、飲む?」

 扉を開いて、中を伺ってくる妹の姿に、太一は笑顔を浮かべる。

「ああ、サンキュ……」
「あのね、ここで一緒に飲んでもいいかな?」

 お盆に乗せたマグカップを受け取って、素直に礼を言えば、上目使いで見詰めてくる瞳とぶつかって、太一は苦笑を零した。

「どうして駄目なんて言うと思うんだ。ほら、ここに座って」
「うんvv」

 ニッコリと自分の隣を示せば、満面の笑顔でその場所に座る。
 そんな妹に、太一はもう一度笑顔を浮かべた。

「今晩、ヤマトさんと会う約束してるんでしょう?」

 ほっとして、両手に持ったマグカップの中身を一口飲んだ瞬間、質問されたその言葉に、一瞬持っていたそれを落としそうになって、正直太一は焦ってしまった。
 まさかそんな事を質問されるとは思っていなかっただけに、思わず咽込んでしまう。

「大丈夫、お兄ちゃん!」

 そんな太一に、ヒカリが慌ててその背を撫でた。

「……だ、大丈夫だ」

 何とか落ち着いて、返事を返せば、ホッとした表情を見せる妹の姿。

「で、どうしてヒカリは知ってるんだ?」
「だって、ヤマトさんの思考がずっと流れてくるの。だから、否応なしでも、分かっちゃた」

 何とか落ち着いて、隣に座る妹へと問い掛ければ、呆れたように呟かれる。
 それに、太一は、ただ乾いた笑いを浮かべた。単純な相手に、嬉しいやら呆れるやら、本当に複雑な気分だ。

「ヤマトさんて、嘘が付けなくって、本当に分かりやすいのよね。隠し事なんて、絶対出来ないタイプ」
「そうだな……だから、俺も一緒に居ると安心するんだ」

 呆れたように呟かれた言葉に、太一は暖かな笑みを浮かべる。
 見ている者をも、幸せに出来るほどの、笑顔。

「……そんな笑顔見せられたら、文句言えないわ」

 そんな兄の笑顔に、ヒカリが少しだけ寂しそうに呟く。

「えっ?」

 呟かれた言葉を聞き逃して、太一が不思議そうにヒカリを見る。
 そんな兄に、ヒカリは、小さく首を振って返した。

「何でもない。真夜中に、ヤマトさんと会うんでしょう?変な事、されないように気を付けてね、お兄ちゃん」
「へ、変な事?!」

 そして、続けて言われた言葉に、一瞬で太一の顔が赤くなる。
 それはもう、耳まで見事なまでに…。

「それじゃ、私もう寝るね。おやすみなさい、お兄ちゃんvv」
「えっ、あ、ああ…お休み、ヒカリ」

 そんな兄に、笑みを浮かべてお休みの挨拶。
 そんな妹に、真っ赤な顔のまま、太一も慌てて、返事を返す。

 だが、その頭の中では、グルグルと『変な事』という単語が、回っていた。






「太一」

 ボンヤリと見上げているのは、太陽。
 一面の向日葵畑の中、空からは音もなく白い粉雪が降っている。
 目の前に広がる幻想的なその景色、その中に座っているある姿は、まるで天使が羽を休めているように見えた。

「今晩は、ヤマト……」

 名前を呼ばれて、空を見上げていた瞳が、自分へと向けられる。

「ああ、それにしても、雪が降ってるのか?」

 真夏のシンボルである向日葵がある中に、空から舞い落ちてくる粉雪は、現実世界では、見る事など適わない世界。
 暖かな太陽が、見守る中、音もなく降り注ぐ雪が、暖かく自分達に落ちてくる。

「これも、ホワイトクリスマスって言うのかな?」

 そっと手を差し出せば、雪の結晶が、掌に溶けていく。
 そんな太一を見詰めながら、俺は小さく頷いて返した。

「そうだな……まずは、メリー・クリスマス、太一」
「うん……現実世界じゃ、今日はクリスマスだもんな、だから、これは、俺からのクリスマスプレゼントかも……」

 絶対にあり得ない景色。
 向日葵畑の中降る雪は、幻想的で、何とも言えないほど、綺麗だ。

「こんなプレゼントなら、何時だって、大歓迎だな」
「ば〜か」

 だから、素直に、そう言えば、照れたように太一が自分を見詰めてくる。

「太一からの、初めての約束が、嬉しかった。ずっと、時間が早く経ってくれないかって、時計ばっかり見てたんだ」

 真っ直ぐに自分を見詰めてくる太一に、俺はそっと笑みを浮かべて、正直な気持ちをそのまま言葉にした。

「……知ってる。お前の心は、何時だって俺に流れてくるんだからな……」
「だろうな。だったら、今、俺が何をしたいか、太一には分かっているんだろう?」

 俺の言葉に、真っ赤になる太一が可愛くって、そのままそっと抱き寄せた。
 そして、真剣に、その耳元で問い掛ける。

「…………すけべ」

 自分の真剣な問い掛けに、小さく返された言葉に、思わず苦笑してしまう。
 確かに、そう言われても、仕方ないかもしれない。
 だって、こうやって、太一を腕の中に抱きたい、そして、その唇にキスしたいと思っているのだ。

「それでも、止められない」

 真剣に、太一にそう言えば、カッとその顔がますます赤くなる。

「………きょ、今日は、特別だからな!」
「えっ?」

 だが次の瞬間、その顔が自分の方へと向けられて、驚いちゃ瞬間、その唇が、自分のそれに触れてきた。
 余りにも突然だったために、思わず何が起こったのか分からずに、呆然としてしまう。

「た、太一??」

 余りの事に、思わずその名前を呼ぶことしか出来ない。
 名前を呼んで相手を見れば、真っ赤な顔のまま、自分を睨んでくる瞳がある。

「こ、これが渡したくって、ここに呼んだんだよ!も、もう帰るからな!!」
「って、来たばっかりじゃないのか?」
「い、いいんだよ!!」

 慌てて踵を返すその体を急いで捕まえて、腕の中に閉じ込めた。

「いや、そうじゃなくって、俺のプレゼントは、受け取ってくれないのか?」
「なっ!」

 腕の中に閉じ込めた存在の耳元にそっと囁けば、言葉もなく口をパクパクしながら、真っ赤な顔で自分を見詰めてくるその存在に、俺はそっと頬にキス一つ。
 本当は、唇にしたいそれを、頬で我慢したんだから、誉めてもらいたいよな。

「ヤ、ヤマト!!」

 そんな俺に、慌てて名前を呼んでくる存在が愛しい。

「もう暫く、この景色を見ていよう。それも、プレゼントなんだろう?」

 ウインク付きでそう言えば、呆れたような複雑な表情の後、ふっとその顔が、俺の大好きな笑顔になる。

「……本当、お前って、分かりやすいよな……でも、そんなお前が嫌いじゃないんだから、俺にも問題があるのかも……」
「えっ?太一、それって?!」
「さぁな……仕方ないから、付き合ってやる。この景色を見るの……」

 ニッコリと、柔らかな笑顔が向けられる。

 漸く手に入れた、自分だけの笑顔。
 大好きで、何物にも代えがたいモノ。



「改めて、メリー・クリスマス、ヤマト」
「ああ、聖なる夜に、お前の笑顔が、一番のプレゼントだよ」
「……お前、やっぱり、キザ過ぎ!」