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あの不思議な夢を見たのは、2度だけ。
そして、その夢が今でも忘れられないまま、2年が過ぎた。
「お兄ちゃん」
自分を呼ぶ声に、ヤマトは慌てて意識を取り戻す。
考え事をしてうとうとしていた事に気が付いて、そっとため息をつく。
「タケル……」
心配そうに自分を見詰めて来る視線に気が付いて、思わず苦笑をこぼしながら、ヤマトは体を起こした。
「そんなところで寝てると、風邪ひいちゃうよ」
「……そうだな……」
呆れたように言われたそれに、返事を返して机に置いてある時計に視線を向ける。自分が寝てしまった時間は、10分も過ぎていない事に、ヤマトはもう一度ため息をついた。
懐かしい夢を見た。
それは、あの夢。
自分が、夢の中で出会った少年。
新しい夢で無い証拠に、自分と少年は、あの時と同じ子供の姿をしていた。
『逢いたいと思うから、あんな夢を見るんだよなぁ……』
「お兄ちゃん、聞いてるの?」
自分の考えたそれに苦笑をこぼしながらため息をついた瞬間、少しだけ怒った様に問われたそれに、ヤマトは慌てて弟に視線を向ける。
「…あ、ああ…勿論、聞いてるぞ」
怒ったように自分を見上げている視線に、少しだけ引きつった笑顔を返す。
「嘘つき、聞いてなかったくせに……」
自分が慌てて答えたそれに、拗ねた様に頬を膨らませて、タケルがそっぽを向く。
それに、苦笑をこぼしながら、ヤマトは優しくその頭を撫でた。
「本当に聞いてたさ……明日、帰りが遅くなるんだろう?」
優しく頭を撫でながら、ヤマトは先程タケルが自分に話した事を問い掛ける。
「……ちゃんと、聞いてたんだ…」
内容を確認するように言われたそれに、タケルが少しだけ驚いたようにヤマトを見た。
それに苦笑を零すと、ヤマトは、出していた教科書などを片付け始める。
「だけど、遅くっても6時には帰ってこいよ。母さん達が心配するからな」
「うん、大丈夫だよ。それまでには帰って来れるから」
自分の言葉に頷くタケルに、ヤマトは笑顔を見せて同じように頷いた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
教科書などを片付けていた手が、躊躇いがちに呼び掛けられた事で、止まる。
「どうかしたのか?」
「うん……」
不思議そうに問い返したそれに、小さく頷いて見せるだけの弟を前にして、ヤマトは首を傾げた。
「何か、気になることでもあるのか?」
「ううん、そうじゃないんだけど、お兄ちゃん最近考え事してる事多いから……」
「そうか?」
言い難そうに言われたそれは、自覚のないものだったばっかりに、ヤマトは不思議そうに聞き返してしまう。
大体、考え事と言っても、自分が考えている事は、多分あの夢の事。
2回しか見ていないあの夢が気になって居るのは嘘ではない。
しかし、2年も前の話なのだから、今こうして弟から指摘されるような程、そのことを考えていたとは思えないのだ。
「うん……満月の夜に、狼男じゃないんだから、月を見上げながらため息つくのは、やめた方がいいよ」
自分が考えていたそれに、苦笑を零しながら言われた言葉は、十分過ぎるものだった。
自覚があったわけではないのだが、確かに満月の夜はあの夢を思い出すのだ。だが……。
「俺、ため息なんてついてたのか?」
「……あんな盛大なため息をついてたのに、自覚無かったのお兄ちゃん…」
俺の質問に、呆れたようにため息をつきながら返されたそれ。
確かに、自覚なんてあるはずも無い。
2回しか会っていない少年の事を考えて、満月の夜にため息をついていたなど、自覚を持っていたのなら、絶対にしていないだろう。
「恋わずらい?」
弟の言葉に思わず盛大なため息をついた瞬間、からかうように尋ねられて、思わず片付けていた教科書を落としそうになってしまった。
「なっ!」
「……冗談で言ったのに、そんな顔されちゃうと当たってたんだと思うよ、お兄ちゃん」
小さい弟の言葉に、ヤマトの顔が思わず赤くなってしまうのは、止められない。
確かにそんな顔をされたら、肯定しているようにしか見えないだろう。
「……お前、何処からそんな言葉覚えてくるんだ?」
小学生低学年の筈なのに、そんな言葉が出てくるとは思っていなかっただけに、衝撃は避けられそうにない。
「恋わずらいなんて、誰でも知ってると思うけどな」
そして、さらりと返されたそれに、さらに何も言葉が返せないのは仕方ないだろう。
「……そんなんじゃ、ない……」
疲れたように盛大なため息をついて、弟の言葉を否定する。
確かに気になっているけど、これは恋とかそんな感情ではないと思えるから……。
自分の言葉に、タケルが小さくため息をついて、部屋から出て行くのを確認してから、そっと窓の外に視線を向ける。
今日は、満月。
あの夢で見たような月が、空を照らしているのを見詰めてから、小さくため息をつく。
「……もう一度会いたいと思うのは、俺の我侭でしかないのか?」
ポツリと呟いたその言葉は、誰にも聞かれる事はない。
誰に対して聞いたのかも分からないそれに、ヤマトはもう一度ため息をついて、教科書を片付けた。
自分が望んだからなのか、今自分の目の前に広がっているその光景に、ヤマトはただ驚いたように立ち尽くしてしまう。
あれから、一度も見れなかった夢。
一面に広がる花畑と、空に浮かんでいる満月。
それは、あの2年前にみた夢と全く同じで、ヤマトは信じられない気持ちを抱えたままその景色を見詰めた。
「……あいつは?」
あの夢と同じなら、あの少年が居るはずだと辺りを見回してみるが、そこに人の姿を見つける事が出来ない。
「……あの、夢じゃないのか?」
少年が居ない事に残念な気持ちを隠せず、ヤマトはため息をつく。
あの少年が居ないのなら、この夢を見ても意味は無い。
「……待っていれば……」
そして、そっと期待するように呟いて、少年と同じように花畑の中に座り込む。
更に、少年がしていたように、空を見上げて満月を見た。
空に浮かぶ月は、どこか冷たいとも思えるくらいの存在を自分に見せている。
あの少年は、この月を見てどんな事を考えていたのかと、ヤマトはぼんやりと思ってしまう。
『月は、何も見せないから…だから、見てるんだ……』
そう言った少年の瞳は、どこか寂しそうだった事を思い出して、ヤマトはそっと息を吐く。
「……未来…か……」
月を見詰めるのは、未来が見えないからだと言っていた。
どう言う意味なのかは分からなかったが、確かにそう言った少年の言葉が今だ頭に残っている。
「……本当に、未来が見えるのなら、それってすごい事だよなぁ……」
「本当に、そう思うのか?」
ポツリと呟いたその言葉に、後ろから聞き返されて、ヤマトは驚いたように振り返った。
ずっと会いたいと思っていた人が、自分のすぐ後ろに立っている事に気が付いて、息を飲む。
「……未来が見えても、すごくなんてないよ……」
自分の答えなど期待していないように、少年が呟いてそっと空を見上げた。
その姿は、やはり悲しそうで、胸を締め付けるような痛みを持つ。
「……お前…」
「……ヤマト、どうしてここに来たんだ。ここは、ヤマトのような人が来る場所じゃ無いって言ったはずだ」
空を見上げていた瞳が、真っ直ぐに自分を見詰めてくる。
強い意志を秘めた瞳が、自分の事を見詰めてくるのに、ヤマトは、小さく息を呑む。
「……お前に、もう一度会いたかったから……」
真っ直ぐに自分を見詰めてくる少年の瞳をそのまま見詰め返して、ヤマトは自分の気持ちをそのまま口に出す。
自分が口に出したそれに、少年の瞳が驚いて見開かれる。
「……これは、お前にとって、ただの夢のはずだろう?」
信じられないと言うように自分を見詰めてくる少年に、ヤマトはぐっと手に力を込めた。
少年の言葉は、確かにその通りであると分かる。
これが夢だと言うのは、誰よりも、自分自身が理解しているのだから……。
「……夢だと思ってる。だけど、夢でもいいから、もう一度会いたいって思ったんだよ!」
夢で出会った少年に、そんな風に思うのが可笑しい事だと思うが、それが自分の本当の気持ちなのだ。
相手からどんな反応が返されるのか分からず、ヤマトは恐る恐る相手の反応を盗み見た。
「……変な奴…」
呆れられると分かっていたが、予想に反して少年が嬉しそうな笑顔を見せている事に一瞬だけ、我を忘れて見惚れてしまう。
今まで見せていた笑顔と違って、少年らしく本当に楽しそうに笑っている姿は、見た目よりもずっと幼く見えた。
「普通、夢であった奴にもう一度会いたいなんて言わないぞ、ヤマト……」
まだ楽しそうに笑いながら、それでも言っている事は正確な事。
そんな相手の言葉に、ヤマトは小さく息を吐き出す。
「……俺自身が一番自覚してることだから、言わないでくれ……」
盛大なため息と共に、疲れたように頭を抱え込む。
「…本当、変な奴……」
「そ、それを言うのなら、お前だって十分に変だろう!」
楽しそうに笑いながら再度言われたそれに、ヤマトが慌てて反論の言葉を投げかけた。
勿論それには、悪気があった訳ではないのだが、その言葉と同時に、一瞬で少年の顔から笑顔が消える。
「……そうだな…俺なんかと比べれば、ヤマトは普通の人だよ……」
自嘲的な笑みを見せる少年に、ヤマトは慌てて首を振って返す。
「そ、そう言う意味じゃなくって……ちょっと、からかっただけだったんだよ……」
相手が自分の事をからかったから、同じように返しただけなのに、まさかそんな風に傷付けるとは思っていなかっただけに、ヤマトは困ったように謝罪した。
申し訳なさそうに自分に謝るヤマトを前に、少年は困ったような笑みを見せる。
「……いいよ、本当の事だから……」
諦めたような微笑。
悲しそうに呟かれたその言葉に、ヤマトは慌てて首を振って返す。
「何処がだよ!本当の事って、お前全然変じゃないだろう!!」
必死になって相手に伝えるように言われたその言葉に、少年が一瞬だけ驚いたように瞳を見開く。
そして、次の瞬間そっと笑顔を見せた。
「……ヤマトがここに来れた理由が、分かった……」
「えっ?」
笑顔と共に呟かれたそれに、一瞬意味が分からないと相手を見詰めたヤマトの瞳に、もう一度少年の笑顔が映る。
「……俺の欲しい言葉をくれる……本当なら、この中には、入れないはずなのに、俺が望んだから、ヤマトはここに来たんだな……」
「どう言う……」
困ったような複雑な笑顔を見せて、囁かれた言葉の意味が分からない。その意味を聞き返そうとした瞬間、少年がそっと自分に手を伸ばす。
「……だけどここは、ヤマトみたいな人が居る場所じゃないから……だから、もうここには、もう来るな」
「なっ!!」
そっと自分の頬に触れて来たその手と同時に、優しい微笑が向けられる。
だが、言われたその言葉に、ヤマトは驚いたように声を出した。
2年前も、同じ事を言われたのを思い出す。
そして、ずっと会いたいと思っていたのに、自分は少年に会うことが出来なかった。
漸く、今会えたのに、少年は2年前と同じ事を言うのだ。
「そ、そんなの、お前に決められる事じゃないはずだ!!」
「ああ……それは、ヤマト自身が決める事だと思う……だけど、もうここは、俺にも必要ないから……」
「えっ?」
「だから、もうヤマトが来る事は、ないだろう?」
にっこりと笑顔で言われたその言葉に、ヤマトは少年を見詰める。
「な、なんで……」
「……会えるから…絶対に、ヤマトに会えるから……だから、ここは必要ないんだ……」
まるで自分自身言い聞かせるように呟かれるその言葉に、ヤマトはただ少年を見詰めた。
真っ直ぐに見詰めてくる瞳は、月を見詰める時何も移さないのとは違って、しっかりと自分を映している。
「……会えるんだったら、名前……お前の名前を……」
真剣に見詰めてくる瞳に、ヤマトはずっと聞きたかったその言葉を口にした。
「…呼んでるよ、ヤマト……もう、帰らないと……」
しかし、自分の問い掛けに戻されたのは、全く意味の無い言葉。
「名前、教えてくれよ!」
「……今度、本当のヤマトに会える時に、分かるよ……」
自分の声に重なるように、またあの風が吹き抜けていく。
目も開けられないその風の音の中に混ざって、少年の声が聞こえたような気がした。
「お兄ちゃん!こんな所で寝てると風邪引くよ!」
自分の体を揺すっているその存在に気が付いて、ヤマトはゆっくりと瞳を開く。
折角あの夢を見ていたのに、少年の名前も聞けないままに夢から覚めてしまった。
「……帰ってきてたのか……」
何時の間に寝てしまったのか覚えても居ないが、リビングのソファで寝ていれば、弟が心配して起こすのは仕方ないだろう。
「うん、戻ってきたら、お兄ちゃんがソファで寝てるんで、びっくりしたんだよ」
少しだけ呆れたように言われたその言葉に、思わず苦笑を零す。
「…ねぇ、お兄ちゃん。何か、いいことでもあったの?」
そして、頭を抱えこんだ自分に、嬉しそうに質問されて、ヤマトは驚いてタケルを見詰めた。
「…そんな風に見えるのか?」
「うん、最近考え事してるの多かったけど、今はすっきりしたって言う顔してるよ」
自分の問い掛けに、にっこりと返されたその言葉。
夢の中無理やり起こされて、本当だったらそんな風に言われるはずもないのである。
だが、ヤマトはその言葉に納得したように小さく頷いた。
名前は、聞けなかった。
だけど……。
「確かに、いい事があったって言うんだろうな……」
『本当のヤマトに会える』
確かに少年は、そう言ったのだ。
だから、今は聞けなかった名前の事は気にしない。
何時か、本当に何時か、絶対にあの少年に会えると思えるから……。
「その時に、絶対に聞き出してやる……」
そっと、呟いたその言葉を胸に、ヤマトはそっと瞳を閉じる。
今度は、会えると言う約束をしたから……。
もうあの夢は見れないと分かっても、大丈夫。
何時か、あの少年が自分の前に、現れる事を楽しみに、今はそっと心の中に仕舞い込んだ。
漸く、漸く終わりました。
『君の笑顔〜』番外編になります。
お、おかしいなぁ、このままで行くと、少年はヤマトさんの事を思えてないと可笑しいですね。
大体、この話のヤマトさんは、小学5年生くらいなので、今の太一さんに出会う3年前になります。
だったら、益々少年がヤマトさんの事を覚えてないとおかしいじゃん(><)
さて、本編も後少しで終わりだって言うのに、どうやって番外編に結び付けましょう。
なんだか、自分の首を締めた番外編になってしまいました。<苦笑>
複雑です、本当に……xx
この番外編で、本編のラストも見えると思うのは、私だけでないはずです。
……自分の塑像力の無さを恨みたくなる今日この頃……xx
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