明日は、聖・バレンタインデー。
 大好きな人へとチョコレートを渡して、告白する日。

 本当は、お菓子会社の戦略だと言う事は、知っているけど、その日に、誰よりも大切でそして、大好きな人へと思いを伝えたいと思うのは、女の子だけではない。
 ここに、初めて自分の気持ちを相手へと伝えたいと思った少年が、自宅のキッチンで、悪銭苦闘している姿があった。

「お兄ちゃん、何しているの?」

 突然声を掛けられて、持っていたボールを落としそうになって慌ててしまう。

「ヒ、ヒカリ?!」

 誰も居ないのを確認して作業をしていたはずなのに、一体何時の間に戻ってきたのか謎である。

「な〜に、お兄ちゃんvv」

 ニッコリと可愛らしい笑顔を見せている妹に、太一は持ち直したボールをテーブルへと置いた。

「いや、えっと、な……その……」

 そして、振り返って、妹を見ると必死に言葉を探す。
 そんな兄の姿に、ヒカリは、こっそりとため息をついた。
 兄の気持ちは、嫌と言うほど自分の中へ流れてくるのだ。

「ヤマトさんに、チョコレート?」

 そして、ポツリと呟いたその言葉に、ボッと音がしそうなほど太一の顔が赤くなる。

「……手伝おうか?」

 お菓子作りにはなれていないだろう兄へ、そっと問い掛ければ、慌てて首を振られてしまう。

「これは、俺が作らなきゃ意味ない……それに、クッキーだから、簡単に作れるし……」

 妹の申し出に、慌てて返事を返す兄に、ヒカリはこっそりと残念そうな表情を見せた。
 自分が作るのなら、彼のチョコレートには、色々と手を加えたいと思っているのだ。

 そう、色々と……。

「それなら、私も隣で作ってもいい?ほら、ヤマトさんや智成さん。それにタケルくんや大輔君にも、チョコレート渡したいから」
「えっ?あ、ああ、勿論大丈夫だけど……ヤマトにも、チョコレート渡すのか?」
「うん、勿論、『義理』だけどねvv」

 突然の申し出に少しだけ驚いたように問い掛けられたそれに、ニッコリと花のような笑みを浮かべる。
 そんな可愛らしい笑顔付きで返事を返してくる妹に、太一は複雑な表情を見せた。
 実の妹であるヒカリが、ヤマトの事を好ましく思っていない事を誰よりも良く知っているからこそ、複雑なのは、隠しようがない。
 可愛い妹が、自分の大切だと思える相手を、嫌っているのは、正直言って少し悲しい気もするのだが……。

「そ、そっか、ヤマトにも、チョコレート渡してくれるんだな」

 しかし、義理だと言っても、チョコレートをバレンタインに渡すと言う事は、少しは認めてくれたのだと、内心で言い聞かして、必死で笑みを返す。

「うん、ヤマトさんのだけは、特別仕様で作ろうと思っているのvv」

 だが、自分の言葉に、これまた嬉しそうに返されたそれに、太一はこれ以上言葉を続ける事が出来なくなってしまった。
 その笑顔が怖いと思ってしまうのは、どうしてなのだろう。

「……ほ、程ほどにしとくんだぞ……」

 そして、漸く返した言葉は、それ以外は何も言えないというような、制御の言葉であった。


 2月に入ると、いつも以上に学校にいる事が苦痛になる。
 2月14日を迎えるに当たって、色々な気持ちが流れ込んでくるのだ。
 去年は、それを黙っていた為に、ヤマトと智成の2人に迷惑を掛けてしまった事を思い出して、太一は盛大にため息をついた。
 しかも、自分がヤマトにチョコレートを用意してなかった事で、落ち込ませた事も、正直いって、忘れられない事実である。

「橘さんにも、作ってきたけど、二人とも沢山貰うんだろうなぁ……」

 自分で呟いて、落ち込んできてしまうのを止められない。

「それに、こう言うのって、何時渡せばいいんだろう……」
「太一!!」

 屋上でぼんやりと考え事をしていた自分の耳に、聞きなれた声が聞えて、驚いて振り返る。
 朝、荷物も置かずにこの場所に来たと言うのに、何故、彼には、自分の居場所がわかったのだろうか?

「…お、おはよう、ヤマト」

 自分の方へと歩いてくるヤマトに、どうしても顔が赤くなるのを止められない。
 まだ、心の準備だって出来ていないのだ……。

「気分が、悪いのか?」
「えっ?」

 だが、ガシッと肩を捕まれて言われたその言葉に、思わず意味が分からずに聞き返してしまう。

「顔が赤いし、もしかして、熱が?!」

 自分の言葉に、慌てて額へと触れてくるその手に、ますます顔が赤くなるのを止められない。
 自分を心配してくれているのは分かるのだが、何処から、こんな発送が出て来たのか、自分には謎である。

「ね、熱なんてないって、どうしたんだよ、ヤマト!」

 慌てているヤマトの手を離して、真っ直ぐに相手を見詰めれば、真剣に自分の身を案じている瞳とぶつかって、太一は、言葉に詰まってしまう。

「智成が、お前の姿見たって、でも、教室には何時までたっても来ないし、心配で……今日は、バレンタインだし、今の時期は、執念みたいな感情が流れてきて、大変だって、言っていたのを思い出して……」

 ボソボソと言っている事はよく分からないが、自分の身を案じてくれていると言うのだけは良く分かる。
 そんなヤマトに、太一はふっと表情を笑みへと変えた。
 誰かが、本気で自分の事を心配してくれる事が、こんなにも嬉しいと感じられる。

「本当に、大丈夫。今年は、自分の事で手が一杯で、他の感情を気にしている余裕が、なかったんだ」

 ニッコリと笑顔を見せ、そっとヤマトの頬へと手を伸ばす。

「心配してくれて、有難う。ヤマト」
「…太一……」

 嬉しそうな笑顔を見せる太一に、ヤマトはそっとその名前を呼ぶ。
 しかし、引っ掛かる言葉に、ヤマトは、複雑な表情を見せた。

「……それは、いいんだが、自分の事で手が一杯って?」

 そして、そのままの疑問を太一へと投げ掛ける。

「えっ、っと、そ、それは……」

 だが、自分が疑問を投げ掛けた瞬間、太一の顔が真っ赤になった。
 そして、しどろもどろに、必死で言葉を探しているその姿に、ヤマトは不思議そうに首を傾げてしまう。

「それは?」
「えっと、だから、俺が、その、ヤマトに……」

 真っ赤な顔のまま、必死で言葉を続けている太一に、ヤマトはただ不思議そうにその言葉を促すように問い返す。

「俺が、どうしたんだ??」
「あの、だから……俺……」
「ヤマト、お前、何八神の事苛めてるんだ?」

 意を決して、言葉を続けようとした瞬間、第三者の声が掛けられて、二人は同時に声のした方を振り返った。

「智成!」
「た、橘さん……あ、あの、おはようございます……」

 第三者の姿は、自分達の良く知っている相手。
 太一も、それに気がついて、慌てて頭を下げた。

「はよ、八神vv」
「智成、お前、そのまま教室に居ろよ……」
「ば〜か、八神の考えている事ぐらいお見通しだから、邪魔しに来てやったんだよvv」

 呆れたように呟かれたヤマトの言葉に、智成がニッと意地の悪い笑顔を浮かべる。
 そんな智成に、太一は思わず首を傾げてしまった。
 どうして、彼には、自分の気持ちが分かるのか、謎である。
 決して、自分と同じような力を持っている訳では、ないのに……。

「八神、こんな鈍いヤツ無視して、教室に戻った方がいいぞ、体が冷えるからな」
「いや、でも、橘さん……」

 呆れるように言われた言葉に、太一が、複雑な表情を見せた。
 そして、言葉を返そうとした自分に、ニッコリと人の悪い笑みを浮かべる。

「去年の事を覚えていれば、八神の行動も理解はしれやれるんだけどな」

 ウインク付きで言われたその言葉に、赤かった顔がますます赤くなるのを止められない。

「ほら、用意してるんだろう?」

 そして、促されるように言われた言葉に、コクリと頷いて返す。

「太一?」
「あ、あのな、ヤマトに、受け取ってもらいたいものがあるんだ」

 そして、意を決して、真っ直ぐにヤマトに向き直る。

「……去年、渡せなかったけど、今年は、ちゃんと用意したから、貰ってくれるか?」

 すっと、鞄から一つの包みを取り出して、ヤマトへと差し出す。
 突然差し出されたそれに、ヤマトは驚いたように瞳を見開いた。

「太一、これ……」
「バレンタインデーに、俺から、ヤマトへ」

 頬を赤く染めて、少しだけ恥かしそうな笑みを浮かべながら言われたそれに、そのまま太一を抱き寄せる。

「勿論、今年も、太一以外からのは、受け取るつもりはない」
「……サンキュー」
「お〜い、お前等俺が居るの、忘れてないか?」
「あっ!!」

 抱き合ったままの状態に、突然声を掛けられて、慌てて太一がヤマトから離れた。

「えっと、それで、橘さんにも、用意してるんです。貰ってくれますか?」
「おう、サンキューvv有り難く、貰うなvv」

 ニッコリと差し出されたものを受け取って、それに軽くキスをする。
 そんな親友の姿に、一人だけ納得できない人物が、一人。

「って、何で、智成のも……」
「お世話になってるんだから、当たり前だろう?それとも、渡すと何かいけないのか??」
「いや、あの・・…」

 不機嫌そうに呟けば、不思議そうに問い返されて、ヤマトが言葉に詰まってしまう。
 そんなヤマトの姿に、智成が、笑い声を上げた。

「やっぱり、八神って、最高。そのまんま変わんないでくれよ」
「えっと、それって、誉められてるんですか?」
「おう!最高の賛辞だと思っていいぜ」

 複雑な気持ちで、言われる言葉を聞き入れながら、太一はそっと、自分の隣に居る人物を見る。
 初めて会った時、こんな風に、自分の事を理解してもらえるなんて、思ってもいなかった。
 諦めていた自分の気持ちを、目の前の二人は、救ってくれたのだ。

「ヤマト、本当に、有難うな……」

 だからこそ、君に出会えたこの奇跡を、心から感謝しよう。
 そして、今日という日に、君に、チョコレートを渡そう。
 自分の出来る、最高の笑顔と一緒に……。





―おまけ―

「これは、私からです。勿論、受け取ってくださいますね?」

 ニッコリと花のような笑みを浮かべている目の前の少女に、ヤマトは、差し出されたモノと相手をマジマジと見詰めてしまう。

「不本意ではありますけど、貴方が、お兄ちゃんを救ってくれた事は、認めています。だから、義理ですけど、感謝の気持ちですよ」

 本当に、貰っていいものかとばかりに、複雑な表情をしているヤマトに、再度ニッコリと笑顔を見せて、無理やりその包みを手渡される。

「ちゃんと、食べてくださいねvv」

 そして、最後にもう一度笑顔で言われた言葉に、ヤマトはただ頷いて返した。

「あれ?ヤマトも、ヒカリちゃんからチョコレート貰ったのか?」
「あっ!智成さん、こんにちは」

 そして、手元に残ったそれには、もう興味が無くなったヒカリが、新たな声を掛けられて、先程のまでの笑顔とは明らかに違う笑顔で、声の主に、挨拶を返す。

「こんにちは。八神から、ヒカリちゃんのチョコレート貰ったよ。有難うな」
「いいえ、あんまり上手に出来てないかもしれないんですけど、召し上がってくださいねvv」
「って、あれ、ヒカリちゃんの手作りなんだ」

 ニコニコと、笑顔で会話されるその内容に、ヤマトは、もう少しで渡されたそれを落としそうになった。
 それを落とさなかったは、相手の怖さを知っているから……。

「ヤマトさんのは、特に心を込めて作ったんですから、誰にも上げないで、ちゃんと食べてくださいねvv」

 しかし、流石と言うべきか、自分の心を読んだような言葉が、しっかりと返されて、慌てて大きく頷いて返す。

「ヒカリちゃん、あいつ苛めて、楽しんでいるだろう?」
「分かりますか?大丈夫ですよ、死ぬようなモノじゃありませんからvv」

 恐怖に引き攣っているヤマトに聞えないよう、そっと問い掛けられたその言葉に、花のような愛らしい笑みをニッコリと浮かべて、恐ろしい事を言われて、智成が、流石にヤマトが気の毒になったのは、言うまでもない。