久し振りに、訪れた平和な時間。

 戦い続きのパートナーの為に、この島で一番安全な場所、始まりの町へと訪れた。

「エレキモン、悪いな押し掛けて来ちまって」
「気にすんなって!あんまりゆっくり出来ないかもしれねぇけど、気の済むまで居てくれよ」

 ベビー達の世話をしながら、返事を返してくれるエレキモンに、太一は笑顔を見せながら礼を言う。
 正直言えば、自分自身もかなり疲れていると言う自覚はしていた。
 そう、自分が疲れていると言う事は、自分を護りながら戦ってくれている大切なパートナーは、それ以上に疲れて居ると言う事。
 だからこそ、エレキモンの言葉は自分達にとって、有りがたいものである。

「そう言えば、珍しいモノを見付けたから、お裾分けしてやるよ」
「珍しいもの?」

 生まれたばかりのベビーの相手をしていた太一は、思い出したと言うように言われたエレキモンの言葉に、不思議そうに首を傾げてしまう。自分にとっては、この世界のすべてのモノが、珍しいのだから……。

「食ってみろよ。甘いぜ」

 考え込んでしまった自分に、エレキモンが差し出したモノを見た瞬間、驚いたようにその瞳を見開いてしまう。
 差し出されたものは、自分にとって本当に懐かしいモノ。

「チョコレートだ……」

 この世界で、自分達の世界のモノは確かに良く見かける。
 だが、食べ物などは、殆ど同じモノは存在していないだけに、久し振りに見た人間世界のお菓子に、太一はポツリとその名前を口にした。

「へぇ、それ、チョコレートって言うのか?」

 太一の呟きを聞いて、不思議そうに問い掛けてくるエレキモンに、太一は頷いて返す。

「ああ、俺達の世界のお菓子で、チョコレートって言うんだ。本当に、懐かしい」

 手に持ったそれを、少し目を細めながら見詰めて、小さく笑う。

「う〜ん?タイチ??」

 食べるのが勿体無いと思えるぐらいに、懐かしいと感じるそれを見ている自分の横から、小さく名前を呼ばれ、漸くその視線を外し隣へと向ける。
 そうすれば、眠そうに目を擦っている自分の大切なパートナーの姿があって、太一はバツ悪そうな表情を見せた。

「悪い、起こしちまったか」
「ううん、大丈夫」

 素直に謝罪すれば、小さく首を振って返される言葉。
 そんなパートナーに、太一は笑みを浮かべた。

「ところで、タイチが手に持っているの、何?」
「これか?これは、エレキモンがくれたチョコレート。アグモンも食べるか?」

 上体を起こして、自分を見詰めてくる視線が、その手に向けられている事に気が付いて、質問された内容に答えながら、持っているそれの包装を剥いでいく。
 そして、一口大の大きさに割ってから、アグモンへと差し出した。

「食ってみろよ、甘くって美味しいから」
「有難う」

 自分が差し出したそれを受け取って、口に放り込む。
 そんなアグモンを横で見詰めながら、そっと質問を投げ掛ける。

「どうだった?」
「美味しいvv」

 口に入れられたそれに、アグモンが幸せそうな笑顔を見せた。
 そんなパートナーの姿に、太一も嬉しそうに笑顔を見せる。

「気に入ってもらえて良かった」

 そんな二人を前に、エレキモンがベビー達の世話をしながら、安心したように笑う。

「そう言えば、これ、懐かしいって、何が懐かしいの?」
「えっ?」

 太一から渡されたチョコレートを食べながら、アグモンが不思議そうに問い掛けてきたことに、一瞬意味が分からず、思わず問い返してしまう。

「さっき、懐かしいって……」
「ああ、そう言えば……あっちの世界の食べ物って、こっちの世界じゃ珍しいだろう?俺は、ここに居て、あっちの世界との繋がりはないからな。でも、それを抜かしても、このチョコレートは、思い出のモノなんだ」

 一人残されたこの世界で、生活している自分。
 この世界は、現実世界にあったモノが所々に存在している。
 それらも、懐かしい世界を思い出させてくれる材料。

 だが、さっきも言ったように、この世界には、人間世界と同じ食べ物は存在しない。
 だからこそ、こうして食べる事で、あの世界を思い出だしたのは、本当に初めてなのだ。

「それに、な。このチョコレート、ヒカリがバレンタインに初めてくれたヤツと同じなんだよ」
「えっ?」

 ずっと昔の、思い出の品。
 懐かしい懐かしい、子供の時の話。
 護らなければいけないと、そう思っていた世界でたった一人の自分と血を分けた妹。

「だから、懐かしいなぁって……」

 そんな大切な自分の妹が、初めてバレンタインにくれたチョコレート。
 それは、何処にでもある板チョコだった。
 それでも、自分の小遣いで買ってくれた事が嬉しかったのを今でも覚えている。

「ヒカリが買ってきてくれたんだけど、結局半分はヒカリにやって、二人で食べたんだよなぁ」

 昔を思い出しながら、残っているチョコレートを一口齧れば、昔と同じ、甘いモノが口の中に広がっていく。

「タイチ……」

 何処か遠くを見るように話される内容に、アグモンはただその名前を呼ぶ事しか出来ない。
 
 戦いが終わって、皆が自分達の世界に戻っていった中、この世界に一人取り残されてしまった自分の大切なパートナー。
 自分にとっては、大好きなパートナーと離れずに居られた事は、嬉しい事だった。
 だけど、一人残されてしまったパートナーの気持ちを考えると、素直に喜べるはずも無い。

「アグモンに、そんな顔させる為に話したんじゃないぞ」

 複雑な気持ちを隠せずに居る中、太一が困ったような笑みを浮かべ、ぎゅっと自分を抱き締めてくれる。

「俺は、大丈夫だから、アグモンがそんな顔するなよ」
「……タイチ…」

 どんなに傷付いても、涙を見せない、大切なパートナー。
 例え、自分が傷付く事になったとしても、他の事を優先する優しい人。

「絶対に、帰れるから!ボクが、タイチを帰してあげるから!!」

 どんな小さな我侭だって我慢してしまう君。

「有難う、アグモン。そうだな、何時か……」

 途切れた言葉を、暖かな風が運んでいく。


 流れる時間は、本当に鮮やかで、この場所は、心に安らぎを与えてくれる。
 腕に抱く、大切なパートナーの温もりを感じながら、太一はそっと瞳を閉じた。

 今は、一時の休息。

 また直ぐに、戦わなくてはいけなくなるだろう。
 自分と言う異分子が、この世界に残った事によって狂った世界。
 そんな世界でも、この場所だけは、安らげる空間。
 そんな場所で、思い出したのは懐かしい記憶。

 そう、ただ当然のように生活していた、世界の……。

 自分を見詰めてくる緑色の瞳に、太一はそっと笑顔を見せた。
 自分の事を、本気で想ってくれていると分かるからこそ、これ以上の心配を掛けたくない。
 だからこそ、自分はこうして笑っているのだ。


 もう、大切な人達が、自分の為に、傷付かないように……。