ずっと呼びたかった名前を、口に出す。
 今なら、この声は、皆に聞こえるとそう確信出来たから……。

 それを証拠に、皆の視線が一斉にお兄ちゃんへと向けられた。
 そこに見えたのは、今まで透けて向こう側が見えていたのに、その姿が、その色を強くしていく。

「タイチ!」
「俺……」

 お兄ちゃんのパートナーであるデジモンが、その名前を呼ぶ。
 信じられないと言うように、自分の手を見ているお兄ちゃんに、私は何処か悲しい気持ちを持った。

 だって、今のお兄ちゃんの姿は、3年前から何も変わっていない。
 そう、あの時のまま何も変わっていないから……。

「……俺にも、はっきりとお前の名前が聞こえた……」

 自分の思いに囚われている中、ヤマトさんの声が聞こえて、我に返った。
 そう、例え、あの時から何も変わってないとしても、お兄ちゃんが戻ってきてくれたんだもん。
 それは、ヤマトさんや、他の人にもその名前が届いている事が、証明している。

 今ここに、間違いなくお兄ちゃんが居る事を……。

「お兄ちゃん、帰ってきてくれたんだね」

 だから、触れる事でそれを確かめたくって、私はお兄ちゃんに抱きついた。
 そんな私を、躊躇いながらも、お兄ちゃんが抱き返してくれる。

 それに、更に実感が沸く。
 お兄ちゃんが、ここに戻ってきてくれたんだって。

「ヒカリさんと仰いましたよね。貴方は、その彼とはご兄妹なのですか?」

 お兄ちゃんに、抱きついている私の耳に、光子郎さんが申し訳なさそうな声で、質問をしてくる。
 今更、そんな事を聞かれるのは、本当に不思議な気がするけど、3年前の事を覚えてない皆さんに、それを言うのは、無理な事だと思い、私は、お兄ちゃんから離れて、光子郎さんの方を向き大きく頷いた。

「はい、私と兄は、間違い無く兄妹です。私が覚えている事を皆さんにお話しますね」
「ヒカリ、お前……」

 ハッキリと言葉を返して、そして、私が知っている事を皆さんに伝える為に、私はここに来た。
 タケルくんが、お台場に転校してきた時は、本当に驚いたわ。
 だって、私には記憶があるのに、タケルくんは、私の事を知らなかったから……。

 『久し振りだね、タケルくん』って、声を掛けた時、本当に意味が分からないと言うような顔をされた事は、今でも忘れられない。

 だけど、私に、兄が居る事も、誰も覚えて居なかったのだから、それは仕方がないのだと、自分に言い聞かせて、また新たに自己紹介をした。
 だって、私はきっと、お兄ちゃんが戻ってくる時の為に、こうして記憶が残っているんだって、そう自分に言い聞かせてきたから、だからこそ、自分が知っている事をちゃんと皆に話したいと思ったのだ。

 私の言葉で、お兄ちゃんが驚いたように名前を呼ぶ。
 それに、私は笑顔を向け、それからゆっくりと口を開いた。

「ここに居る私と兄を合わせ、タケルくん、ヤマトさん、光子郎さんに、ミミさん。そして、丈さんと空さん。私達8人は、選ばれし子供として、3年前に、デジタルワールドを救う旅をしました。それには、デジモンと言うパートナーを連れて……」

 ハッキリと、ヤマトさんたちの名前を呼ぶ。
 あの冒険以外に、皆に会った事は一度もないから、私の事を知らないと分かっているからこそ、その名前を口にした。
 聞かされていない、彼等の名前を呼べば、私が嘘など言っていないと信じてもらえる。
 でも、私の言葉に驚きを隠せないのは、お兄ちゃんも同じ。
 きっと、私も皆と同じように記憶が無いと思っていたのが、良く分かった。

 驚いている皆に、それでも、私は話しを続ける。
 だって、私も完全に覚えている訳じゃ、無いから……。

「ただ、私が覚えているのは、そこまでなんです。肝心な自分のパートナーの名前が、どうしても思い出せない。ずっと、一緒に居たのに……」

 そう、3年前の記憶は、確かに私の中に存在している。
 でもそれは、私の中でも、ハッキリとしていないのだ。

 デジモンと言う存在は、ちゃんと覚えているのに、その個々の名前が、どうしても思い出す事が出来ない。
 それが、苦しいくらいに、私を悩ませる。
 私を護って支えてくれた、大切なパートナーの名前が、思い出せない。

 その姿は、ボンヤリとでも、私の中にあると言うのに……。

「ヒカリ、私が、貴方のパートナーだ」
「ごめんなさい。私は、貴方の名前を覚えていないの」

 私のパートナーだと言うデジモンが、そっと私の肩に触れてくる。
 それに、私はただ謝る事しか出来なかった。

 忘れられる事の悲しさを知っているから、だから、覚えていない私は、謝罪する事しか出来ない。

「良いのよ。だって、こうしてまたヒカリに会えたんだ。私は、それだけで、嬉しい」

 ただ謝る私に、白い猫を思わせるようなデジモンが、優しく微笑んでくれる。
 そして、言われた言葉に、私はその体をぎゅっと抱き締めた。

「有難う」

 優しい優しい心。
 忘れると言う、一番残酷な事をした自分を、それでも許してくれた。
 そして、何よりも、また会えた事を喜んでくれる。
 それが嬉しくって、その反面、忘れてしまった自分が、許せない。

「タイチ」

 自分の心に囚われている中、聞こえてきた声に、ハッとする。

 心配そうに呼ばれた名前。
 不安そうに揺れる緑色の瞳が、お兄ちゃんを見詰めている。

「……ごめんな、――――……俺は、お前に心配ばかり掛けちまう……」

 そんなパートナーに、お兄ちゃんが謝罪する声が聞こえてきた。

 でも、その名前が、聞こえない。
 きっと、私がお兄ちゃんの名前を呼んでいた時も、皆には、こんな風に聞こえていたのだと思う。

 そう思うと、何故か胸が痛んだ。
 そう、今の私じゃ、デジモン達の名前を聞き取る事は出来ない。

「ボクは、タイチのパートナーなんだよ、だから、謝らないで……」
「ああ、ごめんな」

 大きく首を振りながら、お兄ちゃんに抱きつくそのデジモンを見詰めながら、何故か、そんな事が頭を過ぎた。

「あの、太一さんでしたよね?あの、貴方は、さっき程、そちらのデジモンの名前を呼ばれませんでしたか?」
「えっ?」

 そんほのぼのとしたお兄ちゃん達の遣り取りの中、光子郎さんが不思議そうに声を掛ける。

 ああ、光子郎さんも。聞いて居たんだ。
 お兄ちゃんが、パートナーの名前を呼ぶ所を……。

 でも、その後、お兄ちゃんの顔色が一気に悪くなるのが分かる。
 そして、驚いたように、パートナーへと視線を向けた。
 その行動を、私は、ただボンヤリと見詰める。

「どうして……」

 そして、驚いたように呟かれた言葉。
 それは、きっとパートナーの姿が、何も変わらなかったからだろう。
 でも、その事を知っていたから、何も驚かない。
 デジモン達が、この世界で存在を認められたとしても、決して、他のモノ達に、影響を与える事が無い。
 なぜ、そんな事が起こるのか分からないけど、それが、この世界での決まり事だと言うように……。

「………どうして――――が、ここに居るの?」

 沈黙が続く中、それを破ったのは、タネモンと言われたミミさんのパートナーデジモンの声。
 不思議そうに言われたその言葉は、肝心な言葉が聞き取れない。
 お兄ちゃんと同じように、何かを言ったのは分かるけど、その言葉を聞き取る事は出来なかった。
 きっと、名前を呼んだのは、あのライオンのようなデジモンだろう。

 私は、彼を知らない。
 彼は、この中に居る、誰のパートナーでもない存在。

「タネモン?」

 ミミさんが、不思議そうにタネモンを見る。
 そして、小さく首を傾げた。

「ここに何が居るの?」

 不思議そうにタネモンに尋ねたその言葉に、お兄ちゃんが自嘲的な笑みを浮かべる。

「結局、こいつ等を紹介できないのは、同じなんだな」

 お兄ちゃんの呟きに、私はぎゅっとパートナーデジモンを抱く腕に力をこめた。
 だって、私では、何も出来ない。
 3年前のことを覚えていたとしても、肝心の皆の名前を覚えていない私じゃ、お兄ちゃんの悲しみを取り去る事なんて、出来ないから……。

「それは、僕達が、自分で思い出さなければいけない事です」
「光子郎はん」
「そう言ったのは、貴方ですよ。答えは、全て僕達の中にあると」

 何も言えない私に代わって、光子郎さんの断言した声が聞こえてきて、私はその顔を上げた。

 目に飛び込んできたのは、驚いたようなお兄ちゃんの表情。
 驚いているのに、その表情は、何処か嬉しそうに見える。

「ああ、俺も、お前の事絶対に思い出すからな」
「…ヤマト……」

 そして、続けて口を開いたのは、ヤマトさん。
 光子郎さんと同じように、キッパリと何の迷いも無く言われた言葉。

「私も、貴方の事を思い出したいわ」
「ソラ」

 空さんも、同じようにパートナーを抱き締める。
 そして、言われた言葉は、空さんらしい言葉。
 優しく慰めるように伝えられた言葉に、ピンク色の鳥の姿をしたデジモンが嬉しそうに、空さんの名前を呼ぶ。

「うん、僕も同じだよ」
「タケル」

 タケルくんも、同じように、自分の頭の上に乗かっているデジモンに、ニッコリと笑顔を見せる。

 そこには、3年前に見た光景が、広がっていた。
 みんなあれから成長してしまったけど、確かに、あの時と同じ心が、そこにはある。

「なぁ、ジョウは、オイラの事、思い出してくれないのか?」
「あのね、僕が言おうとした言葉を先に言わないでくれないかい……」
「ジョウが、遅いのが悪いんじゃん。オイラは、悪くないもんね」

 からかうように丈さんのデジモンが、口を開けば、まるで漫才のような会話が続けられるのに、誰もが笑いを禁じえない。
 覚えていないのに、確かに、皆、何かを感じているんだと思う。

「タイチ、それで、デジヴァイスの事なのだが……」

 そんな中、言い難そうに口を開いたのは、あのライオンのようなデジモン。
 名前を呼ばれて、お兄ちゃんが、顔を上げた。
 今まで、笑顔を見せていたその表情が、昔見た真剣な表情へと変わっていく。

「すまない。――――、教えてくれ。皆のデジヴァイスは、一体何処にあったんだ?」

 3年前に見せていた、リーダーの顔。

 今、お兄ちゃんが見せているのは、間違いなく、あの時と同じ表情だった。



                                             



   はい、急遽、ヒカリちゃん視点の『裏・GATE』製作致しました。
   いや、どうも私が説明下手なばかりに、混乱させてしまったようで、本当に申し訳ございません。
   ただ、これ書いた状態でも、混乱をさらに広げただけのような気が致します。
   未熟者で、ご迷惑お掛け致します。

   『GATE』に関して分からない事は、どんどん質問してやってください。
   それにちゃんとお答えして、そして、小説に書いていきたいと思います。
   駄目駄目ですが、温かい目で、見守ってやってください。