知りたかった、あいつの名前。
 初めて、こんなにも興味を引かれた相手。

 見続けている夢の中に出てくる少年と、とても良く似ているその相手に、興味を引かれるのには、時間は掛からなかった。

 俺らしくないと思うけれど、その夢の中の相手を探していたのは、本当だから……。

 そして、今、気になっていたお前の名前が、ハッキリと聞こえた。



「タイチ!」

 『八神太一』少女が、その名前を呼んだ。
 その瞬間、あいつの隣に居た恐竜型の生き物が、その名前を大きな声で呼ぶ。
 今度は、間違いなくその声が聞こえる。

 知りたいと思った、あいつの名前が……。

「俺……」

 信じられないと言うような表情を浮かべて、じっと自分の手を見詰めているあいつに、俺はただ聞こえてきた名前に、驚いたようにその口を開く。

「……俺にも、はっきりとお前の名前が聞こえた……」

 多分、無意識だったのだと思う。でも、聞こえてきた名前は、間違いなくあいつののモノで、そして、あいつの体は、今までの不透明なモノから、はっきりとした形を作り出している。
 目の前で交わされる会話を、俺はただ何も言わずに、ボンヤリと聞いていた。

 『八神太一』と、あの少女が、兄妹なのだと言う、会話が何となく耳に入ってくる。

「ヤマト、大丈夫?」

 ボンヤリと目の前の遣り取りを見詰める俺に、俺のパートナーだという相手が、心配そうに尋ねてきて、我に返った。
 まっすぐに見詰めてくるその瞳を前にして、俺は溜め込んで息を吐く。

 無意識の内に、緊張していた事に気が付いて、思わず苦笑を零した。
 そして、心配そうに見詰めてくる瞳に、何とか笑顔を見せる。

「ああ、大丈夫……」

 突然、色々な事があり過ぎて、頭が混乱しているのが、正直なところだ。
 それは、きっと俺だけじゃないだろう。
 武ノ内や、タケルだって同じ筈。

 考えなければいけない事は、沢山あるのに、それを受け付けてくれない頭に、俺はもう一度ため息をついた。

 そんな中、あの少女が、自分達の事を話すと言ったので、意識をそちらへと戻す。
 どうやら、俺とパートナーだと言うデジモンとの会話は、誰にも聞こえていなかったらしい。

「ここに居る私と兄を合わせ、タケルくん、ヤマトさん、光子郎さんに、ミミさん。そして、丈さんと空さん。私達8人は、選ばれし子供として、3年前に、デジタルワールドを救う旅をしました。それには、デジモンと言うパートナーを連れて……」

 そして、あの少女に名前を呼ばれて、また驚かされてしまう。
 俺とその少女は、どう考えても初対面なのだ。
 なのに、何の躊躇いもなく呼ばれた名前。

 そして、3年前に起こった出来事を聞かされて、驚くなと言う方が無理な話だ。
 俺達8人が、デジタルワールドと言う世界を救う為に旅をしていた?

 そして、その時のパートナーと言うのが、きっとパートナーだと言って紹介された隣に居る不思議な生き物がそうなのだろう。
 自分のパートナーデジモンだと言って紹介されたのだから、きっと間違いない。

「ただ、私が覚えているのは、そこまでなんです。肝心な自分のパートナーの名前が、どうしても思い出せない。ずっと、一緒に居たのに……」

 そして、泣きながら語られた言葉に、俺は何も言う事は出来なかった。


 3年前の記憶。


 そんな、覚えていない事を言われても、何も分からない。
 そして、自分のパートナーである相手の事も、今の俺には何も思い出せない事。

「ヒカリ、私が、貴方のパートナーだ」
「ごめんなさい。私は、貴方の名前を覚えていないの」

 猫のような生き物が、少女にそっと触れる。
 そんな相手に、彼女は泣きながら、謝罪した。

 大切な相手を覚えていない辛さは、きっと俺達よりも、彼女の方が強いだろう。
 何も覚えていない俺達と、少しでも記憶にある彼女では、きっと、後者の方が苦しい筈。

「良いのよ。だって、こうしてまたヒカリに会えたんだ。私は、それだけで、嬉しい」

 泣きながら謝る少女に、そのデジモンは、小さく頭を振って優しく微笑む。
 そんな相手に、少女は、その体をぎゅっと抱き締めた。

 きっと、それは、覚えていない事への罪悪感と、そして、また出会えた事への嬉しさからの行動だろう。
 小さく『有難う』と言う言葉が、聞こえてくる。


 パートナーである彼等は、ずっと自分達と一緒に旅をしていたのだと、そう彼女は言った。
 それは、自分達が、ずっとこの不思議な生き物と生活を共にしていたと言う事。

 ああ、だからこそ、こんなにも、簡単に自分の中に入って来られたのだと、納得してしまう自分に、少しだけ驚かされる。

 どう考えても、少女が話した事は、夢物語にしか聞こえないモノ。
 現実としては受け入れられないモノなのだ。
 それなのに、自分にはそれが、嘘ではないと分かるのだ。
 それは、隣に居る存在が、自分にとっては、傍に居る事が当然とも思えるくらい自然だと感じているから。
 それは、頭で理解するのではなく、心が理解していると感じられる。

「あの、太一さんでしたよね?あの、貴方は、さっき程、そちらのデジモンの名前を呼ばれませんでしたか?」
「えっ?」

 自分の考えに囚われていた俺は、泉の声で、現実へと引き戻された。


 『太一』


 それは、あいつの名前。それを、泉が躊躇いながらも呼ぶ。
 それだけの事なのに、何故か苛立つ気持ちが湧き上がってくるのを止められない。

 その気持ちをなんとか無視して、泉が話した内容に、意識を向ける。
 そして、聞こえてきた言葉に、漸く泉が言わんとする違和感を理解した。

 そう、あいつが、自分のパートナーの名前を呼んだと言うもの。
 なのに、そのパートナーの姿は、透き通ったままで、不確かな形でしかない。
 あの少女が、あいつの名前を呼んだ時は、不確かだったものが、確かな存在へと変化したと言うのに……。

 あいつも、泉の言葉にそれが分かったのだろう、見る見るその表情が、青褪めて行くのが、傍目からも良く分かった。
 オレンジ色の恐竜の方は、意味が分からないと言うように、あいつを見ている。

「どうして……」

 そして、信じられないと言うように、あいつが呟くのが聞こえてきた。
 あいつが、傷付いているのが、嫌でも分かる。

 何処か重い沈黙が流れた。
 誰もが、あいつに掛ける言葉がないままに、続く沈黙。

 そんな雰囲気が続く中、その空気を破ったのは、不思議そうな声だった。

「………どうして――――が、ここに居るの?」

 一瞬言われた言葉の意味が分からずに、首を傾げてしまう。
 それは、そのデジモンを抱いた少女も同じだったのだろう、不思議そうに自分の腕の中の存在を見詰めて、首を傾げた。

「タネモン?」

 そして、聞こえてきたのは、そのデジモンの名前なのだろうか。
 言われて、初めてその視線を相手へと向けた。
 そして、そこで漸く、少女の腕の中に居るデジモンが、自分達のパートナーと違って、不確かな存在ではなく、ハッキリとした存在なのに、気が付いた。

 ああ、だから、名前が聞こえるのかと、今更ながらに納得する。

「ここに何が居るの?」

 そして、続けて言われた言葉は、自分も疑問に思った事。

 タネモンと言うデジモンが言った言葉は、あの聞こえない声で、自分の耳には何を言ったのか理解できなかったのだ。
 それは、あの少年の名前を、オレンジ色の恐竜が呼んだ時と同じように……。

「結局、こいつ等を紹介できないのは、同じなんだな」

 悲しそうな声が聞こえてきて、視線をあいつへと戻す。
 傷付いた今にも泣き出してしまいそうな表情を見せるあいつに、またズキリと胸が痛む。
 慰めたいのに、言葉が何も見つからない。

「それは、僕達が、自分で思い出さなければいけない事です」
「光子郎はん」
「そう言ったのは、貴方ですよ。答えは、全て僕達の中にあると」

 必死で考えている俺よりも先に、泉がハッキリとした声で、言い切った。
 そして、真っ直ぐな視線をあいつへと向ける。
 それに、あいつが、少しだけ驚いたような表情を見せるのを、見逃さない。

 ああ、確かに言われた事だ。『答えは、自分の中にある』と……。
 自分で決めた筈だ、これ以上あいつに、悲しそうな顔をさせないと、そう決めたのだ。

 泉には、負けたくないと……。

「ああ、俺も、お前の事絶対に思い出すからな」
「…ヤマト……」

 隣に居る自分のパートナーに、キッパリと言い切る。
 俺の言葉に、蒼い毛皮を被ったパートナーが嬉しそうに、笑顔を見せた。
 そんな表情が見れて、ほっと安心する。
 あいつの為にと思った事なのに、それは何時の間にか、自分の為だけの行動へと変わってしまった。
 それでも、今は、それで間違っていないと確信している自分が居る。
 そして、何よりも、パートナーである相手が喜んでくれた事が、何よりも嬉しいと感じられるのだ。

「私も、貴方の事を思い出したいわ」
「ソラ」

 そして聞こえてきたのは、武ノ内の声。
 きっと、そう言ったのは、自分の中にある、確かな気持ち。
 忘れてしまっている相手への、最上の約束。

「うん、僕も同じだよ」
「タケル」

 そして、タケルも、自分の頭の上に乗っているデジモンへと笑顔を向けた。
 目の前で繰り広げられる遣り取りに、何処か懐かしさを感じるのはどうしてだろう。

「なぁ、ジョウは、オイラの事、思い出してくれないのか?」
「あのね、僕が言おうとした言葉を先に言わないでくれないかい……」
「ジョウが、遅いのが悪いんじゃん。オイラは、悪くないもんね」

 そして聞こえてきた、漫才のような会話に、思わず笑ってしまうのを止められない。

 やっぱり、懐かしいと感じるられるのは、忘れてしまっている3年前も、これと変わらない遣り取りを、当然のようにしていたからかもしれない。
 そして、そっとあいつに視線を向けた。
 その顔は、もうあの胸を締め付けるモノではなくって、何処か儚くも見える笑顔。
 そんな笑顔でも、あいつが笑っている事に、ほっとする。

 出来れば、笑っていて欲しいと思うのだ。
 何も知らない相手なのに、それでも、そう思わずには、居られない。

「タイチ、それで、デジヴァイスの事なのだが……」

 和やかな雰囲気の中、言い難そうに、あのライオンのようなデジモンが、あいつへと声を掛ける。
 その瞬間、今まで笑顔を見せていたあいつの顔が、真剣なものへと変わっていくのが見えた。

「すまない、――――、教えてくれ。皆のデジヴァイスは、一体何処にあったんだ?」

 子供が見せる表情ではなく、それはまるで、リーダーと呼ぶに、相応しい表情で……。



                                             



   う〜っ。書いていて、訳が分からなくなってまいりました。
   「あんた誰?」と正直聞きたいくらい、ヤマトが偽者!

   はっ!えっと、『裏・GATE』ヤマトさん視点です。
   嘘だと思った方、大丈夫ですよ。上にあるコメントで、私もその一人だと、分かってもらえると思います。
   す、すみません。
   折角、ヤマトさん視点と、リクエスト頂いたのに……。
   未熟者な管理人をお許し下さい。

   リクエスト参加、本当に有難うございました。
   お陰様で、こんなに早く更新できました。心から、感謝致します。