ヒカリが、タイチの名前を呼ぶ。
 はっきりとした口調で、何のためらいも無く。

 誰も覚えていなかった、タイチの名前を……。



「タイチ!」

 タイチの体が、どんどん色を強くしていく。

 ああ、認めてもらえるって、こう言う事なんだって、ボクは漸く分かったような気がした。

「俺……」

 タイチが、信じられないと言うような表情を浮かべて、じっと自分の手を見詰めている。
 その手は、もう向こう側が、透けたりしない、普通の体。

「……俺にも、はっきりとお前の名前が聞こえた……」

 ポツリとヤマトが、呟いたのが、聞こえて来た。
 ああ、皆にタイチの名前が、聞こえたんだね。

「お兄ちゃん、帰ってきてくれたんだね」

 突然の事に躊躇っているタイチに、ヒカリが泣きながら抱きついてくる。
 そんなヒカリを、タイチはただ、抱き締め返した。

 昔は、あんなに小さかったヒカリなのに、今ではタイチと殆ど変わらない。
 それは、タイチが、この世界に存在していなかったと言う証。

 今、君が、複雑な心境だと言う事を、誰よりもボクが分かっているよ。

「ヒカリさんと仰いましたよね。貴方は、その彼とはご兄妹なのですか?」

 兄妹の再会に、コウシロウが躊躇いながら質問してくる。

 うん、二人は、間違い無く兄妹だよ。
 それは、ボクや皆が知っている事。

 そして、タイチは、ヒカリをとっても大切にしているんだよ。
 とっても、とっても、良いお兄ちゃんなんだ。

「はい、私と兄は、間違い無く兄妹です。私が覚えている事を皆さんにお話しますね」
「ヒカリ、お前……」

 コウシロウの言葉に、ヒカリがはっきりと言葉を返す。
 そして、続けて言われた言葉に、ボクも驚いた。
 それは、タイチも同じみたいで、驚いたように、その名前を呼んでいる。
 だって、ゲンナイさんから聞いたのは、ボク達の事を覚えているのは、ミミだけだって言っていたから……。

「ここに居る私と兄を合わせ、タケルくん、ヤマトさん、光子郎さんに、ミミさん。そして、丈さんと空さん。私達8人は、選ばれし子供として、3年前に、デジタルワールドを救う旅をしました。それには、デジモンと言うパートナーを連れて……」

 驚いているボク達を余所に、ヒカリが3年前の事を話す。
 本当に、簡単な説明だけど、それは、間違ってなんか無い、事実。

 皆が言われた言葉に驚いているのが、分かる。
 そしてそれは、タイチも同じ。
 だって、ボク達は、誰も3年前の事を覚えていないんだって聞かされたから……。

 なのに、ヒカリには、間違い無く、その時の記憶があるんだ。

「ただ、私が覚えているのは、そこまでなんです。肝心な自分のパートナーの名前が、どうしても思い出せない。ずっと、一緒に居たのに……」

 けど、それはやっぱりと言うか、不完全なモノだったみたいだね。
 話をしながら、ヒカリが、涙を流していく。
 そんなヒカリに、テイルモンがそっと手を差し伸べた。

「ヒカリ、私が、貴方のパートナーだ」
「ごめんなさい。私は、貴方の名前を覚えていないの」

 泣き崩れるヒカリに、テイルモンは、ただ首を横に振る。

「良いのよ。だって、こうしてまたヒカリに会えたんだ。私は、それだけで、嬉しい」

 優しく微笑むテイルモンに、ヒカリがその体をぎゅっと抱き締めた。
 小さく『有難う』と言う声が聞こえてくる。
 うん、ボクも、君に『有難う』って返したいよ。
 だって、君は、タイチの事を覚えていてくれた。
 だから、ボクは、君にその言葉を返したい。
 だって、この世界の住人であるタイチも、今ではこの世界に、認められない存在になっているんだもん。
 それは、きっと、ボク達以上に、悲しい事だと思うから……。

 きっと二人の事を優しい瞳で見ているとそう思ったから、ボクはタイチへと視線を向けた。
 だけど、そんな二人を見て、タイチが何も言わずにぎゅっと手を握り締める。
 その表情は、とっても辛そうで、その心情は計り知れない。

 君は、どうして、何もかもを一人で背負い込もうとするんだろう。
 どうして、そんな傷付いた顔で、二人を見ているの?

「タイチ」

 爪が食い込むほど、強く手を握り締めているタイチに、ボクは、そっと名前を呼ぶ。

 君が、今にも泣き出してしまいそうだから、だからボクは君の名前を呼んだ。
 だって、一人で、泣いて欲しくなんてないから……。

 でも、君は、泣かないんだね。
 心がどんなに傷付いていても……。
 ボクにさえ、涙を見せてはくれない。

「……ごめんな、アグモン……俺は、お前に心配ばかり掛けちまう……」

 そして、泣く事を諦めて、それの代わりと言うように何時だって、ボクに謝罪する。
 ボクが、君を心配する度に、謝るのだ。
 君は、何も、悪い事なんて、していないのに……。

 ねぇ、ボクは、君のパートナーなんだよ。
 だから、謝ってなんて、欲しくは無い。

 ボクに謝罪するタイチに、大きく首を振って返す。
 だって、タイチは、何も悪い事なんて、してないんだもん。
 だから、謝る必要なんて、何処にもないんだよ。

「ボクは、タイチのパートナーなんだよ、だから、謝らないで……」
「ああ、ごめんな」

 一人で苦しんでいる君の心が、少しでも救われれば良いのに……。

 慰めるように、タイチの体を抱き締める。
 そんなボクに、タイチがもう一度謝罪の言葉を口にした。
 そんなタイチに、ボクは、ただ頭を大きく横に振って返す。

「あの、太一さんでしたよね?あの、貴方は、さっき程、そちらのデジモンの名前を呼ばれませんでしたか?」
「えっ?」

 そんなボク達に、コウシロウが声を掛けて来た。

 何で、行き成りそんな事を聞かれたのか分からなくって、ボクは、タイチに抱きついたまま不思議そうにコウシロウとタイチの顔を交互に見る。
 そして、見ている中、サッとタイチの顔色が真っ青になっていくのが分かった。
 その表情は、何かに驚いているんだって分かる。
 でも、ボクにはどうしてタイチが、そんなに驚いているのか分からなくって、ただジッとタイチを見詰めて、その様子を伺った。

「どうして……」

 ボクが見詰める中、信じられないと言うように、今度はタイチがボクを見詰めてくる。
 それは、信じられないモノでも見るかのように……。

 ボク、何か、やっちゃったのかな?
 まっすぐに見詰めてくるタイチの視線を感じて、何だか落ち着かない。
 心配になって、問い掛けようと口を開きかけた瞬間、タネモンがボクより先に口を開いた。

「………どうしてレオモンが、ここに居るの?」

 不思議そうに呟かれたその言葉に、問い掛けようとしたその言葉を飲み込む。

 そう言えば、タネモンは、レオモンがここに居る理由を知らないんだよね。
 疑問に思っても、仕方ないや。

「タネモン?」

 一人で納得して、誰かが、説明するだろうと思って見守っている中、ミミが不思議そうにタネモンを見詰めて、首を傾げた。

「ここに何が居るの?」

 そして、続けて言われた言葉に、ボクは、意味が分からなくって、首を傾げる。
 一体、どう言う意味なんだろう?

 不思議に思っているボクのすぐ傍で、タイチが自嘲的な笑みを浮かべた。

「結局、こいつ等を紹介できないのは、同じなんだな」

 そして、悲しそうな声が聞こえてきて、漸くボクは、全てを理解した。
 この世界で認められたタイチやタネモンが、ボク達の名前を呼んでも、この世界には、認められないと言う事が……。

 その瞬間、君がどうしてあそこまで驚いていたのか、分かって胸が痛くなる。

 どうして、そんな意地悪ばっかりするんだろう。
 どうして、君を傷付けるような事ばっかりが、起こるんだろう。

「それは、僕達が、自分で思い出さなければいけない事です」
「光子郎はん」
「そう言ったのは、貴方ですよ。答えは、全て僕達の中にあると」

 悲しみに沈みかけていたボクの耳に、コウシロウのきっぱりとした声が聞こえてきて、ボクはその顔を上げた。
 目に飛び込んできたのは、テントモンの嬉しそうな顔と、コウシロウが大きく頷いて笑顔を返している姿。

「ああ、俺も、お前の事絶対に思い出すからな」
「…ヤマト……」

 コウシロウに続いて、ヤマトもきっぱりとガブモンに言い切る。
 それ合図に、他の皆も、自分達のパートナーをそれぞれ抱き寄せた。

「私も、貴方の事を思い出したいわ」
「ソラ」

 ピヨモンとソラが、昔のように抱き締めあっている。

「うん、僕も同じだよ」
「タケル」

 昔のように、タケルの頭の上に乗っかっているパタモンへと、向けられる笑顔。

 交わされているのは、それぞれの決心。
 そして、皆への約束。

「なぁ、ジョウは、オイラの事、思い出してくれないのか?」
「あのね、僕が言おうとした言葉を先に言わないでくれないかい……」
「ジョウが、遅いのが悪いんじゃん。オイラは、悪くないもんね」

 まるで、漫才のように繰り広げられるジョウとゴマモンの会話。それも、3年前と同じ。

 うん、大丈夫。
 君は、決して一人じゃないんだって、思えた瞬間。
 だって、君の心が、少しでも軽くなったのが分かったから。
 ボク一人じゃ、君を救えない。
 だけど、皆が居れば、少しでも君の心が軽くなる。

 ねぇ、頼りないかもしれないけど、ボクは何時だって君の事を思っているんだよ。

「タイチ、それで、デジヴァイスの事なのだが……」

 暖かな雰囲気の中、言い難そうにレオモンがタイチに声を掛ける。
 そんなレオモンに、何処か安心したような表情をしていたタイチの表情が、何時もの真剣なものへと戻っていく。

「すまない。レオモン、教えてくれ。皆のデジヴァイスは、一体何処にあったんだ?」

 そして、あの冒険でリーダーと言われた君の顔が姿を表す。

 張り詰めたようなその空気を纏って……。。



                                             



   はい、リクエスト頂きました『裏・GATE』まずはアグモン編になります。
   って、何が書きたかったんだろう、自分……xx
   書きたかった事が、纏まっていないように思うのは、気のせいではないはずです。
   す、すみません。折角、アグモン視点でリクエスト頂いたのに……xx
   完全に、表とシンクロしたお話ですねぇ。(遠い目)
   ヤマトさん視点は、ここまでシンクロした話しにならないように頑張ってみます。

   リクエストに参加下さって、本当に有難うございました。