顔を覗かせていたあいつが見えなくなってから、悲鳴が聞えた。
 本当は、急いでその場所に行かなければと思うのだが、足が動いてくれない。

「あの声は、武ノ内先輩ですね……では、僕は、先に行きます。貴方も、決心できたのなら、来てください」

 泉が、小さくため息をついて呟いた言葉に、俺はただ頷くことしか出来ないで居る。

 決心できないのは、またあいつを悲しませる事になると、恐れているから……。
 悲しみに揺らぐ瞳は、驚くほど、自分の胸を締め付けた。
 両親が離婚した時でさえ、こんなに苦しくは無かったのだ。
 あの時の自分は、全てを諦めていたから……。

 初めて感じた、胸の痛みを思い出して、ぎゅっと拳を握る。
 あの扉の向こうに、あいつが居るの。
 なのに、進んで行く事が出来ない。

 俺に告白してくれた、武ノ内が居るから……。

 仲間だと知っていれば、もっと違う言葉を返す事が出来たかもしれない。
 いや、そんな事を今更考えても、無駄と言うもの。
 告白してきた彼女達に返す言葉は、何時だって同じなのだ。
 その言葉を変える事など出来はしない。
 人を好きになる気持ちを、信じられなかった自分には、出来ない事だから……

 小さく息を吐き、皆が居る部屋の前に立つ。
 そして、意を決し、その扉を開いた。

「ヤマト、遅いよ!」

 扉を開いた瞬間、あの角を生やしたデジモンが、俺の名前を呼ぶ。

「す、すまない……」

 言われた言葉に、複雑な気持ちを隠せずに、何とか苦笑を零しながら、謝罪の言葉を口にした。
 俺が、部屋に入った瞬間、武ノ内が息を飲んだのが、伝わってくる。
 こんなに離れた場所でも、緊張しているのが感じられて、俺自身も思わずその場所に固まってしまう。

「ヤ、ヤマト、くん……どうして……」

 俺の姿を見詰めながら、震える声で、名前を呼ぶ。
 また、泣き出してしまいそうなその表情を前に、俺は掛ける言葉を無くし、ただ、呆然と相手を見詰める事しか出来ない。

「空、ヤマトも、同じ俺が見える奴なんだ」
「えっ?」

 そんな中、あいつが慌てて口を開く。
 その言葉に、武ノ内が、驚きの声を上げ、もう一度俺を見詰めてくる。
 その視線を感じながらも、何も答える事が出来ない。

 彼女を傷付けたと言う事は、誰よりも分かっているつもりだから……。

「なぁ、空は、俺の存在を認めてくれた。だから、仲間としてのヤマトも認めて欲しい」

 そして、続けて言われた言葉に、俺も彼女と同じように、驚きを隠せない。
 あいつの言葉は、まるで全てを知っているように感じられるのだ。

 そう、仲間である彼女を、俺が傷付けた事も……。

「なんで………知っているの?」

 あいつの言葉に震える声で、質問を投げ掛ける武ノ内の声を聞きながら、俺も同じようにあいつを見詰める。
 知られているなんて、思いもしなかった事。

「空が、誰を好きになるかなんて、俺が一番分かっている事だ。だって、ヤマトは放って置けない奴だから、だから、空が、好きになるって、知っていたでも、ヤマトは不器用な奴だから……」

 俺と武ノ内の視線を受けながら、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら言われた言葉。
 そして、俺を不器用だと言って、笑ってくれる。
 寂しそうな笑みだろうと、俺の本当の心を分かってくれている言葉。

「言っただろ?振られたって、空は、こいつの事を、嫌いにはなれない、好きなんだろう?」

 優しい笑顔と共に言われた言葉に、武ノ内がそっと息を吐き出す。
 そして、何かを考えるような仕草を見せてから、意を決したように、あいつの質問に小さく頷いた。

「………そう、好きよ。でも、漸く落ち着いたわ。ヤマトくん!」

 そして、顔を上げると、キッと自分を睨み付けてくる。
 突然、名前を呼ばれて、俺は驚いて、武ノ内へと視線を向けた。

「女の子が告白しているのに、『迷惑』ってなによ!もう少し言葉選んでちょうだい。なんとも思われてなくっても、他に言い様ってものがあるでしょう!!」
「えっ?あっ、いや……」

 俺を睨み付けたまま、一気に言われる言葉に、思わず後に下がってしまう。
 捲くし立てられた言葉は、的を得ているだけに、返す言葉が見付からない。

 確かに、『迷惑』と言う言葉は、失礼だろう。

 そう、例え、なんとも思っていない相手からの告白だったとしても……。
 そう思って、慌てて謝ろうと口を開きかけた瞬間、盛大なため息が聞えて、言葉を遮られてしまった。

「すっきりした。泣いているなんて、私らしくないもの。有難う、貴方のお陰で、私らしく戻れたわ」
「俺は、何もしてねぇよ。空が、自分で考えて答えを出したんだ、それでいいじゃんか」

 すっきりとした笑顔で言われた言葉に、あいつも笑顔を向ける。
 俺は、何も言えずに、ただ小さくため息を付く。

「お話は、一段楽したようですね。では、彼の話を聞きませんか?」

 その瞬間、キッチンから人数分の飲み物を持って戻ってきた泉の声が掛けられた。

「そうであった!私は、お前に伝える事があって、ここに来たのだ」

 泉の言葉に、ライオン顔のデジモンが、思い出したと言うように口を開く。

 どうやら、もう俺に謝罪する機会は残されていないらしい。
 もっとも、それを武ノ内も望んでいないらしいが……。

 そのデジモンの言葉に、あいつの表情が真剣なモノへと変化するのが見えた。

「そうだったな。――――、その話を、聞かせくれ」

 そして、聞えてきた声は、その表情と同じように、真剣なモノだった。


                                             



   ヘタレヤマトさん、降臨。(笑)
   クールでかっこいいヤマトさんを目指していたはずなのに、やはりと言いましょうか、敗北してしまいました。
   本当に、ヘタレだよ、ヤマト……xx
   見た目だけは、クールを決め込んでいるのに、内面は、変えようがありませんね。
   これからも、ヘタレヤマトさんは、決定。
   ヤマトさんファンの方、すみません!