何もかもが気に入らない。
 どうしてそんな風に思うのかさえも分からないのに、そんな感情が自分の中に存在する。
 目の前に居る一つ上の先輩。
 その容姿は、学校一目立つ。
 バンドのボーカルをしているというだけあって、整った顔立ちは女性受けしそうなマスク。

 何もかもが気に入らないと感じてしまうのは、どうしてなのだろう。

「なぁ、もうちょっと、穏やかに出来ないのか?」

 自分の考えに浸っていた僕の耳に、苦笑交じりに呟かれた言葉が聞えてくる。
 それに、僕はその言葉を発した人物を振り返った。

「穏やかにですか?僕は、いつも以上に穏やかですよ」

 ニッコリとこれ以上無いほどの笑みを浮かべて、相手を見詰める。

「俺も、同じだ」

 自分に続いて、同じように返された声に、更に不機嫌になるのを止められない。

 聞きたくないと思うその声。
 思わず相手に視線を向けた瞬間、小さくため息をつく音が聞えた。

「分かった。んじゃ、兎に角、早く帰ろうぜ。空、待たせ過ぎてるからなぁ」

 聞えてきたため息に視線を向ければ、諦めたようにもう一度ため息をついて、急かすように言葉が紡がれる。
 そこで、先程から聞かされている名前に、疑問を感じて首を傾げた。

「……先ほどから仰っている、空さんと言う方は、一体誰なんですか?」

 当然のように呼ばれる名前。
 しかし、その人物に、思い当たる人は居ない。
 自分にその名前が聞えると言う事は、彼のようにデジタルワールドと言う世界から来た人物ではないと言う事だけ。

「……悪い。知らねぇんだよなぁ……えっと、空って言うのは、武之内空って言って……」
「武之内……」

 僕の質問に苦笑を零して、説明をする。
 そして、その名前を聞いた瞬間、石田先輩が複雑な表情を見せた。

「えっ、ヤマトは知ってるのか??」

 確認するように呟いたそれに、少しだけ驚いたように聞き返されて、石田先輩が小さくため息をつく。

「………一緒のクラスだからな……」

 不本意だと言うように呟かれたそれ。
 確かに、彼女は目の前の人物とはクラスが一緒で、学校の噂では、彼女は彼の事が好きだと言う話を聞いたことがある。
 不本意そうなそれは、彼と彼女には、その噂通りの何かがあったと言う事は、想像するのは、簡単な事だ。

「武之内先輩でしたら、僕も知っていますよ。小学校の時、同じクラブでしたから」

 そして、自分も同じように彼女の事を知っている。
 その理由を口にすれば、目の前で複雑な表情を見せる彼の姿。
 小学校の事、僕はサッカークラブに所属していた。
 人付き合いの苦手な僕がどうして、そんなクラブに所属していたのか、その理由は覚えて居ないけれど、その時の先輩に、武之内空さんが居たのは、記憶に新しい。 

「……そっか、なら、話は早いな。そいつも、デジモンのパートナーが居るんだ。だから、光子郎の家に行ってもらった。あそこなら、あいつらも居るから……」 

 何処か寂しそうな瞳を見せながら、説明をする目の前の少年に、僕は複雑な気持ちを隠せなかった。
 デジモンのパートナーが居ると言う事。それが一体何を意味しているのか、まだ自分には分からない。
 しかし、それが、目の前の少年とを結びつける鍵である事は、明白である。

 自分の気持ちを押し込めて、説明をする。
 彼等の姿見え、そして、デジモンのパートナーを持つ者。
 目の前の少年が今動いているのは、デジモンと言う生き物を、そのパートナーへと返す事。

「……デジモンのパートナー……話からすると、俺に会わせたいヤツも、そいつなのか?」

 考えている中、突然聞えた声に、顔を上げる。
 そう、彼が会わせたいと思っている相手は、きっと僕の家に居るデジモンと言う存在の内のどれか。
 僕にテントウムシのようなデジモンを引き合わせたように……。

「そう言えば、ヤマトには、何にも言ってなかったな。もっとも、光子郎にだって、そんなに説明してる訳じゃねぇけど……」

 苦笑交じりに彼が、自分に視線を向けてくる。
 その視線を受けて、僕は小さく頷いて返した。

「確かにそうですね。詳しい事は、何も聞いていません。ただ、ボクにデジモンというパートナーが居る事。そして、僕達が何者かに、狙われている事。そして、すべての答えは、僕の中に存在するのだと、貴方は教えてくれました」

 僕が知っているのは、たったこれだけ。
 知りたい事は一杯あるのに、彼は、僕の中に答えがあるとしか教えてくれなかった。

 そう、一番知りたい彼の名前も……。

「なら、教えてくれ。お前は『誰』、なんだ……」
「い、石田先輩、そんな事……」

 自分が考えていた言葉を、石田さんが、そのまま口に出す。
 知りたい事の、一番を占めている言葉。
 だけど、その言葉が、何よりも彼を傷つけることになると知っているから、僕は慌てて石田先輩の言葉を遮るように口を開いた瞬間、彼が困ったような笑みを浮かべた。
 その笑みに、言葉を続ける事は出来ず、そのまま相手を見詰めてしまう。
 一瞬だけ、迷った表情を見せながらも、意を決したように彼が顔を上げて、石田先輩と視線を合わせる。

「……自己紹介したいのは山々なんだけど、出来ねぇんだ」
「えっ?」

 そっと呟かれたそれは、諦めたようなそして、悲しみを含んだ声音。
 彼が、どんな気持ちでそれを受け入れているのか分からないが、それの為に、傷付いている事を知っているから、それ以上聞きたくなくって、瞳を閉じた。

「俺の名前、お前等には、聞えないから……」

 説明するかのように再度聞えてきた声は、泣き出してしまいそうで、聞いていて辛くなる。

 デジモン達も、話していた。
 彼は、全てを自分の中で、背負い込んでしまうのだと。

 そして、誰にも、その弱さを見せないのだと…。

「すまない…」

 彼の言葉に、石田先輩が、謝罪する。
 聞いてはいけない事を聞いてしまったと思ったのだろう。

「いいよ、普通は、名前を聞くのが、当たり前なんだよ。でも、俺の名前も、そして、お前等のパートナーの事も、全部お前達の中に存在してるんだって、信じてる。だから、思い出した時は、名前、呼んでくれよ」

 しかし、それに返されたのは、明るい声。
 今までの声が、まるで幻聴だったかのように……。
 そして、最後に言われた言葉に、僕は瞳を開いて、彼を見た。

「お前等が、俺の名前をまた呼んでくれるのを楽しみにしてるな」

 本当に楽しそうに言われた言葉は、彼が心から望んでいる事だろう。
 そんな彼の望みを変えなえたくって、僕は小さく頷く。
 それは、石田先輩も同じで、頷いているのが見えた。

「―――!」

 そんな中、彼のパートナーであるデジモンが、何かを口にする。
 僕達の耳に聞えないと言う事は、きっと彼の名前を呼んだのだろう。

「――――」

 そして、彼も、聞えない声を発する。それは、パートナーの名前だろう。
 その瞬間、緊迫した空気が流れた。

「―――は、二人を連れて早く逃げて!!」

 オレンジ色の恐竜が、彼を背に庇うように立ち、『逃げろ』と言う。

「出来ない!相手が、完全体だったら……」
「駄目だよ、ここで、ヤマトやコウシロウが、危ない目にあってもいいの?」

 彼を庇うように立ちながら、少しだけキツイ口調で言われた言葉に、彼が大きく頭を振る。

「だからって、――――を残しては………――――――――……」
「えっ?」

 そして、次の瞬間、目の前に現れた彼等と同じ透明な生き物の姿。
 大きな牙、ライオンのような鬣も、体の模様は、まるでトラのような、不思議な生き物。

「……――――まで……」

 その生き物を見た瞬間、彼の瞳が悲しみに揺れたのが分かる。
 呟かれた言葉からも、この生き物の事を、彼が知っていると言う事だけは、理解できた。

「―――!来る」

 緊迫した空気の中、彼のパートナーの声が響く。

「――――、ここで戦う訳にはいかない。場所を移そう……ヤマトと光子郎は、先に戻っててくれ。ここは、俺たちが・……」
「一体、どう言う事なんですか?あのデジモンは一体……」

 状況を分析しようとしている中、突然名前を呼ばれて、顔を上げ、今の状況を一番理解している彼へと問いかけた。

「……お前達を狙っている、敵ってヤツに操られている……俺の友達だ……」

 僕の問い掛けに、彼が複雑な表情を見せながらも、答えてくれる。
 それは、本当に辛そうな声。

「操られているだけなんだ……体のどこかに糸が……」

 そして、まるで自分に言い聞かせるように呟いて、間合いを詰めながらも、現れた生き物を必死で観察しているその姿に、僕もその生き物へと視線を向けた。 

「あの、尻尾についているやつか?」
「えっ?」

 僕が視線を向けた瞬間、石田先輩が、不思議そうに問い掛ける。
 言われた内容に、僕もその場所に視線を向けた。
 確かに、そこには、光何かがあるのが、見える。

「――――、尻尾だ!」
「分かった、―――」

 それが確認できた瞬間、彼の声が聞ええて、恐竜の口から炎が吐き出された。
 それは、その生き物に交わされてしまったが、光っていた何かを焼いて、消える。

「やった!」

 それが焼けた瞬間、彼が、本当に嬉しそうな声を上げた。
 そしてその瞬間、不思議な生き物がまぶしい光に包まれる。

「……私は、一体……」
「――――!!」

 光が収まった先に居るのは、先程の不思議な生き物ではなく、今度は逞しい体をもったライオン。
 そんなライオンに、彼が慌てて走り寄った。

「…―――……何故、お前がここに……いや、違う、私が、どうしてここに居るのだ」
「それは……」

 説明を求めるように呟かれた言葉に、彼は言葉を濁す。
 説明できないのは、ライオンが操られていた事を、教えたくないからだろう。

「操られて、いたのだな……」

 しかし、相手には、それだけで分かったようだ。
 確認するように問われたそれに、彼が小さく頷いて返す。

「でも、――――はボクたちを襲ったりはしなかったよ」
「そうか……」

 彼のパートナーが慌ててフォローするように言葉を告げるが、それは、あまり意味がない言葉。
 確かに、自分達を襲う事はしなかったが、それは、石田先輩が、彼を操っているモノを素早く見つける事が出来たからである。
 そし、もう少しでも見つける事が遅かった時のことを考えれば、その言葉は、慰めにはならない。

「あそこに居るのは、選ばれし子供達か?」

 観察するように見詰めていれば、突然視線を向けられて、驚いてしまう。
 その言葉に、彼も、顔を上げて、僕達の方に視線を向けてきた。

「そう、ヤマトと光子郎。でっかくなってんだろう」

 そして、ニッと明るい笑みを浮かべて言われた言葉に、意味が分からずに思わず首を傾げてしまう。
 その言葉を考えると、自分は、このライオンのような生き物に合ったことがあると言う事。

「……確かに、そうだな……」

 笑顔で言われた言葉に、デジモンが複雑な表情で苦笑を零す。
 だがその表情は、ほんの一瞬で、次の瞬間には、真剣な表情へと変わってしまった。

「実は、私は、お前を探していたのだ……」

 真剣な視線を真っ直ぐに彼に向けて言われた言葉。それに、彼が、不思議そうに首を傾げる。

「俺を?」
「ああ、こんなに早く会えるとは思っていなかったから、操られた事に感謝しよう」

 冗談交じりに言われたそれに、彼が苦笑を零す。
 しかし、その言葉は、彼を安心させるものだと分かって、僕は、このデジモンも、彼の事を大切に思っているのだと理解した。
 そして、そう理解した瞬間、体を動かす。

「――――、―――を探してったって?」
「ここで話さずに、直ぐ近くにある僕の家に行きませんか?」

 ここで話を進めてしまいそうな勢いを見せている彼等に、声を掛ける。
 まるで僕達の存在を忘れているような彼等に、それを思い出させるためにも……。
 そして、何よりも、これによって、分からない謎が、一つでも解き明かされる事を願って……。



                                             



   レオモンの事を、ライオンと言ってますよ。(笑)
   同表現しようか悩んだんですけど、光子郎さんがそう言うので、それで決定です。(おい!)

   この回は、『裏・GATE』書かないつもりだったのですが、読み返してみると、二人の心境が無い事が発覚。
   急遽制作になりました。
   なので、表後書きに、『裏・GATE』の事は、触れておりません。
    
   さぁ、次は、ヤマトさん視点の『裏・GATE』だ!