ずっと、体調の悪さは感じていた。
 でも、それを無視していたのは、自分が悪い。
 ヤマトにバレナイように気を使っていたから、余計にその反動が出たような気もする。
 朝、ヤマトを送り出してから、一気にきたそれに、俺はそのまま倒れてしまったらしい。
 直ぐ傍で、猫の声が聞こえたような気がするけど、それも直ぐに聞こえなくなった。






 一番初めに体調の悪さを感じたのは、1週間前。
 料理を作ろうとした時、一瞬感じた眩暈から……。
 その次に感じたのは、体のだるさ。気の所為だと自分に言い聞かせて数日。それから、吐き気まで出てきて、どうしたものか、正直言って迷った。
 だって、今ヤマトに心配を掛けたくないから……。
 ちょうどその頃は、ツアーの準備で忙しそうにしているのを知っていたから、困らせたくなかった。
 だから出来るだけ、ヤマトの前では、元気な不利をして、笑顔を見せる。
 そんな時でも、やっぱり気分は最悪で、熱を測ることだけは絶対にしたくなかった。だって、熱があると分かったら、それだけで、ますます気分が悪くなりそうだ。
「それじゃ、太一、行ってくるな」
 大きなバックを抱えて、ヤマトが俺に笑顔を向ける。
 少し寂しそうなその笑顔に、俺も笑顔を返した。

「気を付けろよ……電話、無理なら、いいから……」

 そして、何時もと同じ見送りの挨拶。
 ツアーに出掛けてる間、ヤマトは毎晩電話を掛けてくる。それは、欠かす事の無い、行事となっていた。
 忙しいと言う事を知っているから、寂しいけど、やっぱり無理はして欲しくない。

「絶対に、毎日電話するな……」

 これも、何時もと同じ台詞。それから頬に優しくキス。
 これが、ツアーに行く前の俺とヤマトの決まり事。それが、無事に終わって、ほっとした瞬間、目の前が真っ暗になった。
 きっと、気が抜けたって奴だと思う。だって、ヤマトに心配掛けないように本当に気を使っていたから……。
 そんな事を冷静に考えられるくらいだから、大丈夫と思っていた俺の意識は、そのまま闇の中へと沈んでいった。




 目を覚ました瞬間、一瞬状況が分からずに、ぼんやりとしてしまう。
 しかし、目の前に見えるその見慣れた天井に、今までの事が夢だったのかと思えてしまった。
 確か、自分が倒れた場所はリビング。それは、確かに現実だったと思うのだ。
 なのに、今自分が寝ている場所は、寝室のベッドの上。

「……俺……」

 起き上がろうとした瞬間、体に力が入らずに、力なく枕に埋もれてしまう。
 そして、その瞬間額に置いてあったタオルが落ちた。

「…これ…??」

 自分の熱で暖かくなっているそれを、不思議に思いながら手にとって辺りを見回す。
 ヤマトはツアーへと送り出したはずで、この家に誰かが居る等考えられない。しかし、自分でこれをやったとは、どうしても思えないだけに、疑問だけが働かない頭に浮かぶ。

「お兄ちゃん、起きたの?」

 ぼんやりと考えている中、ドアが開いて良く知っている声が聞こえて来た。それに、俺は、ゆっくりと視線を向ける。

「びっくりしたんだよ、遊びに来たら、玄関のドアは鍵が掛かってなかったし、リビングでお兄ちゃんは倒れてるんだもん。タケルくんが一緒じゃなかったら、大変だったんだから」

 少しだけ怒ったような表情で言われたそれに、俺は首を傾げた。

「…タケル……?」

 ぼんやりと言われた名前を呟けば、続いて良く知った顔が覗き込んで来る。

「気が付いたんだね、太一さん」

 少しほっとしたように言われたそれに、俺は首を傾げた。

「…タケル……?それに、ヒカリも……なんで、ここに居るんだ??」

 先程のヒカリの説明でも、今の俺の頭では整理できずに、思わず尋ねたそれに、タケルとヒカリが顔を見合わせて苦笑を零す。

「…兄さんが、今日からツアーに入るって聞いていたから、久し振りに太一さんに会いたいと思って……」
「驚かせようと思ったのに、逆に驚かされたんだからね!」

 怒っているヒカリに、思わず苦笑を零す。
 そう言えば、ヒカリにそんな話をした事思い出して、太一は納得したように頷いた。

「…でも、タケル…ヤマトが居ない時にわざわざ来るなんて……」
「やだなぁ、太一さん。兄さんが居ないから、わざわざ来たんだよ」

 自分が疑問に思った事を口に出せば、ニッコリ笑顔であっさりと返事が返されてしまう。

「そうよね。ヤマトさんが居るなら、遊びに来ないわよ」

 そして追い討ちとばかりに可愛らしい笑顔で言われたそれに、太一はただ盛大なため息をつく。

「……お前等、それヤマトの前で言うなよ……」
「勿論言うわよ!私、怒ってるんだから!!」

 呆れたままに呟いたそれに返された言葉に、驚いて太一がヒカリを見た。

「ヒ、ヒカリ??」

「怒るわよ!だって、お兄ちゃんが調子悪い事にも気が付かないで、ツアーなんかに出掛けちゃうような人、最低だわ!」

 キッパリとした口調で言われる言葉は、本当に怒りを含んでいる。

「そうだね、ボクも同じだよ。大切な人の体調も分からないなんて、どう言う神経してるのかなぁ」

 そして、続けて言われたその言葉に、太一は困ったような表情を見せた。
 自分が必死で体調が悪い事を隠していたのだから、ヤマトには責任などないのである。

「いや、だから……」
「お兄ちゃんは黙ってて!どうせ、今晩も電話が掛かって来るんでしょう?私が、ヤマトさんにキツクお灸据えてやるんだから!!」

 目の前で両手を握り締めている実の妹の姿に、太一は何も言えずに口を閉ざす。
 こうなった妹を止められないのは、長年の経験から嫌と言う程体験しているのだ。

「太一さんは、今日一日大人しくて下さい。ボク達が、泊まって行きますから」

 燃えているヒカリを横目に、ニッコリと笑顔で言われたその言葉に、太一は素直に頷くしか方法がない。
 しかも、体はだるくて、起き上がれない状態なのだから、従うしかないのである。

「お兄ちゃん、何か食べられそう?」
「……いや、欲しくない……でも、喉が渇いてる、かな……」

 ヒカリの質問に小さく首を振って返せば、少し考えてから口を開く。

「そう、それじゃ、スポーツドリンク飲む。汗酷いから、一度パジャマも着替えた方がいいと思うよ」

 タンスの中から、新しいパジャマを出しながら言われたそれに、太一は素直に頷いて返す。
 確かに、汗をかいていて、体がべたべたした状態なのは、少し気持ちが悪い。

「それじゃ、ボクが体拭くの手伝おうか?」
「やだ、タケルくん。下心見えてるわよ」

 そんな自分の心を読んだように笑顔で言われた言葉に、ヒカリが更に笑顔で返事を返す。
 目の前で行われた会話に、太一はどう反応を返していいのか分からずに、沈黙してしまう。

「それじゃ、体拭く準備しておくね。お兄ちゃん、起きられそう?」
「えっ?あっ、ああ……」

 心配そうに尋ねられたそれに、慌てて返事を返す。どうも、この二人には、逆らえない何かがあるようだ。




「アグ?」

 ふっと意識が浮上して目を覚ました瞬間、自分の傍に感じたそれに、視線を向ける。
 もう既に外は暗くなっているようで、部屋の中は薄暗い。その中に、ボンヤリとしたモノを見つけて、太一は手を伸ばした。

「……俺、寝てたのか?」

 ヒカリが洗面器にお湯を張って、タオルを持ってきてくれたので、それで体を拭き、パジャマを着替えたところまでは確かに記憶にあるのだが、その後の記憶が全く無い。

「…何時だ?」

 視線を彷徨わせて、時計を見れば、既に8時を過ぎている。

「……9時か……」

 時間を確認して、ほっと息をつく。ゆっくりと眠ったお陰で、体の方は随分と楽になっている。
 ただ、寝過ぎている所為か、頭がボンヤリとしているのに、太一は盛大に息を吐き出した。

「…心配掛けたな、アグ」

 その瞬間、自分の頬に擦り寄ってくるそれに、太一は苦笑を零して、優しくその頭を撫でてやる。ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしているその姿に、優しく瞳を細めた。

「そう言えば、ガブは??」

 そして、もう一匹の猫を思い出して、太一は辺りを見回す。目の前に居る猫と違って、もう一匹は人見知りが激しく太一やヤマト以外の人間には、懐いたりしない。

「居た…」

 辺りを見回した瞬間、自分の隣で気持ちよさそうに眠っている猫を見つけて、太一は思わず苦笑をこぼした。
 ヤマトの枕に頭を預けた状態で眠っているその姿は、笑いを誘う。
 我が物顔でヤマトの場所を占領しているその姿は、可愛いのだが、ふてぶてしくも見える。

「…ガブ……その姿見たら、ヤマトが泣くぞ」

 苦笑を零して、太一はゆっくりと体を起こした。その瞬間、ドアをノックする音。

「はい?」
「起きてたんですね」

 ノックの音に返事を返すと、ゆっくりとドアが開いてタケルが顔を見せる。

「お腹空きませんか?」
「えっ?ああ……そう言えば、少しだけ空いたかも……」

 ニッコリと笑顔で質問された事に、太一は一瞬だけ考えてから返事を返す。確かに、朝から殆ど食べていない状態で眠っていたので、お腹が空いているような気もする。

「良かった。お腹が空くようのなったんなら、もう大丈夫だね」

 自分の言葉に、ほっとした表情を見せて、タケルが部屋の中へと入ってきた。

「…悪い、心配掛けちまったな……」

 そんなタケルに、太一は申し訳なさそうな表情を見せて、小さくため息をつく。

「気にしないでいいよ。ボクとしては、太一さんの役に立てて嬉しいんだから、お腹空いてるんだったら、ヒカリちゃんが作ったお粥もって来ようか?」
「いや、いいよ。もう体も大丈夫そうだし……」
「駄目だよ。今動いたら、ヒカリちゃんが、ますます不機嫌になると思うんだけど……」

 自分の言葉を丁寧に断ろうとした太一に、タケルは苦笑を零しながら、それを遮った。
 その表情は、困ったようにも見えるし、楽しんでいるようにも見えて、太一には、何かがあったと瞬時に理解した。
 そして、一つ想いあたる事が浮かんだ瞬間、太一は頭を抱えたくなってしまった。

「……もしかして、ヤマトから電話……」
「はい、兄さんから電話があって、ヒカリちゃんが激怒してました」

 苦笑を零しながら言われているのに、どうしても楽しんでいるようにしか聞こえないそれに、太一はただ盛大なため息を付く。

「……失敗した……」

 折角、ヤマトにバレないように頑張ったのに、これでは意味が無い。

「……ヤマト、ツアー抜けて来たりしないよな?」

 恐る恐る尋ねたそれに、タケルが複雑な表情を見せた。

「…それは、流石にしないと思いますけど……電話の様子では、今すぐにでも戻ってくるような雰囲気でしたよ」

 困ったように返されたそれに、太一もまた複雑な表情をする。
 相手が相手なだけに、本当にそのまま戻ってくるかも知れ無いと言う恐ろしさを感じずにいられない。

「お兄ちゃん」

 二人で顔を見合わせたまま、複雑な表情を見せていた中、突然声が掛けられる。

「ヒカリ?」

 不機嫌そのままの表情で、自分に受話器を差し出した妹に、太一は不思議そうに首を傾げてしまう。

「…ヤマトさんからよ…どうしても、お兄ちゃんと話がしたいからって……」

 顔に不本意だと書いてあるのが良く分かるだけに、太一は思わず苦笑を零してその受話器を受け取った。
 保留ボタンを押して受話器を耳に当てる。

「ヤマト?」
『太一!大丈夫なのか!!』

 電話に出た瞬間、凄い勢いで尋ねられたそれに、思わず受話器を耳から放してしまう。

「……兄さん、病人相手に、そんなに大声出すのもどうかと思うんだけど……」

 少し離れた場所で、ヤマトの声を聞いたタケルが呆れたようにため息をつく。

「本当だわ!常識ってモノをしらないのかしら……」

 タケルの呟きに、便乗するようにヒカリが腕を組む。そんな二人に、苦笑を零しながら、太一は再度耳に受話器を当てた。

「……俺は、大丈夫だよ。ヒカリやタケルが世話してくれたお陰で、もう元気だし……それに、大した事なか…」
『ヒカリちゃんから、お前の熱39度も合ったって、聞いたぞ!』

 自分の言葉を遮って、ヤマトが言ったそれに、思わずヒカリを見てしまう。
 自分で熱を測っていないから、そんなことを言われても、本当かどうかなど分からない。

「……ヒカリが大げさに言っただけだって!だから、ツアーちゃんと頑張れよ。お前の歌、楽しみにしてる人が、一杯居るんだぜ。手を抜いたりしたら、実家に帰っちまうからな」
「勿論、何時だって戻ってきてもいいよ、お兄ちゃんvv」

 太一の言葉に嬉々とした表情で、ヒカリが口を開く。勿論、その声は受話器の向こうのヤマトにも聞こえたらしい。

『絶対に、成功させる!!』

 キッパリとした口調で戻ってきたそれに、太一は思わず苦笑を零す。

「ああ、頑張れよ。結果なんて、知る方法幾らでもあるんだから、手を抜いたりしたら、一発で分かるからな」
『……ど、努力する……』

 応援の言葉と、更に釘を刺すように言った言葉に複雑な返事が戻ってくる。どうやら、バレないから、大丈夫だろうと思っていたらしい事が分かって、太一はため息をつく。

『…約束する。絶対に明日報告の電話入れるから……だから、太一はちゃんと体調を戻してくれ』

 真剣な口調が、受話器から聞こえてくる。

「……分かった。約束、だからな……ヤマト…」

 真剣なそれに、太一も小さく頷いて返事を返す。そして、そっとヤマトに呼びかけた。

『どうした?』

 自分の名前を呼んだ太一に、不思議そうにヤマトが先を促す。

「……心配掛けて、ごめんな……それから、黙ってて、悪かった……」
『…太一……俺からも約束してもらってもいいか?』
「ヤマト?」
『体調が悪い時は、絶対に俺に一番に言ってくれ。例え、俺がツアー中でも……どんなに忙しい時でも、頼むから……ヒカリちゃんに、お前が倒れたって聞かされた時、マジで心臓止まるかと思ったんだからな……』
「……悪かった…本当に、ごめんな……」

 言われた言葉から、自分がどれだけ心配を掛けたのか、嫌と言うほど伝わってくる。

『謝って欲しいんじゃない。太一の体調に気付けなかった自分が、情けないんだ……』
「ヤマト、それは……」
「はい!時間切れ!!」

 自分を責めていると分かるヤマトに、太一が言葉を返そうとした瞬間、横から受話器を奪われてしまう。

「ヒ、ヒカリ??」
「ヤマトさん、約束の時間が来ましたので、お電話切りますね」

 ニッコリと受話器に向かって笑顔を見せてから、ヒカリが問答無用状態で、電話を切る。突然の事に、太一はどう反応を返していいのか分からずに、ただ呆然と切られてしまった受話器を見詰めてしまう。

「…ヒカリちゃん、兄さんに何て言って、太一さんと替わったの?」
「5分間だけなら、話してもいいって、言ったのvv」
「電話、何回目に?」
「う〜んと、そうねぇ……10回以上は、掛かってきたと思うけど……」

 さらりと言われたそれに、タケルはただ苦笑を零す。そして、それを聞いていた太一は、ただ複雑な表情を浮かべた。
 約束していたのなら、自分に文句は言えないし、可愛い妹を怒るなど、どう考えても出来ない。

「……ごめんな、ヤマト……」

 そして、今はもう繋がっていない受話器に向かって謝罪する。きっと、向こうでは、ヤマトが呆然とした状態で、ただ受話器を見詰めているだろう。

「お兄ちゃん、明日の夜、ヤマトさんとお話したかったら、ちゃんと大人しく寝てないと駄目だからね」

 どうした物かと考えている中、しっかりと釘を刺す言葉が投げ掛けられる。
 太一はただ、その言葉に素直に頷くしか出来なかった。
 やはり、八神ヒカリには、逆らえない何かがある。そう思わずに入られない、出来事であった。



 そして、その次の日、太一とヤマトがちゃんと電話で話を出来たかどうかは、ヒカリちゃんの機嫌次第と言う所であろう。


 

 




  大変お待たせしてしまって、申し訳ありません!!
  しかも、意味不明小説……xxここは、何とお詫び申し上げていいのやら……。
  レイカ様、本当にすみませんでした。
  
  ええっと、確かリクエスト内容は、太一さんが風邪引いてるのにそれに気が付かずにツアーに行ってしまう夫ヤマトさん。
  そして、ヒカリちゃんが激怒してしまう。
  と、言うようなものだったのですが、リクエストに、お答えできているでしょうか??
  お待たせした上に、このようなお見苦しいものが出来上がってしまって、すみません。
  こんな小説でも、宜しければ、またお願いいたします。