「お兄ちゃんに、太一さんは渡さないからね……」
冷たく言い放ったその瞳が自分を見詰めて来るのに、ヤマトは小さく目の前に居る人物の名前を呼ぶ。
「太一さんは、ボクのモノだ!」
「……タケル…あいつが、それを望んだんだろう?どうして、俺にそんな事を言うんだ?」
今にも泣き出しそうな表情で言い放つ弟を前に、ヤマトはため息をつく。
自分のモノだと言うのに、その瞳は不安そうで……。
「……xx」
「太一がお前を認めたんだろう?だったら、少しはあいつを信じてやるんだな」
ポンッとその頭に手を置いて、ヤマトはもう一度だけため息をつくと踵を返した。
「話がそれだけなら、俺は帰る……」
片手を上げて、タケルが自分の事を引き止めないのを確認してから、そのまま歩き出す。タケルは、そんなヤマトの後姿を、何とも言えない表情で見送る事しか出来なかった。
「タケル?」
心配そうな声で名前を呼ばれた瞬間、ハッとして顔を上げた。目の前には、心配そうに自分を見詰めている大切な人が居る。
「…何でもないよ、太一さん…ちょっと、ボーっとしちゃって……」
心配そうに見詰めて来るその瞳に、慌てて笑顔を作って、首を振って返す。
「そっか……確かに、今日はいい天気だし、ボーっとしちまう気持ちは分かるよなぁ……」
そんなタケルに笑顔をみせてから、太一は空を見上げると気持ち良さそうに瞳を細めた。
秋晴れとは良く言ったもので、雲一つない青空が広がっているのを、気持ち良さそうに見詰めている。
自分の隣で、幸せそうに笑っている太一の姿に、タケルは思わず苦笑を零す。
「なぁ、タケル……明日、部活が休みなったんだ。どっか行かねぇか?」
そして、思い出したとばかりに更に笑顔を見せて、嬉しそうに言われたその言葉に、タケルは驚いて太一を見詰める。
今日、土曜日にこうして太一に会えたというだけでも珍しい事なのに、その次の日にも会える約束をされたのは、今ままでの中では、初めての事。
そう、恋人と言う特別な関係になってからは、特にお互いに忙しくって、会える時間は少ないから……。
「明日?」
「ああ、もしかし、用事あるのか?」
「太一さんの申し出を断るような用事は、ないよ」
心配そうに見詰めて来る太一に笑顔を見せて首を振る。そのタケルの言葉に、パッと太一の顔が笑顔に変わった。
「んじゃ、どうする?」
「そうだね…それじゃ、太一さんは何処に行きたい?」
「俺は……」
問い掛けた言葉に、逆に聞き返されて、太一が考え込む。久し振りに空いた時間の過ごし方は、何時も何となく過ごしているだけなので、聞かれると言葉に困るものだ。
暫くの間は、必死でどうするかを考えている太一の姿を見ながら、タケルは笑顔を見せる。何にでも一生懸命で、可愛い太一の姿を見ていられる事が、嬉しくって、ただ静かに見詰めてしまう。
「決めた!タケル、明日俺の家に来ないか?」
「えっ?太一さんの家にですか?」
「ああ、いやなら、また考えるけど……」
「いやじゃないよ、でも、ヒカリちゃんが居るんじゃ……」
不安そうに見詰めて来る太一に、言葉を返してハッとする。ヒカリが居たとしても、きっと太一には関係無いと分かるから……。それどころか、そんなことを言った自分を不思議に思うだろう。
「ヒカリは、友達の誕生日会だから出かけるって言ってたし、母さん達も居ないから、大丈夫だぜ」
だが、何の疑問も持たずに返されたその言葉に、タケルはホッと胸を撫で下ろした。
しかし、今度は別な心配をしてしまうのは止められない。
「……ボクと二人だけになって、いいの?」
「ふ、二人だけって……俺達、一様付き合ってるんだし……その、問題あるのか?」
自分の問い掛けに少しだけ照れた様に答える太一を前に、タケルは小さく笑いを零した。そして、そっと太一の直ぐ傍まで顔を近付ける。
「……キスもした事無いのに、そんな事言えるのかなぁ……ねぇ、太一さん……」
「タ、タケル!!」
突然耳元で囁かれたその言葉に、太一が顔を真っ赤にしてタケルから離れた。だがベンチが狭いばっかりに、慌てた所為でそこから落ちそうになってしまう。
「危ない!」
体がよろめいた瞬間、グッと強い力で抱き寄せられて、太一は大きく瞳を見開く。
余りにも突然の事に、一瞬何が起こったのか理解できないまま、太一はタケルに抱きしめられたまま動けない。
「大丈夫、太一さん?」
「えっ?…ああ…タケルが、手を引いてくれたから……落ちずに済んだ……」
ギュッとタケルの服を強く掴んだまま、心配そうに尋ねられたその言葉に返事を返す。
「……タケル?」
そして、そのまま抱き締め合ったままの状態で、突然その腕に力が込められた事に気が付いて、太一が不思議そうにその顔を見上げる。
「……ねぇ、太一さん……太一さんが、ボクに付き合ってくれるのは、ボクがお兄ちゃんの弟だから……」
「えっ?」
「お兄ちゃんの弟で、お兄ちゃんよりも先に告白したから、ボクに付き合ってくれたの?」
「タケル?」
言われている言葉の意味が分からなくって、問い掛けるように名前を呼ぶ。しかし、真剣で何処か悲しそうに自分の事を見詰めているその瞳に、一瞬息を呑む。
そんな表情を見たのは、初めてだから……。
「……例えそうだとしても、ボクは、太一さんを誰にも渡さない…」
その瞳に見詰められるまま、動けないで居た太一は、言われた言葉と同時に近付いてきたその顔に、ハッとする。しかし、それを悟った時には、遅かった。
ゆっくりと重ねられた唇は、その動きとは反対に激しくって、太一は思わずギュッと瞳を閉じる。そして、何とかその腕から逃れようと体を動かす。しかし、タケルの力は、自分が思っていたよりも強くって逃げる事が出来ない。
塞がれていることによって息が出来なくなった唇が、息苦しさに薄く開いた瞬間に、そっとタケルの舌が入り込んできた事に、太一はピクッと体を震わした。
まるで我がモノ顔で自分の口の中を動き回る舌が、逃げる自分のそれに絡みついてくる。その動きに太一の体から、ゆっくりと力が抜けて行くのを感じて、タケルはしっかりと太一を抱き締め直した。
「…んっ…」
苦しそうに眉が寄せられて、漏れたその声に、ハッと我に返った瞬間、タケルは慌てて太一から唇を離す。
それと同時に、漸く息をする事が出来た太一は苦しそうに力が入らない体をそのままタケルに預けてきた。
「…大丈夫…太一さん……」
全く力が入らないのだろう、ぐったりとしたまま肩で息をしている太一に、心配そうに声をかけた瞬間、バッと顔を上げた太一が自分のことを睨み付けてくる。
その涙が浮かんだ瞳で睨み付けられて、タケルは何も言えないまま見詰めてしまう。
そして、バシッと言う音がして、頬に痛みを感じて、唖然と太一を見詰めてしまった。
「……バカにするな!俺は、そんな理由で、人と付き合ったりなんてしない!!」
怒っているのに、涙が頬を伝うのを止められなくって、太一はそのまま鞄を掴むと踵を返して走り去って行く。
太一が走り去って行くのを黙って見送ってから、タケルは叩かれた頬に手を当てて、自嘲的な笑みを浮かべた。
「……だって、不安で仕方ないんだ……あなたは、誰からも好かれる人だから……」
ポツリと漏らされたその言葉は、冷たい風に流されてしまう。
そして、そのままタケルはその場に座ったまま、動けなくなる。
泣いているのを気付かれない様に慌てて走っていた時に、偶然にぶつかった相手は、運がいいのか悪のか、ヤマトだった。
泣いている自分が無理やり連れて来られた場所は、ヤマトの家。
「あのまま帰ったら、ヒカリちゃんが心配するだろう」
そういって差し出されたのは、暖かいカフェオレ。
「……お前の所為で、喧嘩したのに……」
そのカフェオレを受け取りながら、ポツリと呟かれたそれに、ヤマトは苦笑を零す。
「…あいつは、まだ子供だからな……だから、俺にしとけば良かったんだよ……」
ため息をつきながら言われたその言葉に、太一がヤマトを睨み付ける。
「……悪かった…からかった訳じゃない……知ってたよ、お前がタケルを一人前だって言った時から、俺に勝ち目がない事……お前がちゃんと考えて、俺にもタケルにも返事を返したって事も……選ばれたのは、あいつだったけどな」
自嘲的な笑顔を見せるヤマトに、太一は申し訳無さそうに視線を逸らして、自分の手元のカップを見詰めた。
暖かく湯気を出しているそれを見詰めながら、小さく息を吐き出す。
「だけど、俺はお前の友人だって言う立場を放棄するつもりはないからな。今だって、お前の事を親友だと思ってる」
「……ああ…それは、俺も同じだ……だけど、それがタケルを不安にさせるのなら、俺は……」
「俺と、関りを持たないって?それこそ、バカな行為だな。そんな事されて、俺が納得すると思ってるのか?」
ダンッとテーブルを叩くヤマトに、太一は何も言わずに俯いてしまう。
それが、間違っていると分かっているからこそ、ヤマトの顔を見る事が出来ない。
好きだから独占したいと思う気持ちは、自分だって全くない訳ではない。しかし、それだけでは、成り立たないと知っているからこそ、今の状態では前に進めないのだ。
「……お前、ちゃんと自分の気持ちをあいつに伝えたのか?」
何も言わずに俯いている太一を前に、ヤマトはため息をついて持っていたカップに口を付けた。少し苦いその液体を流しこんで、もう一度太一に視線を向ける。
「…あいつが、どうして不安になっているのか、分かってるんだろう?だったら、どうすればいいのかも、知ってるはずだ」
「…ヤマト…?」
漸く顔を上げた太一に笑顔を見せて、ヤマトはため息をつく。
「友人からの忠告だ。たまには、本音を言ったって問題ないと思うぜ……」
苦笑を零しながら言われたその言葉に、太一が小さく頷いた。
「…サンキュー……俺らしいって事、忘れてたみたいだ……」
少しだけ恥ずかしそうに頬を赤くしている太一に、ヤマトは笑顔を見せる。
「…惚気を聞く気は無いけど、愚痴ぐらいなら聞いてやるよ、友人として、な……」
「……出来れば、惚気の方を聞いてくれよな……」
「……贅沢言うな!」
何時もの軽口に戻った太一に、ヤマトがため息をついてその頭を軽く殴り付けた。それに、笑顔を見せて、太一がゆっくりと椅子から立ち上がる。
「んじゃ、ヤマトに迷惑掛けちまったし、帰るよ、俺……」
「ああ、あいつの事、任せるぜ」
「んっ……サンキュー、ヤマト……」
笑顔で礼を言われた事に、ヤマトは何も言わずに笑顔を返す。そして、そのまま太一が出て行くのを静かに見送った。
「……親友かぁ……それだけでも、満足しないとだろうなぁ…」
ドアがしまったのを確認する様に呟いたその言葉に、自嘲的な笑みを見せる。
スキだと言う気持ちを止める事は出来ないが、相手が幸せである事を望む気持ちは、本当の事。
相手が選んだ人物だからこそ、認めたのだ。
「……けど、そんな情けない奴だって言うのなら、奪い取るぞ…タケル……」
自分達よりも子供である以上、どうしても精神的には脆いという事は分かっている。やはり、年齢の差と言うのは大きすぎるから……。
「……取り合えず、またあいつを泣かすような事があったら、容赦はしない……」
「タケル!」
まさかと思いながらも戻ってきたその場所に、別れたままの状態で座っている人物を見付けて、太一は慌ててその傍に走り寄った。
「…太一、さん?」
心配そうに自分を見詰めて来る相手を認めた時、驚いてその名前を呼ぶ。
「……ごめん、俺……」
自分の事を不安そうに見詰めてくるタケルを前に、太一はそっとその頬に触れて謝罪した。
「謝るのは、ボクの方だから……」
「いいんだよ!俺が悪いんだから!!俺が、ちゃんとタケルに話してなかったのが、いけないんだ……」
自分の言葉を遮られて言われたそれに、素直に首を傾げる。
「……ボクに話してなかったって……」
「……俺、ヤマトにも告白された事、あるから……」
「えっ?」
ポツリと漏らしたその言葉が信じられなくって、思わず太一を見詰めてしまう。驚いて自分のことを見詰めて来るタケルに、太一は苦笑をこぼした。
「…ちょうど、お前と同じ日に、あいつから告白された……でも、俺が選んだのは、タケルなんだよ……だから、ヤマトの代わりとか、そんな理由でお前と付き合ってなんてない……俺の気持ちは……」
そっとタケルの顔を包み込む様に手を添えてから、ゆっくりとキスをする。
そして、触れるだけのキスをしてから、太一が慌てて顔を逸らした。
「……今までキスしなかったのは、恥ずかしかったんだ……お前、どんどんカッコ良くなるから……」
逸らした顔が赤いのは、想像がつく。だって、耳まで真っ赤になっているのだ。
そんな突然の行動に、タケルは驚いたまま動けないでいた。まるで、夢でも見ているように、都合が良すぎるから……。
「……太一さん…」
「なんだよ!」
「…やっぱり、ボクの方が悪いんだ……太一さんの気持ちに気が付かなかったんだから……」
「タケル……」
そっと顔を上げた先にあるその笑顔に、太一は思わず見惚れてしまう。天使のようにも見えるその笑顔は、自分の事を優しく見詰めている。
「……ねぇ、太一さん…もう一回キスしてもいい?」
そして、囁かれるその言葉に、そのままゆっくりとした動作で頷いてしまったのは、その場の雰囲気に流されたから……。
重ねられた唇から、その暖かさを感じた時、我に返っても遅すぎる。
ゆっくりとした動作で離れたタケルが、そっと自分を抱き締めてくる事に、太一はまともに顔を見る事が出来なくって、大人しくその肩に顔を埋めていた。
「……ねぇ、太一さん……明日は、太一さんと二人っきりなんだよねv……だから、覚悟してよvv」
「なっ…」
大人しくしていた自分の耳に囁かれたその言葉に、真っ赤になって慌てて離れる。そして、その顔を見た時、今度は子悪魔の様に見えたのは、きっと自分の気の所為ではないだろう。
強気になったこの少年を相手にする事が、大変だという事に気が付いたとしても、それはそれで諦めるしかない。
惚れた相手が悪いのか?
それとも、そんな相手が悪いのか……それは、誰にも分からない事である。

はい、11111HIT 高野 みやこ 様のリクエストです。
リクエスト内容は、ブラックタケ太と慰め役のヤマトでした。
タケル、ブラックになってますか?なんだか、失敗しているような気がするのですが・…xx
気だけではないようですけど…<苦笑>
折角リクエストしてもらったのに、こんな内容になってしまって本当に申し訳ありません。
結局、私にはこれが精一杯なもので……。
でも念願のタケ太が書けたので、幸せでしたvv
素敵なリクエストを有難うございますね。