「太一!!」
名前を呼んでも、振り返らない。これで、何度無視されたのか、数える気も起こらないが、朝からずっとこんな調子であるのだから、俺もそろそろ我慢の限界である。
「お前なぁ!いい加減に、しろよな!」
慌てて腕を掴んで、無理やり自分の方を向かせれば、太一は漸く俺の事を見た。
「離せよ、ヤマト!」
だが、その瞳は、何時もと全く違う。俺の事を怒っているような、それでいて悲しそうでその瞳のまま、俺の手は太一の手によって払われてしまった。
「俺、用事あるから……」
俺の手を払い除けて、太一はすっと視線を逸らすとそのまま歩き出してしまう。
そして、俺は、何も言えないまま、そんな太一を見送るしか出来なかったのは、情けない話かもしれない。
最近、太一に裂けられていると言う事は、感じていた。
なのに、自分には太一を怒らせるような事をした記憶などは全く無い。
正直言って、太一は一度怒らせてしまうと、中々大変なのだ。
何時も余り怒らないからこそ、一度怒らせてしまうと、1週間以上は口を聞いてもらえない。
怒らせるような事をした記憶は無いが、今現在太一が怒っているからこそ、俺はほとほと弱っているのだ。
「お兄ちゃん!」
盛大なため息をつきながらウチへと帰る道で、後ろからそんな風に呼ばれて振り返る。
「タケル……それに、ヒカリちゃんも…」
「こんにちは、ヤマトさん。今日は、お兄ちゃん、一緒じゃないんですか?」
ニッコリと可愛い笑顔で挨拶をされた上で尋ねられた事に、思わずもう一度ため息をついてしまう。
「お兄ちゃん、太一さんと何かあったの?」
自分の態度に不思議そうな表情をして、ズバリと確信を付いてくるタケル。自分の弟ながら、勘の鋭さには、頭が下がってしまう。
「もしかして、喧嘩でもしたの?」
更に続けられたその言葉に、何も返すことが出来ない。
「ヤマトさん、お兄ちゃんの事、泣かせたりしたら、承知しませんから」
更に駄目押しとばかりに、ニッコリと可愛いらしい笑顔と共に言われたその言葉は、その笑顔とは裏腹に、十分な迫力を持っている。流石は、太一命の妹……。
「…それで、何があったの、お兄ちゃん。場合にはよっては、ボクだって黙ってないからね」
そして、またしてもニッコリと言われたそれに、俺はもう抵抗する気力も奪われてしまった。
流石は、太一と誉めていい状態なのか、それとも何でこんなにあいつばかりが、気にされるのかを恨むべきなのかは、分からない。
「……別に、俺は何もしてない……だけど、ここ数日太一に避けられてるんだ」
疲れたようにため息をついて、ヤマトは髪を掻上げながら、今の状態を簡潔に述べた。
そう、自分は何もしてないのは本当である。太一を怒らせるような事をした記憶など、一つもない。
そりゃ太一が俺の部屋で寝てる時とかに、こっそりキスとか……寝顔をずっと見てたりとかはしたが、それが太一にばれたとは到底考えらないだろう。(…ヤマトさん、そんな事してたの?<苦笑>)
「お兄ちゃん、本当に何も思い付かないの?」
「あ、当たり前だろう!」
疑わしそうに見詰めて来るタケルに、返事を返して、俺はため息をついた。大体、思い当たる事があるのなら、さっさと謝っているに決まっている。俺だって太一に避けられている今の状態には、絶えられないのだから……。
「ヤマトさん、本当に思い当たる事は無いんですか?」
ヒカリちゃんまでもが尋ねてきたその言葉に、俺はうなずいて返した。本当に、俺の方が教えてもらいたいくらいなのだ。何故、太一が怒っているのかを……。それに、あの腕を掴んだ時、太一はまるで泣きそうな顔をして自分を見ていた。その理由が、分からない……。
「お兄ちゃん!」
自分の考えに浸っていた俺は、ヒカリちゃんの声で顔を上げた。目の前には、自分達の事を少し驚いたように見ている太一が居て、俺と視線が合った瞬間その体は自分達から遠去かってしまう。
「……重症みたいだね…ボク達が一緒に居るのに、あの太一さんが声も掛けずに去って行くなんて……」
去って行くその後姿を見詰めながら、呟かれたその言葉に、俺は言葉もなく立ち尽くした。
確かに、タケルの言葉通り、俺だけならまだしも、ヒカリちゃんやタケルが居るのに、太一が声も掛けずに行ってしまうなど、普通なら考えられない。
「……もしかして…」
「ヒカリちゃん?」
「あっ!何でもないです……私、お兄ちゃんと一緒に帰りますから……」
何かを言いかけたヒカリちゃんに問い掛けようとしたが、それは慌てて頭を下げられた事で続ける事が出来なくなってしまった。そして、そのままヒカリちゃんは太一の後を追うように走って行ってしまう。
「……お兄ちゃん、早く太一さんと仲直りしてよね。ボクだって、太一さんと話ししたかったんだから!」
「タケル…お前なぁ……」
「それじゃ、ボクももう帰るね。お兄ちゃん、ちゃんと太一さんが何を怒ってるのかを考えて、謝ってよ」
言いたい事だけ言ってから、タケルが俺に手を振って歩いて行く。その後姿を見詰めながら、俺は再度ため息をついた。
考えて分かるのなら、苦労なんてしないだろう……。
「俺が、何したって言うんだ、一体……」(十分してるって、ヤマトさん(笑))
夜になっても、今だ太一が怒っている理由と言うモノを考えてみる。そのお陰で、今日の夕飯は失敗。
焦げた料理の味を思い出して、思わず舌打ちしてしまう。
親父が居なかった事を感謝しながら、俺はベッドの上で寝返りをうつ。
不機嫌この上ないほどの俺は、イライラした気持ちを持て余していた。そんな中響き渡った電話のベル。
面倒臭くって、そのまま無視しようかと思ったが、電話の音はまるで自分が居る事を知っているようにそのまま鳴り続けている。
その音に俺の方が、先に我慢できなくなった。仕方なく立ち上がってから、受話器を取る。
「はい、石田ですが……」
不機嫌そのままに受話器を取っても、電話の向こうの相手は無言。これだけ派手に鳴らしておいて、悪戯電話だとしたなら、それこそタチが悪い。
俺は、更にイライラした気持ちを感じて、文句の一つでも言おうとした瞬間、漸く相手が口を開いた。
「……ヤマト……俺、だけど……」
「太一!!」
受話器の向こうから聞こえてきたその声に。俺は驚いて受話器を握り締める。
「……今から、時間いいか?」
「えっ?あっ、ああ……」
「俺、近くの電話ボックスからかけてるから、今からお前のウチ、行くな……・」
「えっ、おい、太一!!」
自分の言いたい事だけを言うと、電話は切られてしまう。無常にも響く音に、俺はため息をついて受話器を置いた。そして、壁に掛けられている時計に目をやれば、時計は夜の9:30を回った所。
そして、電話で言っていた事が証明される様に玄関のベルが鳴る。
余程近くに居たのだろう。時間は数分しか経っていない。
「太一!」
俺は慌てて玄関の扉を開いて、相手を迎え入れた。
「……悪い、こんな遅くに……」
「いや、それはいいんだが……何か、あったのか?」
部屋の中に導くなり問い掛ければ、フッと視線を逸らされてしまう。何時もなら、太一が来てくると言うこんな嬉しい事はないのに、怒っていた太一が自ら俺のうちに来た事に、少なくとも動揺は隠せない。
何を言われるのか分からないからこそ、怖いと思うのは、やっぱり太一の事が好きだから……。
「……ごめん、ヤマト……」
何を言われるのか内心どきどきしながら待っていた俺は、突然頭を下げられた事で、驚いて太一を見る。
「太一?」
「俺……ヤマトに八つ当りしていたんだ……・」
「はぁ?」
言われた事の意味が分からなくって、思わず素っ頓狂な声をあげてしまったのは、情けないかもしれない。
八つ当りと言えば、八つ当りで…なんて、当たり前の事を頭の中で考えながら、俺は更に太一の言葉を待った。
「……お前さぁ…3日前に、女の子と一緒に歩いてただろう?」
少し悲しそうに呟かれたその言葉に、俺は首を傾げる。女の子と歩いていた?そんな事言われても全く心当たりがない。
「……人違いじゃないのか?」
「俺が、ヤマトの事を間違える訳ないだろう!!」
自分の問い掛けに、きっぱりと返されたそれは、ハッキリ言って嬉しい事である。さり気なく告白してると言う事にきっと本人は気が付いていないだろうが……。
「でも、俺には記憶がない……」
「だって、ヤマトその子と仲良く肩なんか組んで歩いてた……だから、俺……」
段々と声が小さくなって行くのは、自分が言ってる事が余りのも、自分勝手な事だと思ったのだろう。俺にしては、嬉しい事を言ってくれてるんだけど……。
だが、そこまで言われて漸く俺は思い出した。確かに3日前に、女の子に肩を貸した記憶はある。勿論、仲良くと言う単語は当てはまらないモノなのだが…。
「ああ、あれは、あの子が足を捻挫したって言うから、仕方なく肩を貸しただけだ。一人じゃ歩けないと言われたからな……しかも、デートに遅れるから、急いでるとも言ってた……」
「デート?」
「お陰で俺は、その子の彼氏に散々文句を言われたんだが……」
その時の事を思い出して、俺は盛大なため息をついた。しかし、俺の言葉を聞き終えた瞬間、太一の表情が驚きから、笑顔に変わるのを見逃さない。
「あっ、そうなのか?……俺、てっきり……」
苦笑する様に笑う太一に、俺はもう一度ため息をつく。
「言ったはずだぜ、太一。俺はお前が好きなんだって……」
「……ごめん…でも、やっぱりヤマトは女の子の方がいいのかなぁって、思って……そしたら、なんかずっとイライラしてて、今日だって、タケルやヒカリと話ししてるの見た瞬間、ますますイライラしちまって…だから、その……このままじゃ、駄目だと思って……ヤマトと直接話ししたくなって……だから、えっと……」
「もう、いい」
何が言いたいのか分かるけど、要点を得ない太一の言葉を遮って、その体を抱き寄せる。
自分だって、今までイライラしてたのに、そんな事どうでもイイくらい機嫌が良くなってるのを感じて、俺は自分に苦笑を零した。
「ヤマト…?」
「…サンキュー、太一……」
そして、その耳元にそっと囁き掛ける。そんな俺に太一は少しだけ擽ったそうに肩を竦めたが、別段抵抗は見せない。
だが、不思議そうに首を傾げた。
「……何で、お礼なんて言うんだよ、ヤマト…?」
意味が分からないと言うように尋ねられたその言葉に、苦笑を零してもう一度その耳元に囁く。
「太一が、嫉妬してくれたからだよ」
きっと本人は自覚無しだろうけど、嫉妬をしてくれたって事は、俺の事を好きだと言ってるようなものなのだ。
それが嬉しいから、そのまま太一を抱き締める腕に力を込めた。
「し、嫉妬って……」
だが、耳元で言われたそれに、真っ赤になって叫んだ太一の声に、俺は少しだけ耳が痛い。
「……自覚してくれてるとは思ってないが、本当に気が付いてなかったのか?」
真っ赤になったまま口をパクパクさせている太一に、呆れた様に呟けばその顔がますます赤く染まる。
それは、自分の言葉を肯定しているようなもので、俺は盛大にため息をついて見せた。
「……そんな所も好きだからいいけど、もう少しだけ自覚してくれても、いいんじゃないのか?」
「バ、バカヤロウ!!お、俺、もう帰る!!」
真っ赤になったまま慌てて自分の腕から抜け出す太一に、俺は笑いを零す。
きっと今自分が、どんな顔をしているのか本人は気が付いていないのだろう。それが可笑しくって俺は、逃げ出そうとしている太一の腕を掴む。
「今日は、泊って行けばイイだろう?」
グイッと自分の方に引き寄せて、そのまま耳元に囁けば、真っ赤な顔で睨まれてしまった。
「帰る!!」
俺の腕を無理やりはがしてから、慌てて部屋から飛び出して行く太一に、笑いが止まらない。
好かれているという自覚はあったのだが、まさか嫉妬してもらえるとは思っていなかったので、これは思わぬ収穫である。
明日からの太一の反応が楽しみで、俺はもう一度笑いを零した。
玄関から扉の閉まる音が聞こえてきて、太一が出て行ったのだと分かると、そっと部屋の窓に近付いて、ベランダへと通じているそのガラス戸を開く。
ベランダで待つ事数分、直ぐに太一が慌てた様に飛び出してきた。そして、振り返って俺の方を見る。
その姿に嬉しそうに手を振れば、夜目にも分かるほど太一の顔が赤くなって、そのまま走り去ってしまった。
その後姿を見ながら、俺は笑いを零す。
「……後少しだよなぁ……」
自分の事を好きだと分かったからには、絶対に手に入れて見せる。
ライバルが多いと言う事は、好きになった時から覚悟していた事。だけど、その相手の心が自分に向いていると分かった以上は、絶対に誰にも渡さない。
そう、心に誓いながら俺は、どうやって太一を自分のモノにするかを考えて、笑顔を見せた。
好きだから、欲しいと思う気持ちは、誰にも止められない。
好きだから、好き。それだけが、正直な自分の気持ち。
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はい、5000HIT 疾風 様リクエスト。
嫉妬する太一くんとの事なのですが、いかがでしょうか?
二人はまだ友達同士という設定です。なのに、ヤマトさんは、寝ている太一になんて事をしてるんでしょうか。<苦笑>
中途半端なのですが、これで終わりです。ごめんなさい・・…xx
折角リクエスト貰っていると言うのに、こんな内容になってしまって、反省します。
やっぱり、私には、文才無いんでしょうねぇ<苦笑>
ちゃんと、リクエストに答えたいのに、まだ答えた作品がないって……精進せねば!(笑)
そんな訳で、疾風 様 リクエスト&キリ番GET有難うございました。
もし、これに懲りなければ、また宜しくお願いしますね。