― 笑顔 ―





「……毎日、こんなに泳がなきゃいけねぇなんて、流石に、イヤになるよなぁ……」

 ぽつりと文句を言って、太一はその場に座り込んだ。
 別に、誰かに言いたかった文句ではないので、自分の言葉を誰も聞いていない事に、ホッと息を吐き出す。
 目の前では、楽しそうに花火をしている同級生達の姿ある。それを遠巻きに見ながら、太一は再度溜め息をついた。

「太一?」

 そして、そんな自分に声を掛けれて、太一は不思議そうに顔を上げて、自分の事を呼んだ人物を見る。

「ヤマト……何?何かあったのか?」

 みんなと楽しそうに話をしていたはずの相手が、自分の所にわざわざ来たと言う事に、太一が疑問に感じたままに問い掛けた。

「イヤ、そう言う訳じゃないが……お前こそ、こう言うの好きだろう。参加しないのか?」

 自分の言葉に戻ってきたそれに、太一は思わず苦笑をこぼす。確かに、楽しい事は嫌いではない、それを否定するつもりはないが、こうはっきりと言われると何と返していいものか、返答に困るのだ。

「ああ……その、何か、そう言う気分じゃねぇんだ……」

 だから、そう返すだけが精一杯で、太一はフイッとヤマトから視線を逸らす。
 太一とて、この場所に座り込む前は、級友と共に楽しんでいたのだ。だが、その級友との話もあの場面を見た瞬間、一瞬で楽しい気持ちは吹き飛んでしまった。
 自分から視線を逸らした太一に、不思議そうな視線を向けてながらも、ヤマトは当然のように太一の隣に腰を下ろす。

「で、何があったんだ?」

 そして、当たり前のように問い掛けられたそれに、太一は何も言わずにぐっと自分の手を握りしめる。

「太一、黙ってたら分からないだろう?」

 何も言わない自分の肩に、当然のようにヤマトが手を掛けてきた瞬間、太一は驚いてその手を払いのけてしまう。
 一瞬、二人の動きが止まる。手を払いのけられた人物は、驚いたように太一を見詰め、手を払いのけた人物は、払いのけられた人物以上に自分の行動に驚いて何も言えないでいた。

「……悪い…俺は、居ない方がいいみたいだな……」

 そして、先に口を開いたのは、ヤマトの方である。少し、ため息をつきながら、何処となく寂しそうに言われたその言葉に、太一ははっとして漸く顔を上げてヤマトを見た。

「それじゃ、俺は向こうに戻るな…邪魔して悪かった……」

 自嘲的な笑みを浮かべて、立ち上がり楽しそうに花火をしている友人達の元へと戻ろうとした瞬間、ヤマトは後ろからその腕を掴まれてしまう。
 驚いて振り返れば、少しだけ困ったような太一と目が合った。

「わ、悪かった…その、本当に、邪魔だとか思ってねぇから……もう少しだけ、一緒に居ようぜ……」

 躊躇いがちに言われたその言葉に、一瞬だけ驚いたように瞳を見開くが、直ぐにその瞳が嬉しそうに細められる。

「ああ…お前が、良いんなら、な」

 優しく微笑んで、そしてまた太一の横へと腰を下ろす。そんなヤマトの行動を見詰めて、安心したように太一も笑顔を見せるとゆっくりと空を仰ぐ。

「……綺麗だよなぁ……」

 そして、ポツリと呟かれたそれに、ヤマトも同じように空を見上げて頷いた。

「ああ……」

 満点の星空を見上げたまま、少しの間沈黙が訪れる。
 そして、そんな沈黙を破ったのは、突然楽しそうに笑った太一の声だった。

「な、何だ?」
「あっ、悪い…ちょっとさ、ヒカリの事思い出しちまって……」

 突然聞こえた笑い声に、隣の太一を見詰めれば素直に誤ってそのままもう一度笑顔を見せられる。

「ヒカリちゃん?」
「ああ……あいつ、俺がこの臨海学校に行くの最後まで渋ってくれたんだよなぁ……何でか分からないけど、『お兄ちゃんを、あの人に取られちゃう』とか言ってさぁ……訳分かんねぇだろう?」

 くすくすと本当に楽しそうに笑っている太一を前に、ヤマトは一瞬返答に迷ってしまった。
 ヒカリの勘が鋭いと言う事はずっと前から知っていたのだが、まさかそんな事まで言われるとは思っていなかっただけに自分を驚かせてくれる。

 『……まささ、告白するつもりだった俺の気持ちを知ってたのか?』

「ヤマト?どうかしたのか?」

 自分の言葉に何も反応を返さないヤマトに、太一は心配そうにその顔を覗きこんだ。

「あっ、イヤ…何でもない……ヒカリちゃん、お前が居なくなるのが、寂しかったんじゃないのか?」
「……ってもなぁ…たった3日だぜ」

 漸く反応を返した相手の言葉に、太一は苦笑をこぼしてため息をつく。
 太一は、気付いていないのだろう。ヒカリが太一を兄としてだけではなく想っていると言う事に……。
 そして、自分が太一の事をどう想っているかと言う事に気が付いているから、そんな事を言ったのだ。
 自分に向けられる感情だけには、無茶苦茶鈍すぎる太一に、思わず苦笑を零してしまう。

「何だよ、ヤマト!」

 自分に苦笑を零すヤマトに気が付いて、太一は少しだけむっとしたようにヤマトを睨みつけた

「イヤ、何でもない……」

 きっと、太一は自分の気持ちには気付いていないと言う事に、安心したのと少し残念に思う気持ちが混ざり合ってため息を誘う。

「言いたい事があるのなら、ちゃんと口に出せよなぁ……」

 『何でも無い』と言った後に、盛大なため息をつく相手に、太一は少しだけ拗ねたようにそっぽを向く。
 大体、そんなため息をつかれたら、何でも無いと言う台詞は、役に立たないと思うのである。
 ヤマトの態度に、太一も思わずため息をついてしまうのを止められない。そして、自分の隣でため息をついた太一に、ヤマトは目を奪われてしまった。
 今日一日泳いだ所為で、少し赤くなっているその顔。流石に疲れているのだろう少しだけトロントしたその瞳には、何時もの強気な印象がない。そんな表情を見せる相手に、胸がドキドキする。

「た、太一!」
「はぁ?」

 突然大きな声で名前を呼ばれて、太一は驚いてヤマトに視線を戻した。その瞬間に、グッと肩を掴まれてしまう。

「なっ、何だよ、ヤマ……」

 行き成り強い力で肩を掴まれて、太一は驚いたようにヤマトに理由を尋ねようとした瞬間、自分に近づいて来たヤマトの顔に、それ以上の追求は出来なかった。
 当然のように触れて来た唇が、自分のそれを塞いでいる事に大きく瞳を見開けば、近過ぎてボヤケテ見えるヤマトの顔が飛び込んでくる。
 一瞬、何が起きたのか、理解なんて出来なかった。
 ただ分かった事は、自分は驚いているだけで、この行為をイヤだとは思っていないと言う事。
 そして、ゆっくりとした動作でヤマトが自分から離れて行った。

「……わ、悪い……」

 そして、ぽつりと呟かれた謝罪の言葉に、太一は一瞬で不機嫌そうな表情を見せる。

「謝るくらいなら、こんな事するなよ!」

 申し訳なさそうな表情で自分を見詰めて来るヤマトにイライラしてしまう。別に、キスされた事に腹が立った訳ではないが、突然そんな事をした理由が聞けない事に、腹が立つのだ。

「……た、太一、怒ってるよな?」

 恐る恐ると言った感じで自分に尋ねてくるヤマトに、太一はますますむっとした表情を見せる。

「怒ってる!でも、お前が思ってるような理由じゃないからな!!」
「太一?」
 ハッキリとしないヤマトの態度に、太一は呆れたように盛大なため息をついた。
「俺が怒ってるのは、ハッキリしないお前に怒ってるんだよ!!」
「そ、それって……」

 怒鳴られた内容に、ヤマトは驚いて太一を見る。そして飛び込んできたのは、少しだけ照れたように頬を染めている姿。

「……イヤだとは、思わなかった……だから、ヤマトが、どうしてこんな事したのか、理由話せよな……・」

 拗ねたように言われたその言葉に、ヤマトの表情が一瞬で嬉しそうなものに変わる。
 そして、真っ赤な顔をしてそっぽを向いてしまった相手を、ゆっくりと抱き締めた。

「ごめん、太一……ちゃんと、理由を言う……俺は、お前が好きだから、キスしたんだ……」

 突然耳元で囁かれたその言葉に、一瞬太一の体がびくっと小さく震えるのを感じて、ヤマトは嬉しそう微笑んだ。

「……遅い、バカ……そういう事は、もっと早く言えよな……」
「悪かった……」

 ぽつりと文句を言った太一の言葉に、苦笑を零しながら謝罪する。そんなヤマトに、太一はそっとその背中に腕を回す。

「……なぁ、ヤマト……」

 自分の背に腕を回してきた太一に、嬉しそうな表情をしていたヤマトは、ポツリと名前を呼ばれて首をかしげる。

「んっ?」
「……明日の朝にさぁ……一緒に散歩、しようぜ……」

 少しだけ照れたように言われたその言葉に、ヤマトの顔が更に綻んだのは言うまでも無いだろう。

「ああ…勿論、いいぜ」

 当然のように返事を返せば、満身の笑顔が返ってくる。

「…ヤマト……」
「ああ?」

 満身の笑顔を見せてくれる太一が、ゆっくりと自分から離れて行く。それを少しだけ残念に思いながら、ヤマトは呼ばれて返事を返した。

「……俺も、ヤマトの事、スキだから……」

 自分に背を向けるような格好で呟かれたその言葉に、ヤマトは一瞬何を言われたのか理解できなかったが、どう見ても照れて居ると分かる太一の態度に、嬉しそうに笑顔を見せる。

「……ヒカリちゃんに、申し訳無いよなぁ……」

 そして、ポツリと呟いたその言葉は、太一に聞こえる事は無かった。

「ヤマト、そろそろ戻ろうぜ!」

 まだ少しだけ赤い顔をした太一が、振り返って手を差し出す。笑顔で伸ばされたその手に、ヤマトも笑顔を返した。

「ああ、そうだな…」

 そして、差し出されたその手を握り返す。
 初めて感じたキミの体温。何時ものように笑顔が眩しくって、自然と笑い返す事が出来る。

「それじゃ、明日はちゃんと早起きしろよ!」
「お前じゃないんだから、心配するな」
「んっ、分かってる。だから、ヤマトがちゃんと起こしてくれよなvv」

 にっこりと笑顔。
 この笑顔に逆らえる奴なんて居ないだろうと思いながらも、思わず苦笑を零してしまうのは止められなかった。




                                          

 



  と、、言う事で、1000GETのスルガ様リクエストでございます。
  リクエスト内容は、臨海学校系のお泊りで、ラブラブvv
  だったのですが、お答えしているのでしょうか?(心配です……xx)
                 
  そして、級友達が少し離れた所に居ると言うのに、ヤマトさん!あなたは何をしているんですか?
  きっと何人かはその現場を見ております…でも、それがヤマトと太一なので噂として広がらない。
  二人共、学校の人気者だから……xx
  そして、当然のように空もその現場を見てたりするんですよね。そして、ヤマトが後から怒られる。(笑)
  なんて、隠しなお話をしてどうするんでしょうかねぇ……xx

  そんな訳で、スルガ様、リクエスト有難うございました。
  全然リクエストに答えてないと思うのですが、また宜しくお願いいたしますねvv
  本当に、有難うございましたvv