「ヤマトさんの、デビューが決まったんでしょう?」
突然質問されたそれに、太一はただ複雑な表情を見せた。
付き合い始めてもう既に6年目。中学から始めたヤマトのバンドが、正式にプロデビューする事が決まったのは、何ヶ月か前の話。
嬉しそうにその事を話してくれた恋人の顔を思い出して、太一はただ盛大なため息をつく。
「お兄ちゃん?」
元気の無い実の兄に、ヒカリが心配そうに声を掛ける。
「いや、何でもないよ……」
心配そうな妹に、これ以上の心配を掛けないよう、太一がそっと笑顔を見せた。それは、何処か寂しそうで、どう見ても大丈夫なようには見えない。
「……お兄ちゃん……」
自分ではこれ以上無理だと判断したヒカリが、複雑な表情で兄を見詰める。そんな表情にも気が付かない程、太一はただため息をつく。
「お兄ちゃん!空さんから、電話」
ヤマトのプロデビューが決まってから、相手が忙しくなったため、太一はまるで何もやる気が起きなくなったのか、学校から戻るとボンヤリと自分の部屋で過ごすようになった。
大好きな兄が、家に居てくれる事は嬉しいのだが、前のように笑わなくなった兄に、ヒカリはただ複雑な想い抱いている。
本当は、兄を取られたくは無いのに。大好きな兄の笑顔を消してしまった相手が、許せない。
「…空?」
ヒカリに呼ばれて、部屋から出てきた太一が、不思議そうな表情を見せる。
「うん、話があるから代わって欲しいって……」
元気の無い兄に、心配は募るが、出来るだけ普通を装うって受話器を渡す。
「もしもし、空?」
『太一、話があるの!今から、ちょっと出てきなさい』
「ちょっ、空?!」
電話に出たとたん、少しだけ怒ったような声が、命令口調で用件を伝える。
そして、何処で待っているのかを言って、電話が切られた。勿論、自分の返事など聞かずに……。
太一は、盛大なため息を付くと、受話器を元に戻す。
「空さん、なんだったの?」
随分早く切られてしまった電話に、ヒカリが不思議そうな表情を見せて問い掛ければ、苦笑を向けられる。
「……今から出て来いってさ……そんな訳だから、ちょっと行ってくるな」
苦笑交じりに言われたそれに、ヒカリが納得したのか小さく頷く。
「気を付けてね、お兄ちゃん……」
「おう、心配すんなって!そんじゃ、待たせると煩いから、行くな」
自分の部屋に入って、財布を手に取ると、太一はそのまま家を出て行った。それを見送りながら、ヒカリはそっとため息をつく。
「…空さん、お兄ちゃんの事、お願いしますね……」
そして、ここには居ない人物へと、深々と頭を下げるのだった。
「空!」
待ち合わせの場所に着いた時には、相手はもう自分を待っている状態で先にコーヒーを口にしている。
「早かったのね」
自分の前の席に太一が座ったのと同時に、ポツリと呟かれたそれに、思わず苦笑を零してしまう。
命令口調で言われたのだ、慌てて来るには、十分な理由である。
「…で、何かあったのか?」
ウエトレスに、コーヒーを頼んでから、太一が心配そうに空を見た。
「あったのは、貴方の方でしょう、太一」
自分の尋ねたそれに、逆にため息をつきながら言われた事に、太一はどう返事を返していいのか分からずに、言葉を失ってしまう。
「ヤマト、デビューが決まったんでしょう?」
「……ああ…」
突然真剣な口調で問われたそれに、太一が素直に頷いて返す。
「で、それについて、ヤマト何か言ってないの?」
「……最近、忙しくって、殆ど話してない………学校も出てこなくなったし……」
俯きながら言われる言葉に、空は思わず盛大なため息をついてしまう。
「高校2年で、プロデビュー……アマチュアでも人気あったものね……でも、だからって、今のままでいいの、太一?」
「……いいも悪いも、ヤマトがプロになるって言うの、夢だったの知ってるし……何かが変わる訳じゃ……」
「変わるわよ。芸能界を甘く見ちゃ駄目よ!大体、あんた達何年付き合ってるのよ!!」
太一が自分自身に言い聞かせるように呟いた言葉を遮って、空が怒ったように言葉を投げ掛ける。ずっと傍で見ていたからこその、じれったさ。
「…何年って……6年ぐらい……」
「6年も付き合ってるんだったら、もっとちゃんとした約束とかは、してないの??」
「約束って……そんなのする訳ないだろう……俺達、まだ高校生なんだぞ」
イライラとした様子で尋ねられたそれに、太一が返事を返す。それに、空は盛大なため息をついた。
「いい?あのね、これから、ますますヤマトとの時間が取れなくなるの。それで、貴方は大丈夫なの?」
言い聞かせるようなその言葉に、太一は何も返せずに黙り込んだ。
それは、自分にも分かっている事。だが、相手の夢を尊重したいと思う気持ちも、本当なのだ。
「……いいわ、私がヤマトに直接確かめる!」
「って、空!これは、俺とヤマトの問題なんだ……それに、今忙しいのに、そんな事で迷惑掛けたくねぇし……」
盛大なため息とともに言われた言葉に、慌てて太一が言葉を返す。周りの皆に迷惑を掛けていると分かっているのだが、こればっかりは放って置いて貰いたいと思っても許されるだろうか。
「太一、私達は、貴方に幸せになってもらいたいのよ。貴方が、悲しんでる姿は、見たくないの」
「サンキュー、空。俺は大丈夫だから……それに、ヤマトがデビューしても、俺の気持ちは変わらない。それは、ヤマトも同じだって、信じてるんだ」
「…太一……」
「心配掛けたお詫びに、ここはおごりな」
自分を見詰めてくる空に、ニッコリと笑顔を見せれば、相手も笑顔を返してくれる。
「…分かった。もう何も言わないけど、何かあった時には、絶対に連絡をちょうだい。どんな些細な事でも、一人で悩まないって、約束して」
「おう!約束する、だから、心配するなって!」
力強く言われる言葉に、複雑な表情を浮かべながらも、空は笑顔を返した。
目の前の人物が、どんなに辛くなった時でも、一人で抱え込んでしまうと言う事を知っているから……。
だが、今はその言葉を信じる以外にはない。出来れば、傷付かないで欲しいと、切実に願ってしまう。
それから、他愛ない話をして、二人はその店を出た。
「それじゃ、絶対に約束よ」
「分かってる。空もさぁ、丈と喧嘩した時は、俺の事頼ってくれよ」
念を押すように伝えた言葉に苦笑を零しながら言われたそれに、思わずため息をつく。
心配しているはずが、気が付くと逆に心配されているようで……。
「…丈先輩は、ヤマトと違って、誠実な人よ。なんて、先輩が大人だから、喧嘩にならないんだけどね」
「空……俺は、空にも、丈にも幸せになって欲しい。んでさぁ、その内結婚式で同窓会ってのも、いいと思わねぇか?」
「太一……」
「俺とヤマトは、結婚式なんて出来ないもんな……例え、法律で男同士の結婚が認められてても、やっぱり世間じゃ、異端扱いされちまう……」
歩きながら言われる言葉は、今太一が思っている本当の気持ち。
日本の法律が変わって、同姓の結婚も認められたとしても、自分とヤマトが祝福されるのは、難しい事だと分かっている。
しかし、自分の大切な仲間達が、自分達の事を祝福してくれるのなら、それは世間一般に認められなくっても、自分達にとっては何よりも一番大切なことなのなのだ。
「でも、信じてるから……俺は、ヤマトの事……だから、心配掛けちまって悪かったな、空」
真っ直ぐに自分を見詰めながら言われたその言葉は、何モノにも負けない光を宿していた。
「…バカね……誤る事なんて、ないでしょう……貴方達は、私にとって、大切な人なんだから……」
力強い瞳を宿すそれを前に、空はそっと目許の涙を指で拭いながら笑顔を見せる。何時だって、迷いのないその瞳が、自分達を導いてくれた事を知っている。どんなに辛い時でも、その笑顔で自分達を安心させてくれた人。だからこそ、誰よりも幸せになってもらいたいと思うのだ。
「あっ、悪い……」
涙を見せている空の頭をまるで慰めるようにぽんぽんと撫でていた太一の手が、突然離れてポケットから携帯を取り出す。
「電話?」
携帯を取り出した太一を前に、問い掛ければ小さく頷いて返される。そして、着信相手を確認してから、太一は苦笑を零した。
「…噂をすれば、って奴だな……」
「ヤマト?」
呟かれたそれに、問い掛ければ、頷いて電話に出る。
「もしもし、ヤマト?」
『太一、今何処に居る?』
出た瞬間の質問に、思わず苦笑を零して、場所を告げた。
「今、空と一緒なんだけど……」
『そうか…行きたいけど、出られないんだ……太一、今日の夜、俺の家に来てくれ……大事な話がある』
受話器から、聞こえてくる真剣な声。
「分かった、絶対に行く……」
ヤマトに約束すれば、ほっとしたような息使いが聞こえてくる。
『それじゃ、夜に……空に宜しく伝えてくれ』
「そんなの、自分で言えよ…代わるから……」
目の前で、何か言いたそうにしている空に苦笑を零して、携帯を差し出す。
「もしもし、ヤマト?」
『空?』
突然代わったそれに、相手が少し驚いたような声を出した。その後、二人で何かを話しているようだったが、電話は空の手によって切られてしまう。
「ヤマト、何だって?」
随分長い事真剣に話していた事に、心配そうに問い掛ければ、目の前の空が携帯を差し出しながら、嬉しそうに微笑んでみせる。
「今日、会う約束してるんでしょう?ヤマトから直接聞いてごらんなさい」
楽しそうに笑っている空を前に、太一は意味が分からないと言うような表情を見せた。
しかし、それ以上空に質問する事も出来ずに、素直に携帯を受け取って、ポケットに仕舞う。
「……結局、私達の心配なんて、貴方達の前では、無意味だって事よね」
そして、苦笑混じりに言われたそれが、ますます自分にとって意味が分からずに思わず首を傾げる。
「分からなくっていいのよ……それじゃ、約束、忘れないでね」
分からないと言う顔をしている太一に笑顔を見せて、そのまま空は自分から離れて行く。走っていく空の後姿を見送りながら、残された太一は、小さくため息をつくのだった。
目の前にあるドアが、知らない場所への通路に見えて、息を呑む。
何時もは、何も考えずに開けられたはずなのに、今日はその前に立って、そのドアを見詰めるだけしか出来ない。
「……入らなきゃ……」
電話での約束。大事な話があるから、来て欲しいと言っていた。だったら、早く行かなければ、いけないとは思う。だが、何を言われるのか分からない不安が、自分の心から勇気を奪ってく。
「…信じるって、言いながら、迷ってるなんて、バカだよなぁ……」
信じたいと思う心は、本当。だが、絶対と言う言葉がないということだって知っている。
ぐっと力を込めて、勇気を出すように呼び鈴に手を触れた。何時もなら、使った事のないそれが、中の人物を呼ぶように鳴り響く。
その音を聞きながら、そっと瞳を閉じて、目の前のドアが開くのを待つ。
「……太一?」
相手も確認せずにドアが開いて、自分の名前を呼ぶヤマトに、思わず苦笑を零してしまう。
相手が自分でなければ、どうするつもりなのだろうか?それに、何時もは鳴らさない呼び鈴を使ったと言うのに、どうして分かるのだろう??
「よっ!」
自分の前に現れた相手に、短く挨拶すれば、優しい微笑で迎えてくれる。
「入れよ。遅いから、心配してたんだぞ」
中に招き入れながら言われたその言葉に、思わず苦笑を零す。
まさか、来ていたのに、このアパートに入るまで時間が掛かったとは言い難い。
「悪い、遅くなって……」
「いいさ、時間の約束をしてた訳じゃないからな……夕飯は、食べてきたのか?」
自分に質問される言葉に、小さく頷いて返す。何時もと代わらないヤマトの姿に、緊張していた体から、漸く余分な力が抜けた。
「……デビューの準備、順調なのか?」
「ああ、事務所の社長が乗り気で、助かってる。初めは、CMデビューさせてくれる事になってるんだ」
これからのことを楽しそうに話してくれるヤマトに、小さく頷きながら大人しくそれを聞く。
生き生きとしているそんな大切な人の姿を見るのは、自分にとっても嬉しい事なのだ。
「それで、話なんだけど……」
「ヤマト?」
楽しそうに話をしていたヤマトの表情が、真剣なものに変わった瞬間、太一は不思議そうに相手を見詰めた。
「……俺、デビューが決まったら、絶対に太一に言いたい事があったんだ……まさか、こんなに早く、夢が叶うなんて思ってなかったから、準備も何も出来なかったけど、どうしても、太一に聞いてもらいたい」
真剣に見詰めてくる瞳に、太一はただそれを見詰め返す事しか出来ず、小さく頷く。
自分が頷いた事で、ヤマトの表情が、少しだけ和らいだ。
「……ずっと、俺の傍に居て欲しい……」
「えっ?」
しかし、真剣な瞳が真っ直ぐに自分を捕らえたまま、言われたその言葉の意味が理解できずに、思わず聞き返してしまう。
「……俺の、帰る場所になって欲しいんだ」
「ヤマト…」
聞き返した自分の耳に、更に言葉を続けるそれは、多分一番聞きたかった言葉かもしれない。
「……それって……」
「…そんな事聞くな……」
信じられ無いと言うように、呟いたそれに、照れたように短く言葉が返される。顔を見れば、少し赤くなっているのが見て取れた。
「……プロポーズって、ヤツなのか??」
「それ以外の何があるんだ!」
間抜けな自分の質問に、少しだけ不機嫌そうな声で返されて、太一は思わず苦笑を零してしまう。
確かに、今までの言葉を考えれば、それ以外には考えられない。
「……指輪も何も準備してないけど、先にどうしても言葉にしたかった……18になったら、一緒に暮らそう」
はっきりと言葉にされたそれに、何も考えずにただ大きく頷いて返す。
無理だと思っていたのに、こんなにはっきりと言われるなんて思っていなかったのだ。
「……事務所の契約で、約束させてる。俺は、卒業と同時に結婚するって……そして、相手については、一切報道しないようにしてもらう約束もした。だから、何も心配しないで、結婚しよう」
「……ヤマト……」
そっと抱き寄せられながら言われたその言葉に、涙が勝手に溢れて来る。悲しい訳では決してないのに流れてくるのは、幸せの涙。
「……その代わり、結婚する相手を社長に会わせる約束なんだ……いいか、太一?」
心配そうに尋ねられたその言葉に、大きく頷いて返す。
自分達の仲を許してくれるのなら、そんな事には何の問題もないのだ。
「……でも、その前に、大きな難問が残ってるんだよな……」
「難問??」
ほっとした瞬間、ぽつりとため息混じりに言われたそれに、太一は意味が分からないというように首を傾げる。そんな太一を前に、ヤマトは思わず苦笑を零す。
「…俺の親は問題ないけど、太一の両親は、きっと反対するだろうなぁって事」
ため息混じりに言われた言葉に、太一がそっとヤマトを見上げた。
「俺の両親なら、大丈夫だ。実は、知ってるんだよ、俺達の仲……」
「……何時の間に……?」
「お袋に、親の勘をなめるなって、言われた事がある……でも、何時かは、ちゃんと報告しなさいって……」
言い難そうに言えば、驚いたような瞳が自分を見詰めてくる。それはそうだろう、自分自身も言われた時は本当に驚いた。
そして、知っていて認めてくれた両親に、心から感謝しているのだ。
「それじゃ、最後の砦は、ヒカリちゃんかな……」
しかし、ここで一番の難問がある事に、ヤマトは苦笑を零してしまう。
太一の両親よりも、強力な砦である。何せ、お兄ちゃん大好き少女は、今も健在なのだ。
「ヒカリ?なんで、ヒカリが??」
だが、その事を全く分かっていない目の前の人物に、ヤマトは小さくため息をついてしまう。
大好きなお兄ちゃんを独り占めしている自分は、ヒカリにとって、強敵なのだと言う事を、太一本人だけが知らないのである。
「まぁ、それも、幸せのためだから、頑張るさ……」
だからと言って、諦めたくはない。
好きだから、本当に大切だから、この人の傍にいられることを心から望んでいる。
「…何があっても、一緒に乗り越えていけるよな?」
「太一?」
「俺は、ヤマトの戻る場所になる……だから、絶対に、俺が待ってる場所に帰って来いよ」
ポソッと自分の胸に額を預けるように言われた言葉が、プロポーズに対しての返事。
それを聞いた瞬間、ヤマトが幸せそうな笑みを見せた事は、残念な事に誰も見ては居なかった。
それから、色々と大変だったのは、言うまでもない。
妹のヒカリを説得するのに、かなりの時間が掛かったが、高校を卒業と同時に、二人は言葉通りに結婚した。
婚姻届だけを提出して、親しい人にしかその事を知らせずに、ひっそりと二人が夫婦になったのは、まだ桜の花が咲き乱れている季節である。
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はい、お待たせいたしました。63000HITリクエスト小説になります。
リクエスト内容は、『新婚シリーズのプロポーズ編』だったのですが、以前にも似たようなモノが…xx
す、すみません!こっちらを正式に、『新婚シリーズのプロポーズ』とさせてください。
あ、あちらは、また別物なんです、きっと……(苦しい言い訳・…xx)
はぁ・…ネタを考えられない、私の落ち度でした。本当にすみません(T-T)
なんとお詫びをしていいものやら……xx
そ、そんな訳で、こんなモノで本当に申し訳ございません。
これに懲りなければ、また宜しくしてやって下さい。
では、アキ様、本当に63000GAT&リクエスト有難うございました。
我侭言ったのに、こんなもので、申し訳ないです・……。(>×<)
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