一緒に居たいから、だから今この場所に居る。
あいつと俺の新しい家。
そして、俺は、八神から石田へと苗字が変わった。
何もかもが新しい、生活。
幸せだと、心から言えると思っていたのに……。
『ヤマトさん、居ないんでしょう?』
受話器の向こうから聞こえてくるその声に、太一は盛大なため息をついて見せる。
新婚生活、1ヶ月目。
しかし、何が悲しくって新居であるこの場所で、一人で過ごさなくてはいけないのだろうか?
「……何で、ヒカリが知ってるんだ?」
『TVで言ってたよ。今、ツアー中だって、後3日間は帰って来れないんでしょう?』
嬉しそうに言われるそれに、太一はもう一度ため息をつく。
そう、何が悲しくって、新婚早々ツアーなんてあるのだろうか?
確かに、ヤマトのバンドが今、人気急上昇中なのは知っているが、何も結婚して1ヶ月しか経っていないのに、ツアーを組む事はないと思うのだ。
これでは、何のために結婚したのか分からない。
『戻ってくればいいのに……』
ポツリと呟かれたヒカリのその言葉に、太一は思わず苦笑を零す。
最後まで、自分とヤマトの結婚を反対していたのは、妹のヒカリだった。
両親も、自分が決めた事だからと、あっさりと認めてくれたのに、ヒカリだけが、どうしても認めてくれなくって、自分が必死に説き伏せたのを思い出して、太一はもう一度苦笑を零す。
「それは、出来ないよ、ヒカリ……俺が居る場所は、あいつが帰ってくるこの場所だから……」
『お兄ちゃん……』
少しだけ寂しそうな妹の声に、太一は困ったような微笑を見せる。
「…ごめんな、ヒカリ……それに、ツアーに行ってる間、毎晩電話して来るんだ、あいつ」
『えっ?』
太一が呟いたその言葉に、ヒカリが訳が分からないと言うように問い返してくるのに、笑顔を零す。
「……毎晩、決まった時間に、コールして来るんだよ。だから、ここを離れられないんだ」
楽しそうに笑いながら言われたその言葉に、ヒカリは何も言えずに黙り込んだ。
きっと、それが惚気だと言う事に、太一は気が付いていないだろう。
それが分かるからこそ、ヒカリは思わず盛大なため息をつく。
『……分かった、それじゃヤマトさんから、電話来ると困るだろうから、もう切るね』
「ああ…折角電話くれたのに、ごめんな。今度ちゃんと顔出すから……」
『うん、約束だからね。お休み、お兄ちゃん』
「お休み、ヒカリ……」
電話が切られたのを確認してから、太一もゆっくりとした動作で電話を切った。
そして、それをテーブルの上に置くと、大きく息を吐き出す。
広い部屋の中、何の音も聞こえない空間。
たった一人で過ごす夜は、寂しく感じるから、好きになれない。
「……そんなに有名にならなくても良かったのに……」
ポツリと呟いて、そっとテーブルに片頬を付ける。
結婚する前から、十分人気はあった。
しかし、どんなに急がしくっても、自分に会いに来てくれたのだ、彼は……。
だから、こんなに長い間離れた事は一度もない。
「……浮気しても、知らないからな……バカ、ヤマト……」
そっと、自分の左手の薬指に嵌められている指輪を見詰めて盛大なため息。
ペアになっているその指輪の片割れは、今はきっとあの人の首から、下げられているだろうから……。
「……会いたいって思うのは、俺の我侭なのかよ……」
ポツリと呟いて、そっと息を吐き出す。
ヤマトがツアーに出掛けてから、既に一週間。
まだ後三日も帰って来ないという事実は、やはりため息を誘ってしまう。
毎晩電話をしてくれるヤマトの優しさを知っているけど、声を聞けば会いたくなるのだ。
耳元で聞こえるその声を聞いていると、少しだけ胸が締め付けられてくる。
「…バカ……」
泣き出してしまいそうな気持ちを隠すように、もう一度だけ呟いた言葉と同時に、電話の呼び出し音が鳴り響く。
それに、一瞬だけ驚いたように肩を震わせるが、太一は慌てて近くに置いてあった受話器を取った。
「もしもし!」
『太一、俺…』
慌てて出た瞬間、受話器から聞こえて来た声は、待っていた相手。
「ヤマト、今日のライブも、無事に終わったのか?」
『ああ、今移動中で、あんまり長くは話せない……』
「ヤマト?何、聞こえ難い」
雑音が聞こえて、正確に相手が何を言っているのか聞こえなくって、太一は心配そうに聞き返す。
『…悪い……また後で……』
「ヤマト!」
名前を呼んだ瞬間に、受話器からは無常な音が聞こえてきた事に、太一は盛大なため息をついて、電話を切る。結局、何も話など出来なかった事に、思わず落ち込んでしまうのを止められない。
「……何か、移動中って、言ってたけど……今日はもう、話せないのかなぁ……」
無常にも切られてしまった電話に、再度ため息をついて、太一はそのままテーブルに頭を預けた。
今ここに居ない人の事を考えると、もうため息しか出てこない。
「……本当に、浮気しても知らないんだからな……」
繋がっていない電話を見詰めながら、精一杯の文句を言う。
そうでもしないと、本当に泣いてしまいそうだから……。
何時から、自分はこんなに弱くなってしまったのだろうか?
女々しいと思ってしまえる程、今の自分はヤマトが居ない事にショックを受けている。
「あいつの所為だ…俺が、こんなになったのは……」
そっと呟いて、そのまま自分の顔を隠すようにもう一度ため息をつく。
「俺の居る所が、お前の帰ってくる場所なんだろう!早く帰ってこいよな!」
相手が聞いてないからこその文句。分かってはいても、言わずにはいられないから……。
一週間、自分はこの部屋に一人で残されて居たのだから、そろそろ我慢の限界である。
一人だけで過ごした事の無い自分が、たった一人で、ここで過ごしているのは、正直言ってかなり寂しい。
だが、自分がヤマトと一緒に暮らす場所だと決めた以上、この部屋から離れる事も出来ずに、ずっと相手が帰ってくるのを待っている自分が居る。
本当は、一日だって離れたくない相手。
そんな相手だから、少しくらい寂しいと思っても、我慢して待つ事が出来るのだ。
「……早く、会いたい…ヤマト……」
ポツリと呟かれたその言葉は、自分の本心。
きっと、相手には、恥ずかしくって言えないと分かっている言葉。
だけど、今なら、きっと素直に言えると思う。
心から、会いたいと思っているから……。
「……ヤマ、ト…」
そっと一番大切な人の名前を呟いてから、太一はそのまま机に突っ伏した状態で、ゆっくりと夢の中へと引き寄せられていった。
出来るだけ音をさせないように、静かにドアを開いて、そのまま中に入る。
大きな荷物を玄関に下ろしてから、疲れたように盛大にため息をついた。
「…太一、寝てるんだろうなぁ……」
時計を見れば、既に夜中の2時を回っている事に、もう一度ため息をついて、ヤマトは自分の靴を脱ぐと静かに部屋に上る。
「…明かり?」
だが、直にリビングに明かりが点いている事に気が付いて、不思議そうに首をかしげた。
勿論、太一が起きているとは思えない。
自分が帰る事は、教えていなかったのだから……。
「太一?」
そっとリビングに続いている扉を開いた瞬間、ヤマトは呆れたようにため息をついた。
机に突っ伏した状態で寝ている太一の姿に、思わず苦笑を零してしまう。
「…風邪ひくぞ……」
優しく肩に触れてみれば、その肩が自分が思っていたよりも冷たくなっている事に気が付いて、ヤマトは驚く。
そして、今この部屋の気温を感じて、端正な眉を寄せた。
「……今、何月だと思ってるんだ……」
冷たくなっている体に慌てて自分が着ていたコートを掛けて、ヤマトは急いでエアコンのスイッチを入れる。
程なくして、ゆっくりと部屋の中が暖かくなるのを感じて、ヤマトは小さく息を吐き出した。
綺麗に片付けられた部屋、そんな中で眠っている太一の姿は、胸を締め付ける。
「…一人にしといて、ごめんな…太一……」
眠っている太一の耳元にそっと顔を寄せて呟けば、小さく体が反応を返す。
そんな太一に優しい笑顔を見せて、ヤマトはそっと太一を椅子から抱き上げた。
「……頼むから、起きないでくれよ……」
優しく抱き上げながら、相手が起きないように細心の注意を払い、ヤマトは漸く太一の顔を見る事ができた。
ずっと隠された状態だった太一の顔を見た瞬間、ヤマトはそっとその目元にキスをする。
「……ごめん…もう、一人になんてしないから、泣かないでくれ、太一……」
どう見ても泣いていたと分かるその目元の涙を拭うようにキスをしながら、ヤマトはゆっくりと太一を寝室へと運ぶ。
「…んっ……ヤマト……」
寝室のドアを開いた瞬間に、太一が小さく身じろいで、自分の胸に擦り寄ってきた事に、ヤマトは驚いて太一の様子を見た。
自分の名前を読んだ太一は、起きた様子も見せないで、自分の胸に顔を寄せるようにして眠っている。
そんな様子を見て、ほっと息を吐き出すと、ヤマトはそのまま太一を寝室のベッドにそっと横たえた。
それから、太一から少し離れようと身を引こうとした瞬間、突然自分の服を引っ張られてしまう。
「…ヤダ……ヤマト……一人に、するな……」
自分の服を掴んで、呟かれたその言葉に一瞬驚いたように瞳を見開くが、直に優しい表情を浮かべる。
「……約束する、絶対に、一人にはしない……愛してる、太一……」
自分の服を掴んだ状態の太一を優しく抱き寄せて、ヤマトはそのまま太一の横に身を寄せた。
「…お休み……太一……」
耳元でそっと呟いて、頬にキスを送ってから、ヤマトは太一を抱き締めた状態で、瞳を閉じる。
1週間ぶりに感じられる愛しい存在を確かに感じながら、幸せの夢の中へと入っていく。
朝日が差し込んでくるのを感じて、太一は小さく身じろぐように寝返りを打つ。その瞬間、隣に感じられたその温もりに気が付いて、太一は、寝惚けた状態のままその温もりの正体を確かめようと、手を伸ばす。
「……なんだ、太一?」
ぺたぺたと形を確かめるように手を動かしていた太一は、突然聞こえたその声に、一気に夢の中から現実へと覚醒してしまった。
そして、昨晩自分がベッドに入った記憶がない事を思い出す。
「お、俺……な、何で、ヤマトが!」
「……何でって、ここは俺のベッドでもあるんだから、可笑しい事なんてないだろう?」
驚いて起き上がった太一に、ヤマトはまだ眠そうな表情を浮かべながら、一つだけ大きな欠伸をする。
「…そうじゃなくって!お、お前、ツアー中じゃ……」
暢気な表情を見せているヤマトに、太一は信じられない気持ちのまま疑問を投げかけた。
「後三日間のライブは、ここからでも行ける場所だからな。一足先に戻ってきた」
「でも、昨日、移動中だって……」
「ああ、ここに帰って来る途中だったんだよ」
「……一体、何時帰ってきたんだよ……」
「夜中の2時過ぎ……リビングで、お前が寝てるの見た時、驚いたぞ」
呆れたように呟かれたその言葉に、太一が困ったような表情を見せる。
「……起こしてくれれば、良かったのに……」
「起こしたくなかったんだ。折角寝てるんだし……それに、寝てる方が、素直だから、お前」
「なっ!ど、どういう意味だよ!」
言われた事の意味が分からなくって、太一がムキになって大きな声を出すのに、ヤマトは笑顔を見せた。
「一人にするなって、俺の服を離さなかったんだよ」
嬉しそうな笑顔で言われたその言葉に、一瞬意味が分からなかった太一がきょとんとした表情を見せるが、意味を理解した時、そん顔が見事なまでに赤く染まる。
「なっ、な、なに言って……」
「お陰で、服を着替えられなかった。太一だって、着替えさせたかったのになぁ」
楽しそうに笑いながら、真っ赤になっている太一の顔にそっと手を伸ばす。
「……ところで、太一。おかえりのキスはしてくれないのか?」
ニッコリと優しい笑顔と共に言われたその言葉に、太一の顔がますます赤くなった。
「し、知るか!お、俺は、お前がまだ帰って来れないんだと思って……ちゃんと、心の準備だってしようって思ってたのに……何で、勝手に帰ってきてるんだよ!!」
「……太一は、俺に帰って来て欲しくなかったのか?」
「うっ……」
優しい笑顔が、寂しそうな瞳に変わる。
そんな相手に、太一が一瞬言葉に詰まるが、直に大きく首を振った。
「そ、そんな事ある訳ないだろう!!……って、お前、わざとだなぁ!!」
慌てて弁解した後に、楽しそうな笑い声を聞いて、太一は近くにあった枕を掴んでヤマトにぶつける。
「素直じゃない、太一が悪いんだろう?」
「バ、バカ!」
枕を掴んだまま、まだ横になっているヤマトを何度もそれで叩く。
真っ赤な顔をして自分の事を叩く相手に、ヤマトは苦笑を零すとそっと手を伸ばして、相手の手首を掴むとぐっと自分の方に引き寄せた。
「わっ!」
突然の事にバランスを崩した太一が、そのままヤマトの方に倒れ込む。
「……とり合えず今は、ただいま、太一……」
そっと抱き止められた上に抱き締められて、耳元に囁かれたその言葉に、太一は一瞬小さく体を振るわせる。
だが、直に苦笑を零すと真っ直ぐに相手の瞳を見詰めて、優しく微笑んだ。
「……お帰り、ヤマト……」
そして、そっと頬にキス一つ。
「…俺としては、こっちの方がいいんだけど……」
「ぜ、贅沢言うな!俺には、これだけでも精一杯なんだからな」
「んじゃ、おはようのキスvv」
自分に文句を言うその口をそのまま塞ぐ。突然の事に、太一は一瞬瞳を大きく見開いた。
「って事で、おはようv太一vv」
「……バカ…」
真っ赤になった顔のまま、呟かれた言葉に、笑顔を見せる。
久し振りの甘い朝。
それも全て、好きな人が傍に居るから……。
ほら、もう大丈夫。
寂しくなんかない。
君が居てくれれば大丈夫だよ。
「……改めて、お帰り、ヤマト……」
幸せだって、心から言えるよ。
君が居ればね。

17000HITリクエスト!
激甘を目指したはずなのですが……xxただのバカップルに…xx
一様、夫婦の設定だったはずなんですけどねぇ……不思議です。<苦笑>
リクエスト内容は、新婚さんのラブラブヤマ太だったのに、またしてもリクエスト失敗…xx
結局、何が書きたかったのか、自分でも分かりません。
折角キリ番を取って頂いたのに、すみません、こまこ様。(><)
これで、呆れなければ、またどうか宜しくお願いしますね。
本当に、キリ番GET&リクエスト有難うございました!