― お出掛けしましょう ―



「本当に頼んでいいのか?」

 心配そうに見つめられて、ヒカリはにっこりと笑顔を見せた。

「大丈夫だよ。それよりも、ヤマトさんとの待ち合わせの時間大丈夫なの?久しぶりのデートなんでしょう、お兄ちゃん」

 可愛らしい笑顔と共に言われたそれに、太一の顔が赤くなる。

「ばっ、違う、ただの買い物だ!」

 真っ赤になって慌てて弁解する兄に、ヒカリは笑顔のまま差し出されていたバスケットを受け取った。

「はいはい、結婚して初めてなんじゃないの、二人で待ち合わせて、デートするのなんて」

 否定したにもかかわらず、ニコニコと再度言われたそれに、太一の顔がますます赤くなってしまう。

 確かに、ヒカリが言うように、結婚してからは、こうしてどこかで待ち合わせをしたのは、今回が初めてである。
 しかし、結婚しているのに、デートと言われるのは、どうしても恥ずかしいと思ってしまうのは、仕方ない事であろう。

「ガブとアグの事は心配しないで、お兄ちゃんは久しぶりなんだから、楽しんできてね」

 嬉しそうに言われたそれに、素直に頷いて返す。
 それから、ヒカリに他の荷物も預けると、太一はそこで漸く腕時計に目を向けた。

「げっ!」

 時計がすでに待ち合わせ時間の5分前をさしている事に驚いて、慌ててしまう。

「ほら、早く行かないと、芸能人を待たせちゃだめだよ」

 慌てている兄を前に、ヒカリが笑いながら急がせる。

「分かってる……それじゃ、夕方には迎えに来るから、頼むな!」
「分かった。いってらっしゃい!」

 自分に手を振って走り出した兄を見送って、ヒカリも手を振り返す。
 そして、小さくため息をついた。

「……あんな顔見せられたら、止められる訳ないじゃない………」

 ポツリと呟いて、再度ため息。
 前もって連絡をもらった時、正直言って嫌だった。
 太一達の結婚だって最後まで嫌がっていたのだ、デートをするにあたって、子猫の事を預かって欲しいと言われて、快く引き受ける事など出来るはずもない。

 それでも、今こうして子猫たちを預かっているのは、太一の笑顔が見たいから……。

 嬉しそうに出掛けて行ったその姿に、意地悪など出来るはずもない。

「……さて、ガブとアグを出してあげないと、可愛そうだよね」

 再度ため息をついて、見えなくなってしまったその姿を振り切るように、ヒカリは受け取ったバスケットを自分の目の前に掲げた。

「それにしても、ガブとアグなんて名前、お兄ちゃんらしいなぁ」

 そっと開いた場所から、中を覗き込めば、緑の瞳と目が合う。
 オレンジ色の毛並みとブルーグレーの毛並みが並んで座っている姿を見て、ヒカリは苦笑をこぼした。

「…でも、付けたくなるの分かるな…本当に、そっくり」

 狭い籠の中から出して貰えた嬉しさに、2匹が部屋の中を走り回る。
 その姿を見詰めながら、ヒカリは再度笑みを零した。


                                    



「ヤマト!」

 遠くから見ても分かるその姿に、太一は嬉しそうに大きく手を振って見せる。
 そして、待ち合わせの時間に何とか間に合った事に、ほっと胸を撫で下ろす。

「……大きな声で名前を呼ぶな!」

 変装しているのだろうサングラスと深々とかぶった帽子姿のヤマトが慌てて自分の口を塞ぐ。
 そりゃ、いくら変装していると言っても、人気バンドのボーカルなのだから、それも仕方ないであろう。

「……悪い…」

 慌てているヤマトを前に、太一が苦笑を零して素直に謝罪する。
 そんな相手に、ヤマトも苦笑を零した。

「別にいいけどな……折角のオフを邪魔されたくないんだよ……」

 少しだけ拗ねたようなその口調に、太一は嬉しそうな笑みを見せる。

「本当に、久しぶりだよなvv お前と出掛けるのvv」

 突然の笑顔と共に言われたそれに、一瞬ヤマトが声もなく太一を見詰めてしまう。
 確かに、太一の言う通り二人で出掛けるのは久し振りである。
 そして、そんな風に太陽の下で満面の笑顔を見せている太一を見る事だって、本当に久し振りなのである。

「た、太一…」
「で、今日は、何処に行くんだ?」

 目の前で笑っているその姿があまりにも可愛いから、抱き締めようとしたヤマトの耳に、無邪気な質問が聞こえてきて、伸ばしていたその手が止まった。

「太一?」
「お前が、今日は買い物に付き合えって言ってただろう?俺、何処に行くのか聞いてないんだよなぁ」

 にこにこと嬉しそうに笑いながら言われたそれに、ヤマトは言葉も無く、太一を見詰めてしまう。

 確かに、今日のこの待ち合わせをするにあたって、『買い物に行きたいから』と誘ったのは本当の事である。

 それを否定するつもりは、全く無い。

 だが、それはあくまでも建前であって、本当は太一と出掛けられるのなら、どんな理由でもよかったのだ。
 だから、太一もそれを分かっていると思っていただけに、無邪気な質問に、思わず頭を抱え込んでしまうのは仕方ないだろう。

「ヤマト?」
「……なんでもない…取り敢えず、時間が勿体無いから、行くぞ」

 止めてあった車に先に乗り込むヤマトに、太一も慌ててその助手席に乗り込んだ。

「で、行くって?」

 シートベルトをしてから再度尋ねられたそれに、ヤマトはもう一度ため息をつく。

「ヤマト?」

 疲れたようにため息をつくヤマトを心配するように見詰めて、太一は困ってしまう。
 どうやら、行く先は決まっていないと言うことは、今までのヤマトの態度で分かる。

 だったら、今日の買い物と言うのは……。

 そこまで考えて、思わず太一の顔が赤くなった。
 考えて漸く分かったそれは、ヤマトが自分と一緒に出掛けたかったと言うこと意外に考えられなかったから……。

「漸く分かったのか?」

 自分の隣で顔を赤くしている太一に、呆れたような視線を向けてヤマトが盛大なため息をつく。

「……そっか、息抜きなんだよなぁ……二人だけでなんて、最近全然出掛けてないんだし……」

 真っ赤になった顔を見られないように、出来るだけ平静を装いながら、太一がポツリと呟いた。

「まっ。確かに息抜きではあるな……ガブとアグは、ヒカリちゃんの所なんだろう?」
「ああ……夕方には引き取りに行くって言ってある。お土産持って行かなきゃだよなぁvv」

 自分の質問に嬉しそうに返されたそれに、ヤマトは不機嫌そうな表情を見せる。
 今ではすっかり、自分よりも猫達の方が可愛いと思っている太一を前に、やきもちを焼くなと言う方が無理な話であろう。

「何だよ?」

 不機嫌そうに自分の事を見詰めてくるヤマトに、太一が不思議そうに首をかしげる。

「……夕方までは、あいつ等の事忘れて、俺の事だけ考えてろよ」

 言われた言葉と同時にそっと自分の唇に触れてきたそれに、太一の顔がまたしても真っ赤になってしまう。
 場所が駐車場で、人の姿が見えないと言っても、ここは外なのである。
 誰かに見られないと言う保証は何処にもない。

「…お、お前なぁ、外ではするなって、言っただろう!」
「…外じゃないだろう?ここは、車の中なんだからな」

 自分の文句に返ってきたそれは、どう聞いても屁理屈。
 そんなヤマトを恨めしそうに睨み付けても、ただ笑って返されるだけである。

「それじゃ、ショッピングにでも行きますか、奥さんvv」

 不機嫌そのままの太一を前に、全く悪びれること無く、にっこりと笑顔を見せて言われた事に、しぶしぶ状態で頷いて返す。
 そんな太一に満足そうな笑顔を見せて、二人を乗せた車が、ゆっくりとスタートした。





「ヤマト!次はあの店、行こうぜvv」

 ここに来る前にはあんなに不機嫌そうだった太一も、今では嬉しそうに自分の腕を取って歩いている。

 幾つもの店が建ち並ぶこのアウトレッドは、最近出来たと言うことで、人も多い。
 そんな中を、嬉しそうに見て回っている太一の姿に、ヤマトも満足そうな笑顔を見せた。
 そして、太一が指差したその店は、スポーツ用品店。サッカーに今だ関わっている太一らしいそれに、ヤマトはもう一度微笑んで見せる。
 店内に入って、すぐにシューズやらTシャツ等を見ている太一の隣で、ヤマトも楽しそうに品々を見ていく。

「八神監督!」

 そんな中、突然名前を呼ばれて、太一が驚いたように振り返った。

「監督も、買い物ですか?」

 そこには小学生くらいの男の子が嬉しそうな顔で太一を見ているのに気が付いて、ヤマトは納得したように頷き掛けて、それを考え直す。

『……八神監督って言わなかったか?』

 今、小学生を相手にサッカーを教えている太一だから、『監督』と言われるのは分かる。
 きっとこの少年もそのサッカーチームの子供だと言うのは、明らかだ。
 しかし、今少年が呼んだ名前が問題なのである。

「ああ、確か水沢だったよな?」
「監督、僕の名前知っててくれてるんですか?」

 ニコニコと嬉しそうに少年と話をしている太一を前に、ヤマトの機嫌はさらに複雑なものになっていく。

「当たり前だろうって、言いたいんだけどな……全員は流石に覚えてないんだよなぁ……」
「仕方ないですよ。だって、あのサッカークラブ人気があって、人数多いから……僕も入れるなんて思ってなかったし」

 希望者が後を絶たないという事を口にして、少年が笑う。
 何故人気があるのかと言う理由は、目の前の監督に人気があるからだと言う事は、黙っておく。

「そうなのか?」

 今はじめて聞かされたと言うように驚いている太一を前に、少年はにっこりと笑顔を見せた。

「はい。あっ、母さん達が探してるから……八神監督、またクラブで!」

 自分の名前を呼ぶ声に慌てて少年が頭を下げると走り去っていく。
 それを見送ってから、太一は嬉しそうに後ろを振り返った瞬間、固まってしまう。

「ヤ、ヤマト?」

 自分の後ろに居た人物は、最高に機嫌が悪そうである。
 不機嫌と言うオーラーを出しているのにも関わらず、その口元が笑っているのが、返って怖い。

「なぁ、太一……『八神監督』って言うのは、どう言うことなのか、説明してくれるよな?」

 ニコニコと笑っているのに、その目が笑っていないのに、太一は背筋に冷たいものを感じてしまう。

「……ここで話難いって言うのなら、場所変えてもいいぞ」

 終始ニコニコ状態のヤマトに、太一は逃げることなど出来ないと悟って、慌てて大きく頷いて返した。




「だから、悪気は無いんだって!」
「お前の苗字は、『石田』のはずだぞ……」

 車に戻っての言い合いに、太一はどうしたものかと考える。
 まずい事を知られてしまったと言うように、その表情は複雑で、必死に言い訳をしている姿は、思わず同情したくなってしまう。

「そうだけど……やっぱり、自己紹介なんかの時、どうしても『八神』って言っちまって……その今更訂正するのもどうかと思うし……」
「訂正すればいいだろう!」
「だ、だって、そうすると、恥ずかしいだろう……」

 不機嫌そうに言われたそれに、太一が困ったように言葉を返す。

 別に、『石田太一』になったのが嫌な訳ではない。
 ただ、それを言うのが、なんとなく恥ずかしいだけなのだ。
 それに、自分が結婚していると言う事は、ちゃんとみんな知っているし、戸籍上では『石田太一』であると言う事もちゃんと知られている。
 ただ、旧姓の方が何となく言いなれているので、どうしてもそちらの方を言ってしまうのだ。

「恥ずかしいって……」
「いや、だからそうじゃなくって……えっと、別に『石田』が嫌な訳じゃなくって……その……」

 必死で言い訳を考えている太一を前に、ヤマトは盛大なため息をつく。

 サッカークラブで、太一が『八神』と言っていると言う事を知って、少なからずショックを受けたのは正直なところである。
 しかも、その理由が、『恥ずかしい』と言われてしまっては、立ち直れない。

「そっか、『石田』って名乗るのは、恥ずかしいのか……」

 落ち込んだように盛大なため息とともに言われたそれに、太一が驚いたように大きく首を振る。

「ち、違うからな!『恥ずかしい』って、そう言う意味じゃなくって、俺が、ヤマトと結婚したって言うの、みんなに宣言してるみたいで…その、ヤマトを独り占めしてるみたいで、恥ずかしいって言うか・……」

 だんだんと自分でも何を言っているのか分からなくなってきた太一の言い訳に、ヤマトは再度ため息をつく。

「……俺としては、宣言して、独り占めして欲しいって思ってるんだけどな……」

 そっと慌てている太一の耳元で囁かれたそれに、ますます太一がパニックを起こす。

「いや、だから…その……」
「俺は、何時だって太一を独り占めしたい……そして、俺を独り占めしていいのも、太一だけだ……」

 真剣に言われるその言葉に、太一の顔が赤くなる。

「……馬鹿…今更、俺を口説いてどうすんだよ……」

 真っ赤になった顔を隠すように俯いてしまう太一を前に、ヤマトは満足そうな笑みを見せた。

「太一相手なら、一生口説きつづけてやるよ」
「……お前以外の奴にはいえない台詞だよなぁ……」

 さらりと言われた言葉に、赤い顔のままポツリと漏らされたそれに、ヤマトはそっと太一に顔を近づけていく。

「…それって、誉め言葉だよな?」
「…言ってろ……バッ……」

 可愛くない事を言う唇を自分のそれで塞ぐ。
 そっと触れるだけのキスで、相手の言葉を遮ってから、嬉しそうに微笑んで見せた。





「結局、何を買ってきたの?」

 ガブとアグを引き取りに来た時に、お土産として差し出されたそれに、ヒカリが呆れたようにため息をつく。
 差し出されたものは、ウチのすぐ傍で売られているタイヤキである。

「いや、だから……」
「買い物に出掛けたのに、結局何も買わなかったの?」

 不思議そうに尋ねられる事に、困ったような表情になるのは、止められない。

「……別に責めてないんだよ……ちょうど、食べたいと思ってたから、嬉しいし・…」

 困ったような表情を浮かべている兄に、慌ててヒカリがにっこりと笑顔を見せて、お土産と差し出されたそれを受け取った。
 そんな妹の姿に、ほっとした表情を見せて、太一が複雑な笑みを見せる。
 勿論、ちゃんとしたお土産を買うつもりだったのだ、しかし、それが出来なくなった理由は、自分には絶対に口に出来ない。

「ごめんな…本当はもっとちゃんとしたモノ買ってきたかったんだけど……」

 申し訳なさそうに誤る兄に、ヒカリはぶんぶんと首を振る。

「いいよ、気にしなくって!そうだ、一緒に食べてく?」

 先ほど貰ったそれを見せながら、慌てて言われたそれに、太一は小さく首を振って返す。

「悪い、ヤマトが駐車場で待ってるから……」

 照れたような笑顔と共に言われたそれに、ヒカリの表情が複雑なものになる。
 そして、朝預かった猫達が入った籠を太一に差し出した。

「……今度は、泊りがけで来てよね。勿論、ガブとアグと一緒に」
「ああ……ヤマトがツアーに言った時にでも、また来るよ」

 複雑な表情を無理やり笑顔に変えて言われたそれに、にっこりと笑顔で言葉を返して、太一は籠を受け取る。
 そして、太一が足元に置いてある荷物を取るようにかがんだ瞬間、ヒカリはその首筋にある跡に気が付いた。
 それは、分かり難いように付けられたもの、しかもどう見ても新しい。

「お兄ちゃん!」
「なんだ?」

 その首筋に付けられたものを見た瞬間、兄が何も買ってこなかった理由を理解して、ヒカリは盛大なため息をつく。

『だから、お兄ちゃんだけで、来たんだ……』

 何故、ヤマトが一緒に来なかったのかその理由が分かって、ヒカリは呆れたように駐車場で待っているヤマトのことを考えた。

「……あのね、『絶対に、電話して下さい』って、ヤマトさんに伝えておいてね」

 にっこりと可愛らしい笑顔と共に言われたそれに、太一は意味が分からないと言うような表情を見せる。

「ヤマトさんに言えば分かるから」

 ニコニコと笑顔の妹に逆らえるはずもなく、太一は素直に頷いて返す。
 そして、そのまま笑顔で見送られてながら、不思議そうに首をかしげたのは言うまでもない。


 その後、太一の伝言を受けて、ヤマトがヒカリに電話をしたのかどうかは、なぞである。
 もっとも、その言葉を無視した方が恐ろしいと思うのは、きっとヤマトだけではないだろう。


 

 



  はい、漸く書き上げました。
  38000HITリクエスト小説です。
  リクエスト内容は、ヤマ太新婚シリーズで、『お買い物』だったはず……xx
  何処で間違えたのでしょうか?ご、ごめんなさい、こまこ様(><)
  またしても、意味不明小説を書いてしまいました。
  言い訳、言い訳……xx って、何も浮かばない。(T-T)
    
  そ、そんな訳で、新婚シリーズ第7弾となってしまいました。
  いったい何時まで続くのやら……xx
  でも、このバカップルって本当に書きやすいので、好きなんです。

  リクエスト、有難うございました。またしても答えてないものになって申し訳ありませんでした。