もしも、お前の事を忘れたとしたら、この気持ちから開放されるのだろうか?
この気持ちが届く事はないと分かっているから、無くしてしまいたいと願ってしまう。
ただ一人、君と言う大切で愛しい存在を……。
『……だったら、忘れさせてあげるよ』
目が覚めた瞬間、頭がすっきりしていない事に疑問を感じた。
何か、大切な事を忘れてるような気がするのに、その忘れてしまった事が分からない。
「おはよう、ヤマト」
ボンヤリと考えている中、先に起きていたガブモンがニッコリと自分に挨拶してくるのに、ヤマトは我を取り戻して笑顔を返す。
「おはよう、ガブモン」
「ヤマトが一番最後だよ。みんな、起きてるんだからね」
少しだけ呆れたように言われたそれに、ヤマトは思わず苦笑を零した。
確かに、この洞窟の中で昨晩雑魚寝していた筈の皆の姿がない。
ヤマトは、考えていた事を忘れて、一度大きく伸びをするとゆっくりと立ち上がる。
「……みんなは?」
「アグモンとタイチは、この辺を調べてる。ジョウとコウシロウは、これからのルートの確認。ミミとソラは、食料の調達。タケルはそれを手伝ってるよ」
全員が何をしているのかを説明して、ガブモンは呆れたようにため息をつく。
「本当、ヤマトが珍しく寝坊するから、タイチが心配してたよ」
苦笑を零しながら言われたその言葉に、一瞬ヤマトは驚いたように瞳を見開いた。
先程、ガブモンが説明してくれた時に感じた違和感。それが、次に言われた事ではっきりとする。
「……ガブモン、タイチって誰の事だ?」
「えっ?」
不思議そうに尋ねられたその言葉に、ガブモンが信じられないものでも見るようにヤマトの事を見た。ヤマトがそのような冗談を言わない事を一番分かっているだけに、言われた事が信じられないのだ。
「ヤ、ヤマト……?」
「タイチって、誰の事なんだ?」
もう一度聞き返された事に、ガブモンは今度こそ言葉を無くす。
真っ直ぐに見詰めてくる瞳は、真剣そのものだから……。
「よう!目が覚めたのか?」
何も言えないまま見詰め合っている中、洞窟の入り口に立って、嬉しそうに笑い掛けて来た人物によって、二人は同時にそちらに視線を向けた。
「ど、どうかしたの、二人とも?」
驚いたように自分達を見詰めてくる二人に、一緒にいたアグモンが心配そうに問い掛けてくる。
「何か、あったのか?」
只ならぬ気配を感じ取った太一も、その表情を真剣なものに変えて、慌てて洞窟の中に入るとヤマト達の傍に移動した。
「……あったのは、あったんだけど……」
心配そうに見詰めてくる太一に、ガブモンがチラリとヤマトに視線を向けて、言い難そうに口調を濁す。
「あったって、何が……えっ?」
「……お前は、誰だ?」
言い難そうにしているガブモンに問いかけようとした瞬間、行き成り腕を捕まれて、驚いたように振り返って瞳が合った時、言われたその言葉に、太一は理解出来ずに言葉をなくした。
「お前は、誰なんだ!何で、俺やガブモンの事を知ってるんだ?」
「はぁ?」
続けて問われた事に、漸く太一が間抜けな声を出してしまったのは、仕方ない事だろう。
「……ガブモン、どう言う事なの?」
自分達の隣で頭を抱えているガブモンに、真相を確かめようとアグモンが視線を向けるが、それは盛大なため息で返された。
「……見ての通りみたいだよ、アグモン……」
「それじゃ、太一の事だけ、分からないのかい?」
選ばれし子供達は、聞かされた事に驚いてヤマトを見詰める。
「うん、そうみたいなんだ……」
ため息をつきながら、丈に返事を返すアグモンの言葉、その隣でガブモンも頷いて見せた。
「それじゃ、私達の事は分かるの、ヤマトくん」
「……ああ、丈に空、ミミちゃんに光子郎やタケル……ガブモン、テントモン。パタモンにゴマモン。パルモンやピヨモン、そして、アグモンの事は分かる……」
全員の名前を呼びながら言われたその言葉に、皆が困ったような表情で、忘れられてしまった太一に視線を向ける。
太一は、ぎゅっと自分の拳を握り締めたまま下を向いていて、その表情を見る事は出来ない。
「……アグモンの事は分かるんですよね。でしたら、どうしてそのパートナーである太一さんの事は分からないのですか?」
そんな太一を横目に、光子郎が疑問に思った事を問い掛けた。
「んな事、分かる訳ないだろう!!」
光子郎の問い掛けに、イライラしたように怒鳴り返す。
それに、皆が驚いたようにヤマトを見る。
「……確かに、分かる訳がないかもしれませんが、怒鳴る事はないと思います」
「……悪い…そんなつもりじゃ、なかったんだ……」
ムキになった自分に驚きながら、ヤマトは素直に謝って返す。
どうしてこんなにイライラするのか、分からない。
自分の目の前に居るその人物の事が分からないだけなのに……。
「…もう、いいじゃんか」
重い沈黙が流れる中、ポツリと口を開いた相手に、誰もが一斉に視線を向ける。
そして、全員の視線が向けられる中、今まで黙って下を向いていた相手が顔を上げて、ニッコリと笑顔を見せた。
「別に、俺の事を忘れただけなら、大した問題じゃねぇよ。ヤマトだって、好きでこんなになった訳じぇねぇんだから、言い合っても仕方ねぇだろう?」
「太一、あなたねぇ……」
笑顔でサラリと言われたその言葉に、呆れたように空がため息をつく。
「俺の事、分からないなら、もう一度自己紹介から始めればいい事だろう。 って、事で、俺は八神太一、宜しくな、ヤマト」
ニッコリとヤマトに向けて手を差し出す太一に、皆が呆れたような視線を向ける。
「…太一さんらしい……でも、そうだよね、分からないなら、やり直せばいいのよvv」
だが、そんな中、ミミが嬉しそうに頷いた事で、全員の空気が軽くなるのを感じて、ヤマトは驚いて手を差し出している人物を見詰めた。
「深く、考える事なんかねぇよ、ヤマトvv」
嬉しそうに自分に笑い掛けるその笑顔が眩しすぎて、ヤマトは思わず顔を赤くしてしまう。
胸が、高鳴るのはどうしてなのか?
……どうして自分は、目の前のこの人を忘れてしまったのだろう。
忘れてしまった事が、悔やまれる。
自分は、目の前の人を……。
『あ〜あ、折角、願い事を叶えてあげたのになぁ……』
「えっ?」
差し出された手を握り返そうとした瞬間、自分の後ろから聞こえてきたその声に、ヤマトは驚いて振り返った。
「誰だ!」
その声は、全員に聞こえていたらしく、皆が身構える。
デジモン達は、自分のパートナーを護るようにその前に立ちはだかった。
「姿を見せろ!」
『…見せてあげたいんだけど、ボクには姿はないんだよ』
楽しそうな声が、からかう様に流れてくる。
それに、皆が辺りを見回した。
『だから、姿はないんだって……ねぇ、折角、君の願いを叶えてあげたのに、どうして思い出しちゃうの?』
「……俺の願い?」
自分の耳元で聞こえてくるその声に、ヤマトは分からないと言うように首をかしげる。
『うん、そうだよ。君が、願ったから、ボクはそれを叶えてあげたの。楽しそうだったからね』
「ヤマト!!」
言われる事が信じられないと言うように、動けないで居るヤマトに、ガブモンがその直後ろに攻撃をした。青い炎が空を切る。
『だから、実体がないんだって…攻撃しても、ボクには当たらないよ』
楽しそうに笑いながら、その声が自分達の周りを移動していく。
『退屈していた中に、君たちが来てくれた。だから、感謝の気持ちに願い事を叶えてあげたのに、そんなボクに攻撃するなんて、酷いよ』
言われている内容のわりに、その口調は本当に楽しそうに聞こえる。
そんな姿の見えない相手に、誰もが困惑を隠せなかった。
姿が見えない相手など、倒す事なので出来ない。
「アグモン!洞窟を狙うんだ!」
だが、そんな中、はっきりとした口調で命令を出した相手に、誰もが驚いてその人物を見詰めてしまう。
「タ、タイチ?」
「大丈夫だから、俺を信じてくれ、アグモン」
ニッコリと自分のパートナーに笑顔を見せて、安心させる。
そんな太一に、アグモンは大きく頷いて、言われるままに洞窟に向けて炎を吐いた。
ぼんっと言う音と共に、洞窟の入り口に炎の玉が当たって、その洞窟が崩れていく。
『うっ、うわ〜!』
崩れていく洞窟と共に、楽しそうだった声が悲鳴を上げる。
「そう言う事ですか!テントモン!」
「はいなぁ〜まかせとってください」
「ピヨモン!」
「うん、任せて、ソラ!」
「ゴマモン、頼むよ」
「オイラに任せとけって!」
「パルモン、お願いね」
「勿論よ、ミミ」
「パタモン!!」
「大丈夫だよ、タケル」
「ヤマト。ヤマトの記憶は、絶対にオレが取り戻して見せるからね」
「……ガブモン……」
ニッコリと自分に笑い掛けるパートナーに、ヤマトは心配そうに声を掛けた。
「皆!一斉に攻撃するんだ!」
アグモンの声と共に、全員が自分の必殺技をその洞窟にめがけて一斉に攻撃する。
全員の攻撃を受けて、洞窟が完全に崩れていく中、謎の声が絶叫を上げたと同時に消えていった。
「ヤマト!!」
洞窟が崩れていく中、それと同時に、ヤマトの意識が途絶える。
崩れ落ちるその体を慌てて、近くにいた丈が抱きとめた。
「ヤマト!」
「大丈夫、気を失ってるだけみたいだよ」
一人で支えきれなかった丈が、地面に座り込んだ状態でヤマトの様子を見て、ほっとしたように息を吐き出す。
「そうか……」
丈の言葉に、誰もが安心したように息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
「それにしても太一、良くあいつの正体が洞窟にあるって、分かったね」
だが、疑問が浮かぶのは仕方ない。
自分達には、あの声の主が何処に居るのか分からなかったのだから……。
「……実は、あの洞窟、入った時から嫌な感じがあったんだよなぁ……だけど、攻撃的な訳じゃねぇから、気にしてなかった。俺以外は、感じてねぇみたいだったしな。だから、気の所為かなぁって……」
言い難そうに説明して、太一はそれを誤魔化すように笑顔を見せる。
「もう、分かってたのなら、もっと早くに教えなさいよ!」
「だから、俺の気の所為だと思ったんだって……悪かったよ……」
空に注意されて、太一が盛大なため息をついて返す。
確かに、太一の性格から言って、深く考えないと言う事を知っているだけに、誰もが盛大なため息をついてしまうのは止められない。
「タイチらしいね」
「そ、そうか?」
ニッコリとアグモンが笑顔で言ったその言葉に、太一が少しだけ照れたように頬をかく。
「……誰も、誉めてませんよ、太一さん」
照れていると分かる太一の態度に、ため息をつきながら光子郎が苦笑を零す。
それと同時に、皆が楽しそうな笑い声を上げた。
「んっ……」
そんな声の中、ヤマトが小さく身動ぎをしてゆっくりと瞳を開いていく。
「気が付いたみたいだね」
「大丈夫、ヤマト?」
目を開いた瞬間、丈とガブモンのアップに、ヤマトが言葉もなく驚いてしまう。
「…ガブモンに、丈……何か、あったのか?」
心配そうに見詰めてくる二人を前に、ヤマトは訳が分からないというように首を傾げて見せた。
「覚えてないの。ヤマト!?」
訳が分からなというように、自分を見詰めてくる相手に、ガブモンが驚いて声を上げる。
驚いているガブモンが、呆れたように今までの事を説明し様と口を開きかけた瞬間、後ろからその肩を捕まれた。
驚いて振り返った瞬間、笑顔のまま小さく首を振られてしまう。
「ガブモン、いいよ……お前、コケたんだぜ、大丈夫かよ、ヤマト?」
「俺が、コケた?どう言う事だよ、太一!」
「言葉通りだ。コケたショックで、俺の事忘れちまうし、みんな心配してたんだぜ」
呆れたようにため息をつきながら答える太一は、驚いて自分の事を見詰めてくるヤマトに、笑顔を見せた。
「でも、思い出したみたいだから、もう大丈夫だろ、ヤマト?」
ニッコリと笑顔を見せる相手に、ヤマトは一瞬その意味を捉えることが出来ずにボンヤリとしてしまう。
だが、直にそれを理解して、苦笑を零した。
「……悪い、心配掛けたようだな……」
「大した事じゃねぇよ……んじゃ、そろそろ移動しようぜ」
「そうだね、それじゃ、出発しよう!」
太一の言葉に、丈が誘導するように声を上げる。
それに皆が賛成して、その場を離れる事になった。
「……ヤマト…」
「ああ?」
黙々と歩いていく中、突然名前を呼ばれて、ヤマトは驚いて顔を上げる。
記憶が抜けている状態の事を考えていただけに、少し驚きは隠せない。
しかも、何時もならその相手は一番先を歩いて居るのに、今はずっと自分の隣に居る事も不思議で仕方なかった。
「……お前の本当の願い事、その内でいいから、聞かせてくれよな……」
「えっ?」
「約束、だからな!」
自分の言いたい事だけを言うと、太一は急いで前に走っていく。
その後姿を見送りながら、ヤマトは意味が分からないというように、思わず首を傾げてしまう。
何も分かっていないヤマトを前に、近くに居たガブモンは思わず苦笑を零してしまうのを止められなかった。
「…ヤマト、太一は太一なりに、ヤマトの事を心配してるんだからね」
「……なぁ、ガブモン、本当に、何があったんだ?」
「……ヤマトには、絶対に教えてあげないよ」
不思議そうに尋ねてくるヤマトに、ガブモンが楽しそうな笑顔を見せる。
だって、太一の事を忘れたいって思う事が、ヤマトの本当の願いじゃないって分かるから……。
だから、本当の事なんて教えてあげない。
ヤマト本人がその気持ちに気が付かない限り、何を言っても無駄な事なのだ。
「ガブモン!」
「怒ったって、怖くないよ、ヤマトvv」
自分に飛び掛ってくる相手を軽く交わしながら、ガブモンが楽しそうな笑い声を上げる。
後ろの方で突然始まったじゃれ合いに、前を歩いて居た者達が驚いてその足を止めた。
「たく、何やってるんだか……」
呆れたようにそのじゃれ合いを見詰めながら、ため息をつく。
「いいじゃんか、時間は幾らだってあるんだぜ」
「太一さん、そんな問題ではないと思うんですけど……」
笑顔で言われたそれに、呆れたように光子郎が言葉を返す。
「楽しそうvv」
「ミミ……」
じゃれあっている二人を見詰めながら、楽しそうに呟かれたミミの言葉に、パルモンが思わずため息をついてしまう。
「まぁまぁ、みんな、ここで少し休憩にしましょうよ」
苦笑を零しながら、皆を慰めるように言われた空の言葉に全員が賛成の声を上げて、誰もが皆思い思いに休憩に入る。
そんな中、追いかけっこ状態だったヤマトとガブモンは、楽しそうに自分達が見詰められている事に気が付いて思わずその足を止めてしまう。
「なんだ、もう終わりなのか?」
終わってしまった鬼ごっこに、残念そうな声が聞こえてきた瞬間、ヤマトが我に返ってそう呟いた人物を睨み付ける。
「お、俺たちは、見世物じゃない!」
「……似たようなもんだと思うけどなぁ……」
大声で怒鳴られた事に、苦笑を零しながら呟けば、また睨まれてしまう。
そして、『やばい』と思った時には、既に遅く、何時ものようにヤマトの事を怒らせる事になってしまう。
「太一、お前はなぁ……」
何時ものように始まってしまったヤマトと太一の言い合いに、その場に居た全員が思わず苦笑を零してしまうのは止められない。
そして、この情景こそが本来の姿だと思わずには居られないのだ。
まだまだ、本当の気持ちには気が付いてないと分かっていても、この関係だけが崩れる事がない様に願わずにはいられない。
「まぁまぁ。落ち着けって、ヤマト……」
「俺は、十分に落ち着いてる!」
太一の言葉に返されるそれに、もう一度皆が苦笑を零す。
誰もが一つは持っている願い事。
それが、叶うか叶わないかは、誰にも分からない。
だけど、今だけは、このままの関係が続く事を願って……。
「……ヤマト、思い出してくれて、有難う……」
怒鳴り声を上げている相手に、小さな笑顔を見せて、ポツリと漏らされたそれは、ヤマトの言葉を止めるには十分な威力を持っていた。
そして、その気持ちをヤマトが理解できた時、その願い事が、叶うのだという事を知るものなど、一人もないだろう。
本当の願いを叶えられるのかどうか、それは誰にも分からない。
だけど、叶えられるのは、自分の信じる心があるから……。
誰の力でなく、自分の力で叶えるからこその願い事。
だから、自分を信じてみよう。
少しの勇気をもって……。
はい、18000HITリクエスト小説です。
どこが、と言われたら、否定できません。<苦笑>
リクエスト内容は、『ヤマトさん記憶喪失ネタ』んでもって、勿論、ヤマ太だったはずなんですけど……xx
どこが、ヤマ太なんでしょうか?(誰に聞いてるんだ、私…)
そんな訳で、またしてもリクエストに答えてないものが……ごめんなさい、友樹 様!
自分の無力さを痛感しております、本当にすみません。
言い訳はもう、しませんね。
えっと、こんな小説で宜しければ、また宜しくお願いいたします。
18000GET&リクエスト本当に有難うございました。恩を、仇で返したようで、本当に心苦しいですね。<苦笑>