「八神くんが、スカウトされたんだって!」

 突然聞こえてきた女子の会話に、意識が向けられる。

 休み時間が始まっているのだと気が付いて、ヤマトは大きく伸びをした。
 その瞬間、自分の直ぐ傍に居る人物に気が付いて、ヤマトは顔を上げる。

「空?」
「ヤマトくんは、あの話聞いてる?」

 不安そうな瞳が自分を見詰めてくるのに、ヤマトは一瞬意味が分からずに首を傾げたが、先程の女子達の会話を思い出して首を振った。

「……いや、聞いてない。最近、俺も太一も忙しかったから……」
「…そう……ヤマトくんがスカウトされるのならまだ分かるんだけど、太一がスカウトされたなんて、ちょっと信じられないなぁ」

 小さくため息をつきながら言われたその言葉に、ヤマトが思わず苦笑を零す。
 しかし、その意見には、余り同意できないでいた。

「……あいつは、目立つからな、見る人が見れば、一発であいつの魅力に気付くだろう……」

 自分の容姿が目立つのとは違って、太一の場合は、理由も分からずにまず目が向けられる。
 そして、知れば知るほど、惹かれてしまうのだ。
 だからこそ、分かる人物が見れば、どうしても欲しくなる。

 それは、人を惹き付けるには十分な魅力を持っているから……。

「賑やかでって言うのなら、認めるわ………なぁんて、嘘…本当は、分かってるんだけど、嫌だったの。自分達しか知らない、太一の魅力に気付いた人が居るって事が……」
「空……」

 寂しそうな表情を見せて、空が小さくため息をつく。
 確かに、自分達しか知らない本当の太一の姿と言うものがある。
 それを知っていると言う優越感は、やはり拭えないのだ。

「これで、太一が芸能界デビューしちゃったら、ヤマトくんは、どうする?」

 だから、不安が無いとは言えない。

「…今までと、変わらない……なんて、言えなくなるな……」

 自分で言ったその言葉に、盛大なため息をつく。
 もしも、そうなってしまったら、自分たちはどうするのだろうか?

「…ヤマトくんが、芸能界デビューしても不思議は無いんだけどなぁ……」
「空、それは偏見じゃないのか?」
「そうかしら?……でも、本当の所あの噂って、どうなのかしら…ヤマトくんは、どう思う?」
「……朝から、その噂で持ち切り出しな……暇な学校だ……」

 呆れたように呟いて、ヤマトが腕を組む。
 今日、朝学校に来たその場で、質問された事を思い出して、空とヤマトは同時にため息をつく。

「…ヤマトくんなら、本当の事知ってると思ったんだけどなぁ……」
「どうして?」
「私が、知らない訳ないでしょう、二人の事」

 ニッコリと笑顔で言われたそれに、ヤマトは返事も出来ずに呆然としてしまった。
 誰にも言わずに居た事が、知られていると言うのに、驚くなと言う方が無理な話である。

「恋人が、芸能界デビューしないように、しっかり見張ってないと駄目よ、ヤマトくん」

 最後にしっかりと釘を刺すようにウインク付きで言われた言葉に、ヤマトはただ苦笑を零す。
 そして、自分の席へと戻って行く空を見ながら、小さくため息をつのだった。




 昼休み、何時ものように屋上へと顔を出せば、もう既に来ていた太一が自分に向けて手を振っている。

「遅かったな」

 自分の隣へと腰をおろすヤマトを見ながら、太一が少しだけ困ったような表情を見せた。

「…なぁ、噂、聞いてるか?」

 そして、ヤマトが落ち着くのを見てから、ポツリと質問を投げ掛ける。
 それに、ヤマトは驚いて、太一へと視線を向けた。

「……やっぱ、そっちまで流れてるみたいだな……」

 自分を見詰めてくるヤマトに、太一は思わず苦笑を零す。

「本当なんだろう、あの噂……」

 困ったように笑っている太一を前に、ヤマトが小さくため息をついて問い返した。
 それに、一瞬だけ太一の目が大きく見開かれて、じっとヤマトを見詰める。
 それから、その瞳が伏せられて、小さく頷いた。

「……その場で、断ったんだけど、な……偶々、サッカー部の奴と一緒だったから、話が流れていっちまって……なんか、騒ぎになってるみたいで……」

 ポツリポツリと説明する太一を前に、ヤマトは盛大なため息をつく。

「断ったんだろう?」

 申し訳なさそうに呟く太一に、ヤマトが再度問い掛ける。
 その言葉に、太一が大きく頷いた。

「……でも、その人がすごく真剣で、家の電話番号まで調べたらしくって、昨日の晩に電話掛かってきた。お袋が断ってくれたけど……」

 しかし、それに続いた言葉が、ヤマトを複雑な気分にさせる。
 そこまでするという事は、相手もかなり本気だと言う事だ。
 それは、それだけ太一に魅力を感じていると言う事なのである。

「けどって、まだ何かあったのか?」

 困ったように途切れた言葉を、ヤマトが質問する事で促す。それに、太一は小さく息を吐き出した。

「……今朝も、アパートの前に居て、学校まで付いて来られた……」
「って、それじゃ、ストーカーだろうが!」
「……だよなぁ……でも、名詞貰ってるんだけど、プロダクション自体は、ちゃんとした所らしい……俺、そう言うの知らないけど、ヒカリがそう言ってた」
「今、持ってるか?」

 自分の言葉に、太一が大きく首を振る。
 しかし、その表情から、本当に困っているというのが分かるだけに、ヤマトはどうしたモノかと空を仰いだ。

「……一度だけでいいって言ってるから、それで、開放されるならとは思うんだけど……そう言うの、あんまり好きじゃねぇし……」
「一度だけって?」

 考え込んでいる隣で、ポツリと呟かれたそれに、ヤマトが素直に疑問を投げ掛ける。

「えっと、なんかのコマーシャルに出て欲しいって言われた。それのイメージが俺にあってるからだって……」
「プロダクションの人間が、何でコマーシャルに使う人材探してんだよ!」

 太一の説明に、ヤマトの表情が険しくなった。
 それに、太一は意味が分からないと言うような表情でヤマトを見る。

「普通、CMのスカウトって言うのは、そのコマーシャルの商品会社の企画部辺りがイメージにあった奴を探すんだよ!一体、どんなCMに出させるつもりなんだ」
「えっ?そうなのか??」

 怒った表情そのままに言われたそれに、太一は不思議そうに首を傾げた。
 それで無くっても芸能界に疎い太一である。勿論、そんな事知るはずも無い。
 TVを見ると言えば、サッカーくらいなのだから、それも仕方ないだろう。

「『そうなのか?』じゃなくって、そうなんだよ!!」

 怒鳴られて、太一がシュンとした表情で俯く。
 それに、ヤマトは、困ったように盛大にため息をついた。

 大体、スカウトされているのは、太一の所為ではないのだ。
 それなのに、自分はイライラしているのを、太一にぶつけてしまっている。

 反省するように、ヤマトは自分の前髪を掻き上げて、空を仰いだ。

「……その、悪かった……太一に当たっちまって……」

 そして、素直に謝罪する。

「ヤマト?」

 突然の自分の謝罪の言葉に、太一が不思議そうに名前を呼んでくるのに、ヤマトは視線を向けて苦笑を零した。

「太一の所為じゃないのに、八つ当たりしてたな、俺……」
「ヤマト……」
「……もし、放課後もそいつがいるようなら、俺が追い払う。だから、一緒に帰ろう」
「うん……」

 自分の言葉に嬉しそうな笑顔で頷く太一に、ヤマトも笑顔を見せる。
 自分にとってなくてはならない存在、それが目の前の人物であると知っているからこそ、絶対に守りたいと思うのだ。




「ヤマト!」

 バンドの練習が無かっただけに、教室で待っていた人物が来た瞬間、ヤマトは広げていた荷物を片付けた。

「遅くなってわりぃ……バンドの方、大丈夫だったのか?」

 肩にスポーツバックを持っている太一は、上がった息を整えながら質問してくる。
 それに、苦笑を零して、ヤマトは鞄を持った。

「メンバーの都合が悪くって今日は、休み。待ってる間に、次の新曲作れたからな、問題ない」

 笑顔と共に言われたそれに、太一の瞳が嬉しそうな輝きを見せる。

「新曲!?」
「……一番に聞かせてやるよ。今日、家にくればな」

 嬉々とした表情を見せる太一に笑みを浮かべれば、その顔が満面の笑顔に変わる。

「もち、絶対に行く!!俺、ヤマトの歌、スゲー好きvv」

 嬉しそうに笑いながらさらりと言われたその言葉に、思わず顔が赤くなってしまうのを止められない。
 他の誰に言われるよりも、その言葉は自分にとって嬉しくって、そして恥ずかしくもあるのだ。

「ヤマト?」

 顔に手を当ててしまったヤマトを前に、太一が不思議そうにその顔を覗き込む。

「な、何でもない……ほら、帰るぞ」
「えっ?ちょっと!」

 ヤマトの顔を見ようとした瞬間、突然歩き出した相手に、手を引っ張られてバランスを崩しながらもその後に続くしかない。
 ずんずんと歩いて行くヤマトの後ろを、太一は何も言わずにただ黙って付いて行く。

「……太一…」

 靴箱のある場所についた瞬間、小さく名前を呼ばれて、太一は不思議そうに顔を上げた。

「ヤマト?」
「あいつか?」

 疑問に思って名前を呼んだ瞬間、目の前を睨むように見詰めているヤマトに気が付いて、前を見た瞬間太一は困ったような表情を見せる。

「……ああ……本当に、しつこいよなぁ……」

 昨日から何度も見ているその人物に、思わず盛大なため息をつく。
 相手も自分に気が付いたようで片手を上げた。

「帰り、遅いんだね、太一くん」

 ニッコリと人の良さそうな笑顔を見せながら言われたそれに、ヤマトの表情が険しくなる。
 馴れ馴れしい相手に、こんなにも腹が立つのを止められない。

「やぁ、君は、太一くんのお友達かな?君も綺麗な顔をしているね…どうだい、太一くんと一緒にウチのプロダ……」
「悪いけど、俺も太一もあんたの所属しているプロダクションには興味ないんだ。他を当たってくれ」

 相手の言葉を遮って、ヤマトがキッパリとした口調で言葉述べた。
 それに、一瞬だけ相手が驚いたような表情を見せたが、直ぐに人の良さそうな笑顔を見せる。

「……私としては、どうしても太一くんを進めたいんだよ。今回のCMのイメージは、太一くんの持つその魅力が当て嵌まってるからね」
「そんな事、俺たちには関係ない。太一も迷惑してるんだ、さっさと諦めてくれ!」
「諦められないから、こうして私が来ているんだよ」

 ヤマトのキツイ言葉をやんわりとした口調で返しながら、それでも引かない相手に、その様子を見ていた太一が盛大なため息をついた。

「あの、俺も本当に困るんです。芸能界とか、興味ないし、今はサッカーしてるのが楽しいから……」

 躊躇いながら言われるその言葉に、相手が盛大ため息をつく。

「何度も聞いているんだけどね……私が君を見つけたのは、本当は偶然じゃないんだよ」
「えっ?」

 苦笑尾零しながらいわれたそれに、太一が意味が分からないというような表情を見せる。
 勿論、ヤマトも同じように相手を見詰めた。

「勿論、CMのイメージに合うと言うのは、嘘じゃない。だけど、本当は、君をイメージしてCMを作ったんだと言えば、分かるかな?」
「……俺をイメージして?でも、俺……」
「確かに、君は私の事を知らないだろう。だけど、私は君に一度会ったことがあるんだよ。去年の終わりごろにね」

 優しい笑顔と共に言われた言葉に、太一が一瞬複雑な表情を見せる。

「去年の終わりごろ??」

 言われた言葉に、ヤマトが不思議そうな表情で首を傾げた。
 確か、その頃から、自分と太一が恋人として付き合い始めた頃なのである。

「この写真を見てくれれば、分かってもらえるかな?」

 そして、すっと差し出されたそれに、太一の顔が焦ったように見えるのは、気の所為では無いだろう。

 ヤマトは、ただ意味も分からずその写真を受け取った。
 そこに映されていたのは、雨に濡れている太一。
 その表情は、何処か悲しそうで泣いているようにも見えるその表情は、見る人を惹きつけて離さない。

「……やっぱり、あの時の……」

 その写真に心当たりがあるのだろう、太一が複雑な表情で相手を見詰めている。

「本当は、その時に声を掛けたかったんだけどね、君は私がいる事に気が付いた瞬間、走って逃げてしまったから……だけど、偶然に君を見つけた時、一瞬分からなかったよ」
「……貴方のイメージしている俺は、この写真の俺なんだよな?」

 笑顔を見せている相手に、太一が小さくため息をついて質問を投げ掛けた。
 それに相手が一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐに頷く。

「そうだね、私のイメージはこの時の君かな……」
「だったら、諦めてくれよ。俺にはもう、こんな表情をする必要がなくなったから……だから、あんたが望むイメージはもう俺には無い」
「太一くん?」
「俺は、欲しいものを手に入れられたから、だからもう泣く必要なんてないんだ」

 不思議そうに自分を見詰めてくる相手に、太一が幸せそうな笑顔を見せた。
 それは、その写真の人物と同じだとは思えない程の綺麗で暖かい笑顔。

「……確かに、私のイメージしていたモノとは違うようだね……今回は、素直に諦めるよ……もしも、気が変わったら何時でもいいから連絡してくれればいいからね」

 諦めたようにため息をついて、そのまま笑顔を見せながら相手が踵を返して歩き出す。
 それを見送りながら、ヤマトはただ不機嫌そうに残された写真を見詰めた。

「良かった、諦めてくれて……」

 遠去かっていく相手に、ほっと胸を撫で下ろしながら言われたそれに、ヤマトがはっとしたように顔を上げる。

「サンキュー、ヤマト」

 そして、目の前にあるその笑顔に、ヤマトはただ不機嫌そうな表情を見せた。

「……この写真……」

 残された写真は、太一が泣いている姿。
 雨の雫が流れているようにも見えるが、それは太一が泣いている時の表情だと言う事を自分は知っている。

「こ、これは……」

 滅多に泣かない、太一の泣き顔。
 そんな表情を自分以外の誰かが見たと言う事が、許せない。

「……これは?」

 困っている太一の言葉を促す声が、自分でも分かるぐらい冷たく聞こえる。

「だから、これは……誰もいないと思って……その……」

 言い難そうな太一の言葉を、ただじっと待つ。もう薄暗くなった校内で、沈黙が流れた。
 そしてその沈黙を先に破ったのは、真っ赤になった顔の太一。

「……だ、だから、これは、ヤマトと両想いになる前に、一人で悩んでた時の奴だよ!俺、ずっとヤマトに嫌われてると思ったし、その頃、ヤマトは、俺の事避けてたから……でも、その直ぐ後にお前から告白されて……だから、もうそんな顔する必要なくなったんだから、問題ないだろう!!」

 少しだけ不機嫌そうに見えるのは、恥かしいと思っているからだろう。
 そんな太一を前に、ヤマトが幸せそうな笑顔を見せる。
 しかし、ヤマトから視線を逸らしている太一は、気付かない。

「太一vv」

 自分を見ていない相手をぎゅっと抱き締める。
 ずっと自分の気持ちだけしか考えていなかったあの時、自分と同じように悩んでいた愛しい人の存在を初めて知らされた。
 それは、相手を悩ませたと言う申し訳なさよりも、自分を想って泣いてくれた事への嬉しさが強い。
 そして、『欲しいものを手に入れた』と言った時の太一のあの表情が、更に自分を幸せにしてくれる。

「な、何だよ!急に!!」

 突然抱き締められた事に、太一が慌てたような声を出す。

「……太一の魅力は、俺だけが知っていればいいんだよな……」
「……ヤマトの魅力だって、俺だけが知っていればいいんだよ」

 耳元でそっと言われた言葉に、笑みを見せながら、同じように言葉を返す。


 君の魅力。

 それは、一番大切な人に向けられる笑顔。

 



  た、大変、お待たせいたしました。
  渡瀬様からのリクエスト、『太一さんがスカウトされるお話』ですが、リクエストにお答えしていますでしょうか??
  ただの、バカップル話になっているようにも思うのですが……き、気の所為でしょうか??
    
  お待たせしたのに、こんな内容になってしまって本当に申し訳ございません。
  お世話になっているのに、恩を仇で返す所業をお見逃しくださいませ。
   
  で、ではでは、本当に54000GET&リクエスト有難うございました。