「な、何だ?」

 教室に入った瞬間、珍しいモノを見て、太一は驚いて声を上げた。

「お兄ちゃん!」

 自分の姿を見るなり、嬉しそうに走り寄って来た妹を前にして、太一は信じられないと言う表情をする。

「い、一体、どうしたんだ?」

 目の前で繰り広げられているその展開に、正直言って付いていけない。
 大輔が、タケルに文句を言うのは何時もの事で、そんな事だけなら驚きはしないのだが、何時もは苦笑して話を終わらせているタケルが、今日は本気で大輔を相手に怒ってる。

「な、何があったんだ、ヒカリ?」

 事情が分からないだけに、太一は困っている妹に、尋ねた。

「…私の所為みたいなの……」

 そして、ポツリと言われたその言葉に、太一はますます意味が分からないと言うような表情をして見せる。

 確かに、大輔がヒカリに特別な気持ちを持っていると言うのは、誰が見ても明らかな事実だ。
 そして、タケルの事をライバル視している事だって知っている。
 だが、今まで一度として、大輔とタケルが派手な喧嘩をする事は一度も無かった。

「……で、何で、お前の所為なんだ?」

 今にも泣き出してしまいそうな妹の表情に、太一は困ったような表情で再度問い掛ける。
 今の状態では、本当に訳が分からないままなのだ。

「それが……」
「こいつが、ヒカリちゃんを泣かせたからです!」

 言い難そうにしているヒカリに代わって、大輔が口を挟む。
 殴り合いをしていたその顔には、既に幾つかの痣が見られる。

 漸く殴り合いを止めた二人を前にして、大輔が言ったその言葉に、太一は少しだけ怒ったような表情を見せてタケルを見た。

「本当なのか、タケル?」

 自分の大切な妹を泣かせたと聞いて、黙っては居られない。

「……違うの、お兄ちゃん。それは……」

 タケルの事を睨んでいる兄に気が付いて、慌ててヒカリが止めに入る。

「……いいんだよ、ヒカリちゃん……大輔くんに殴られたのだって、ワザとなんだし…それに、ボクもイライラしていたから……余計な心配掛けちゃってごめんね」

 ニッコリとボロボロの姿なのに爽やかな笑顔を見せるタケルを前に、太一は意味が分からないというように首を傾げた。

 イライラしていたから、大輔と殴りあった?そして、大輔にワザと殴られた?

 頭の中で幾つもの?マークを飛ばして、太一はますます意味が分からないというような表情を見せる。

「……本当に、何があったんだ?」
「だから、聞いてください、太一先輩!!」

 自分に声を上げる大輔を前に、太一は素直に頷いて返した。
 それは、大輔の迫力に押されたと言うのが一番の理由かもしれない。

「こいつが、ヒカリちゃんを泣かせたから、俺は許せなくって……」

 興奮しているのか、全く同じ事を言っている大輔に、太一はもう一度頷く事で返す。

「…えっと、それはもう聞いた……それで?」
「だから、許せなくて、タケルを殴って…そしてら、こいつも何も言わずに殴り返してきて……」
「で、今に至る訳なんだな」

 段々言い難そうに小さくなっている言葉を続けるように太一が言えば、頷いてみせる。
 そんな大輔を前にして、太一は困ったようにため息をついた。

「取り合えず、お前ら保健室行って来い。…保健室行かないにしても、せめて顔ぐらいは洗ってこいよ」

 呆れたようにため息をついて、ドアの外を親指で指す。
 そして、二人が素直に出て行くのを見送って、もう一度盛大なため息をついた。
 疲れたようにため息をついて、近くの椅子に座り込む太一の姿に、ヒカリが心配そうにその顔を覗き込む。

「ごめんね、お兄ちゃん……」
「いいさ…あいつらの喧嘩は、俺とヤマトの喧嘩に比べれば、まだ可愛いもんだからな」

 申し訳なさそうに謝る妹に、太一は苦笑を零しながら返事を返す。
 そんな兄に、ヒカリも苦笑を零した。

「それにしても、タケルが大輔の挑発に乗るなんて珍しいよなぁ…あいつ、何かあったのか?」
「それが……」

 不思議そうに首を傾げた太一を前に、ヒカリは言い難そうに口を開く。



 放課後、タケルは女の子の呼び出しを受けた。
 それは、珍しい事ではないから、別段誰も気にはしていなかったのだが、今日はその現場をヒカリが偶然にも居合わせたことから誤解は始まったのだ。

「やっぱり、八神さんと付き合ってるんですか?」

 泣き出しそうなその顔で、言われた言葉に、タケルは困ったような笑みを見せる。
 勿論、ヒカリの事は嫌いではない。

 それは、本当の事。

 しかし、そう言う意味で好きだと思う気持ちとは違う。
 正直言って、本当に好きと言う気持ちを、タケルは、知らなかった。

「ヒカリちゃんとは、付き合っているとかそう言うんじゃないんだ。だけど、守ってあげなきゃいけないとは、思ってるよ」

 キッパリとした口調で言われたそれに、女の子はもう何も言えないままその場所を走り去って行く。
 タケルは、その後姿を見詰めながら、疲れたようにため息をついた。

「大変だね、タケルくん…」

 そっと陰で話を聞いていたヒカリが、顔を出した瞬間、タケルは驚いた様子も見せないで苦笑を零す。

「ヒカリちゃんだって、人の事言えないんじゃないの?」

 苦笑を零しながら言われたそれに、ヒカリも思わず苦笑を零した。
 タケルと同じくらいと言う訳ではないのだが、ヒカリも何度か男の子からの告白を受けている。
 勿論、全て断っているのだが、だからこそ、タケルの今の気持ちが分かるのだ。

「皆、私とタケルくんが付き合ってると思ってるのね」
「そうみたいだよ……」

 ヒカリの呟きに、タケルも苦笑を零しながらも頷いて返す。
 確かに、告白してくる相手全てが、それと同じ事を質問してきた事を思い出して、ヒカリとタケルは同時に苦笑を零した。

「ボクは、ヒカリちゃんが、誰を好きなのか知ってるだけなのに……」
「…言わない約束だからね、タケルくん」

 ポツリと呟かれたそれに、ヒカリがニッコリと笑顔を見せる。
 そんな、相手に、タケルも笑顔を見せた。

 誰かを本気で好きだと言う気持ちを、ヒカリはもう持っている。
 そして、その相手を自分も知っていて、それは自分にとっても大切な相手…。

 だけど、一番好きという気持ちを自分は、理解できない。
 皆が好きだから、誰かを一番好きという気持ちは、今はまだ持てない。

「きゃ!」

 考え込んでいた自分の耳に、ヒカリの悲鳴が聞こえて、はっと我に返る。

「大丈夫、ヒカリちゃん」
「……目に、ゴミが……」

 両手で目を抑えているヒカリに、タケルは慌てて自分のポケットからハンカチを取り出した。

「見せてみて……」
「…うん」

 自分の言葉に素直に頷くヒカリに、タケルはそっとその目を覗き込んだ。
 両目に涙を溜めて自分を見詰めてくるヒカリに、タケルはハンカチでその涙を拭う。

「……ヒカリちゃん!って、お前、何ヒカリちゃんの事泣かせてるんだよ!!」

 そんな中、タイミングが良いのか悪いの現れた大輔によって、タケルは行き成り殴られたのでる。



「で、今まで喧嘩してたのか?」

 ヒカリから話を聞いて、呆れたように呟かれたそれに、頷いて返す。

「…呆れた奴等だなぁ……俺とヤマトでさえ、そんな下らない喧嘩はしないぞ……」

 自分達の喧嘩を引き合いに出しながら言われたそれに、ヒカリは思わず苦笑を零した。
 もっとも、太一とヤマトの場合は、もっと下らない喧嘩が多いのだが……。

「それにしても、タケルも何にイラ付いてたんだ?」

 何時もなら冷静なタケルが、大輔と殴り合いの喧嘩をするなど、普通ならば考え難い。
 何時も、喧嘩を吹っ掛けるのは大輔で、タケルはそれを苦笑しながら交わしているから、はっきり言って喧嘩にはなっていなかったのだ。
 盛大なため息をついて、太一は今だに戻ってこない二人を心配するように、椅子から立ち上がった。

「俺、様子見てくるな…ヒカリはここに残ってくれ。もう直ぐヤマトが来ると思うから……」
「……ヤマトさん、来るの?」

 教室のドアを開けながら言われたその言葉に、少しだけ不機嫌そうなヒカリの声が返される。それに、太一はニッコリと笑顔を見せた。

「ああ、タケルのあんな顔見たら、どう言う反応するか、楽しみだよなvv」

 嬉しそうに言われたその言葉に、思わず苦笑を零してしまう。
 既に、楽しんでいる太一を前に、ヒカリは盛大なため息をついてしまった。

 きっと、誰の気持ちにも気が付いていない自由な人。
 それは、一番無垢で、一番強い心を持った人物。

「本当、お兄ちゃんにだけは、誰も適わないよね……」

 ポツリと零した独り言に、ヒカリは苦笑を零すのだった。



「俺は、ヒカリちゃんを泣かしたお前の事、絶対に許さないからな」

 洗面所で顔を洗いながら、何度も聞かされたその台詞に、タケルは再度苦笑を零す。
 誤解だと言っても、きっと納得しないだろう相手に、タケルは小さくため息を付く。

 イライラしていた原因は、これにもあるのだ。自分は、今だに一番好きという相手が分からないのに、大輔はその一番の相手を見つけているのだ。
 一人だけ取り残されているようなそんな気持ちは、きっと誰にも分からないだろう。

「……大輔くんは、ヒカリちゃんの何処が好きなの?」

 だから、今は、その好きと言う気持ちを理解したい。

「…急になんだよ……」

 タケルの突然の質問に、大輔が複雑な表情をして見せた。

「うん、大輔くんがヒカリちゃんを好きなのは、何処なのかなぁって、思って」

 ニッコリと顔を拭きながら言われたその言葉に、一瞬で大輔の顔が赤くなる。
 そんな相手の態度に、タケルは不思議そうに首を傾げた。

「何処って、やっぱり可愛いし…その、守ってあげなくっちゃっていけないくらい華奢だし……」
「うん、確かにそうだよね…」
「だろ!だけど、すっごくしっかりしてて、なんて言うか…不思議って言うか……」
「うん、何かミステリアスだよね、ヒカリちゃんって……」

 言葉の見つからない大輔に代わって、タケルがポツリと言葉を続ける。

「そうだよな!だから、放って置けないって言うか……」
「うん、分かるよ…だけど、ボクは好きって言う気持ちは分からない……」
「はぁ?」

 タケルに言われた事の意味が分からなくって、大輔が思わず首をかしげた。
 突然何を言い出すのか、本当に相手の気持ちが分からない。

「ううん、好きって言う気持ちだけなら分かる。だけど、ボクは皆の事が好きだから……」
「…お前、もしかして、初恋もまだなのか?」

 言われる事に漸く、それだけを思い付いて、大輔は信じられないと言うようにタケルを見詰めた。

「……そう言う意味でなら、まだだと思うよ…」

 信じられないと言うように自分を見詰めてくる大輔に、タケルは苦笑交じりの笑みを零す。

 確かに、自分は初恋だってしていない。
 皆が好きだから、誰かを特別になんて、思えない。

「お前、あれだけ告白されてるのに、本命居ないのかよ」

 呆れたように呟かれたそれに、タケルは不機嫌そうに眉を寄せた。
 告白されるから、本命を作ると言うのは、違うと思うのだ。

「……少なくとも、大輔くんみたいに、いい加減な気持ちで、誰かを好きになったりなんてしないよ」
「なんだと!誰が、いい加減な気持ちなんだよ!!」

 むっとしたような口調で言われたそれに、大輔がまた怒りを表す。
 何時もなら、きっとこんな事言わないだろうが、今日はやっぱり自分らしくないと、タケルはこっそりとため息をついた。

「おい、タケル!誰がいい加減な気持ちだって!!」

 ぐっと自分の服を掴んで睨みつけてくる大輔を前にして、タケルはもう一度ため息をつく。
 どうやら、もう一度くらい殴られた方が、気分も落ち着くかもしれない。

「…はい、そこまでだ!」

 諦めたように目をつぶった瞬間、自分達の間に割って入った人物の声に、タケルはゆっくりと目を開いた。

「大輔、お前の誤解なんだから、それくらいにしとけって……もっとも、また違う理由の喧嘩みたいだけどな……」

 苦笑を零しながら、大輔が振り上げているその手を止めている太一は、呆れたようにため息をつく。

「タケル、お前も、らしくないだろう?」

 困ったような笑顔を見せて自分を見詰めてくる太一に、タケルは一瞬言葉に詰まった。

 自分らしいと言うけれど、どれが自分らしいのだろうか?

「太一さん…ボクらしいって、どんなですか?」
「えっ?」

 ポツリと尋ねられたそれに、太一は不思議そうに首を傾げた。

「ボクらしいって……ボクは、自分でも分からないのに……」

 今日は、本当に可笑しいと思う。
 だって、こんな事、何時もの自分は絶対に言わない。

 だけど、もう気持ちは止められなくって……。

「分からないのに、何にも分からないのに、どうして違うって言えるの?」

 自分の感情が付いていけなくって、怒鳴るように言ったその言葉に、大輔は驚いたように瞳を見開いてタケルを見詰めて、何も言えずに呆然としている。
 感情的になっているタケルなど、見た事が無いのだろう。

「そうだよなぁ…確かに、俺はタケルの全部を知ってる訳じゃない。だから、違うなんてはっきりと言える立場じゃねぇよなぁ」

 だが、そんなタケルを前にして、太一は苦笑を零しながら何度も頷きながら言葉を返す。
 そして、その言われた事に、タケルは驚いて太一を見詰めた。

「だけどな、俺は、今までのタケルを知っているから、らしくないって言えるんだよ」
「えっ?」
「今までのタケルが、タケルらしいと思えるから、今のタケルはらしくないって言える。もし、今までのタケルが、本当のタケルじゃないんだと言われても、それでもタケルはタケルだと言えるんだ」

 ニッコリと笑顔で言われるそれは、本当にはっきりとした口調で告げられる。
 何時だって迷いなんて無いその言葉に、自分はどれだけ勇気を貰ったのだろうか?

「それじゃ、今のボクも……」
「らしくは無いけど、それもタケルの一部だ。それでいいんじゃねぇのか?」

 問い掛けられるように言われたそれに、頷いて返す。

 自分は自分だと言ってくれる人が居る。
 それは、誰でもなく、何時だって自分を分かってくれる人。

 本当の兄よりも、慕った事のある人……。

「だから、取り合えず戻らねぇか…そろそろヤマトの奴が来てるはずだぜ」
「…お兄ちゃん、来てるの?」

 ポツリと言われたそれに、タケルが困ったような表情を見せる。
 今の自分を見たら、きっと大輔は、大変な目にあってしまうだろう。

「……ボク、急用を思い出しちゃった……」

 流石に、今の姿を兄に見せる訳にはいかない。
 タケルは慌ててその場から去ろうと歩き出した。

「逃げるなよ!大輔も、覚悟した方がいいぜ」

 ニヤニヤと笑顔を見せる太一に二人は同時に顔を見合わせて渇いた笑いを零す。
 そして、諦めたようにため息をついた。

「んじゃ、戻ろうぜ。ヒカリも心配してるんだぞ」

 にっこりと笑顔を見せて、言われたそれに何とか笑顔を返す。

 そして、今はただ焦らずに歩き出した。
 焦る必要は無いのだと、そっと言い聞かせながら、何時だって自分に勇気をくれる人の後ろについて行く。
 その背中を見詰めれば、安心している自分がいる。

 それは、まだ恋とは、呼べないけれど、それに最も近い気持ち。
 自分らしく焦らずに、歩いていこう。


 たまには、誰かと喧嘩するのも、新しい発見があるかもしれないね。


 




  はい。27000HITリクエスト小説……xxどこが?
  確か、リクエスト内容は、大輔とタケルの喧嘩(ヒカリの事で…)そして、慰め役は、ヤマ太だったはず…xx
  ……ヤマトの出番が無い……xx
  そんな訳で、またしても、リクエストに答えていないものが出来上がってしまいました。
  た顧問様、本当にすみません(T-T)
  しかし、本当に難しいリクエストだったので……(言い訳)
  タケルと大輔を喧嘩させるのが、こんなに難しいとは思ってもみませんでした。
  リクエストに答えてないと思いますが、お許しください。

  次の28000の方は、出来るだけリクエストにお答えできるように頑張ります!
  って、言っても、そちらも期待はしない方がいいですよ……xx

  では、書き逃げですが、270000HIT&リクエスト有難うございました。