― 忙しい時間 ― 


 明日から、2日間の学園祭。
 もう辺りも暗くなっていると言うのに、今だ準備に忙しそうだ。
 今日ばかりは、準備の為に下校時間が過ぎても、文句を言われる事はない。
 そんな中、何とか予定よりも早くに準備が終わった自分達のクラスだけは、早々に電気も消されていた。
 電気の消されたその教室の中で、盛大なため息をつく。明日のことを考えただけで、このまま逃げ出してしまいたいと思うのが正直な気持ち。
 自分の為だと用意されたその衣装も、何処かに捨ててしまいたい。

「……あいつ、来ないよなぁ…」

 呟いてもう一度ため息をつく。
勿論、会いたいと思う気持ちはあるのだが、あんな格好をしている姿を見られたくないと思うのも本当。
 ステージに立つと言っていたので、自分のクラスにも殆ど参加せずに練習に打ち込んでいると聞いている。
 そして、2日目の夜のファイナルステージも決まったと言っていたので、本当に大変そうだ。

「…会いたいって、思うのは、俺の我侭なんだろうなぁ……」

 呟いた言葉に苦笑を零して、太一は漸く立ちあがった。

「……帰ろう……」

 ずっとここに居ても仕方ないと諦めた様に荷物を持つと教室を後にする。
 まだ何処かのクラスでは、賑やかに準備を進めている声。その声を聞きながら、学校を後にした。
 校門の所で立ち止まって、もう一度学校を振り返る。

「忙しいの分かるけど、やっぱり……」

 言いかけた言葉を遮って、大きく息を吐き出す。外は既に真っ暗で、少しだけ肌寒い。

「……バカ…」

 呟いた言葉は、誰にも聞こえないほど、小さかった。


                                  


「……太一……」

 久し振りに会ったその顔が、驚いたような表情と言うのは本当に間抜けな話しかもしれない。
 しかも、見られたくなかったその姿を見られて、思わず二人で見詰め合ったまま固まってしまう。

「太一!忙しいんだから、ボーっとしてないで!!ヤマトくん、いらっしゃい…席は、太一、そのまま案内してあげて!!」

 入り口で固まっている二人に声を掛けて、空が急がしそうにバタバタとしている。

「あっ!えっと、い、いらっしゃいませ…お、お席まで、ご案内させていただきます・・…」

 引き攣った笑いでぺこりと頭を下げるその姿を前にしても、ヤマトはまだ驚いた表情をしていた。

「こちらになります」

 ボーっとしているヤマトに、ニッコリと笑顔を見せて奥へと案内。

「こちらの方がメニューになります。また、ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい」

 ヤマトの前にメニューを開いて、ニッコリと笑顔。だが、どう見てもその笑顔が引き攣っているようだ。

「……お前のクラス、女装喫茶だったのか?」

 今だ複雑そうな表情をしているヤマトがポツリと呟いたそれに、太一は盛大なため息をついた。

「……だったら、空がウエトレスしてる訳ないだろう!!」

 呆れた様に言われたそれに、確かにそうだと頷いて、ヤマトは再度首を傾げる。なら、どうして太一が女装をしているのかが、理解できない。
 言われて周りを見ると、太一以外のウエトレスは間違いなく女の子がしている。

「…俺は、白羽の矢がたっちまったんだよ!お陰で、ここ1週間、マニュアルの喋り方を叩きこまれた…」

 疲れたようにため息をつくその姿に、ヤマトが苦笑を零す。だが、白羽の矢がたったと言う意味が分からずに、不思議そうに太一を見る。

「…ここは、喫茶だけど、ミニゲームもありってヤツ。ウエトレスの中に混じってる男を当てる。んで、当たった奴は商品を貰えるって決まり。ゲームに参加するには、ここの喫茶で1000円以上の飲み食いが条件だけどな」

 呆れた様に呟いてため息。それに納得したと言うようにヤマトが頷いた。

「…で、白羽の矢って訳か……で、今まで挑戦して当たったヤツは?」

 今の時間は、1時を少し回った所。一般客も何人か来ているので、挑戦をした人は居るだろうと思って尋ねてみたそのセリフに、太一は不機嫌そうに視線をそらした。

「……誰も、今まで当てたヤツは居ねぇよ……」

 言われたその言葉に、思わず苦笑を零してしまう。確かに、今の太一の姿を見れば、元の姿を知っていても女だと疑わないだろう。
 そう、下手なアイドルよりも可愛いのだ。癖毛の髪は、肩までのセミロングのカツラで隠されているし、胸にはしっかりとパットが入れられている様で程よく膨らんでいる。そして極め付けが、ミニスカートの下に伸びている足だろう。細りとしていてどう見ても男の足だとは思えない。

「でも、そうするとお前、休憩時間・・・・・・」
「あっ!それは大丈夫。写真から選ぶようになってるから……こんな姿、残したくねぇんだけど……」

 うんざりとした様に呟いて、太一はまたため息をついた。

「…後1時間で休憩。だから、ちゃんとお前のライブには行けるからvv」

 だが、腕時計を見てからパッとその表情を明るいものに変えて言われたその内容に、ヤマトが思わず笑顔を作る。

「だったら、お願いがあるんだけどな……」

 そして考え付いたそれに、ニッコリと呟いたその言葉に、太一は顔を引き攣らせてヤマトを睨み付けた。

「頼んだからな、太一vv」

 嬉しそうな笑顔と共に語られたそれに、太一が複雑そうな表情を見せる。
 そして、その後は、店が忙しいと言う事もあって、ヤマトと話をする事は出来なくなってしまった。
 注文の品を運んだのは、勿論太一だったが……。




「…頼むから、着替えさせてくれよ……」

 何度目になるか分からないお願い事。しかし、相手からの返事は無い。

「ヤマトォ〜」

 このまま本当なら逃げ出してしまいたいのだが、腕を掴まれている状態では、それも叶わないだろう。
 自分を完全に無視した状態の相手は、腕を掴んだまま他のメンバーと打ち合わせ。メンバー達は、泣き言を言う太一に気の毒そうな視線を向けるが、時間がない状態なので、助けてやる事は出来ないようだ。

「それじゃ、もう時間だ。……んじゃ、打ち合わせ通りやろうぜ!ヤマト、そちらのお嬢さんには、お前からちゃんと説明してやれよ」

 話が終わって、各自が自分の準備に入る中、リーダーだと言う男に言われたその言葉に、太一は意味が分からないと言うように、不思議そうに首を傾げる。

「で、そう言う訳だからな、太一」

 不思議そうに自分を見ている太一に、ニッコリと笑顔を見せて言われたそれは、本当に訳が分からない。

「そう言う訳って、どう言う訳だよ!!」
「太一、今から着替えに行ってたら、俺達の出番には間に合わないよなぁ?」

 意味が分からないから聞き出そうとした言葉は、更に続けられた言葉によって、効力を失ってしまう。
 確かに、今から着替えに行くと、ヤマト達のステージには到底間に合いそうにない。ヤマトの歌を楽しみにしていた太一にとって、それだけは避けたい事なのだ。その為に、白羽の矢がたっても、我慢をしたのだから……。
 ヤマト達のバンドは、やはり人気がある。だから、太一のクラスでもその時間に休憩を取りたいと言う女子が多かったのだ。だから、確実にその時間に休みをとってもいいと言う条件付で、女装したのである。勿論、そんな事をヤマトに教えるつもりはないのだが・・・・・・。

「……お前、分かってて人の手を離さなかったんだろうが……」
「まっ、否定はしないけどな。だから、この特別指定の場所に連れてきてるんだろう?」

 ニッコリと言われたそれに、太一は何も返せない。確かに、この場所は、関係者以外は入れない様になっているのだから、特別と言えば特別になるのだろう。しかし、自分としては、ちゃんと客席からゆっくりとヤマトの歌を聴くつもりだっただけに、この状態は素直に喜べないモノがある。

「っと、時間そろそろだな……それじゃ、ちゃんと聞いてろよ」
「ヤマト!!」

 言葉と同時に頬にキスされて、太一が顔を真っ赤にして名前を呼ぶ。だが、そんな事を全く気にしないというように、ヤマトがウインクを残してメンバーの方に行ってしまうのを確認してから、太一は盛大なため息をついた。
 それから直ぐに、客席の方から歓声が上がる。どうやら、ヤマト達が舞台に上がったと言う事に気が付いて、太一は慌てて舞台裾に移動した。
 少し低い良く通る声が、マイク通して聞こえてくるのに、太一は思わず微笑を零す。
 歌っているヤマトを見るのは、何時ものヤマトを知っていてもやっぱりカッコイイと思う。勿論、本人には絶対に言えないけど……。

「…本当、歌上手いよなぁ・・・・・・」

 ポツリと呟いて、ため息をつく。
 学園祭用だと教えて貰った一曲の歌。ヤマトが歌詞を書いたと言っていたそれを、少し照れながら自分に教えてくれた。勿論、その歌は、ばっちりと覚えている。

「…確か、ラストで歌うって言ってたけど……」

 今の曲は、流行の曲をアレンジしている曲だろう。聞いたことのあるその曲も、ヤマトが歌うと全く違うモノに聞こえてしまうから不思議である。
 2曲目もアレンジ曲だろう、やはり聞いたことのあるその歌を聴きながら、太一はゆっくりと瞳を閉じた。
 学園祭と言う事もあるので、バラード系を揃えたのだろう。曲は全部しっとりと聞かせてくれる。そして、ヤマトが教えてくれたのは、確かラブソング。

「最後の曲は、俺の大切な人の為に作った曲です……」

 聞き惚れていた太一は、突然言われたその言葉に、驚いて瞳を開くと、舞台に立っているヤマトに視線を向けた。勿論、ヤマトの爆弾発言に、客席の女の子達が、悲鳴を上げる。憧れのヤマトにそんな相手が居ると言う事に、客席はザワザワと賑やかになった。
 そしてそんな中、客席の声など気にせずに続けて言われた言葉は、思わず自分の耳を疑いたくなってしまう。

「その歌は、俺だけじゃなく、俺の大切な人と一緒に歌わせてください」

 言ったと同時に自分の方に歩いてくるのに、太一は正直な気持ち、逃げ出してしまいたい。しかし、嬉しそうなヤマトのその顔に、そのまま動けなくなる。

「太一…」

 ゆっくりと手を差し伸べられて、思わず素直にその手を取ってしまったのは、余りにもヤマトの笑顔が優しいモノだったからかもしれない。バンドのメンバー達も、満足そうに二人の事を見詰めている。

「……歌は、……『忙しい時間』…」

 舞台の真中まで太一を連れてくると、ヤマトが曲のタイトルを告げた。それに、賑やかだった各席が静かになる。そして、向けられているのは、ヤマトが手を握り締めている相手……。
 ウエトレス姿で、肩までのセミロングの髪。それは、どう見ても可愛い女の子としか言えない相手なだけに、文句も言えなくなってしまう。
 そして、何よりもヤマトがその少女を見詰める瞳が、余りにも優しすぎるから……。

   『  忙しい時間に 君の声も聞けないなんて
     最近君は何をしてる 君の声も聞けないなんて
      忙しいとわかっているのに 君の声が聞きたくって
     君が笑いながら俺の名前を呼ぶその声も
      今すぐに 声を聞きたくなるから

     君に電話をしよう 忙しいと分かっていても 
     君に電話をしよう 君の声を聞きたいから
      大丈夫 君は俺の名前を呼んでくれる
   
      忙しい時間が 俺と君を遠ざける
     会えない時間 長すぎるその時が切な過ぎて
      忙しいと分かっていても 君に会いたいと思う
     会えない時間 君は何時も何をしている?
      そう考えると もっと君に会いたくなるから
  
     君に電話をしよう 忙しいと分かっていても 
     君に電話をしよう 君の声を聞きたいから
      大丈夫 君は笑って俺の話を聞いてくれる 』

 二人が見詰め合ったまま歌い終えると、場内はシーンとしていた。
 そりゃそうだろう。ラブソングを目の前で歌われたのだから、何も言えない状態である。そして、ヤマトのトークが始まる前に、太一は慌てた様に舞台の上から姿を消した。

「……俺、なんで歌ってんだよぉ〜xx」

 ヤマトと一緒に歌ったと言う事実に、太一は舞台裾でそのまま床に座りこんでしまう。

「太一vv サンキューなvv」

 そして、そんな疲れきっている自分に、全てを終わらせてとても幸せそうに抱き着いて来た人物に、思わず小さく悲鳴を上げた。

「…お、お前…あ、あんな事……言わなかったじゃねぇかよ!」

 何とか気を取り直して、自分に抱き着いているその相手を睨み付ける。

「言えば、お前の事だから、逃げるだろう?」
「あ、当たり前だ!!」

 あっさりと言われたその質問に、大声で返せば苦笑されてしまう。

「だから、秘密にしてたんだろう。こんなに上手く行くとは思ってなかったけどな」

 ニッコリと笑顔で言われたその言葉に、思わず口をパクパクとさせてしまうのは仕方ない事だと許してもらいたい。計画的なそれは、何と言い返せば良いのか分からないのだ。

「……俺、お前のFANに殺されちまう……」
「大丈夫だろう? その為に女装の太一を舞台に上げたんだからな」

 疲れたようにそれだけを呟けば、サラリと返されてしまう。何処からそんな自信が来るのか分からない。

「……お前、今日まで俺が女装するって知らなかった筈だよなぁ?」
「ああ、俺の計画には、ちょうど良かったけどな…女装してもらう手間が省けた」
「……俺に、女装させるつもりだったのかよ!!」
「当たり前だろう? 俺はそのままの太一でも問題ないけど、お前が嫌がるんだからちゃんと考えてあるに決まってる」

 威張って言われたそれに、太一が絶句する。確かに、恋人同士の関係である事を自分は、人に知られたくないと言っていたが、まさかこんな手段で返されるとは思いもしなかった。

「太一、あの歌は、俺の気持ちだから……合えない時でも、俺はお前の事を考えてる……」

 突然真剣なその瞳で見詰められながら言われた言葉に、太一は盛大なため息をつく。結局、何をされても許してしまうのは、自分がヤマトの事を好きだから・・…。

「……俺だって、同じだ……最近、お前に会えなくって、寂しかったのは、本当だからな!」

 真っ赤になって返されたその言葉に、ヤマトの顔が嬉しそうな笑顔に変わる。

「…サンキュー、太一……好き、だからな…」

 優しく囁かれたその言葉と同時に、そっと触れるだけのキス。
 直ぐに離れたけれど、こんなに人の多い場所でキスされたと言う事に、太一の顔がますます真っ赤になった。
 そしてその後、散々ヤマトのバンドのメンバーに冷かされて、太一が暫くヤマトと口を利かなかったと言う事は、仕方ない事であろう。

 2日間の学園祭が終わってからも、謎の美少女が何処に居るかと言う話題が持ち切りになった事は、ここだけの話である。(笑)



 


                                          


  はい、9000HIT スルガ 様からのリクエストでございます。
  学園祭で、ヤマトのライブシーンをとの事だったのですが…リクエストに叶っていますでしょうか?
  しかも、あんな臭い詩までも書いてしまって、穴があったら入りたい状態ですね。<苦笑>
  太一さんの女装ネタ再び(笑)しかも、ウエトレスって・・…xx
  そして、あのミニゲームの商品を手にした人はいるのでしょうか?(きっと、居ないんだろうなぁ(笑))

  そ、そんな訳でして、キリ番GET&リクエスト本当に有難うございました。
  下手な小説ですが、少しでも気に入ってもらえれば、幸いでございます。