― 少女 ― 


   ドアが開くのと同時に、場内がザワザワと賑やかになる。
   そんな皆の視線を受けて、入ってきた人物は困ったように俯いてしまった。

   恥ずかしそうなその姿に、誰もが釘付けになったのはその姿が、目に焼き付いてしまったから・・…。
        
                                            
         

 自分たちのライブに、そんな少女が現れたのは、ほんの2.3回。
 静かに、自分達の歌を聞いてから、気が付くといつもその姿は無くなってしまっている。
 声を掛けたいと思っていても、一度もその願いは叶ったことは無かった。

「ヤマト!」 

 ボンヤリとそんな事を考えている中、突然声を掛けられて、顔を上げればまだ部活中なのだろう太一が、練習着のままの姿で自分の前に立っている。

「太一……」
「元気ねぇけど、何かあったのか?」

 力なくその名前を呼べば、心配そうな表情で覗き込まれて、慌ててしまう。

「なっ、何でも無い……」

 自分の想い人からそんな風にされると、顔が赤くなるのは止められない。
 両想いだと言っても、やはり、恥ずかしいものは、恥ずかしいのである。

「…何か、悩み事でもあるのか?」
「そう言う訳じゃないけどな……最近、俺達のライブに女の子が来るんだ……」

 そして、更に心配そうに尋ねてくる太一に、困ったような微笑を見せると、ヤマトは素直にその理由を話す事にした。

「お、女の子?」

 だが、言われた内容に、太一の表情が曇ってしまう。
 それはそうだろう、恋人だと思っていた人物からそんなことを言われて不安にならない方が可笑しい。しかし、ヤマトはそんな太一の様子を気にする事無く言葉を続けた。

「ああ……どう言うわけか、その子の事が気になって……・」
「…そ、それって、ヤマト、そいつの事、好きなのか?」

 更に続けられたその言葉に、太一は泣き出してしまいそうな表情でヤマトに尋ねる。
 そして、そこまで言われて、漸くヤマトは自分の失態に気だ付いたのだ。

「いや、そうじゃなくって……そう言えば、太一、お前にもライブのチケット渡してるのに、来てくれた事ないな……」
「い、今はそんな話して無いだろう!」

 突然話をごまかされた事に、太一はきっとヤマトを睨みつけた。

「それが、十分関係ある。お前に渡しているチケットは、特別なんだよ。それなのに、その子はお前のその特別チケットじゃないと入れない所で何時も聞いているんだからな」
「えっ?なっ…」

 言われたその言葉に、パッと太一の顔が赤くなる。
 そのあまりにも、突然な変わりように、ヤマトは一瞬眉を寄せた。

「お、俺、部活途中だから……xx」

 慌てて自分から離れようとするその腕を掴むと、ぐっと太一を引き寄せる。

「太一、お前……」
「……ヤ、ヤマト、腕、痛い……」

 強い力で掴まれた事への抗議の言葉に、ヤマトは慌てて腕から手を離した。
 離してもらって安心したのか、太一がほっと胸を撫で下ろす。

「…すまん……」

 少し赤くなった腕を見て、ヤマトが素直に謝るのに、太一は笑顔を返す。

「いいよ…それじゃ、俺、戻るな……ヤマトも練習あるんだろう?頑張れよ」

 何処かぎこちなく見えるその態度にも、ヤマトは頷いて返すしか出来なかった。
 太一が何かを隠していると言う事は、ヤマトにはイヤと言うほど分かるのだが、その内容まではさすがに分からない。

「……あの子が……」

 ポツリと呟いたその言葉は、誰にも聞こえる事は無い。
 そして、今度の休みにも、また自分たちのライブがあることを思い出して、ヤマトは仕方なく練習に戻る事にした。




 無事にライブが終わると同時に、ヤマトは急いで裏口から出ると走り出す。

 今日も、あの子が来ていた。

 そう、太一に渡したチケットでなければ入れないその場所で、自分達の歌を嬉しそうに聞いていた。
 そして、その姿をステージからずっと見ていたヤマトには、漸く全ての謎がわかってしまったのだ。

「あなた、一体ヤマトくんのなんなのよ!!」

 急いでいる中聞こえてきたその声に、ヤマトはふと足を止める。

「何とか言いなさいよ!!」

 聞こえてくる声にそちらを見れば、数人の女の子に囲まれた探し人を見つけて、ヤマトは盛大なため息をついた。

 自分のFANクラブを作っている数人の女達は、今日ヤマトの視線が全て目の前の人物に注がれていたのが、どうやら気に入らなかったらしい。
 数人の人物に囲まれて、困ったような表情をしている少女は、ヤマトの姿を見つけると、ホッとしたように息を吐き出す。

「ちゃっと、あなた……私達の事、バカにしてるの!!」

 だが、そんな態度が余計に怒りを買ったのだろう、腹を立てた一人がその顔を叩こうと手を上げた瞬間、ヤマトは慌ててその手を掴んだ。

「なっ、誰?!」

 突然腕を掴まれた事に、女の子がギッと後ろを振り返った瞬間、そこに居た全員が、驚いたように声を上げた。

「ヤ、ヤマトくん……」

 思ってもいなかった人物の登場に、誰もが一瞬言葉を無くしてしまう。

「悪いけど、彼女は、俺の大切な人なんだ。この子に何かしたら、俺はお前らを許さない」 

 少女を庇う様にその前に立ち、鋭い視線で女達を睨みつけると、ヤマトはこれ以上無いほど低い声でそう言った。
 その迫力に、女達は何も言い返す事も出来ずに、シュンとその場で大人しくなる。

「ちゃ、ちょっと、ヤマト……」

 だが、彼女達にそんな冷たいことを言う相手に、慌てたのは後ろに居た少女である。

「女の子に、そんな冷たい事言うなんて、最低だぞ!!」
「いいんだよ!そんなの事より、行くぞ!!」
「えっ、おい!!」

 突然腕を掴まれて、凄い力で引っ張られてしまうのに、少女は否応無しに後を付いて行く。

「ごめんな……」

 ヤマトに引っ張られながらも、シュンと落ち込んでいる彼女達に申し訳なさそうに謝るその姿に、誰もが顔を見合わせて複雑な表情をしてしまうのは、仕方ない事であろう。
 辿り着いた近くの公園で、突然立ち止まる。

「…ヤマト……」

 今だ自分の腕を掴んでいる相手に、少女は困ったように声をかけた。

「お前なぁ!呼び出した相手に何謝ってるんだよ!!」

 呆れたように言われたその言葉に、少女は一瞬きょとんとした表情を見せたが、直ぐにそれが感心したような笑顔に代わる。

「えっ、て…やっぱり、俺だって気が付いてたのか?」
「当たり前だ!じゃなきゃ、大切な奴だなんて、言うわけ無いだろう!!」

 大声を上げるヤマトに少女が困ったように苦笑を零す。

「…そう、だよなぁ……」

 『他の人に言ったら、ブン殴ってやるよ・…』などと呟きながら、少女が近くのベンチに腰を下ろした。

「何時、気が付いたんだ?」
「今日、お前が来た時…」
「そっか…空とヒカリが手伝ってくれたのに、短かったよなぁ……もっと、騙せると思ったのに……」

 少しだけ残念そうに呟かれたその言葉に、ヤマトは少しだけ呆れたようにため息をつく。

「って、お前なぁ……」
「冗談だって…でも、今日は焦っちまったよ……お前、やっぱりモテるんだなぁ・・…」

 少しだけ寂しそうな表情をしながら、真っ直ぐに自分を見詰めてくるその瞳に、ヤマトは困ったような微笑を見せた。

「…太一……」

 そして、ゆっくりとその名前を口にする。

「…漸く、名前読んでくれた……」

 自分が名前を呼んだ瞬間、フワリとやわらかな笑顔を作る。
 それがあまりにも綺麗で、ヤマトは一瞬その笑顔に見惚れてしまった。
 きっと、何時もの格好をしてないからだと、自分に言い聞かせて、ゆっくりと首を左右に振る。

「でも、女の子って怖いよなぁ…俺、今回だけは、どうしようかと思ったぜ」
「……今回はって、お前……」

 ヤマトの行動を全く気にした様子も見せずに、太一が疲れた様にため息をつく。
 そして、その言われた内容に、ヤマトは驚いたように太一を見詰めた。

「…ああ、実は、今回が始めてじゃねぇんだ……女って鋭いよなぁ…お前が俺の方ばっかり見てるのに、ちゃんと気が付くんだから、やっぱ、すげーよなぁ……」

 関心したように言われるそれに、ヤマトは呆れたような視線を太一に向ける。
 単純だとは常々思ってはいたのだが、こうも素直に自分にされた事を許せる程単純な頭をしている事に、呆れるのを通り越して尊敬までしてしまいそうになる。

「……そう思うのは、お前だけだ……」
「そうか?」

 呆れたようにため息をついて、言えば暢気な声で返されてしまう。
 そんな相手に惚れてしまった事を、少し後悔しながら、ヤマトは、改めて太一の格好を見る。

 髪の毛は、どう見ても太一のモノではなく、カツラであろう。
 そして、服は、ブルーのTシャツに短パン。
 Tシャツは、短いので、そのお腹が見え隠れしているのに、ヤマトは一瞬目を奪われた。

「ヤマト、ヤマト!おい、聞こえてるのかよ!!」

 そして、突然声を掛けられたそれに、ヤマトはハッとして顔を上げる。
 髪型が違うだけなのに、どうしても違う人に見えてしまう目の前の人物は、少し怒ったように自分のことを睨んでいた。

「お前、聞いてなかっただろう!」
「悪い…所で太一、その格好……」
「えっ?ああ?今日は、自分で服考えたから、女に見えないか?」

 『何時もは、ヒカリか空が服を考えたからなぁ…』等と呟いている太一を前に、ヤマトは思わず苦笑を零してしまう。
 『カツラだけで、女に見えるって、凄いよなぁ……』等と思っても、決して口には出さない。
 言ったが最後、目の前の人物を怒らせるのは目に見えている。

「……でも、なんで女装なんて……」

 自分の内心を隠すように、問い掛ければ、バツ悪そうな表情で太一がヤマトから視線を逸らす。

「……空がさぁ、ヤマトにはFANがいっぱいいるから、男としてじゃなくって、彼女の立場でライブに行けって言われて……最初は断ったんだけどさぁ…ヒカリまで加わってきちまって、断れなくなっちまったんだよ……それに、初めて行った時、お前俺に気が付かなかっただろう?」

 問い掛けるようなその言葉に、ヤマトは「うっ」と言葉を詰まらせた。
 確かに自分は、太一だと気が付かなかったのだから……。

「2回目に行った時から、ヤマトはずっと俺の存在を気にしてるっていうのが分かって、嬉しいはずなのに俺じゃない俺を気にしてるヤマトに段々腹が立ってきちまって、そしたら、そんなヤマトに気が付いた女の子達に呼び出し食らうはで、結構大変だったんだぞ!」

 文句を言うように語られたそれに、ヤマトは思わず苦笑を零してしまう。
 『確かに、大変だろうなぁ…』と思いながらも、思わず笑ってしまうのは止められない。

「お前なぁ……」

 突然笑い出したヤマトに、太一は拗ねたように睨みつける。

「悪い…でも、自分に嫉妬してるなんて、やっぱりなぁ……」
「はぁ?どう言う事だよ?」

 謝られながら言われたそれに、太一は意味が分からないとばかりに首をかしげた。
 本当に分かっていない太一の態度に、ヤマトは呆れたようにため息をつく。

「気が付いてないから、困るんだよなぁ……」
「どう言う意味だよ、ヤマト!」
「だから、こう言う意味だ」

 更に追求しようとする太一にそっと、キスをする。
 あまりにも突然だっただめに、太一は瞳を閉じる事が出来なかった。

「分かったか?」
「わ、分かる訳ないだろう!!」

 すっと離れたヤマトの問い掛けに、太一は顔を真っ赤にして声を上げる。
 大体、突然キスされて、何を分かれと言うのか、全く理解出来ない事であろう。

「……だから、結局、お前が俺の事をスキだってことだろう?」
「なっ!」

 サラリと言われたその言葉に、ますます太一の顔が赤くなる。

「俺も、お前に惚れてるって事だから、お互い様だろう?」
「ど、何処がお互い様なんだよ、ヤマト!!し、知らねぇ、俺、もう帰るからな!!」

 ヤマトの言葉に今度は耳だけでなく首筋までも真っ赤にして、太一が踵を返した。
 そんな太一をヤマトが後ろから抱き締める事で遮って、そっとその耳元に囁きかける。

「太一、その格好で、デートしよう……」

 低くて少し掠れたようなその声に、太一の体が一瞬ピクリと震えるのを感じて、ヤマトは口の端を上げて笑う。

「……ばか…耳元で、しゃべるなって、何時も言ってるだろう……」

 ぽつりと言われた文句を笑顔だけで交わして、ヤマトはもう一度今度はしっかりとキスをした。
 


 そして、その数日後、太一を呼び出した事に対して、ヤマトに素直に謝る彼女達の姿が合ったのは、言うまでも無いだろう。
 勿論、その時は男の姿である太一がその時の彼女だと分かった人物は、一人も居ない。



 


                                    

  そんな訳で、3000HIT さなの みやこ様リクエストです。
  女装した太一がヤマトのライブに行って、ヤマトのFANの子達に呼び出される。
  そして最後はラブ×100でしたが、↑の二つまでは、何とかクリアされていると思うんですが、
  最後のラブラブが、駄目だったように思われます…・・xx すみません、さなの様。
           
  またしても失敗に終わってしまったリクエスト・・…その内、リクエスト貰えなくなっても、
  それは仕方ないかもですね……xx

  こんなんでも宜しければ、またリクエスト頂けると嬉しいです。
  本当に、リクエスト有難うございますねvv