デート?

 

「あれって、太一さんじゃないの?」

 珍しく一緒に出掛ける事になった弟の突然のその言葉に、ヤマトは驚いたようにその相手を探して視線を彷徨わせる。
 そして、時間も掛からずに、その相手を見つけて、笑顔を作った。

「た……」
「駄目だよ、兄さん!太一さん誰かと一緒みたいだから、邪魔したら悪いよ……」

 そして、その名前を呼ぼうとした瞬間、慌てて止められて、ヤマトは太一の隣にいる相手を見る事になる。

「……女の人と一緒みたいだね…なんか、楽しそうに話してるみたい……」

 言い難そうに言われたその言葉も耳に入らないくらい、ヤマトはただ呆然とした表情で、その場に立ち尽くしてしまう。

「…兄さん、どうするの?」

 何も反応を示さない実の兄を心配そうに見上げたタケルは、聞いた瞬間その言葉を後悔してしまった。

「勿論、後を付けるに決まってるだろう!!」

 握り拳を作って、力強く言われたそれに、タケルは思わず苦笑を零すしかない。
 自分の兄が、中学に上がってから、太一と更に仲が良くなっている事を知っている。
 そして、兄が、どれだけ太一の事を思っているかと言う事も、言われなくっても分かってしまうのだ。

 それは、自分も同じように引かれた相手だからこそ、納得出来る事でもある。

「……乗りかかった船って事で、付き合うよ、兄さん」

 ニッコリと笑顔を見せて兄の肩にポンッと手を置くと、少し遠去かっていった太一の後を追うように歩き出した。
 正直なところ、太一が女の子と一緒に居て、いい気分ではないのは、タケル自身も同じなのである。

 勿論、それを教えるつもりなど全くない事であるが……。


                              


 事の起こりは、そんな些細な事だった筈。
 何が悲しくて、兄弟仲良くデートらしい二人の後をつけているのかと言う空しさは、やはり拭いきれない。
 何よりも、目の前では仲良く腕を組んでいる二人の姿があるのだ、それは面白くないというものであろう。

「あの子、誰なの?」

 仲良く腕を組んでいる女の子の顔は、何故か綺麗に見ることが出来ない。
 だが、後姿だけを見れば、ストレートの綺麗な長い髪が印象的で、それは相手を確かめるにはポイントの一つになるだろう。
 だから、太一の知り合いでそんな少女に心当たりがないのかと問いかけたタケルのそれは、ヤマトの不機嫌な表情で返されてしまった。

「……心当たりないんだね…」

 何も返事を返さない兄に、タケルは再度ため息をつく。
 もっとも、心当たりがあるようなら、こんなに心配などしないだろう。

「でも、何処かで見た事あるんだよねぇ……」

 だが、その後姿に、何処か見覚えがあのだ。
 勿論、その相手がはっきりと誰なのかと言われれば、自信はないのだが、確かにその後姿は、良く知った誰かを思い出させる。

「タケル!誰なんだ!!」

 ポツリと漏らされたそれを聞き逃すことなく、ヤマトが顔を上げて実の弟を見詰める。
 真剣に見詰めてくる兄に、タケルは思わず苦笑を零した。

 こう言う時の兄を見ていると、情けないと正直に思ってしまうのは、仕方ない事であろう。

「……兄さん、そんな事言ってる場合じゃないと思うんだけど。ほら、太一さんを見失なっちゃうよ」

 苦笑を零しながら、太一達の方を指差す。
 確かに、二人の姿が人ごみに流されるように離れて行くのを見て、ヤマトは慌ててその後を追うように歩き出した。

 そんな兄の姿に、タケルはもう一度ため息をつくと、苦笑を零す。

 そして、何気にもう一度だけ、太一の隣に居る少女の事を考えた。

 どうしても、何かが引っかかるのだ。
 太一が少女に向ける笑顔は、確かに大切な者に向ける笑顔だと言う事は、分かる。
 勿論、誰にでも優しい笑顔を見せる太一なのだが、そんな笑顔を見せる人物は限られていると言う事を知っているからこそ、その笑顔を向ける相手はおのずと絞られてしまう。

「もしかして……」

 自分の考えついた事に、タケルは小さく呟いた。
 そう考えると、全て納得出来るのだ。

「…でも、なんであんな髪型……」
「タケル!何してるんだ?」

 自分の考えに入り込んでいたタケルは、兄に名前を呼ばれて、顔を上げる。
 そして、真剣に仲良く歩いている二人を見詰めている兄の傍に急いだ。

「兄さん…」

 情けないとも言える表情を見せている兄に、タケルはため息をつくと、ヤマトと同じように二人に視線を向ける。
 仲良く腕を組んで歩くその姿は、どうみてもカップルにしか見えない。
 そして、苦笑するように少女を見詰めている太一の瞳は、限りなく優しいものだった。
 そんな姿を見せられると、やはり複雑になるのは、本気で自分も太一の事が好きだからであろう。

「……ボクも、兄弟で生まれた方が、良かったなぁ……」

 昔、太一本人に、自分の兄になってくれと言った事がある。
 それは、今でも変わらない気持ちだが、あの頃のように純粋な気持ちで無くなった事に、タケルは思わず苦笑を零した。
 ただの兄弟ではなく、一番大切だと思ってもらえるような存在になりたいと思うのは、きっと自分の最大の我がままであろう。

「だけど……」

 自分の考えた事に、タケルは実の兄を見る。
 真剣に太一と少女を見詰めているその姿は、何とも情けない。

「……こんなには、なりたくないよなぁ……」

 自分の兄がどれだけ、太一の事を思っているかと言う事を改めて実感させられた。
 そして、それがどれだけ情けないかと言う事も、認めてしまう。
 そんな兄の姿を真似る事はきっと自分には出来ないだろうと、タケルは再度ため息をついた。

「タケル!店に入ったぞ!」
「えっ?」

 後ろで盛大なため息をついている自分に全く気付いた様子も見せないまま、ヤマトが自分の名前を読んだのに、タケルは慌てて前方に視線を戻す。
 喫茶店に入っていくその姿を見つけて、タケルは再度ため息をつく。

「…兄さん、邪魔したら悪いんじゃないの?」

 入った先は、女の子が好きそうな可愛らしい店。兄弟二人で入るには、かなり勇気の居る店である。
 今にも店に入りかねない勢いの兄の姿に、タケルは呆れたように問い掛けた。

「……お前は、太一が知らない奴とデートしてるって言うのに、そんなに暢気に構えてて良いのか?」

 ガシッと肩を掴まれて言われたそれに、タケルは苦笑を零して、思わず視線を逸らしてしまう。

「…知らない人じゃないから、別に気にしないけどね……」

 そして、ポツリとヤマトに聞こえない位の声で呟いて、再度ため息をついた。

「ヤマト、タケル?」

 自分の言葉を聞き逃がした兄が何を言ったのか聞き出そうと口を開こうとした瞬間、その後ろから不思議そうに名前を呼ばれて、思わず驚いて振り返る。

「太一さん……」
「太一!」

 自分達が尾行していた人物が、目の前に立っていることに驚いて相手の名前を呼ぶ。
 それに、太一も意外そうな表情を見せたが、直ぐに笑顔を見を見せた。

「本当に居たんだ。声、掛けてくれれば良かったのに」

 ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せながら言われたそれに、一瞬ヤマトが驚いたように太一をまじまじと見詰めてしまう。

「……お前、デートしてたんじゃないのか?」
「はぁ?」

 嬉しそうに言われたそれに、ヤマトが言い難そうに口を開いた事に、太一が素っ頓狂な声を上げる。

「デートって……誰が?」

 そして、驚いたようにヤマトとタケルを交互に見詰めてしまう。

「…兄さんは、気付いてないみたいだから……」
「はぁ?」

 そして、ため息をつきながら言われたそれに、今度はヤマトの方が分からないと言う様に、声を上げた。

「ヒカリちゃんだよ。太一さんの隣に居たのは……」

 呆れたように苦笑を零しながら本当の事を教える。
 それに、太一も大きく頷いて見せた。

「ヒ、ヒカリちゃん?」

 思わず聞き返したそれに、太一がもう一度頷く。

「とりあえず、ヒカリがあの中に居るから、お前等も入らないか?俺一人だと、何か恥ずかしくってさぁ」

 少しだけ照れたように言われたそれに、思わず納得してしまう。
 何となくお互いに苦笑を零して、今だに意味が分かっていないヤマトを引っ張るように店の中へと入った。

「こんにちは、タケルくん、ヤマトさん」

 窓際の席に座って自分達にニッコリと手を振ってきたその人物は、髪型は何時もと全く違うが、八神ヒカリその人に間違いない。

「お前の言う通り、こいつ等が居たのには、驚いたぜ」

 ヒカリの隣に座りながら、太一が関心にしたようにヒカリを見た。

「お兄ちゃんが気付かないのは、仕方ないよ……ねぇ、ヤマトさん」

 ニッコリと可愛らしい笑顔を、太一の前の席に座っているヤマトに向ける。
 それは、まさに天使の笑みと言っても言いが、ヤマトにとっては、馬鹿にされているかのような笑みにしか見えない。

「……お、落ち着いてね、兄さん……」

 ヒカリの言葉の意味を理解して、隣で拳を握り締めている兄に、思わず苦笑を零しながら小声で宥める。
 太一一人が、その意味を理解していないようで、苦笑を零した。

「まぁ、確かに、俺そう言うのあんまり気にしないからなぁ……」

 ヒカリの言葉を素直に受け止めて、太一が照れたように頬をかく。
 そんな自分の兄に、ヒカリは優しい笑顔を向けた。

「大丈夫だよ、お兄ちゃんが気付かない事は、私が気付くから」

 ニッコリと花のような笑みを浮かべる妹に、太一も同じように笑顔を返す。
 目の前で繰り広げられるそれに、ヤマトとタケルは密かにため息をついた。

「ところで、お前達も今日は、一緒に買い物か?」

 話に入れないでいた自分達に、太一が笑顔のまま質問を投げかけてくる。

「そうなんです。久し振りに、兄さんと一緒に買い物に来たんですけど、太一さんも、ヒカリちゃんと買い物ですよね?」
「ああ、こいつに頼まれてさぁ、荷物持ち」

 苦笑を零しながら言われたそれに、タケルが笑み零す。
 言われた言葉とは違って、太一のその表情は優しいものだから……。

「……久し振りに部活なかったからな」
「そうなんだ……」

 そして、付け足されるように言われたそれに、タケルは頷いて見せた。
 それだけで、太一がヒカリの願いを叶えた理由も分かるのだ。

「それは、ヤマトも一緒だろうけどな。ライブとかで、忙しいって言ってたし……まぁ、偶にはのんびりするのもいいんじゃないのか?」

 ニッコリと笑顔を見せる太一に、その場に居る全員が思わず笑顔を返してしまう。
 運ばれてきたコーヒーと紅茶を口にしながら、何となく自分達の身の回りの話をして、それからその店を後にする。


 のんびりと4人で帰り道を歩きながら、太一達の住んでいるアパートが見えた所で、立ち止まった。

「それじゃ、またな」

 笑顔のまま手を上げた太一に、タケルも笑顔を見せて手を振る。

「それじゃ、太一さん。また一緒に買い物してくださいね」
「おう!何時でも言ってくれよ」

 タケルの言葉に、嬉しそうに返事を返す。

「太一、また学校で…」
「ああ、お前もバンドの練習頑張れよ」
「……人の事、言えないだろう…お前も部活頑張れよ」

 互いに応援の言葉を交わして、苦笑を零してしまう。
 そして、再度別れの挨拶を交わして、ヤマト達が歩き出した瞬間、今まで黙っていたヒカリが声をあえげた。

「ヤマトさん」

 突然腕を掴まれて、ヤマトが驚いてヒカリに視線を向ける。

「……折角のお兄ちゃんとのデート邪魔してくれたお礼は、ちゃんとしますから、覚悟してくださいね」

 ポツリと自分にしか聞こえないくらいの声で言われたそれに、ヤマトは一瞬なにを言われたのか分からずに、言葉を無くして相手を見詰めた。
 目の前には、ニッコリと笑顔を浮かべている姿がある。
 その笑顔は、言われた内容からは想像も付かないほど、にこやかなものであった。

「それじゃ、またね、タケルくん」

 隣に居るタケルに笑顔を見せて手を振ると、ヒカリは太一の元へと戻っていく。
 それを見送りながら、ヤマトは盛大なため息を付いた。

「……兄さん、ヒカリちゃんは手強いから、気をつけた方がいいと思うよ」

 疲れたようにため息をついている兄に、これまたニッコリと笑顔を見せて言われたそれは、励ましているとは到底思えない言葉である。
 そして、複雑な表情を浮かべたヤマトに、冬の空には一番星が綺麗に輝いているのが見えた。
 それから、ヤマトがどう言う目にあったのか、誰もしらない事である。


 教訓、人の恋路を邪魔する時は、注意しよう。(笑)

 




  はい、28000HIT、リクエスト小説です。
  た顧問様、本当にお待たせ致しました。
  しかし、またしてもリクエスト失敗。……内容は、『ヒカリと太一のデート(尾行にヤマトとタケル)』だった筈。
  それなのに、何処がデート?…って、題になる訳ですね<苦笑>
  
  お待たせしたのに、こんな内容で本当にすみません。
  恩を仇で返すとは、まさにこの事でしょう……反省いたします。ごめんなさい(><)
  
  そして、改めまして、28000GET&リクエスト有難うございました。
  こんなモノで宜しければ、又宜しくお願いしますね。