「いや、大した事じゃないですから、気にしないで下さい」

 受話器越しに聞えてくる申し訳なさそうな声に、太一は苦笑を零して首を振る。
 偶然に出会った人は、自分が今一番身近に感じている相手の身内。
 だから、申し訳なさそうに頼み事をされて、断る事など出来なかった。

「はい、家の方には、ちゃんと連絡してますから、大丈夫です……おじさんも、仕事頑張ってくださいね」

 心配そうに尋ねられた事に、安心させるように言えば、向こうから少しだけ照れたような声が聞えてくる。
 そして、受話器越しに相手を呼ぶ声が聞えて、そのまま『すまないね』と言う言葉を残して、切れてしまったそれに、太一は小さくため息をついた。

「さてと……」

 今、この家の住人は誰も居ない。
 戻ってくるのは、遅いと聞いている。
 だったら戻ってくる前に、今のこの部屋を何とかしたいと正直に思う太一だった。

「……おじさん、またハデにやったよなぁ……」

 盛大なため息と共に、呟く。
 それは、まるで空き巣にでも入られたような散々な状態の部屋に呆れるのを通り越して、思わず尊敬したくなるほどだった。

「……どこから、手をつけるかなぁ……」

 自分が、ヤマトの父親に出会ったのは、本当に偶然だったのだ。
 ヤマトが出掛けているのを知らなくって、ここに遊びに来た自分。
 そして、この惨事を見て、思わず部屋を片付ける事を申し出てしまったのは、まだ数分前のこと。
 それから、急いでいたヤマト父からの電話で話をしていたのから、始まったのだ。

「…こんな状態に、ヤマトが帰って来ちまったら、卒倒しそうだよな……」

 呟いて、苦笑を零す。勿論、卒倒する前に、怒り狂うの間違いかもしれないが……。

「それじゃ、始めるか!」

 腕捲りをして、散々な状態の部屋を片付け始める。
 本当に、ここまで散らかす事の出来るのも、一種の才能かもしれない。
 まずは、脱ぎ散らかされた服を洗濯籠に放り込んでいき、それを洗濯機に押し込む。
 それから、洗剤を入れて、洗濯機を動かし始める。
 勿論、時間的には乾かないだろうが、それでもそのままにして置くよりは、洗って干しておいた方が、いいだろうと考えたからだ。

「掃除が終わった頃に、干せるかな?」

 洗濯機が回っているのを確認してから、リビングへと戻る。
 それから、置き去りにされている新聞紙や雑誌を一つに集めていく。
 それが終わってから、テーブルにいまだに置かれている食器などを流し台へと運ぶ。
 勿論、流し台も今は、悲惨な状態である。

「……まずは、水に浸けとくか……えっと、掃除機、掃除機…」

 ざっと部屋を片付けて、掃除機を掛けてから、綺麗に床を雑巾がけ。勿論、テーブルも綺麗に拭く。

「……リビングは、こんなモンかな……次は、洗い物、洗い物」

 水に浸しておいた食器類を洗剤を付けたスポンジで洗う。
 大量にあったその食器を全て洗剤で洗ってから、今度は水洗い。
 冬、はっきり言って、この時期の水洗いは、かなり辛い。
 それでも、ぱっとその大変な作業を終わらせて、今度は、洗った食器を布巾で、一枚ずつ拭いていく。
 そんな事をしていれば、回していた洗濯機から、終了の合図。

「……終わったな」

 拭き終えた食器を棚に戻しながら、その音を確認する。

「……何か、嫁になった気分だよなぁ……」

 最後の食器を棚に直しながら、考えた事に思わず苦笑を零してしまう。

「……嫁、なぁ……」

 自分で考えた事に、いたずらを思い付いて、笑みを零す。
 この家の住人が戻ってくるのは、遅くになると言う事は聞かされているので、太一は自分が考えたそれを簡単に実行できるだろう。

「…ヤマトの奴、驚くだろうなvv」

 嬉しそうに呟いて、干されている洗濯物を部屋に取り込んで、今度は、回し終わった洗濯物を干す。
 後は、取り込んだ洗濯物を畳んで、アイロン掛け。
 それから、お風呂の掃除に、ついでとばかりにトイレ掃除を全て終了してから、太一は漸くソファにその身を預けた。

「終わった……」

 盛大に息を吐くと、ふっと時計へと視線を向ける。
 ここに来て既に5時間も経過している事を確認して、苦笑を零した。

「…こんなに、時間掛かるとは思わなかったな……」

 綺麗になった部屋を見詰めて、小さくため息。

「えっと、ヤマトが戻ってくるのが、9時ぐらいって言ってたよなぁ……」

 既に6時を過ぎているその時計。

「……夕食の準備して、8時半くらいからお風呂にお湯入れればちょうどいいかな?」

 これからの事を考えて、大きく頷いてから、ソファから立ち上がって、キッチンへと移動してから、冷蔵庫の中を確認。

「えっと…夕飯は……流石、ヤマト…買出しだけは、しっかりしえるよなぁ」

 ぎっしりと詰まっている冷蔵庫を見詰めながら、感心したように呟いて、何を作るかを考える。

「あいつ、和食系の方が好きなんだよなぁ……」

 煮物に、お吸い物。後は、酢の物にお漬物……。
 そこまで考えて、次に、材料を確認。

「……煮物は、肉じゃが!お吸い物は、豆腐と油揚げに、ネギ。酢の物は、キュウリとタコだな……お漬物は、大根!」

 作るものが決まって、それぞれの材料を出し、作業に入る。
 料理は、ヤマトのお陰と言うべきか、今では母親に感心されるほど得意なもの。
 家でも良く作っているので、苦労もせずに、料理を作っていく。

「……酢の物は、食べる直前に和えて……お吸い物は、温めるだけ……肉じゃがは、煮込めば出来上がり!んじゃ、時間あるし、ちょっと休憩……コーヒータイムだな」

 確認をしてから、満足げに頷いて、コーヒーをカップに注ぐ。
 良く働いた後なので、喉が渇いているのを感じて、太一は苦笑を零した。
 ミルクたっぷりのコーヒーに、一息つきながら口をつける。

「……落ち着く……えっと、これ飲んだら、お風呂のお湯入れ始めるか……」

 そっと、時間を確認して、大きく頷く。
 あと、30分程で、ヤマトが戻ってくるだろう。

「ヤマトが帰ってきたら、驚かしてやろうvv」

 ずっと考えている事が、実行出来るとばかりに、太一は上機嫌でカップの中の飲み物を飲み干すと、そのまま風呂場へと直行した。




「……親父の奴、居るんだな……」

 漸く終わったバンドの練習から開放されて、疲れた体を引きずるように戻ってきたヤマトは、自分の家に電気が点いているのを確認して、小さく息を吐き出す。

「…だったら、飯ぐらい作ってくれてるよなぁ……」

 流石に、今から自分で食事の準備をするつもりにはなれない。
 長時間の練習に、正直疲れ果てている。

「……でも、親父の料理、不味いんだよなぁ……」

 盛大なため息をついてエレベーターへと乗り込み、目的の階のボタンを押す。
 ゆっくりと動き出すそれに、ヤマトは体を壁に凭れさせて、その扉が開くのをじっと待つ。
 ゆっくりとエレベーターが止まって、扉が開く。
 そして、見慣れた自分の家の扉の前。
 ポケットから鍵を取り出そうとした瞬間、中から扉が開いた。

「お帰りvv食事にするか?風呂にする??それとも、俺???」
「た、太一?」

 自分を出迎えてくれた人物の元気なその声に、ヤマトは訳が分からずその名前を呼ぶ。
 しかも、言われた言葉は、まるで新婚のようなそれ……。

「ちぇっ、そんなに驚かないか……やっぱり、裸エプロン……」
「……いや、十分、驚いてるぞ」

 驚きすぎて反応出来ないで居る自分の前で、盛大なため息をついている太一に、ヤマトは苦笑を零す。
 しかし、驚いているのは事実だ。

「驚いてるのか?」
「……当たり前だ。まさか、お前が居るとは思わなかったから……親父は?」

 不思議そうに問い掛けてくるその言葉に、ヤマトは玄関で靴を脱いでから前を行く相手に問い掛ける。

「親父さんは、仕事。俺は、たまたまここに来たんだけど、おじさんの探してるモノを一緒に探した結果から、ここに居る訳だ」
「探し物?」
「ああ、何でも仕事でどうしても必要だからって言ってたんだけど……そのお陰で、部屋の中空き巣が入った状態だったから、俺が部屋の掃除を引き受けた訳。お前も、戻ってくるの遅いって聞いてたから、それなら夕飯の準備ぐらいはしてやろうかなぁって……」
「そうか…迷惑掛けたな……」

 すっかり綺麗になっている部屋を見て、ヤマトがすまなさそうな表情を見せるのに、太一は小さく首を振る。

「結構楽しかったからな。新婚気分って奴を満喫できたし」
「……新婚気分ねぇ……」
「あっ!夕飯は、肉じゃが、な!」

 嬉しそうに笑っている相手を前に、小さくため息。
 そして、続けられたその言葉に、キッチンから漂ってくるその匂いに、小さく頷いた。

「そうか……ところで、太一。さっきの出迎えの挨拶は?」

 既にキッチンへと移動して、夕食の準備をしている相手に、ヤマトは今まで一番気になっていた質問を投げ掛ける。
 そんな自分の質問に、テーブルに料理を並べていた太一の手が止まり、にっこりと笑顔。

「あれは、予行練習」
「はぁ?」

 そして、サラリ言われたその言葉に、思わず聞き返してしまうのは仕方ないだろう。

「だから、『ダーリン、お帰りなさいvv お食事なさいます、それともお風呂?』って奴。ヤマトがどんな反応見せるかなぁって……」

 嬉しそうに説明するその姿に、ヤマトが呆れたようにため息をつく。
 いや、勿論、それはそれで嬉しいのだが……。

「何だよ、俺が、奥さんだと不満なのか?」

 盛大なため息をつく自分に、不機嫌そうに太一が睨み付けてくる。
 それに、ヤマトは笑みを見せた。

「とんでもない!お前以外に、俺の奥さんは居ないさ」
「だったら、許してやるよ」
「それは、有難いな」

 お互いに言葉を交し合って、笑い合う。

 たまには、新婚気分を味合うのも、いいものだろう……。



                                                            

     大変、大変お待たせいたしました。
     67000リクエスト小説です。
     し、しかし、リクエスト内容は、『新婚ごっこをするヤマ太』だったはず……xx
     う〜っ、またしてもリクエスト失敗……新婚ごっこを楽しんでいるのは、太一さんだけ…xx
     お待たせした上に、こんなに遅くなってしまって本当に申し訳ございません。

     続けて、次のリクエストには答えられるように頑張りますね。
     
     東サクヤ様、本当に67000GAT&リクエスト有難うございましたvv