冷蔵庫を開けると、珍しいものが入っていた。

「親父かな?」

 自分が入れた記憶など無いから、それ以外には考えられないのだが、ついつい口に出してしまって苦笑を零す。
 しかし、何時もはビールしか入れないような親だからこそ、こんなモノが入っているのは、本当に珍しいのである。

「太一が、間違って飲まないように気を付けないと……」

 今日、これから泊まりに来る自分の大切な相手の事を思い出して、笑みを零す。

「まぁ、それはそれで俺的にはいいんだけど……」

 以前、一度だけ自分で買って来たチューハイを太一が間違って飲んだ事があるのだ。
 その時の事を思い出して、顔がにやけてしまうのは、止められない。
 暫くは、チューハイを冷蔵庫に常時入れていたのだが、太一が間違えてお酒を飲んだ事は、残念ながらあの一度だけである。
 流石にそんな状態だったので、チューハイを買うのは、諦めたのだが、冷蔵庫には久し振りに、一本のチューハイ。

「まぁ、流石に間違えないか……」

 苦笑を零して、太一専用の飲み物コーナーへとその一本を置く。

「さて、太一が来る前に夕飯の準備しておくか」

 そして、必要な材料を取り出して、大切な人の為に、夕飯の準備を始めるのだった。





 呼び出し鈴の音に、慌てて玄関へと向かう。
 この時が、自分にとって幸せな時。

「遅かったな」 

 扉を開けば、目の前には、大切な人が立っている。

「悪い、出掛けにヒカリが珍しく機嫌悪くって……」

 俺の言葉に、申し訳なさそうに謝罪されたそれに、思わず苦笑い。
 彼女にとって俺は、大好きなお兄ちゃんを取り上げる天敵なのである。

「……それじゃ、大変だったんだろう…大丈夫なのか?」

 彼女の性格を、誰よりも知っているからこそ心配なのだ。
 彼女が、兄に弱いと言う事を知っていても……。
 心配気に尋ねた俺の言葉に、太一が苦笑を零す。

「来週の休み、一緒に出掛けるって言う約束で、許してもらった」

 当然のように言われたそれは、俺的には、あまり宜しいものではない。
 来週も、太一と一緒に居られると当然のように考えていたのに、台無しだ。

「そんな訳だから、来週はこっちこれないけど、ごめんな」

 複雑な表情を見せた俺に、太一が申し訳なさそうに、見詰めてくる。
 確かに、ここ最近、太一を独り占めしていた事を考えれば、それも仕方ないだろう。
 俺は、小さくため息をついて、太一の肩に掛かっているスポーツバックを取り上げた。

「……分かった。ほら、飯の準備は出来てるから、上がれよ」
「えっ?あっ、ああ……」

 突然俺に荷物を取り上げられた太一が、少し驚いたような表情を見せるが、それでも素直に頷いて、靴を脱ぐと部屋に上がってくる。
 それを背中に感じながら、俺は取り上げた荷物を、ソファの上に置いた。

「取り合えず、飯は直ぐに食えるけど、どうする?」

 くるりと振り返って、自分の後ろに居る相手に、声を掛ければ、一瞬意味分からないと言うような表情を見せ、意味を把握したのだろう、小さく頷く姿。

「食べる。ヤマトが折角準備しててくれたんだから、温かい内に食べようぜvv」

 ニッコリ笑顔で返ってきたその言葉に、顔が笑ってしまいそうになるのをぐっと堪えて、料理を並べる為に、キッチンへと向かう。

「なぁ、手伝う事はあるか?」

 皿に料理を盛り付けている俺に、太一からの質問。
 別段、手伝ってもらう事は無いので、そのまま座って待つように指示を出す。
 それでも、心配そうな視線を感じて、俺は思わず苦笑を零した。
 俺一人に準備をさせるのが、いやだと言う事が良く分かる。

「そんなにそわそわしなくっても、料理は逃げないぞ」

 一品目の料理をテーブルに運ぶ時に、笑みを零しながら言えば、太一の少し不機嫌な視線が睨み付けてきた。

「んなんじゃねぇ!」

 自分を睨みながらのそれに、もう一度笑みを零して、その頭に優しく手を乗せる。

「分かってるから、大人しくしてろ……だけど、そんなに手伝いたいなら、飲み物の方頼む」
「おし!任せろ!!」

 お手伝い出来るのが嬉しいと言わんばかりの太一の返事に、俺は再度笑みを零す。
 本当に、可愛いなんて、本人が聞いたら怒りそうな事を考えて、残りの料理を運ぶ為に、太一に続いてキッチンへ戻る。

「ヤマト、飲み物って、麦茶でいいのか?」
「ああ、冷蔵庫にあるから出してくれ」
「分かった」

 短い会話、それだけでも十分分かるぐらいに、太一はこの家を知り尽くしているのだ。
 もしかしたら、親父よりもこの家の事詳しいかも……。

「あっ!何か新しいジュース入ってる。ヤマト、風呂から上がったら飲んでもいいか?」
「お前の為に用意してあるんだから、飲んでいいぞ」

 冷蔵庫を開けた瞬間、嬉しそうな太一の声が聞えて、俺は、返事を返した。
 家の冷蔵庫には、太一専用の飲み物置き場が準備されている。
 そこは、太一の好きそうなジュースを常備してあるのだ。

「ラッキーvvサンキューな、ヤマトvv」

 ニコニコ笑顔で御礼を言う太一に、幸せを感じずには居られない。
 この笑顔を見るためなら、どんな努力も惜しまないのだ。
 しかし、俺はここで一つ大事な事を忘れていた。
 それが、幸せを再度味わえる事になったのだから、俺にとっては、幸運だったのかもしれない。




「ヤマト、先に風呂入ったぞ」

 夕飯を食べて、一緒に片付けをしてから、太一を先に風呂へと追いやり数分後、タオルで頭を拭きながらリビングに入ってきた太一に、思わずドキッとしてしまうのは止められない。

 Tシャツに短パン姿のそれは、酷く色っぽいのだ。
 Tシャツで殆ど見えない短パンからは、すらりと長い足が二本延びている。
 いや、それは、当たり前か……xx

「ヤマト?風呂に入らないのか??」

 ボーっと太一を見詰めている俺に、心配そうな声を掛けられて、慌てて我に返る。

「あっ、ああ…入る……」
「おう、ゆっくりしてこいよ。俺、冷蔵庫の飲み物、貰っとくな」
「ああ……」

 俺が返事を返す前に、太一は既に冷蔵庫の前。
 それを確認しながら、小さくため息をつく。
 しかし、ここでぼんやりと太一を見詰めている訳にもいかないので、そのまま自分の部屋に戻って、着替えの準備。

「ゆっくりなんて、出来る訳無いよなぁ……」

 送り出してくれた時の太一の言葉を思い出して、再度ため息をつく。
 一緒に過ごす時間が大切だからこそ、離れている時間が勿体無いと感じられるのだ。

「さてと、さっさと入って来るか……」




 15分ほど風呂に入って、それから上がった俺は、急いでリビングへと戻る。
 本当は、俺の部屋に太一が居ればいいなぁと思いながらも、TVでも見ているだろうと分かる相手に、少しだけ残念な気持ちは隠せない。

「太一?」

 しかし、自分の予想に反して、太一の姿はリビングには見当たらなかった。
 不思議に思いながら、直ぐに自分の部屋を覗いてみる。

「太一、居るのか??」

 確認するように、問い掛けながらゆっくりと扉を開く。
 そして、自分が探している相手を見付けて、ホッとした。

「眠いのか?」

 ベッドに横になっている相手に問い掛ければ、そっと起き上がり俺を見詰めて、ニパッと笑顔。

「ヤマトだvv」

 そして、次の瞬間嬉しそうに抱き付いてきた。
 突然のことに、俺はどう反応を返せばいいのかが分からない。

「大好きvv」

 しかし、続いて言われた言葉は、昔一度だけ記憶にある状況を思い出させた。

「……太一、もしかして、酒、飲んだのか??」
「酒なんて、飲んでないぞ!そんな事よりも、ヤマト、お前は?」

 ニコニコと笑顔を見せながらの問い掛けに、俺はただ小さくため息をつく。

「勿論、愛してるに決まってるだろう」

 そして、キッパリと言葉を返した。
 一度酔っていた太一を相手にした事があるから、対応は一応理解しているつもりだ。
 俺の言葉に、本当に嬉しそうに太一が笑顔を見せる。

「んじゃ、キス、しようぜvv」

 ニコニコと上機嫌で言われる言葉に、一瞬何を言われたのか分からずに首を傾げてしまう。

「キス?」

 太一からのおねだり。
 いや、本当にそれは可愛いけど、酔っ払い相手に、不埒な事をしてもいいのか?!

「い、いいのか?」
「当たり前だろう!嫌なら、言う訳ねぇじゃん!!」

 自分の理性が問い掛けた質問に、太一が少しだけ不機嫌そうに返事を返す。
 いや、確かに、その通りなんだが……。

「……この前にみたいに、寝るんじゃ……」
「この前って、何のことだよ!」

 いや、知らないのは当然なんだが……xx

「いいから、さっさとキスしろ!」

 って、何で命令形??しかし、このまま言う事を聞かないと、機嫌は悪くなる一方だ。
 俺も、男だ、太一が望むのなら、何だって……。

 えっ??

 気合を入れて、キスしようとした瞬間、自分の唇に触れたそれに、気が付いた。

「お前が遅いから、俺からしてやった!」

 温かなそれは、直ぐに離れてしまったが、目の前にある、いたずらっ子のような太一の笑顔。
 何が起こったのか分からない自分は、情けないのかもしれない。
 しかし、前回酔った時でさえ、太一がキスしたのは頬で……今、キスしてくれた場所は……。

「今度は、ヤマトからだぞ!」

 俺に抱き付いてくる太一を、そのまま抱き締める。
 幸せ過ぎて、怖いくらいのこの状況。初めての、太一からのキス。
 しかも、酔っている太一は、挑発的で、スッゴク可愛い。

「幾らでも、お姫様」

 だから、この状況を楽しむ為に、俺も太一の言葉に従って、キスを一つ。
 太一がしてくれた、啄ばむようなキスではなく、濃厚なキスを……。

「……はぁ…」

 唇を離した瞬間、太一の口から切な気なため息が零れる。
 それを耳にしながら、俺はゆっくりと太一をベッドへと押し倒した。

「このまま……いいか?」

 そして、そっとその耳元に問い掛ける。
 内心ドキドキしながら問い掛けたその言葉に、返事は返ってこない。
 待つ事数分、恐る恐る顔を上げて、太一を見た瞬間、俺はどっと疲れを感じた。

「どうして、この状況で同じように眠れるんだ??」

 幸せそうな顔で眠っている相手に、俺が文句を言っても許されるだろう。
 酔った太一は、魅力的だが、この状態で寝られてしまっては、後が辛い。

「……幸せの絶頂から、地獄に落とされた気分だな……」

 盛大なため息をついて、気持ち良さそうに眠るその顔を覗き込む。

「……寝てる相手でも、これくらいのいたずらは、許されるよな……」

 可愛い寝顔にいたずらを思いついて、笑顔。

「太一、今度酔った時は、最後まで付き合ってもらうぞ!」

 新たに決心を固めて、幸せそうに眠る恋人を抱き締めるように自分も寝る準備。

 今、ここに居る大切な人の温もりを感じながら……。
 ゆっくりと夢の中へと意識を飛ばした。





 おまけ

「な、なんだよ、これ!!」

 朝、太一の声で目を覚ます。
 勿論、それは俺のいたずらの所為だと分かっているから、問題は無いが……。

「おはよう、太一」

 呆然としている太一に、朝の挨拶。

「や、ヤマト、俺達、昨日……」

 俺の朝の挨拶など完全に無視して、太一が恐る恐ると言った様子で、問い掛けてくる。
 それもそのはず、俺と太一は、裸で抱き合った状態のまま眠っていたのだから……。

「覚えてないのか?昨日は、太一から誘ったんだぞ」

 そんな太一の様子に笑いたい気持ちを抑えながら言葉を返せば、サーッと太一の顔色が見る見る青くなった。
「お、覚えてないぞ!」
「覚えてなくても、本当の事だ。もっとも、最後まではしてないけどな」
「へぇ?」

 サラリと本当の事を教えれば、驚いたように俺を見詰めてくる太一と視線が合う。

「だから、最後まではやってない。お前、途中で寝ちまったんだよ」
「そ、そうなのか??」

 それに、少しだけ申し訳なさそうな表情を見せる太一に、小さくため息。

「そうなんだよ。頼むから、誘っておいて、一人で寝るのは止めてくれ」
「……って、言われても、本当に覚えてないんだよ」
「まぁ、チューハイ一本で酔えるお前は、お手軽……」

 記憶にない事が不安なのだろう太一に、俺が思わず真実を伝えてしまう。
 勿論、気が付いて慌てて口を抑えても後の祭。

「チューハイ?俺、酒飲んだのか??」

 信じられないと言うように問い掛けてくる太一に、誤魔化す事も出来ず、素直に頷く。

「……チューハイ一本で記憶無くすのか……俺は、二度と酒なんて飲まないぞ!!」

 太一の決意新たなその声に、俺は盛大なため息をついた。


 その前に、自分達が、まだまだ未成年である事を、すっかり忘れているようであるが……。

 




  大変、大変お待たせいたしました。
  もう、細かいリク内容も覚えてないと言うぐらい時間が過ぎてしまい、本当に申し訳ございません。
  確か、リクエスト内容は、「酔った太一さんで、ラブラブなヤマ太」だったはず……xx
  しかし、お待たせしたのにもかかわらず、やっぱり答えてない駄文が出来上がったのみでございます。
  yukko様、本当に申し訳ございませんでした。
  素敵な、イラストをもらっておいて、このような駄文で返すとは、恩を仇で返す所業でございます。
  本当に、申し訳ございません。
  
  しかも、この話、押し付けSSの「お酒は20を過ぎてから」のその後編になっております。
  リクエスと内容的に、同じモノになる自信がありましたので、それなら、続編にしてしまえと、考えた結果でございます。
  このような、いい加減な管理人ですが、これからも宜しくお願いいたします。

  では、本当に、85000GET&リクエスト有難うございました。